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67:帰還
しおりを挟む心はいつもひとつだけ
誰を生きればいいのかわからなくとも
いまをいきる時は儚く
いまをいきる全てが尊い
懐かしい、歌が聞こえる。
ああ、これは、前の世界で、スイと富良野に向かう車中で聞いた、あの、歌だ。
見知らぬ世界に、暁はひとり立っていた。
青い空がどこまでも続き、それを鏡で映したような海ともいえる水面が、遠く水平線まで続いている、清浄な世界。
――ここは、どこなのだろうか?
暁がゆっくりと辺りを見回すと、すぐ傍に、一人の人が佇んでいた。
光が透ける長い銀糸の髪に、太古の海の青を映した美しい瞳。
穏やかで優しい、聖母のような微笑を浮かべるその人は―――鏡に映したように、自分と寸分変わらぬ顔で、静かにこちらに近付いてきた。
「――……一番星」
黄麟に捕らわれた、あの時。夢とも知れぬ暗闇の中、一番星が近付いて来た時は、底知れぬ怖さを感じたが、今はもう、怖くない。
あの時、彼女はオレに言った。
すべてを背負わせてゴメン、と。
そして、
『あなたは、私。だから、私の未来は、あなたが生きる道の先にある』
一番星はあの時と同じ言葉を、はっきりとオレに告げてきた。
あの時一番星は、真珠のような涙を零していた。でも今は、違う。清々しいまでに晴れ渡るこの青空のように、これ以上の幸せはないと言った笑顔を浮かべ、続ける。
『ありがとう。暁が世界を廻り生き続けてくれたから、私はやっと、クロウの世界に生きる者になれる』
「オレの生きる道の先にあるあなたの未来は……オレが死ぬことで、はじめの竜の世界に復活することだと、ずっと、思ってた」
『馬鹿だなあ』
一番星はくすくす笑って、ぎゅうっとオレを抱き締めてくれた。
『私は種みたいなもので、芽を出して、枝を広げ成長して、皆のもとにたどり着いたのは、暁、あなただ。これから、暁と一緒に、あの美しい世界で、クロウと、皆と生きていけるなんて……幸せでどうしていいかわからない。あ。天狼にだけは悪いと思っているよ、一応』
最終的には戻る事になるから許して貰おう。と悪びれる風もなく付け加えて、一番星が暁に額を合わせて呟いた。
『暁は、暁の思うままに生きてくれれば、それでいい』
「――でも、一番星は、黒羽だけを愛してただろ。なのに、オレは翡翠を……いいのか?」
一番星は一途に黒羽を愛していた。
でも、オレは、黒羽を想う気持ちを抱いたまま、翡翠を愛してしまった。この心を、無くすことは出来ない。この心を無くしたら、オレは、オレでなくなってしまうから。
自責の念に駆られ、目を伏せるオレに、一番星はひとつ息を吐き、口を開いた。
『それは、クロウが悪い。暁の最後の転生をスイに任せたらどうなるか、読みが甘かったんだよ。スイのあの一途な無償の愛にはヤラれて当たり前。惚れない方がおかしい。リンも頑張ったし、ソウもスウもハクも、皆して男っぷりが上がって、モテモテで大変だな、暁』
「はい……?」
うんうん頷き長々語る一番星の言葉が、ゆっくりと頭の中に入って来て、その意味を理解し、顔に血が集まってくるが、わかる。
スイに惚れない方がおかしい?
リンも?
ソウもスウもハクも?
顔が、熱い。火を噴きそうだ。
『私が一緒に居た時代は。みんな、幼稚園児みたいな感じだったんだ。皆に取り合われてはいたけれど、本気で私を、そういう意味で欲しいと思っていたのは、クロウ位だったと思うよ? 次点がスイとリン』
このひと(自分ではあるようだが)、一体、何を言い出してくれてんだ?
はくはくと、言葉も出ない口を開いては閉じ、開いては閉じしてるうちに、一番星が朗らかに笑う。
『ひとりで天狼を騙し討ちにすることは無理だからって、総力戦にするのを決めた段階で、若干の予測はしてたと思うケド。クロウもこのままで良しとはしないはずだ。我ながら、大変だな暁。ほら。クロウがそこで待っているよ?』
一番星に言われるままに振り返ったら、水面の上にちょこんと佇む瑠璃が、真っ直ぐに自分だけを見つめていた。
小さな仔竜から、成竜とはいかないまでも大きくなった瑠璃が、両翼を広げ、人型に変化した。
齢の頃は14-15歳くらいに見える黒髪の少年に姿を変えた瑠璃が、ただ、暁だけを見据えて、一歩また一歩と近付いてくる。
左の瞳は、瑠璃色。
右の瞳は、金色。
「アカツキ。おれが、大人になるまで、待ってて」
それは、瑠璃からの言葉で、
「それまで、腹が立つけど、アイツらからの防波堤に翡翠が暁の傍にいるのは、我慢する」
これは……確実に黒羽の言動だ。
「お、大人気ない……」
「おれはまだ幼いから許される」
「ドコがだよ」
ぷはっと笑ってしまう暁の背を、一番星がとんと押した。
『さあ、行って。暁』
天狼に続き、一番星にまで背中を押され、振り返ったその先で一番星は笑い、青空の世界の中に消えた。
『あなたと私の心はいつもひとつ
あなたは暁としてを生きればいいの
いまをいきる時は儚くとも
いまをいきるあなたはとても尊いのだから』
あの詩が言葉を変えて、自分の中に浸透してくる。
青空の世界が、遠のいて、オレは瑠璃と共に、堕ちてゆく。
眼下には、緑豊かな広い大陸と、青い海が見える
緑の大地の中、木々の間に、小さな青。
ああ、オレは、還るんだ……。
みんなのもとに―――。
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