フォーカスレンズであなたをのぞいて…

はるの すみれ

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私の初恋

* レンズ越しの恋

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 ピピピッピピピッ
カチッ…。


七時にセットした目覚ましが規則正しく朝を告げて私は眠い目をこすりながら体を起こした。


「んー!朝か!」


まだまだ眠たい体を動かして、白いレースのカーテンを開けた。


パジャマを脱いで体操服に着替える。
脱いだパジャマは、すかさず畳んでベッドの上に置いた。


周りの人からよく几帳面だと言われるけどこういった行動には私なりの理由があった。
ちょっとした自己満族でしかないけど、次に使う自分のために少しでも見栄えや効率を良くしたいという気持ちからだった。


私は昨晩に準備してあった体操服に着替え終わると鏡を見ながら髪を櫛で梳いた。


「よし、準備オッケイ!いい写真撮れるといいな」


私は今日をとても楽しみにしていた。
なぜかというと、今日は体育祭で競技中は写真が取り放題だから楽しみなのだ。


私は飴食い競争の誘導係になっているから、それ以外と自分の参加する綱引きの時以外は自由に写真が撮れることが何より嬉しい。


体育祭なんて避けて通りたかったイベントも写真を撮るためなら喜んで参加したい。


私は階段を駆け下り、家族の待つリビングへ足を運んだ。
一番最初に顔を合わせるのは五年前からココアと決まっていた。


「おはよう!」


「おはよう」


母と父は私の方を振り返って挨拶を返してくれた。
私はココアの頭を撫でると朝食が用意されてあるテーブルへ向かった。


 「体育祭なのに楽しそうだな柚子?毎年泣きそうな顔をしながら参加してたのに今年は何か楽しみがあるのかな?」


読んでいた新聞から顔を上げた父と目があって、私は大きく頷いた。


「うん、今日の体育祭は自分がでる競技以外、写真部は写真を取り放題なの。城咲高校に入学して良かった。」


私の言葉を聞いて父は優しく笑い出す。


「ははっ、柚子は本当に写真を撮るのが好きなんだな」


「うん!大好き」


父は嬉しそうに頷くと、コーヒーを一口啜り新聞を畳み始めた。


「柚子、頑張れ!いい写真が撮れたら父さんにも見せてくれよ」


「うん!見せるね!」


私は食器を片付ける父の背中を眺めながら用意されていたクロワッサンを口に運んだ。


バターの香りが鼻腔をくすぐって次の一口を誘導していく。


  「んー美味しい!」


私はクロワッサンを頬張りながら母が淹れてくれたミルクティーを味わった。


朝食を終えて、身支度をするといつもの癖でローファーを履いてしまい、スニーカーに履き替えた。


「よし、準備万端!行ってきます!」


私はいつもより早歩きで駅まで向かった。
少しでも早く学校に行ってカメラを触りたい、そう思っていた。


駅にはいつもより早く着いた。
乙葉もまだ来ていないようだ。


私は携帯を取り出して、カメラを起動させた。
私の頭上に広がる秋晴れの青空にピントを合わせ、シャッターボタンを押した。


カシャ。


小さな音が鳴ると同時に青空の写真がデータフォルダに保存された。


やっぱり青空を見ると写真を撮りたくなるのは性分なのかもしれない。
そうこうしていると、私の姿を見つけた乙葉が走って来るのが見えた。


「柚子ー!おはよう!」


「おはよう、乙ちゃん!」


私たちは挨拶を交わすと駅のホームの歩いて向かった。


私達はいつもと同じ時間の電車に揺られて駅に着くと学校へ急いだ。
私は一階にある部室に走る。


ガラガラッ


「おはようございます!」


勢いよく部室の扉を開けて中に入る。


「おはようございます、花白さんに有坂さんも」


部室の中にいたのは愛理先輩でも穂乃果先輩でもなく女子生徒の噂の的の葉月先生だった。


「おっおはようございます…葉月先生…」


私はてっきり、愛理先輩達がいると思って大きな声で挨拶をしたのに、少し恥ずかしくなってくる。


そんな私に構わずに葉月先生は爽やかな笑顔で私達に歩み寄って来る。
この笑顔に女子生徒は夢中になるみたいだが、私は葉月先生を乙女チックな感情で見たことはなかった。


「はい、花白さんと有坂さん今日はこれで写真を撮ってくださいね」


葉月先生から手渡されたのは、それぞれ違うメーカーのデジタルカメラだった。

「これってNIKONの…」


私の言葉に葉月先生は頷き、話を始めた。


「花白さんにはNIKONのカメラで有坂さんにはCASIOのカメラを渡しました。メーカーが別々なのは撮り比べてみたりできるかなと思ったのと、使いやすさを比べたり出来るかなと思ったからです」


