悪魔のカナリア

はるの すみれ

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*外伝 …スピンオフ…*

Who are you…?

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物心付いた時から、私達姉妹は自分達の誕生日の日になると必ず、見ず知らずの人のお墓に手を合わせに連れて来られてた。

  
  そして、十五歳の日になる十二月二十四日、私達は今日も見知らぬ誰かの墓標に手を合わせていた。


  「さて…二人はママと先に車に戻ってろ、俺はもうちょっと此処にいるから」


  「はーい!ねぇパパ?…」


  「ん?」


  「ううん、やっぱりなんでもない…行こうあきちゃん」


  パパはいつもこうやって墓標の前で何かを考えている。その表情はいつも見ているぱぱのかおと違っていて、私の知らないぱぱがそこには存在していた。

  
今日こそは、白黒つけようと思っていた、このお墓の主の話も、持ち掛けようとしていたのに、パパの顔を見ていたら言えなくなって、ことばを慌てて飲み込んでしまった。


  私は双子の妹のあきちゃんと北風のせいで、冷えている手を繋いで車に戻った。


  車には先に戻っていたママが二人の弟と談笑しているのが扉越しに聞こえてくる。


    車の扉を開けると、暖房の暖かさとママの優しい声が私達を包んでくれた。


  「あら、ちーちゃんたちお帰り、あれ?パパは?」


  私とあきちゃんがママに返答したのは同じタイミングだった。


  「まだお墓だよ」「まだお墓」


  「あらそう、ふふっパパらしいわね」


  私はママの言うパパらしいの意味がよく分からなかった。ママは私達の事は幼少期から知っているけれど、パパと結婚したのは私達がしょうがくせいになったばかりの頃だから、わたしたちの方がぱぱの事はよく知ってるつもりだった。


  だからこの時、私の内心には、少しだけ妙な孤独感というか、嫉妬感みたいな感情が芽生えたのはあきちゃんには伝わっていたらしい。


  あきちゃんが私の手をキュッと握ってくれた事でママへの妙な感情は、スッと冷たい水を飲み込んだみたいに消えてなくなっていった。


  「悪りぃ悪りぃ」


  私達が車内にいるママと弟の愛美藍「あいびらん」と末っ子の純平「じゅんぺい」と談笑していると、パパが駆け足で運転席に乗り込んできた。


  「平さんお帰りなさい、ゆっくり話せた?」


  ママはパパに優しく言葉を投げ掛けた。


    「あぁ、きっと伝わってると思う…」


  パパはどこか遠くを見つめながら、ママにそう呟いた。ママとパパは結婚してから十年近く経った今も仲が良くて、喧嘩をしている姿は一度も見た事がない。ママは今、私達の三人目の弟になる子供を妊娠中だ。春には生まれる予定の為、パパはママの体調を毎日気遣って生活していた。


  「よし、今日はちーちゃんずの誕生日だから、飯でも食って帰るか、プレゼントは家で渡すからな、それにしてもお前達ももう十五歳か…来年は高校生…早いもんだな…」


  ぱぱは私達に笑みを向けながら口を動かした。私とあきちゃんは顔を見合わせて微笑むとそれぞれ、パパに言葉を返す。


  「パパ、一人で思い出に浸らないでよね!パパとママには育ててもらって感謝しているけど、せっかくの誕生日なのに卒業式みたいな空気になるじゃない!しんみりするのは嫌いなんだからね」


  「パパ…千愛紀もパパとママに感謝してるよ」


  「お前達、泣ける事言ってくれるじゃねーか…」


  「勝手に感動しないで!」


  大袈裟なくらいのリアクションをする、パパを皆で笑いながら、十五年目の誕生日は過ぎてい行った。


    *誕生日から一週間が過ぎた頃、愛美家は新しい兄弟の誕生を機に、今まで住んでいたマンションから一軒家に引っ越す準備を進めていた。


  私達の部屋も布団以外は片付いて、新しい家では一人ずつ部屋が与えられる事になっていた。今まで過ごしてきた部屋とお別れするのは寂しいけれど、新しい家に対しての期待感は底知れないものだった。


  今日は委員会の用で先に登校してしまった、双子の妹のあきちゃんの代わりに幼馴染の悠人が家を訪ねて来て、一緒に学校への道を歩いていた。


  「この間の小テスト全滅だった…」


  「はぁ?あんなのも分かんねーの?千愛紀に言ったら鼻で笑われるんじゃね?」


  私は幼馴染の白瀬悠人に慰めてほしくて、パパにも、千愛紀にも隠していた本当の事を話したのに、それが裏目に出てしまった。その結果こうして、クラスでも成績の良い悠人に嘲笑されてしまった。


