異世界少女が無茶振りされる話 ~異世界は漆黒だった~

ガゼル

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11.技巧都市1

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 サベンテ近郊では、先の大雨で被害が出ていた。土砂崩れでいくつかの家が押し流されたので、その救助をしに何人もの人があわただしく出払っていた。
 街の入口で山の紋章をかたどった門を入ってきた隊商たちに気が付くと、医療品やロープなど救急用のものを買い求めるようになった。
 シーマは先の隊商の護衛二人の葬儀に出席し、そのあと宿を探すことになっている。タロスがシーマを気に入っているため、宿探しに同行してくれるとのこと。タロスにはお金を借りているので、それをいつ清算するのかということや返済方法、期限などの打ち合わせが残っている。
 リーダーであるリンはシーマにそれを「指示」し、タロスに同行するよう伝えた。そしてリンとオラレはカルネに挨拶をして隊商と別れ、別途サベンテの町を見て回ることにした。
 オラレはコーヒーショップを見つけて目を輝かせていたが、リンはサベンテ疾患の手がかりが先だと説得した。オラレは後ろ髪引かれる感じであったが、リンに従った。
 まずはオルク商会の野丁場長ウラガンからサベンテに到着したら「ここを尋ねるといい」と渡された場所に行った。
 木造の家が並んでいる中の一つの目立たない家があり、オルク商会サベンテ出張所の看板が掲げられていた。しかしそこには、昼間から酒を飲んでいる中年の男たちがいるだけだった。
 リンはウラガンの名前を出し、自己紹介して資料の提出を求める。
 「なんだい、サベンテ疾患?原因なんぞわからん。そのうち俺たちも奇病に侵されて人生終わるんだからもう放っておいてくれ」
 先行した調査チームは三つあったが、お手上げだとばかりに酒をあおっていた。
 話を聞くと、サベンテ疾患に関してとにかく住民、特にサベンテの行政官カームが協力的ではないのだ。そして調査段階でまったくの出鱈目を吹き込まれて資料にそれが混在してしまい、どれが本当の情報か嘘の情報かわからなくなってしまっていた。
 「オラレ、使えそうな情報はある?」
 あまり期待せずにオラレに資料を見せる。文盲率が高いとされるこの世界で、シンキが人族の資料を読むことができるというのは少々意外だが、どうやらシンキは魔族の中の研究者らしく様々な言語を知っているらしい。
 「どれが偽の情報かはっきりせぬが、さりとてそれほど有用な情報があるようには思えぬな」
 オラレのつぶやきにケッという悪態が聞こえてきた。
 「りん、町へ出てみよう」
 悪態は全く意に介さず、オラレはリンを連れ立って外に出た。
 途中、コーヒーショップがあったが、オラレはぐっとこらえたような仕草で商店街に来た。
 「一般的な食生活から調査してみよう」
 主食は山で栽培している麦のようなものを粉にして焼いたパン。山でとれる獣や魔獣の肉、魚は干物しかなく、近所の川で採取された海老やカニもある。
 「まず、我らの調査では一般的な動物を媒介した寄生虫は無いと思われている。先ほど見た資料でも否定されているから、まずは除外しよう」
 オラレが指折り数える。
 「水が一番怪しいが、こればかりはどうしようもないので、これは保留とする」
 オラレがそのようにいくつかの可能性や研究成果をリンに語るが、リンは自分が調べるよりよほどオラレの方が良いのではないかとすら思った。
 その日の晩、シーマと合流して宿に案内された。
 宿は小規模で、名前をカナヘビ亭といった。各都市の紋章以外、宗教的なものがあまり見られないこの世界では珍しく、入口の門の所に蛇のレリーフをぶら下げているのが印象的だ。宿屋の主人は病に伏せっているとのことで、女将さんが受付を対応していた。早速食事をしたリンとシーマはお互い情報交換したのち、今日は早めに疲れた体を休めることにした。シーマとの暗黙の意見の一致で、ふらふらと飲みに出るオラレは放っておくことにした。
 翌日、朝起きると宿の食堂にタロスがいた。同じ宿にすることにしたらしい。リンがまさかシーマに執着するロリコンではないかと疑ったぐらいだ。
 奴隷のフォグとベルは別室で食事をとっているようだ。旅の途中でもない限り、「奴隷」と「市民」は同席して食事はしない。
 それはミラとラキも同様であるからわかる。ヤライは食事をしているところを見たことがない。おそらく食事を作る段階で試食のような形で取っているのだろうと思う。つまみ食いというものではなく、毒味のような感覚なのである。
 それはさておき、タロスはシーマがこの町まで何をしに来たのか興味があるようだ。シーマは内容を話していないが、観光のようなものと答えている。
 リンとオラレは朝食の後、またサベンテの町に繰り出した。
 「今日は少し別の視点から見てみよう」
 オラレがそう言って食品街以外の場所を回ることにした。演劇や遊技場などの娯楽は無いので、衣服などを売っている店を見て歩くのだ。
 カルネの所で扱っていたような服はざっと見るだけにしようと思ったが、オラレが意外と興味を示した。リンもずっと着たきりだったほつれを直しながら着ていた服がそろそろ買い替え時期となったので服を見ることにした。
 「ふむ、この上着は手触りが良いな」
 「お客様、それは女性ものでございます。プレゼントですか?」
 「いや」