葉月先生は笑顔を崩さずに続ける。 


   「それと…撮り比べという事なので、嫌でも写真を撮ってもらう手段になるかと思いまして。お二人は真面目に取り組んでくれそうですが、去年はカメラを下げたまま何もしない生徒もいましたから、今年は対策をしてみました。」


つまりは、さぼり対策をしたいわけですね。


「つまり、さぼり対策ですね」


私の思っていた事を乙葉がさらっと声に出した。
穂乃果先輩は嫌でも写真を撮らざるを得なくなったわけだ。


そうです。と笑顔で葉月先生は頷いた。


「前田さんと松川さんにもお二人と同じメーカーのカメラを渡すつもりです。せっかく部費で購入したんですから、使っていただかないと。」


私は手に持っていたカメラを壊さないようにそっと握りしめる。
嬉しすぎて今にも走り出したくなる。


「葉月先生!私頑張ります!」


私は思わず葉月先生に大きな声で宣言していた。
先生は笑顔を崩さずに頷く。


「柚子、気合い入り過ぎ、壊さないように使いなよ」


力が入り過ぎている私の肩を叩きながら乙葉は苦笑いしていた。


私はとりあえず深呼吸をして自分を落ち着かせた。


私達は葉月先生に頭を下げて、教室に向かった。
嬉しさのあまりにスキップをする私の後ろを乙葉が苦笑いしながらついてきていた。


「柚子、はしゃぎすぎだよ」


「だって、NIKONだよ!NIKONのカメラだよ!」


「私はCASIOだけど、交換しなくてもいい?」


乙葉の言葉に私は頷いた。


「今日はNIKONを楽しむつもり、来年はCASIOを堪能する、絶対にそうする!」


「柚子らしいね」


私の発想に乙葉は驚くこともなく頷いていた。
小学生の頃から一緒にいるから私の思考回路はお見通しなのだろう。
そんな乙葉に私は甘えすぎなのかもしれないけどこの距離感が昔から大好きだ。


はしゃぎすぎる私とそれを見守る乙葉。
いつまでもこの関係を続けていたいな、なんて、乙葉に縋る私は甘いのかもしれない。


私達は教室に入り、先生が来るまで日常会話を楽しんでいた。 
 

  先生が教室に来ると、生徒達は慌ただしく席に着いた。
担任の栗田先生は柔らかいブラウンの髪色をした小柄な女性教師だ。歳も若くて緊張感なくなんでも話せるような優しい雰囲気の先生だった。


栗田先生から今日の日程や係の行動についての話が終わると私達は体育祭本番を迎えるために教室から出て校庭へ向かった。


体育祭といっても開催日は平日のため、保護者で来場する人はほとんどおらず、生徒達が楽しむためのものという認識が強いようだった。


開会式が終わると私はカメラを片手に動き回った。
徒競走の選手を撮ったり、綱引きの様子を撮ったり、たまに先生方を撮ったり、なかなかに楽しそうな様子が伝わる写真が撮れていた気がする。


午前の部が半分終わる頃、私は乙葉と合流して写真を見せ合いっこした。


「流石柚子、真面目だね。ちゃんとした写真がいっぱいだね」


「乙ちゃんのも見せて?」


私は乙葉が撮った服数枚の写真を眺めた。
ピッピッピッ
撮った写真をボタンを押して確認していると、そのほとんどがいわゆるイケメンや美女の写真だった。


ちゃんと葉月先生も撮ってあるあたりはちゃっかりしていて乙葉らしい。


「なにこれ?」


私の問いに乙葉は堂々と答える。


「文化祭の物販用にいいかなと思って、二年生の美男美女カップルを撮りたいけど、変な噂あるから気が引けたからそれ以外の有名どころを拝借しました!どう?いい感じに撮れてる?」