  一見、不真面目そうに見えるのに、悠人は成績も良くて、運動も出来る、おまけに顔も良いから女子生徒から毎日ラブレターやら、愛の告白を受けていた。


  そんな彼とは同じマンションで、同じ幼稚園で、同じ小学校、そして、高校もあきちゃんと三人で同じ場所に行こうと約束をしているのだった。


  私は悠人を恋愛対象として意識した事はなかったけど、悠人はそうではなかったらしく、悠人から告白されて今年の春から一応お付き合いをし始めた。


  クラスメイトや趣味でやっている、バンド仲間には付き合い始めた頃、散々揶揄われて恥ずかしい思いをしたけれど、今となっては、悠人が恋人で良かったと心から思う日が増えている。


  悠人は昔から家族ぐるみで仲良くしているので、私と交際し始めたからといって何かが変わったわけでもない。だから、今でもあきちゃんと三人で遊んだりもしている。

  
    そして、こうやって私の事を馬鹿にしてきたりする日々が穏やかに過ぎていたはずだった。


  「ねぇ…悠人、今日学校行きたくない…どっかで遊ばない?だめかな…別に、悠人の家でもいいの…取り敢えず、今は二人になりたいっていうか…」


  「は?どした?具合でも悪いのか?千愛紀と喧嘩でもしたのか?それとも、俺の事が好き過ぎて…でも待ってくれ千幸紀、俺はお前の初めてを簡単にもらうような男じゃないぜ、まぁ、お前がどうしてもっていうなら…」


  私の言葉に語弊があったらしい、最初はそれらしい言葉を並べていた悠人はそのうちに、下心をむき出しにしてニヤニヤとし始めた。


  「はぁ、そんなんじゃないよ…それにキスもした事ないくせになんでそうなるのよ…それに!あきちゃんとも喧嘩してないし、だけど悠人に話したい事があるの…それと…その話をしたら、悠人は私の事嫌いになるかもしれない…ううん、絶対嫌いになる」


  悠人は私の言葉の意味が理解出来ていないようで、呆然と空を眺めていた。


  「んな事勝手に言ってんな、取り敢えず家に行こうぜ、今日も俺ん家は俺以外帰って来ねーし、学校には俺が連絡しておく、千愛紀にも連絡しておけよ、携帯買って貰ったんだろ?」


  「うん、あきちゃんにはそのつもりで連絡してある…もしかしたら、あきちゃんも学校行ってないかも…奏太兄ちゃんのところにいるかも知れない…だとしたら、あきちゃんも今日、家に帰って来ないから」

 
私の言葉を聞いて、悠人は納得したように頷いてみせる。そして、ゆっくり口を動かした。


  「別に、千幸紀が帰りたくないなら泊まっていけよ、おじさんには俺が連絡しておこうか?紅花先生だと大袈裟に心配するからさ、こういう時はおじさんの方がいいだろ?」


  悠人にとって私の事は何でもお見通しらしい…。私の少ない言葉から、こうやって本心を読んで私を守ってくれるんだ。


  悠人は俯いた私の頭を優しく撫でてくる。


  いつからこんなに大きな手になったんだろう…。昔は私と変わらなかったのに…。悠人も私を置いて大人になっていくのかな…。


  独りでに孤独感に苛まれて俯いた私に気が付いたのか、悠人は私をそっと抱きしめてくれた。
  

    「馬鹿…誰かに見られたらどうするの…うっ…くっ…」


  「おいおい、泣くなよ…ほら、行こうぜ」


  「うん…」

  
  目から溢れた涙を拭いながら、悠人と手を繋いで家の方に戻り始める。パパはもう通勤してしまったから、家にはママが一人でいるはずだ。
  二人の弟も小学校と幼稚園に行っているはずだから、ママに見つからなければ後はどうにかなる。


  私達は無事にママに見つかることなく、ゆうとの家に戻って来た。パパと喧嘩した時や、どうしても学校に行きたくない日はこうやっていつも悠人の家に入り浸るのが、私の中で定着していた。悠人の両親は有名なミュージシャンで、滅多に家にいる事もなく、ほとんど海外で生活をしているらしい。


