優しい攻防戦

白川ゆい

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続編

悪いこども

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 先生の部屋は初めてだ。それどころか、男の子の部屋に入るのも初めてだ。

「……なんか……部屋からも無愛想な感じ出てるね……」
「ああ?喧嘩売ってんのかテメェ」

 緊張を紛らわすために憎たらしいことを言ったら睨まれた。緊張してるんだよ、察してよ。先生は全く気にもせず私をリビングに置き去りにして隣の部屋に入った。チラッと見えたそこは寝室で、先生がいつも寝ているのだろうベッドがあって。心臓が口から出そうだった。
 ネクタイを外し上着を脱いで来たらしい先生は、 立ち尽くしている私を見て怪訝そうな顔をした。

「座れよ。お祝いするんだろ?」
「うっ、うん」

 緊張しているのが分かったのだろう、先生が私の目の前に立つ。そして顔を覗き込んできた。ち、近い。またキスするのかな。心臓が破裂しそうで、目を瞑ることもできなくて固まったままじっと先生を見る。先生は目を細めて顔を近付けてきて……

「お前ニキビできてんぞ」

 吐息のかかる距離でそう言った。

「は、はぁ?!」
「鼻の頭」
「っ、最低!デリカシーない!」
「おうおう。キス期待してたのに悪かったな」
「……!」

 こんな意地悪な人、やっぱり好きになったの間違いかもしれない!……とはやっぱり思わないけれど。楽しそうに笑いながらキッチンに行く先生を、私は精一杯睨み付けた。
 テーブルの上には、ワインとぶどうジュースとケーキ、そして先生が買ってきたコンビニ弁当。シュールだなぁと思いながら、ワイングラスにぶどうジュースが注がれるのを眺めていた。
 時計をチラッと見ると夜の7時だった。タイムリミットは後二時間弱。短いなぁと妙に焦る。でも、それでもこうやって先生が会ってくれたのが嬉しい。

「乾杯しよう」

 先生がふっと微笑む。私はおずおずとワイングラスを先生のそれに合わせた。

「……合格おめでとう」
「うん、ありがとう」

 やっぱり、先生に言ってもらえるのが一番嬉しい。笑うと先生も笑ってくれた。

「電話の声暗かったからダメだったのかと思った」
「うん、ドキドキするかなぁと思って」

 先生はコンビニ弁当を食べながら笑う。ちなみに私は家で晩ご飯は済ませてきた。急遽のお祝いだったけれど、ケーキも買ってきてくれたから先生って実は優しい。記念日とか覚えていてくれる人だろうか。

「春から無事大学生だな。家から通うのか?」
「うん、電車で30分だし」
「そりゃそうか」

 一人暮らしをしたほうが、先生と自由に会えるかな。実家暮らしだと親の目があるから外泊とかできないし……

「やっぱり一人暮らししようかな」
「なんで」
「……何となく」
「なんだそれ」

 先生は笑って、それ以上聞いてこなかった。先生のことだからきっと、私の考えていることなどお見通しなのだろうけれど。
 楽しい食事が終わって少しゆっくりすると、もう8時半だった。先生が立ち上がる。私は先生の服を掴んでいた。

「……帰りたくない」
「言うだろうなと思ってた」

 呆れたように笑って、先生は私の手を簡単に放す。そして寝室に行って上着を取ってきた。

「……行くぞ」
「っ、」

 なんで。先生は平気なの?私は先生ともっと一緒にいたいよ。本当に私のこと好きだって思ってくれてるの?付き合うことになっても、私ばかり好きじゃない。
 動かない私を見て、先生は面倒臭そうにため息を吐く。頭がカッとなって、私は自分の服に手を掛けた。
 恥ずかしいって気持ちはあまりなくて。 とにかく先生を困らせてやりたいって気持ちでいっぱいで。先生は冷めた目で私を見ていて、でもブラを取ろうとした時流石に止められた。

