はい、こちら伝言課

かみくら+

文字の大きさ
9 / 13
伝言1

8 解釈にもよります

しおりを挟む
「それでは今日はこれで」

 そう言って一ノ瀬は原田さんのマンションを後にした。

 結局、ひととおり話が終わっても三井が来ることはなかった。原田さん曰く、
「三井ちゃん、すっかり一ノ瀬くんのこと信頼しちゃってるのねぇ…」と頬に手を添え言っていた。

 一ノ瀬は内心(いや、ちがうだろ絶対)と突っ込みつつ、課長のことはこの際置いといて佐久間さんの住所を調べるために一度市役所に戻ることにした。もう時間もお昼時だからコンビニで弁当でも買っていこうと足を市役所とは逆方向に向けた。

 コンビニはここから5分とかからない場所にある。土手沿いの真っ直ぐな道を先程の会話を思い返しなから歩く。

 原田さんは「小説の続きを読みたい」といっていた。だけど同時に一ノ瀬は「言葉で伝えて欲しい」ということも頼まれたのだ。あの言い方からして、二人にしかわからない何かがあるのが一ノ瀬には感じられた。でも、それが何かがわからないのだ。まるで魚の小骨が喉に刺さったままでスッキリしないような感覚である。

 ただ、これだけは言えることがある。それは原田さんにはどうしても佐久間さんに会えない理由があるのだということ。それがなにかはわからないのだが、多分それが分かれば原田さんが直接会えない理由もわかってくるだろう。

「今日はメロンパンかなー」

 考えながらボーっと歩いているとコンビニに着いた。入ってすぐの棚を右に曲がり、奥のパンのコーナーに向かう。

 一ノ瀬は甘党だ。ここのコンビニは自宅から近いし24時間やってるからよく利用していて、きまっていつも買っているのがこのコンビニチェーンオリジナルの「こだわり!菓子パンシリーズ」である。

「お、ラッキー。メロンパンポイント2倍じゃん」

 おまけに貧乏性でもある。

 一ノ瀬は財布からポイントカードを取り出しレジにパンを置いて店員にカードを渡す。

「そんなに甘いもんばっか食べてると、糖尿になるよ」

「余計なお世話で……って、課長!?」

 思わずびっくりして財布を落としてしまった。幸い財布の口はまだ開けてはいない。というか、依頼主との予定をすっぽかした人がなぜココにいる。

「私もお昼買いにきたんだよ」

「え、今なんで…!」

「思ったこと、そのまんま口に出てんぞー」

 慌ててパッと口を手で押さえるが、課長にクスクスと笑われ恥ずかしくなり手を下ろす。

「外で待ってて。すぐ行くから」

「え、なんでですか」

「これ、上司命令だから」

 そう言われてしまったら仕方がない。こんな感じでも一応自分の上司である。しぶしぶといった感じで一ノ瀬はレジ袋片手に店の外でまっていた。

 しばらくして「お待たせ」と声がかかり、ふたりは市役所へと足を進めた。

「原田さん、どうだった?行ってきたんでしょ」

「ええ、だいたい電話の通りでしたよ。まあ、課長が来なかったので業務を完全に遂行できたかは分かりませんが」

 語尾を少し強めに言って、課長のほうをジロリとにらむ。だが課長の方はどこ吹く風で「ふーん、そっか」と言うだけであった。まったく、分かっているのかいないのか。このまま引き下がるのもなんだから、と一ノ瀬は続ける。

「だいたい課長は連絡ミスやら遅刻やら、社会人なら当たり前にできなければいけないことができなさすぎます。しかも原田さん、いつものことだからって言ってましたけど当たり前にしちゃダメなんですからね。こんな調子じゃ、仕事にならないじゃないですか。」

 なんとか言ったらどうなんですか、と勢いで言えば三井は足を止めて一ノ瀬の顔をじっと見つめる。

「な、なんですか。文句があるんで「わかった」……え?」

 「うん、そうだよね。社会人としても上司としてもこのままじゃいけないよね」

 三井は一人で納得しているようだが、こちとら何がなんだか分からない。だが改心してくれてはいるようなので良いか、とホッとした。

 ………が

「じゃあこれからは一ノ瀬の仕事ね、打ち合わせとか。うん、絶対その方が良いわ。…あーなんで気付かなかったんだろう。こんなにも仕事ができやすくなるのに!」

 そうだそうしよう、と言いながら三井はスタスタと歩いていく。一方、一ノ瀬は予想外すぎる言葉に開いた口が塞がらなかった。そのため次に発することばが出るまでに幾らか時間がかかってしまった。

「ちょ、待って下さい!」

「何さ」

「いやおかしいでしょ。遅刻しないようにするのが普通でしょうが。何でそれが仕事を俺に丸投げでおわるんですか!」

「何もおかしくはないじゃない。あなたが出来るんなら、それで」

「いや、だから普通は」

「私はあんたにとっての普通とか、わかんないから」

 なに言ってんだコイツ、と思い一ノ瀬は呆気に取られる。だが三井はいたって真面目にこう言い放った。

「私は自分にできる仕事をしているわ。当然、今も昔もここの課長は私であって、業務内容を決めるのは私だし勤務形態を決めるのも私。ああ、昨日言ってた仕事内容はキッチリ教えるから心配はいらない」

「いや、心配とかじゃなくて…」

「もし、このことに異論があるなら」

 三井はそこで言葉を一度きって、こちらを振り返る。

「まずは目の前にある仕事をきちんとこなせるようになりなさい。人の声に触れるこの仕事がまともに出来るようになったら、あなたが言う“普通”を認めてあげる。そうじゃなきゃ、私は今の状況を変えようとは思わない」

 「ぐっ……」

この女、部下だからって俺のことなめやがって。常識的に考えて自分がおかしいということがまったくもって分かっていない。

 自分が言ったことは正しいはずなのに、一ノ瀬はなぜか三井の言葉に言い返すことができなかった。そのかわりに思い浮かんだのは昔、幼馴染に言われた言葉だった。

『普通普通って……ハル君の基準に、なんで私が毎回合わせなきゃいけないの!?』

 相当昔の記憶だから最近はあまり思い出すことはなかったのに、なぜか今はっきりと頭に浮かんできた。その後自分は何と言ったのか。もう思い出すこともできないが……

「おーい、なにボーっとしてんのー?」

 行くよー、とずいぶん遠くに行ってしまった三井の声にハッとし、止まっていた足と思考を再び動かし始めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...