  その為、実質悠人は八歳、歳上のお兄さんと二人暮らしと言った方が正しいのかもしれない。悠人のお兄さんも小さい頃から、モデルの仕事をしていて、家には不定期で戻ってくるらしい。


  そんな理由もあり、私達はこうして、悠人の家を好き放題に使っていた。


  「ただいま!」


  「お邪魔します」


  悠人につられてリビングに入ると、悠人は冷蔵庫からミルクティーをグラスに注いでテーブルに二つ並べて一つを私に飲むように促してくれる。


  「いつも、ありがと…」


 「どういたしましてっ、それよりさ、なんで元気ねーの?お前がそんなんだと襲う気にもなれねーんだけど?」


  私は悠人からもらったミルクティーを一口くちに含むと、時間をかけてそれを飲み込んだ。


  「あのさ…これを見てほしい…」


  私は今回の本題にいきなり切りかかった。ゆうとは私が通学用の鞄から取り出した封筒にしせんを注ぐ。


  「ん?手紙?誰から貰ったんだ?俺という男が居ながら、良い度胸だな、俺から断ってやる!千幸紀は俺のだから何があっても渡さねー!千愛紀にも彼氏がいるから二人からは手を引きなってな!」


    勝手な勘違いで盛り上がり始めた悠人にポツリと私は呟いた。


  「そうじゃないよ…この封筒は引越しの準備でパパの部屋を片付けた時に出てきて…中身を見ちゃったの…軽弾みで見たんだ…パパのラブレターかなとか、パパのへそくりが入ってるんじゃないかって…そしたらさ」


  私は悠人に封筒の中に入っていた一枚の写真を手渡した。


  悠人はその写真を見て言葉を失っていた。悠人がハッと息を飲むのも私には感じ取れた。


  暫くの沈黙の後、悠人が絞り出したようなこえで言葉を零した。


  「これ…誰だよ…」


    「私も知りたいよ…だけど…知るのが怖いよ…」


  私の身体は小刻みに震えていた。その理由は悠人には分かっているはずだ。幼い頃からずっと私達と一緒にいる彼には…。


  私もあきちゃんも薄々気が付いていた。パパと私達があまりにも似ていない事…それに、パパに私達のママについて尋ねると、しらばっくれるというより、本当に知らないというような印象を受けた事があった。


  私達がママに似ていてパパと似ていないのだとしても、私達が生まれたという事実がある以上、パパは私達のママと男女の関係があったのだから、ママの事を知らないはずはないのだ。


  なのに、以前、パパは私の問いにこう答えた。


  「ねぇ、私達のママはどんな人だったの?」


  『んーと?背が高かいような気がしたな…』


  私はこの日から、パパと私達の関係を気にするようになった。


     それに、私達は昔からパパと似ていない事で周りの大人から陰口を言われていたのも知っていた。


  私はそれらの記憶を元に悠人に対して口を零した。


  「悠人はどう思う…?私ね…この人達が私とあきちゃんの本当のパパとママだと思うの…だって髪の色も瞳の色のこの人と一緒だし、それにこの男の人、奈津兄ちゃんに似てる…パパと奈津兄ちゃんが仲が良いのも関係があるのかな…?」


  「千幸紀…こっちこい」


   「私…私っ…私は誰なの…愛美平の娘じゃないのっ?…っ…私は誰…っ?」


  「千幸紀!!!」


  取り乱した私を強く抱きしめながら悠人は呟いた。


  「千幸紀は千幸紀だよ、愛美千幸紀…少なくとも俺は愛美千幸紀しか知らない!!それに、おじさんだって千幸紀達に隠し事はしないと思う…この写真だっていつかきっと何かの意味があって取って置いたんじゃないのか?千幸紀も千愛紀も愛美家の娘だよ…」


  「悠人…私、怖いの…パパに捨てられるのが怖いの…私達はパパと血縁者じゃないかもしれない…だけど、パパはママと結婚して自分の家族が出来た…そしたら、私達はパパとママにとって邪魔になっちゃう…だから…私達は…これ以上、パパとママの側には、邪魔は出来ないよ…」


  私は悠人に縋り付いて泣き出した。泣いても意味はないって分かっているのに涙は止まらなくて、気が付いた頃には私は悠人の膝の上で子供のように眠りに落ちてしまっていた。


  「おっ、起きたか?」


  「うん…泣き過ぎて頭痛い…」


  「馬鹿だな、本当に…おじさんには俺から連絡しておいたから、受験勉強したいし、見たい映画もあるから今日はお泊りしますって、そしたらおじさん、千幸紀に手出したら許さんぞだって、あの言葉には圧力があったぜ…」


