優しい攻防戦

白川ゆい

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続編

悪いおとな

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 青い空。霞がかる空は春のそれで。私は空を見上げて一つため息を吐いた。

「暗ぇな」
「き、緊張してるんです!」

 車の中から私を見て笑っている先生は当然緊張など微塵もしていない。他人事でいいよな、と心の中で一つ悪態を吐いた。
 今日、私の第一志望の合格発表がある。ここ三日くらい、気になりすぎて眠れなかった。大丈夫、ダメだったら滑り止めの私立は受かってるんだしそこに行くだけ。今日いきなり路頭に迷うわけじゃない。そう何度も言い聞かせても吐きそうな緊張は治まらなかった。
 先生は家まで車で迎えに来てくれて、駅まで送ってくれた。しばらく車の中でメソメソしていたけれど、先生の仕事の時間も迫っているから車から降りた。

「大橋」
「な、なに」
「もう一回車乗れ」
「なんで?」
「いいから早く」

 ニヤニヤ笑っている先生は私が緊張している姿を見て面白がっている。酷い人だ。好きになる人を間違えたかもしれない。……とは思わないけど。
私は先生に言われた通りもう一度車に乗り込んだ。時間大丈夫なのかな。私は先生に会いたかったから早い時間の電車で行こうと思っただけで時間はたっぷりあるのだけれど。

「先生、時間……!」

 大丈夫?と聞こうとして固まった。運転席に座る先生が身を乗り出して、助手席に座る私に……

「き、キス!」
「おう」
「み、見られたかも!」
「誰に」
「歩いてる人に!」
「だな」

 未だ至近距離にいる先生は、さっきまでとは打って変わって真剣な顔をしていて。もう一度唇を重ねようとするから、私は弱い力で先生の胸を押した。

「……何だよ」
「い、だ、だって、外いっぱい人いる……」
「見りゃわかる」
「恥ずかしい、し」

 先生はふっと笑って、私の頬を撫でた。優しい顔。こんな顔、一生見られないと思ってたのに。今は当たり前のように見られる、すぐそこにある。幸せすぎて怖い。

「……彩香」
「……っ」
「お前もほら、名前で呼んでみろ」
「う、む、無理っ」
「いつまでも先生だと犯罪者になった気分になるからやめろ」
「だ、だって、付き合い出してまだ一週間だし」
「……でももうキスもした。彩香は俺の恋人、だろ?もう先生じゃない」

 そうやって、色気を全面に出してくるのはやめてほしい。ドキドキして何も考えられなくなる。先生のこと以外。

「ゆ……」
「ん?」
「ゆ、悠……くん!」
「……まぁ、今はそれで許してやるか」

 先生は満足そうに笑ってもう一度私にキスをした。先生はいい匂いがして、少しだけ煙草の匂いが混じっている。癖になりそうで、もう一度してほしいと既に思っていて。もちろんそんな恥ずかしいこと口に出せないから私は自分のスカートをぎゅっと握った。

「……もう行かねぇと」
「……うん」
「そんな寂しそうな顔すんな。今日学校終わったら迎えに行くから飯食いに行こう」
「ほんと……?」
「おう。……受かってても、ダメでも。俺はちゃんと彩香のそばにいるよ」
「せ、……悠、くん」
「大丈夫。また電話する」

 先生の優しい笑顔に見送られて、私は車を降りた。さっきより、不安が少なくなってる。もう怖くない。やっぱり先生はすごいな。ふふっと笑って、私は歩き出した。
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