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聖剣も取られた
しおりを挟む霞む視界で嫁の背中を見送る。
「いってきます」
まどろみの中で、嫁の声がする。
どうやら、外出をしたようだ。
その事実をぼやけた頭の中に入れ込むと、スイッチを入れる。
「ふんぬぅっ」
全身に力を籠め、ベットの上に立ち上がる。
辺りを見回し、状況確認。
「作戦...開始だな」
パンツ一丁で決め顔を決めた勇者の脱出作戦が始まった。
パンイチ勇者はリビングに降り立ち、傍にあった窓に触れる。
何の変哲もないガラス製の窓だ。
だが、少し力を込めてガラス部分を殴りつけてみると。
「いったぁいっ!」
ガラス前面に障壁が出現。
その硬度はジェスターの手以上の物だったらしく、殴りつけた右手には赤い跡が出来ていた。
何とか痛みを紛らわそうと、息を吹きかけてみたり、水で冷やしてみたりと暴れまわる。
「普通の攻撃はダメとなると...おぉっ!」
何か思いついたようだ。
「勇者の力を見くびったな...嫁ぇぇ!」
魔力を全身に循環させ、リビングの床に掌を付ける。
まるで、何かを地面から呼んでいるようだ。
「"アタナ"の勇者が願う。我に神界の武具を!!」
リビングの床一面に、金色の魔方陣が広がる。
淡く輝き出した魔方陣は特大の魔力を放出する。
その魔力量は人間界では滅多に感じられない程、多い物であり、魔力感知に優れている物ならば直ぐに察知できる。
―― 王都 騎士団宿舎
「この魔力は...勇者が神具を召喚したのか...それ程までの強敵なのかっ!」
勇者とも親交が深い騎士団長は、勇者の神具召喚を察知し、冷や汗を流す。
それもそのはず、勇者が神具を出すという事は、聖剣のみでは対処できないと判断したという事。
神具を召喚し、戦ったのは魔王幹部と相対したときのみ。
つまりは、魔王幹部級の敵が出現したという事になる。
「俺も直ぐにっ! ...いや、足手まといにしかならんな。せめて、友として無事を祈らせてくれ...ジェスターよ」
騎士団長はジェスターの無事を祈ることのみ。
―― 勇者の家
「行くぞぉぉぉ!」
召喚された武具は、女神を象徴する金色に輝く鎧。
その耐久力は神の一撃をも防ぎ、纏う物に常勝無敗の力を授けるという。
神具を纏う拳の一撃は、地を割り、空気を破裂させる。
人知を超えた一撃がリビングの窓に炸裂。
ジェスターの攻撃に合わせ出現した高硬度の障壁と激突する。
辺りの空気をバチバチと破裂させながらぶつかり合う二つはやがて、激しい衝撃音と共に煙に包まれた。
「マジかよ...」
衝撃により、吹き飛ばされたジェスターの右手には金色の鎧は無く、ジェスターの素手しかなかった。
つまりは、神具が障壁に撃ち負けたという事だ。
「神具より強い障壁を窓に貼るなよぉぉぉっ!」
ジェスターの奥の手がまた一つ、嫁に潰された。
こうなっては、神具による突破も不可能だろう。
ただでさえ重いのに、つけても意味ないと分かり神具を解いた。
粒子となり消え去り、またパンイチの勇者が現れた。
「神具でダメなら...最終手段っ!」
勢いよく右手を天に掲げ、魔力を右手に集める。
バチバチと空気が破裂するほど濃度が高い魔力を呪文と一緒に一気に解放する。
「おいでませっ! 女神様ぁぁぁぁぁ!」
ジェスターの右手に幾重にも重なる魔方陣の紋章が浮かび上がると同時に金色の扉が、ジェスターの目の前、つまりはリビングの一角に出現する。
その扉が開いたと思うと、一人の女性が出てくる。
金色の髪を腰まで伸ばした、白いワンピースに身を包む女性だ。
所々に金色の装飾が施された衣装は、彼女の髪色と相まって、非常に美しい。
「ここって、貴方の自宅ですよね? ...なんで呼んだんですか?」
この世の全ての女性よりも数段も美しい整った顔に紺碧の瞳。
全ての罪を許し、受け入れ、浄化すると言われる美しい瞳を曇らせている。
「いやぁ、勇者ピンチなんですもん。 ほら、女神さまも言ったじゃないっすか、ピンチになったら呼んで下さいって」
「それは、戦闘においてという意味です。なのに、なんで女神がリビングに召喚されるんですか?」
女神がリビングに現れるとは誰も思うまい。
聖女もまさかと思うだろう。
「だって、勇者が勇者じゃなくなっちゃうんですよ? それは避けたいところでしょう?」
「取りあえず、今までの話を纏めたいんですが、よろしいですか?」
ジェスターは女神に事のあらましと、リビングでの激闘の記録を語った。
「はぁっ!? 神具が撃ち負けたぁ?」
「はい、見事にボロボロです」
「神具はどうしたんですか!?」
「あ、送り返しましたよ。役に立たなかったんで」
勇者の言葉を聞き、慌てて魔方陣を出現させなにやら操作している女神。
「あぁっ! 神具がボロボロじゃないですか! しかも、右手部分は消失してますよ!」
髪を見出し、目を見開く女神。
大切な物を壊された時の衝撃を受ける姿は、人間も神も変わらないらしい。
「いやぁ、すんません。でもでも、形あるものはいつか壊れる訳で、それが早まったという程度の話なんです。つまりは、誰も悪いという事ではなく...」
ジェスターの言い訳じみた言葉を何とか受け入れた女神。
「はぁ...。重大な戦いの前でよかったと思いましょう。最後にメンテナンスをしたのは遥か昔のことなので、ちょうどいいかもしれませんね。神具は私が直しておくとして...えぇ!?」
何かを見つけたのか、慌て始める女神。
「ちょっと、ジェスターさん!! 聖剣は持っていますか?」
「そりゃ勿論、女神さまの言いつけ通りにいつも腰に差して...」
そう、ジェスターはパンイチ。
つまりは、聖剣がない。
「いやぁ、多分部屋にあるんすよぉ。でも、聖剣がどうしたんすか?」
「それがぁ...」
女神が空中に浮かぶ魔方陣を拡大し、どこかの風景を映し出す。
「これは、先ほど魔物が出現した場所なのですが...どうやら聖剣の反応があるんですよねぇぇぇ」
「まっさか、だって聖剣を操れるのは勇者の俺だけですよ? しかも、聖剣は俺の部屋に...」
魔方陣に映る景色を覗き込みながらジェスターは思った。
(もしかして、仮に、過程の話だけど...聖剣の反応がある。更に、嫁は出かけた。そして、昨日の言葉...)
勇者の予感というのは良い悪いに関わらず、大体当たる物である。
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