    困ったような笑みを浮かべる悠人に私はしがみついて目を閉じる。


  「悠人、ありがとう…たくさん泣いたらお腹空いた…」


  「はいはい、何か作るから待ってろ、あっ!そうだ、制服着替えろよ、俺の部屋にお前が前に置いていった服があるから、俺も着替えてくる」


  そう言ってリビングから姿を消した悠人を見送っていると、テーブルの上に置かれていた例の写真が私の視界に映り込んだ。


  写真には私達と同じ髪の色と瞳の色をした童顔の男性の姿と、その隣には銀髪の美しい眼帯を付けている目鼻立ちのはっきりとした女性の姿が写されていた。女性は大きなお腹に両手を愛おしそうに添えて微笑んでいた。


  何故だろう…。私とあきちゃんはこの写真を見た時に自然と涙を零した。


  そして、同時にこう呟いた。


  『お母さん…お父さん…』


  写真を見た時に感じた不思議な感覚は今も身体中にこびりついたように残っている。


  私達には分かっていた、この人達が本当の両親だという事が…。


  名前も知らないこの人達が今どこで何をしているのか、そんな事は検討が付いていた。


  私達の誕生日になると赴くあの墓標。


  きっとあそこにお父さんとお母さんが眠っているのだろう。


  だから、パパは毎年ああやって私達を両親に会いに行かせているのだ。


    パパの事だからいつか私達がこの事実に気が付くのも分かっていて、そうしているのだろう…。


  だから、私も向き合わなくてはいけない…。


  自分が本当は誰なのか…。


  という漠然とした課題に。


  *コトコトと小さく揺れている鍋を見つめる悠人の横で、サラダの盛り付けをしながら悠人にもう一つの 課題を突きつけてみる。


  「ねぇ、悠人…?もし、私が犯罪者の娘だったとしたら、どうする?」


  私の問いに悠人は眉根を寄せて怪訝な表情になった。


  「んだよ?俺はお前がどこの誰でも絶対に嫁に貰うって決めてるから、んな事関係ねぇよ!」


  自分で聞いた問いの答えがプロポーズで返ってくるのは予想外だったから、思わず顔が紅潮して、心音が外に漏れてないか心配になる。


  「馬鹿…そんな事当たり前でしょ、悠人が貰ってくれなきゃ誰が貰ってくれるのよ…」


  何とか良い返さなきゃと思って出した答えは、現実の恋愛とは思えないほどに甘く、馬鹿げていて、脳みそが溶けそうな程に体温が上昇するのを感じていた。


  「可愛いな、まぁ、お前が誰の子でも関係ない、気にすんなそれと…詮索で物を言うなってよく兄ちゃんが言ってた、だから、千幸紀も気持ちが落ち着いたらおじさんに本当の事、聞いてこい、それで落ち込んだら俺のとこにこい、また一緒に学校サボってこうやって二人で一緒にいようぜ」