私は呆れて目をパチパチさせていた。


「抜け目がない。乙ちゃんらしいね。」


「でしょ!さあ、もっと撮って物販の材料増やさなきゃ!」


乙葉の気合いの入り方に気圧されて苦笑いを零した。


私も負けてられない、なんて思ってカメラを何気なく持ち上げた時。


私の目に、一人の男子生徒の姿が目に入った。
レンズ越しに見る彼は、頬に伝う汗を手で拭いながら一点を一心に見つめていてこちらの視線には気づいていないようだった。


「かっこいい…」


知らぬ間に口から溢れた言葉の通り、私の見た彼はこの場の誰よりも輝いている気がした。 


  彼は競技中の校庭を見つめつつ、手に握ったプリントにペンで線を引き、その場にいた他の生徒に指示を出したりしていた。


彼の行動には一切の無駄がなかった。
一つのことが終わると、すぐに次の行動に移り、こまめに先生と話をして確認を取ったりしていた。


私はそんな彼の一瞬を逃さないように慌ててカメラを構えてシャッターを切った。


カシャ…。


カシャ…。


何枚も、何枚も彼の行動を逃さないように撮り続けた。


そんな私を観察していた乙葉が私の肩を揺さぶり現実へ引き戻した。


「わっ…乙ちゃん…びっくりした…」


突然、視界が揺れ始めて驚いた私に対して、乙葉は不思議そうな顔をして私を見つめていた。


「柚子?何をそんなに真剣に撮ってるの?」


「えっと…」


「もしかして、梅原先輩?それならやめといた方がいいよ…梅原先輩と岡本先輩に近づくと呪われるって噂があるから」


「梅原先輩…?」


 私がシャッターをきった彼の体操服には梅原という文字はなかった。
だから私は首を傾げた。


「そう!梅原先輩!今柚子がカメラを向けた先にいる小さい人形みたいに可愛い人」


 私は乙葉の視線を探り、乙葉の言う梅原先輩を探し始めた。


 「あっ、あの人がそう?」


私が乙葉に確認を取ると乙葉はゆっくり頷いた。


「可愛い顔…お人形さんみたい…いいなあ」


何故今まで目に入らなかったのか不思議なほどの美少女が私の目には写っていた。
顔のパーツ一つ一つが精巧な人形のように可愛いらしい作りになっていて、一目見ると目に焼きつくような美しさを放っていた。


