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第一章:狂愛・壊れた家族
1・笑顔の裏側 sideリア
しおりを挟む「リア、おまえはゴンドル族の希望の光になってくれ」
「希望の光?」
「そうだ、おまえたちゴンドル族は、未だ政府に追われ生活も制限されている状態だ。きっと私がその道を開く。おまえは、好きな道を行くんだ……」
幼い頃、一度だけ養父にそう言われ、大きな暖かい手で頭を撫でられた。
優しかったお父様。暖かかった家族。
その家族は今、養父の死をきっかけに壊れてしまった──。
*
「行ってきます、お父様お母様」
春の陽気に眠気の誘われそうな4月。今日から、大学の夏学期が始まる。
私は、毎朝亡くなった両親の遺影に手を合わせ、挨拶をしてから出かけるのが習慣だ。
両親と言っても、本当の両親ではない。いわゆる養父母だった。
養父ダニエルと、養母レナーテ。二人はとても仲の良い夫婦だった。
養父は数ヶ月前に流行病で、養母は、6年前に事故で亡くなった。
20年前の戦争の最中、ゴンドル族の私は、森の中に放置されていたところを養父に拾われた。敵対していたゴンドル族の赤ん坊であるにも関わらず、両親は私を育ててくれた。
それ故、早々に本当の娘でない事を知らされたが、私は養父母を本当の両親のように思っているし、ここまで育ててくれて感謝している。
リビングにある鏡で、外見の最終チェック。
ササッと簡単に済ませて玄関に向かおうとすると……。
「待ちなさい、リア」
「お兄様……」
私を呼び止めたのは、義兄のアルフレッド。
亡くなった両親の実子で、私より4つ年上の24歳。国内ではそれなりに名の知られている企業に勤めていて、毎日忙しそうにしている。お父様譲りの紺色の髪に、サファイアブルーの瞳。ご近所の奥様方からは、イケメンであると密やかに言われている。義妹の私から見ても、クールで優しい人だ。
だけど……
「ほら、髪から耳が出ている。身だしなみには気をつけなさい」
義兄が、私の赤い髪を整えてくれる。
ゴンドル族と人間の違いのひとつは、耳。
耳の先端が、動物のように少々毛が生えているのだ。
いわゆる、獣耳、である。
それ以外の見た目は、人間となんら変わりはない。
戦争に負けたゴンドル族は、今でも人間から差別を受けていると聞く。本来、今の法律ではゴンドル族は政府の管轄下で生活しなければならないそうだ。
そのため、私はずっとこうして耳を、正体を隠して生きてきた。
養父がそう言っていたという事は、私の他にもゴンドル族の生き残りがいるのかもしれないけれど、私は今までに出会ったことがない。もしかしたら、私のように隠れて生きているのかもしれない。
「ありがとう、お兄様」
髪を撫でられ、そのまま頬を包むように義兄の手が触れる。
「俺も一緒に出よう。……行ってきますのキスを──」
「……」
促され、私は言われるがままに顔を上げる。
行ってきますのキス──
それは、私たち家族の間では当たり前の事だった。
だけど、養父が生きていた頃は、頬にキス、だったのに──。
義兄はいつしか、私の唇を求めるようになった。
口の中で、ねっとりとしたものが絡みつく。
「ん……は……」
吐息が漏れる。
甘く深い、とろけるようなキスに意識を持っていかれそうになる。
堪えきれず、私は義兄を半ば強引に突き放した。
「お兄様……。こういう事は……もう……」
俯いたまま懇願した。しかし、私はその先を言えずにいた。
言ったところで、何を言われるかわかっていたからだ。
「もう……なんだ?」
「……」
「戦災孤児のおまえを養いここまで育て、しかもゴンドル族であるおまえを匿っている恩を仇で返すつもりか……?」
「決して、そういうつもりでは……!」