  「うん、ありがとう…」


  悠人は私の頬に手を当てると、ゆっくりと私の唇に自分の唇を重ねた。


  人生初めてのキスはちょっぴり切なくて涙の味がした。


  この日は悠人と一緒に眠って、翌朝二人で私の家を訪れた。


  玄関を開けると、私と同じ顔のあきちゃんがそこには立っていて、私をゆっくりと抱きしめて呟いた。


  「おかえり…ゆきちゃん」


    「ただいま、あきちゃん」


  私は悠人と一緒に家の中に入り、あきちゃんと悠人と三人でリビングで弟と遊んでいたパパに声を掛けた。


  「パパ、私達…パパに聞きたい事があるの」


  パパは遊んでいた手を止めて、私達三人に向き直った。


  「おはよう、千幸紀に悠人、お前達健全なお付き合いをしてるんだろうな?それはそうと、話すんなら、俺の部屋でいいか?丁度、俺も話をしようと思ってたんだ」


  私と悠人は顔を見合わせて俯いた後、パパの部屋へ足を運んだ。


  「お邪魔します」


  悠人はパパに声を掛けてから入室して、パパの部屋のベットに腰掛けた。私達も悠人の隣に腰掛ける。


  三人が腰を下ろしたのを確認しながら、パパは部屋の扉を閉めて、部屋に置かれている木目の椅子に腰掛けた。


  そして、三人の顔をゆっくりと見つめてから口を開く。


  「お前等、でっかくなったな…はぁ、いつまでもチビでいてくれたらいいのにな…そしたら、いつまでも何も言わずにいれたのに…まぁ、それも出来ないんだけどな」


  そう言ったパパの表情はいつもの明るいパパとは別人のように切なげだった。パパは困ったように頭を掻きながら、重たい口を動かした。


  「単刀直入に聞くけど、あの写真を見たんだろ?それで昨日、二人は帰って来なかった…それくらいお前等のパパだから分かってるさ、」


  私とあきちゃんは顔を見合わせてから、同時に言葉を呟いた。


  「あの人達は誰?」


  パパは深呼吸を一回すると、ゆっくりと私達の問いに答えを出した。


  「あの写真に写っているのは、お前達の本当の両親だ…そして男の方は俺の心友で…殺人犯だ…」


    やっぱりそうなんだ…。私は内心そう思っていた。だって写真の裏に、悪魔の鳥籠の印が刻まれていたから…。


  「でも、どうして、私達は生まれたの?獄中で出産?パパが私達を育てるようになった経緯は?」


  私より先に問いを投げかけたのはあきちゃんだった。私は事実をしる事の恐怖心が芽生え始めて隣にいる悠人の手をそっと握りしめた。


  悠人はそれに気が付いて私の手を握り返してくれた。


 パパは私達に柔らかい笑みを零すと、口を動かした。


  「お前達はこの世界を変える為に生まれたんだ…千幸紀はアリスから生まれているけど、千愛紀は咎愛とアリスの細胞を人工的に抽出して機械で胎内を再現して千幸紀出産に合わせて生まれた…咎愛達はお前達を愛していた…最期の日まで…」


  「最期って…」


  私がパパに問い掛けるとパパは答えを返してくれた。


  「アリスは元々身体が弱くて出産と共に亡くなったんだ、その事は前々から分かっていた…それでも二人は子供を生む道を選んだ、そして、咎愛はアリスを一人に出来ないからって言って…自殺した…俺は咎愛からお前達を育てて欲しいと頼まれた、そしてお前達が大きくなったら俺の判断で二人の話をするように言われてた…」


  パパはそう言うと唇を強く噛んで俯いた。パパはきっと私達の両親を救えなかった事を後悔しているのかもしれない…。


    「正直、このまま黙っておいた方がお前等の為なのか…とか、早く話した方がいいのか…とか、散々悩んでたんだ…まぁ、遅かれ早かれ俺は隠し事が苦手だから、バレるのは分かっていたけどな」


  パパは困ったように私達に笑って見せた。私はパパに聞きたかった事を口にする。


  「ねぇ、パパ?…私達のお父さんとお母さんは私達を産んだ事、後悔していないかな…私達はこうやって生きてていいのかな…?パパだって私達を育てる為に沢山の犠牲もあったでしょ?周りの目だって優しいものじゃなかったのは分かってる…それでも…それでも後悔はないのかな…?」


  パパは私に近寄ると、私の頭を優しく撫でた。そして柔らかくて暖かい声を出す。


  「千幸紀、千愛紀、こっち来い!」


  私達は言われるがままにパパの方へ身を近付けた。


  パパは私達を笑顔で見つめると、いきなり強く抱きしめる。


  「わっ!」「パパ…?痛いよ」


  「ばーか!お前達が生まれてきて、後悔なんてした事ねーよっ!!それに咎愛とアリスはお前達の事、心の底から愛していたぜ…それは俺が保証する…絶対に…」


  パパの腕の中で、私は頬に伝う涙を流れるまま床に落とした。あきちゃんの表情かおはよく見えなかったけど、きっとあきちゃんも泣いていたと思う。


  こうして、私達は初めてお互いの存在を理解した。


私は誰なのか…?


  この漠然とした問いの答えは納得できる答えをパパが出してくれた。


  私は松雪千幸紀…。


  ううん…。


  愛美千幸紀だ。


  この答えに間違いはない。


  私はそれでも感謝している。今、こうして生きていられるのは、カナリア(罪人)であっても、両親のおかげなのだから…。


  ありがとう咎愛さん、アリスさん…。


  ううん…。お父さん、お母さん。


  





  


  
  
  

  

  

  
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