「柚子、梅原先輩を撮ってたなら消しな!呪われちゃうから」


「呪いなんて嘘だよ!そんなことあるわけないじゃん」


私は乙葉に笑いながらそう言うと、乙葉は至って真面目な顔をして嘘じゃないと言い張った。


「別の学校の女の子が梅原先輩と彼氏の岡本先輩に関わってから様子がおかしくなったりしたって聞いたから…」


乙葉は私を本気で心配しているらしい。
私はそんな優しい乙葉に先程撮った写真を見せた。


「乙ちゃん、見て!私が撮ってたのは梅原先輩じゃないよ?」


   ピッピッピッっと指でカメラを操作し、私が撮った写真を乙葉に見せた。
そこには用具係と書いた襷を肩から下げた彼が写っていた。


一枚、一枚、彼の真剣な表情が写真にはしっかり写っている。


私の写真を眺め終わった後、乙葉は首を傾げた。


「誰?この人」


私は即答した。


「知らないけど、格好よかったから」


私は気づけば彼から目が離せなくなっていた。
自然と彼を目で追っていて、彼を視界に入れるたびに胸がドキドキして熱くなった。


「あっ!この人見たことあると思ったらファミリーショップの店員さんだよ!」


乙葉は思い出せてスッキリしたような表情をして私を見つめていた。


「柚子、この人のこと気になるの?」


「えっ!なんで?!」


「だって、カメラのデータフォルダこの人ばっかりじゃん」


確かに言われてみれば、朝からコツコツ撮った写真の枚数を用具係の彼の写真が上回っていた。
いつの間にこんなに撮ってたんだろう。


乙葉の言う通り、気にならないと言えば嘘になる。
さっきから私の目は彼を追い続けているのだから。


「乙ちゃん…私この人が気になるみたい」


理由は分からないが私は彼に目を奪われて、意識まで奪われ始めている。


「柚子、それって一目惚れじゃない?」


「ひっ!!一目!一目惚れ?!」


まさか…。
私が、一目惚れ…。


そんな訳がないとはっきり否定したいのに出来なかった。
現に私の心は彼の写真を撮りたくてうずうずしていた。


「柚子、顔が赤いよ?」


「えっ?本当?」


私は触っても分かるはずもないのにおでこやら頬やらを掌でペタペタ触ってみた。


そんな私を見て乙葉は思いっきり吹き出した。


「もおっ柚子ってば挙動不審だよ」


乙葉に笑われて私は頬を膨らました。


「乙ちゃん、笑い過ぎだよ!」


乙葉はようやく笑い終わると私の肩を優しく叩いた。


「記念すべき柚子の初恋だね!」


初恋…。
私が…。
このキラキラした暖かい気持ちが恋…。


私は胸に手を当てた、彼が視界に入る度に心臓が早足になった。


「乙ちゃん…私…恋してる」


乙葉は私に優しく笑いかけた。


「柚子、応援してるからね!」


「ありがとう、乙ちゃん!私、頑張る」


   張り切って頑張るなんて言って見たものの、具体的に何をすればいいかも分からないし、彼の事を私は何も知らない。


一つだけ分かっている事は、彼はこの学校の近くにあるファストフード店のファミリーショップで働いている事くらいだった。


恋をしたのはいいものの、名前も歳も分からない。
話したこともなければ、直接会ったこともない。ましてや彼が誰かと付き合っている可能性も否めない。


私は自分を恨み始めた。
この恋が叶うことがあるのだろうか…。


私は首をブンブン振り、不安を振り払った。
行動する前から落ち込んでいては何にもならない。


そんな私を遠目に見ていた乙葉は全てを見透かしたように私に笑いかける。


「柚子ってば、頭パンクしてるでしょ?とりあえず、同じ学校なんだから知り合いになる機会は沢山あるから大丈夫だよ。それにバイト先も分かってるんだからいざとなったら行ってみるのもありだし、深く考え過ぎないの!」


「乙ちゃ~ん」


私は乙葉に思いっきり抱きついた。
胸元のカメラがぶつかってガチャっと音を立てた。


「あっカメラ!大丈夫かな?」


私は我に返りカメラを持ち上げて傷がないか慌てて確認した。
幸いにも傷はついてないようでほっと胸を撫で下ろした。


「柚子、気を付けないと葉月先生に怒られるよ!」


「うん!気を付ける!」


「大丈夫だよ、柚子!私が応援してるんだから絶対上手くいくんだから!」


「ありがとう!」


乙葉はやっぱり頼りになる。
乙葉の言葉を聞くだけでパンクしていた頭からモヤモヤがスッキリと消えて言った。


私達が話し終わる頃に放送部のアナウンスが流れた。


『皆さま、これにて午前の部を終了致します。午後の部は午後2時からの開催になります。各自一時間半の休憩を取って下さい』


私と乙葉はアナウンスが終わると、教室に戻る生徒の波に紛れて歩き始めた。


教室に戻ると乙葉と席を合わせ、お弁当を開けた。
母の作った、卵焼きとお惣菜とかでタコ型になったウインナーが入っていて、ご飯は私の大好きなわかめの混ぜ込みご飯になっていた。