数ヶ月前に養父が亡くなってから、義兄は変わってしまった。私が反発したりすると、こうやってゴンドル族の事を持ち出し、責め立てるようになってしまったのだ。
何事もなければ優しい義兄なのに、毎日唇を求められ、行動を制限され、私の心はすり減っていくばかりだった。
「あら、おはよう~。アルフレッドさんにリアちゃん」
「おはようございます」
「おはようございます……」
家を出ると、お隣の奥様がいつものように明るく挨拶してくれる。
義兄は、にこやかに挨拶を返す。
私も……懸命に笑顔を作って挨拶をする。
「いつも兄妹仲が良くていいわね~。うちの子たちなんて、いつもケンカばかりで……」
お隣さんの、いつもの調子が始まった。
「ええ。リアは本当に良くできた妹で……」
これも、いつものテンプレート。
養父が亡くなる前は、これが義兄なのだと、普通だと思っていた。
けれども今は、体裁を取り繕っているだけのようにしか見えなくなってしまった。
ああ、本当にもう、外面だけはいいんだから……。
*
「じゃあな、リア。今日もまっすぐ帰ってくるんだぞ」
「はい、お兄様」
義兄が、大学の近くまで車で送ってくれたが、降りるなり釘を刺されてしまった。
でもこれくらいなら、波風立てずに素直に返事をしておいた方がいい。
私はしばらくその場に立ち尽くし、義兄の車を見送った。
……抗えない。
このまま逃げ出してしまいたいと、何度思ったことか。
でも。
ゴンドル族である私には、行く当てなどないのだ──。
お父様……。
なぜ、私を助けたのですか……?
私は、誰にも気づかれることなく涙を流した。
大学での講義を終えると、義兄が近くに車を停めて待っていた。
「リア。やっぱり心配だから、迎えにきたよ」
友人たちと談笑しながら帰る途中、義兄が現れて、私の心は一気に沈んだ。
「きゃあー! 誰、あのイケメン!」
「えっ? リアのお兄様なの!?」
友人のジェシーとモニカが、囃し立てる。
義兄が友人たちの前に現れると、こうなる事は今までにも何度もあった。
二人は大学で知り合った、私の数少ない友人だった。
ジェシーは、小柄でかわいいタイプで、モニカは、スラッとしたお姉さんタイプ。
二人とも、とても気さくで優しい。私がゴンドル族であることは知らないはず……だけど、もしかしたら気付かれているかもしれない、と思う事はある。
「お兄様、今日は友達と帰るから……」
さっきまで、パンケーキの話題で盛り上がっていたのに。
地獄に叩き落とされた気分だ。
「何言ってるのよ、リア! せっかくイケメンのお兄様が迎えに来てくれたのに!」
「そうよ。あたしたちとは、また大学で会えるでしょ?」
二人は友人である私より、イケメンの義兄の味方になってしまった。
お兄様の方こそ、毎日家で顔を合わせているんですけれど!?
「えっ、でも……。私もパンケーキ行きたい……」
また義兄に反抗しなければならない。友人と一緒なら許してくれないだろうか、などと淡い期待を抱いてしまう。しかし、反抗すればするほど、義兄の圧力は強くなっていくのだ。
「リア」
義兄の、完璧な体裁用の笑顔。
知らない人達は、皆この笑顔に騙される。
義兄は、決して人前で私を貶めたりしない。
笑顔の裏に、大きな圧力を感じて、私は負けた。
「うう、わかりました……。ジェシー、モニカ、またパンケーキ行こうね」
「君たち、すまないね」
ジェシーとモニカに笑顔を向けながら、義兄は私の肩に触れて車に乗るよう促した。
「いえいえ! パンケーキは、いつでも行けますから!」
ああ、もう二人は義兄の虜になってしまっている。
人の気も知らず、笑顔で手を振ってくれている。
私は、二人と別れ、しぶしぶ義兄の車に乗った。
彼女たちは知らない──。
義兄の本当の顔を。そして、私がこれから何をされるのかも。
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