「……なに」
「服着ろ。帰るぞ馬鹿」
「っ、馬鹿じゃないよ……!」

 馬鹿じゃない。子どもだとは思うけど。私はこんなに必死なのに、先生はいつでも余裕だ。

「先生、私先生になら何されても平気だよ」
「……」
「お願い。私の気持ち無視しないで」

 先生の顔が近付いてくる。分かってくれたんだ、そう思って目を瞑った、のに。

「……だからお前は馬鹿なんだよ。早く行くぞ」

 先生は冷たい声でそう言った。

「……っ、もういい!一人で帰るから送らなくていいよ!」

 私は服を着て、家を飛び出した。
 それからしばらく、先生の連絡を無視した。先生は全然私の気持ちを分かってくれない。分かろうともしてくれない。メールだって電話出ろ、とかいい加減にしろ、とか子どもに送るようなメール。私は先生の子どもでも妹でもない、彼女なのに。
 本当に抱いてほしいと思ったわけじゃない。私だって先生を犯罪者にはしたくないし。ただ、安心させてほしかったの。先生もちゃんと私のことを想ってくれているって。
 春休み、とにかく私は家でゲームをして過ごした。もう先生なんて知らない。
 でもしばらくしたら先生の声が聞きたくて顔が見たくて寂しくてたまらなくなる。もし、会ってない間に他に好きな人ができていたらどうしよう。元カノとヨリを戻すことになっていたらどうしよう。先生の名前で埋め尽くされた着信履歴を見つめながら、連絡してみようかと悩む。
 一人泣きそうになっていたら、突然携帯が震えた。ぎゃっと色気のない声を上げて携帯を落としてしまう。その時に通話ボタンを押してしまったらしい、画面が通話中を示していて一人慌てた。
 恐る恐る携帯に耳を当てる。すると電話の向こうから「あ、出た」と呑気な声が聞こえてきた。
 ああ、先生の声だ。聞くだけで嬉しくて涙が出そう。

『今から迎えに行くから家の近くのコンビニで待ってろ』
「は?え?」
『五分で着く』
「え、私、」

 プー、プー、と無機質な音が聞こえる。私が家にいるかも分からないのに、なんて勝手な人なんだ……!まぁ、ほぼ家にいるからいいんだけどさ。

「おう」

 コンビニの前で待っていたら、この前のことなんて全く気にもしていないらしい先生が車から顔を覗かせた。乗れ、と言われて一瞬躊躇したけれどとりあえず車に乗る。先生はすぐに車を発進させた。

「どこ行くの」
「んー?俺ん家」

 先生が何を考えてるか、わからない。
 しばらくしたら先生の家に着いた。私は終始むくれたままで、先生は時々私を見て笑っていた。
 家に着くと、前みたいに私を置いて先生は寝室に入る。この間に帰ってやろうかな、なんて思っていたら寝室から先生が呼ぶ。ドキドキしてしまう自分を恨めしく思いながら、寝室に入った。
 寝室には黒一色のベッドだけが置かれていた。ソワソワしながらまた立ち尽くしていると、腕時計を外しながら先生がベッドに座る。そしてその隣をポンポンとした。そ、そこに座れと言う意味だろうか……。ドキドキしているのを悟られないように、余裕ぶって座る。
 その瞬間、先生が私の肩を押した。ベッドのスプリングが軋む音がする。驚く暇もなく、覆い被さってきた先生に唇を塞がれた。この前みたいに触れるだけのキスじゃなく、固く閉ざした唇の隙間から舌が入り込んでくる。ギュッと目を瞑れば涙が目の端から溢れた。先生の大きな手が、服の隙間から入ってきて肌を撫でる。ピクンと跳ねた体。吐きそうなほどの緊張。どうしよう、どうしよう。そう思っていると、先生が唇を離した。ギラギラとした瞳に、ゴクリと息を呑む。

「……俺が何を考えてるか、教えてやるよ」
「っ、せん、せ」
「お前が逃げ出さないようにどうやって縛り付けてやろうか」

 先生の大きな手が私の両手首を掴んで頭の上で押さえつける。すごい力。

「俺から離れられないように体に快楽を植え付けてやろうか」

 ブラウスのボタンを上の方から外していって、先生の指がそこを撫でる。素肌に触れる指は熱い。

「お前の気持ちなんか考えずに、壊れるくらいに抱いてやろうか」

 先生の瞳がぎらりと妖しく光る。開いた胸元に唇を寄せて、先生はそこに口付けた。あ、と甘い声が洩れる。

「……そういうの全部、理性で無理やり抑えてんだ。何故かって?お前のことが大事だからだ」
「……っ」
「好きじゃなかったらお前ぇみたいな面倒なの選ばねぇわ馬鹿。できるなら今すぐヤリてぇし。好きな女が目の前で脱いでんのに何もできない俺の気持ちも考えろ」
「……せん、せ……」
「だから先生って呼ぶな。すっげー悪いことしてる気分になるから」

 先生が私を組み敷いたまま項垂れる。思わず笑ってしまった私を見て、先生も釣られたように笑った。

「……なぁ、お前は自分だけだと思ってるかもしれないけど」
「え?」
「俺も結構不安だ。大学行くようになったら色んな男いるだろうしな」
「っ、わ、私が好きなのは先生だけだよ!」
「……そういてもらうためにも、ちゃんと言わねぇとな」
「え……」
「……好きだ。お前のこと。どうしようもないくらいに」

 甘い顔で微笑まれたら、もうどうしたらいいか分からない。

「お前を離す気なんか更々ねぇから。……だから俺だけ見てろ」

 甘い甘いキス。先生はキスだけでこんなに幸せな気持ちにしてくれる。体を重ねる日が来たら、私はどれだけ先生を好きになるのだろう。怖いくらいに、私は先生のことが好きでたまらない。
 先生は私を抱き締めたまま、隣に寝転んだ。先生の胸に顔を埋める。いい匂い。

「……今日はもう少しだけこのままでいていい?」
「いいけど、腰の辺りにはあまり近付くなよ」

 ぷっと吹き出した私に、先生は

「おま、男は大変なんだからな」

 と恨み言を言った。
 まだまだ不安になるけれど。もう少しだけ先生のことを信じてみたいと思った。
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