「いただきます!」

私は箸を握ると卵焼きから口に運んだ。
私の好きな甘味に仕上げてあり何個でも食べれそうなくらい美味しい出来だった。


   「お母さん、ありがとう…美味しい…」


思わずここにはいない母に対しての感情が滲み出してしまう。
乙葉にとってはいつもの事だから特に何も突っ込まれずに箸を動かしていた。


私は黙々と箸を動かす乙葉に尋ねる。


「乙ちゃんは彼氏のどこが好きなの?」


私の突発的な質問に乙葉はピタリと箸を止めて私を見つめた。


「乙ちゃん?」


暫く私を見つめたままフリーズしてしまった乙葉に不安を抱いて名前を呼んでみた。


乙葉は私に呼ばれてようやく口を動かした。


「ごめん、ごめん!柚子と恋愛絡みの話をするなんて想像もしてなかったから驚いちゃって」


確かに、今までずっと一緒に過ごしてきたけど恋愛の話は聞くだけで私から持ち出したことはなかった。驚かれるのも無理はない。


「ちょっと気になって聞いてみたの、いきなりごめんね」


「ううん、柚子とこんな話が出来るなんて嬉しいよ」


乙葉の顔は驚きの表情から笑顔に変わっていた。


「んーと、壮馬のどこが好きって言われるとパッと思いつかないな…強いて言うなら…私の事を一番に考えてくれるところかな」


「一番…にか、」


一番に乙葉の事を考えているのは私だって同じなのに、なんて思ってしまった事は口には出さずに心の中にしまい込んだ。


「柚子にもそんな人が出来るといいね!」


「いいな、私もそんな事言ってみたいな」


私はわかめご飯を箸でつついて口に運んだ。
大好きな味が口の中に広がり頬が緩む。
よく味わってから飲み込み、前々から思っていた事を乙葉にお願いしてみた。


「乙ちゃんが木村君の事、話てる時の顔今度撮らせて!」


「うえええっ!!ゆっ柚子ってばいきなり何を言い出すのよ!」


乙葉の声が思いの外大きくて周りの生徒達の視線が私達に集まってしまい、私達は体を縮めて視線から少しでも逃げようとした。


「乙ちゃん驚きすぎだよ!」


私は人差し指を唇に当てて静かにするように諭した。


「柚子が変な事言うからでしょ!絶対嫌!恥ずかしいから絶対だめ!」


「えー!何で?」


「何ででも!この話はおしまい!ほら早くしないと休み時間終わっちゃうよ」


半ば無理矢理話を終わらせて乙葉は私をまくし立てた。乙葉の事はよく知っているから、これ以上私が強く出ると乙葉はいい顔をしないだろう。


黙って乙葉に従い、残っていたおかずを口に運び続けた。 


  『これより、体育祭午後の部を開催致します。午後の部の種目は騎馬戦になります。選手の方は第2入場口にお集まり下さい。』


私達は教室から出ると、再びカメラを持って校庭に向かった。


そういえば、第2入場口には用具係のテントがあり、さっきの彼もそこで仕事をしていたからきっとまたあの場所にいるはずだ。


私は乙葉の手を引き第2入場口に走って向かった。


「ちょっと柚子!そんなに急がなくても」


「だって、早く会いたいんだもん」


早く会いたいだなんて、直接会うわけでもないのに彼を少しでも見ていたくて足に羽が生えているみたいに早く走れた。


「はあっ、はぁっ、あれ?」


乙葉を連れて走ってきたのはいいものの私が会いたかった彼はどこにもいなくて私は少し寂しくなる。


楽しみにしていたお菓子が知らない間に誰かに食べられてしまっていたみたいに肩を落としてがっかりした。


「いなくなっちゃった…」


私の肩をトントンと慰めるように乙葉が優しく叩いた。


「どんまい柚子、大丈夫だよ。きっとすぐ会えるって」


私は頷いた。
一体どこに行ってしまったのかなんて、彼は用具係の襷をしているのは確かだから、仕事を全うしてるのかもしれないし、近いうちに自分の出る競技があるのかもしれない。


まだ会えないと決まったわけじゃないから、落ち込むのは早いよね…。


「乙ちゃん私諦めない!」


「うっうん、柚子なのに燃えてるね」


「なのにってどういう意味?」


「そのまんまの意味、写真とピアノ以外に興味を示さない柚子がまさか一目惚れした男子にこんなに魂を燃やすなんて驚いてる。」


「だって私今、不安になってるの」


私は今、言葉の通り不安になっていた。
私の初恋の彼は用具係のテントにいない…。
他の用具係のメンバーはさっきと変わらなずそこにいるのに…。


あの人はいない…。
あの人とあの人がいない。


「乙ちゃん…あの人とさっきの梅何とか先輩もいない!もしかして二人で一緒にいるって事はないよね?」


私は半分泣きそうだった。
もし、彼とあの可愛いらしい人形みたいな先輩が恋人関係だったら、あんな可愛いらしい顔をした先輩に私が敵うわけがない。


  「乙ちゃん…私…あんな可愛い人に勝てないよ…」


今にも膝をついて泣き始めたくなる。
そんな気持ちを必死に堪えて先程から黙りこみを決めている乙葉に視線を送った。


「ぷはっはははは!!!柚子ってばさっきの私の話聞いてた?」


「えっ?何のこと?」


「もう、柚子は大事なところ忘れてるんだから、今度こそよく聞いててよ!」


私はコクコクと頷いた。


「梅原先輩には超絶イケメンの岡本先輩がいるから大丈夫!二人は学校中で有名なくらいラブラブでお互い他人に付け入る隙を与えないくらい一緒に行動してるから柚子の心配はいらない心配って事!」