 ではこちらにと店員に移動を促されるがまたいつの間にか別の場所で上着を手に取ってみている。その度に店員に移動を促されるのをリンはぼうっと眺めていた。
 「りん、ちょっと良いか」
 オラレに呼ばれて行ってみると、小声で言うには人族の服がわからぬとのこと。
 なるほど、そういうわけか。常識がわからないから店員に魔族とばれないように問い合わせできるか不明だと。まあ、一応隠すつもりはあるんだ。
 「ここに、チェストと書いてあると男物で、バストと書いてあれば女物、胸囲と書いてあれば男女の区別がないものよ」
 なるほどなるほど人族はそのように区別しているのかと感心しながら服を見ているオラレを観察するのも少し楽しいかもしれないとリンは思った。
 結局何も買わずに外に出たリンとオラレは次の店を探してまた歩き始めた。
 ふとリンはこれがこちらの世界の初デートではないか?と思ったが、中身が魔族の女ではデートにもならないと頭を振った。
 しばらくするとまたオラレが足を止めた。
 「ここも入ってみよう」
 黒い鎧や赤い鎧、武器などが展示されていた。こちらの世界で見る初めての光景だ。どれも目を疑うような値段がついている。
 オラレは展示されてある剣を手に取ると無造作に鞘を抜いた。
 「ふむ、これは?」
 剣の先を指で弾くとコーンという甲高く鈍い音がした。
 「お客様、あまりお手に取らず見て頂けませんでしょうか」
 店員が慌ててやってきて、オラレに注意した。こちらの世界ではこのような剣がほとんど見られないので、取り扱いができるのは余程の金持ちか実力者、或いは無法者と相場が決まっている。それを知っているからか、店員はオラレに対して丁寧な言葉遣いだ。
 「見たことがない材質だが、あ、いや」
 お目が高い。と店員はオラレをほめた。オラレは自分の質問がどこまで人族の常識かわからないため言葉を途中で濁したのだ。
 「サベンテ最新技術の有機セラミックの剣でございます。金属が使用されていないため行政への届け出が不要となっております。ただし、王都領の住民票の提出が求められますが、お客様はどちらからお越しでしょうか?」
 「インセント領から来たものでな。邪魔した」
 オラレは剣をしまうと展示場所に返した。
 左様でございますか、と店員も言ってその場に立っている。盗まれるかもしれないということかもしれないが、ここは出た方がお互いの精神衛生上良いかもしれない。リンはオラレの腕を引いて店を出た。どうもこういう店は居心地が悪いものだ。
 次は薬品を扱った店だった。薬局というほどの物ではなく、虫よけや除草剤、肥料や農薬などが主な製品である。ここもオラレは興味深そうに見て歩いていた。
 「次はお楽しみの店に行こう」
 やはりコーヒーショップだった。
 夕方疲れるまで歩き回り、結局何も購入しないで宿に戻ってきたリンは、夕食後にオラレを連れてシーマに報告に行った。
 「デートは楽しかった?」
 含み笑いをしながら言うシーマをにらみつつ、今日の報告をする。
 と言っても、特に有用な情報が無かったと思う。夕方に見晴らしの良い丘に行って風景を観察したとか、これではデートと言われても仕方がない。
 赤くなりながら下を向くリンをお疲れ様と言って解放したのち、オラレに向かって報告を求める。先にそっちに聞いてくれ、とリンは思うがこれは仕方がない。
 「りんと同様、我が見たところ特に疑わしいものはなかった。お主はいかがか?」
 一通りの報告の後、オラレはそう言ってシーマに情報提示を求めた。
 「私の方は例の飲んだくれたちの情報を整理しておいたわ。矛盾するような偽情報はまとめて廃棄物置き場に、正しい情報、情報の入手時期や入手元も別途一覧にしておいたから時間ができたときに目を通して。行政官の事務所へのアポイントは明日行けることになっているから、タロスを連れて行ってくる。明日もその調子で調査を続けてね」
 相変わらず事務作業は一級品だと思う。リンがそう感じたとき、シーマはリンを一瞥してまたオラレを見た。
 「あと、まだ出していない情報あるはずだから、それも報告して。リンがいても良いから」
 オラレはおや、というようにシーマを見てからリンの方を見る。
 「私が気が付かなかったことなの?」
 リンがシーマとオラレに聞くと、シーマはオラレに先を促した。
 「お主のことはよくわからぬが、確かに情報はこの三人で共有した方が良いかもしれぬな」
 「昨夜、ただ遊んでいたわけではないのでしょう?」
 シーマが水を向けるとオラレは観念したように話し始めた。
 「サベンテの花街に行ってきた。売春宿や男娼、あとは酒場だ。賭博場は残念ながら無いと思う」
 リンが「えっ」という表情でオラレを見た。そして危うく「オラレの顔で行ったんじゃないよね」と言いそうになって口をつぐんだ。
 そんなことを口走ったらシーマにオラレが魔族であることをばらすようなものだ。何日も寝込むのはご免被る。
 「サベンテ疾患は性病関連ではないことは間違いないであろう。だが、高齢者の男衆に咳をしている者が多いのは事実だから、今はもうやっていない過去の行事に何かかもしれぬ」
 しかし、依頼主のミュールの婿イアンは若いのだ。
 失われた過去を探っても何も出てこないかもしれない。
 その日の報告はそれで終わりにした。まだもう少し時間があるので結論を出すのはまだ早く、推論をするための情報すら少ないのだ。
 明日もまた情報収集するしかない。
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