聖女の母と呼ばないで

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遙香とリンジーの泣き声の大合唱のあと、イザベルが用意した飲み物のおかわりを飲み、そのままその場はお開きとなった。


イザベルは、遙香にナイトウェアを渡しながら、

「アルベルトが、隣の部屋を与えられて控えていること」と、
「イザベルとリンジーは各部屋に備え付けられているベルを鳴らせば呼ぶことが出来ること」

を伝えた。



「明日は、朝の予定はありませんので、ゆっくりお過ごしください。」

「はい。ありがとうございます。」




「あの、ハルカ様。」

イザベルは、少し言い淀むが、すぐに決意したように言う。

「すぐには無理かもしれません。私は、この場所がハルカ様にとって、「家」のように安心できる場所だと思ってもらえるようにしていきたいのです。

この部屋から出れば、お立場から感情を隠し、理性的に振る舞わなければならないことも多いでしょう。

ですが、この部屋は、ハルカ様の場所です。全てをこの国のしきたりに合わせる必要はありません。

私とリンジーは、「ハルカ様」の侍女です。

それを、覚えておいて頂きたいのです。」


言い終えると、イザベルは、遙香の様子を伺う。

今日会ったばかりの一介の侍女の言葉など、普通ならば「差し出がましい」と一蹴されて終わりだ。
けれど、イザベルは、今夜のうちに遙香に伝えたかった。

リンジーのおかげとはあまり言いたくないが、結果的には遙香が感情の一部を吐露するに至った。
その内容は、召喚などに巻き込まれることがなければ、親類や友人とともに時間をかけて昇華させていくべきものだろう。

別邸に到着してから見てきた遙香の様子から、本来、遙香は理性的に思考し行動できる人物だと見受けられる。

だからこそ、このままでは、遙香はこの国が求めるがままに私心を殺していってしまうのではないかと危惧した。


この言葉は、今、遙香に必要だとイザベルは思ったのだ。



遙香はポツリと呟いた。

「甘えてしまうかもしれない。」

「いくらでも!」

「我儘を言ってしまうかも。」

「ハルカ様の我儘なら、リンジーが喜んで聞きますよ。」


イザベルの言葉に、遙香は笑った。

「ふふっ。改めて、よろしくおねがいします。」

「もったいないお言葉です。こちらこそよろしくお願いいたします。」

イザベルは、「おやすみなさいませ。」とお辞儀をして部屋を辞した。







遙香は渡されたナイトウェアに着替えた。肌触りのよい生地だった。

脱いだ服をどうしたらよいのかわからなかったので、たたんで部屋のすみに寄せておいた。

大きめのベッドに潜り込む。
さすがに疲れを感じる。

瞼を閉じれば、すぐに落ちていきそうだった。



はっ、と目を開け、「ダメだ」と独り言ちた。



逡巡したのち、枕元のベルを手に取り揺らす。

チリン、チリン。
思っていたよりも小さな音が鳴った。

パタパタパタ、という足音が聞こえ、

「お呼びですか?」

と、元気よくリンジーが部屋に飛び込んできた。
笑顔にもかかわらず、泣き腫らした赤い目が痛々しい。
その後から、音もなくイザベルが部屋に入ってくる。

遙香は申し訳なさそうな顔をして言った。

「明かりの消し方を、教えてください。あと、トイレの使い方も。」


笑い出したリンジーの額に、イザベルの手刀が振り下ろされたのは言うまでもない。













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