私は目をパチパチさせた。


「私の早とちりだったってこと?」


乙葉は頷いた。


「そういうこと!だって梅原先輩は柚子の好きな人とは違う色の襷してたし、用具係じゃないからここにいないだけなんじゃない?だから柚子が心配することは何にもないと思うよ!ここで待ってたらそのうちに戻ってくるでしょ」


「なんだ、よかった」


安心感で胸が暖かくなった。
乙葉の言う通りここで待っていた方が会える確率は高いはずだ。


私は心を落ち着けるために校庭の真ん中で繰り広げられている騎馬戦と言う名の戦いの写真を撮った。


頭についた紙風船を必死に叩く様は最早体育祭の種目というよりプロレスを見ているみたいだった。


その横で私は私の心配が無駄だったことを確信した。乙葉の言葉通りの事が私の目の前で起こっていた。


人形のような小柄の美少女と手を繋いで歩く細身の男子。
よく目を凝らすとその少女が先程の梅原先輩だと分かった。


私はホッと胸を撫で下ろした。


撫で下ろした胸は次の瞬間に熱を帯びて高まる。


用具係のテントに向かって沢山のペットボトルを抱えて走ってくる生徒…彼だった。


彼はテントに着くとテント内の生徒に抱えていたペットボトルを配り始めた。


私は騎馬戦からカメラを彼に向けてシャッターをきった。
短髪の髪に汗を光らせながらテント内の用具を頻りに確認している様についつい見入ってしまう。


  私が何枚か彼の写真を撮っていると彼の襷の下の名前が少しだけ見えた。


「上……?かみ?うえ?それともかみ?」


そこまでしか名前が見えなくてもどかしい気持ちになった。
せめて、名前だけでも知りたい。


閉会式まで私は彼の名前を知るために何枚も写真を撮ったり、目を凝らして見つめたりしていたけれど結局『上』以外の名前が分からなかった。


乙葉は競技の途中でイケメンを撮ると言う目的を思い出し、勢いよく走り去っていった。


あっという間に終わってしまった体育祭は私にとって忘れられない思い出になった。


ホームルームが終わった私達はカメラを片手に部室に急いでいた。


ガラガラガラッ


「失礼します!」


「失礼します」


私達が部室に入ると部室には既に愛理先輩と穂乃果先輩、それから葉月先生が今日撮った写真の確認をしていた。


私達に気づいた三人がカメラから顔を上げて笑顔で出迎えてくれた。
私達に最初に声をかけたのは葉月先生だった。


「花白さん、有坂さん、お疲れ様でした。お二人の写真も拝見させていただいてもいいですか?」


私達は葉月先生にそれぞれのカメラを差し出した。


葉月先生が、最初に手に取ったのはCASIOのカメラ、つまり乙葉が使っていたカメラだった。


ピッピッと細くて長い指を動かしながら一つ一つデータフォルダの写真を確認している。
愛理先輩と穂乃果先輩も葉月先生の手元を覗き込んでいた。


「これは、学校の有名人ばかりですね…有坂さんが写真を撮影した動機は何ですか?」


乙葉は自慢気な表情を浮かべ話し出す。


「文化祭の物販やアルバムとかで使えると思って撮りました!」


葉月先生は苦笑いしながら頷いた。


「確かに、動機としては間違っていませんね。物販用もありますし、被写体になった生徒達には僕から許可をいただけるか話してみます。それから、僕の写真は必要ですか?」


乙葉が撮った写真の中には葉月先生が写っている写真もあった。
乙葉は葉月先生の言葉に大きく頷いた。


「必要です!葉月先生、よろしくお願いします!」


葉月先生は困り笑顔で頷いた。


「仕方ないですね。有坂さんの頼みなら断れませんから」


乙葉は嬉しさからガッツポーズを決めていた。

 
  そんな乙葉をみんなで笑っていると、葉月先生が私の方に向き直った。


「じゃあ次は花白さんの撮影した写真を拝見させて下さい」


葉月先生が伸ばしてきた手に私はNIKONのカメラを渡した。


ピッピッ、可愛らしい機械音とともに画面に映し出される写真は名前も知らない彼ばかりで最初の5枚以外は全て彼の写真で埋まっていた。


葉月先生は写真を眺めながら、私に乙葉に聞いた問いと同じ問いを投げかけた。


「これは、一生徒がメインのようですが、花白さんの撮影動機は何ですか?」


私が答えようとした瞬間、乙葉が勢いよく会話に入り込んだ。


「そっそれは…」


「好きだからです」


私の小さい声より、私の感情をストレートに表した乙葉の回答が葉月先生の耳に入るのが早かったらしい。


「なるほど、花白さんは彼に恋をしているのですか」


納得したように頷く葉月先生に、私は両手をばたつかせて撮影動機を述べた。


「あの、先生と有坂さんの言う通りなのもあるのですが、私の中で係の仕事を汗を流しながら取り組む姿が輝いて見えて、それから今日は彼を取り続けたくなったんです。」


私は恥ずかしさから両手で顔を隠した。
きっと、私の顔は真っ赤に染まっていて皆の視線は私をからかうためのものに変わっていると思い込んでいた。


指の隙間を作り目を開けると、皆の視線は私に集まり顔はからかいの笑みを浮かべていた。


「葉月先生、花ちゃんが撮った写真見せて下さい!先生が知ってる生徒ですか?」


穂乃果先輩が葉月先生に声をかけると葉月先生は私の方を見て、写真を見せていいかジェスチャーで聞いてきた。


私はゆっくりと頷いた。


穂乃果先輩と愛理先輩は宝箱を開けるみたいに目を輝かせ、葉月先生の手からカメラを譲り受け、画面を二人一斉に覗き込んだ。


私は恥ずかしさから再び両手で顔を隠した。
頬は熱く、心臓は緊張からか早足で動き出す。


写真を見て先に声をあげたのは穂乃果先輩だった。


「えぇー!!花ちゃん、上崎が好きなの??」


「この子有名人?」


「そんなわけないじゃないですか、愛理先輩は知らなくて当然ですよ」


   私の穂乃果先輩の一言に顔を覆っていた手を開いた。みんなの視線は私ではなく、私の使っていたカメラに集まっていた。


穂乃果先輩は確かに彼の名前を知っていた。
『かみざき』と今、私の耳にしっかりと刻まれた。


「かっ上崎さんって方なんですか?何年生ですか?何科ですか?」


私は穂乃果先輩に必死で質問を繰り返した。
そんな私の勢いに穂乃果先輩は苦笑いしていた。


「花ちゃん、落ち着いて、落ち着いて」


「すみません、つい…」


私は自分の慌てぶりが恥ずかしくなって逃げ出したくなってきた。
そんな私に笑顔で声をかけたのは穂乃果先輩ではなく葉月先生だった。


「彼の名前は上崎樹君、普通科の2年4組、僕のクラスの生徒です」


「せっ先生のクラスの人だったんですね、あの…」


私は葉月先生に彼のことを質問しようとしたが首を横に振りやめた。
初めて好きになった相手なのだから自分の力で彼のことを知りたい、そう思った。


「葉月先生、やっぱり何でもないです。あの、この写真を持っていていいかは私が上崎先輩に直接聞きに行ってもいいですか?」


「分かりました。上崎君には花白さんから話をして下さい。上崎君も喜びます。」


「 ありがとうございます!」


私は葉月先生に頭を下げた。


私達はこの後、お互いの撮った写真を見せ合い、画質の違いや解像度などを見比べたりした。
今年ばかりは穂乃果先輩も葉月先生の策にはまり、写真を複数枚撮影していた。


愛理先輩の写真は先輩の身の回りの友達がメインで仲睦まじく写真に収まっていた。


穂乃果先輩の写真は体育祭の用具や装飾がメインで、体育祭というイベントをテーマに撮影していたらしい。


四人それぞれが同じ日の同じ時を生きて撮影した写真がこんなにも違っていることが写真という魅力のような気がする。


写す人、写る人、写すものによって一枚の写真が別物に変わる。


だからこそ私は写真が大好きだった。
私は今日の写真に私の初恋を詰め込んだ。


いつかあの人にこの気持ちが届くといいな。 


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