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69:暁とはじめの竜
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少しだけ幼さの残る変声期を迎えたばかりのアルトの声が、喧々囂々の「やんのか?」状態に入っている、緑と青と赤と白い竜の間に割って入ってきた。
さらりとした黒髪に、少年期を終えシャープになりつつある面差し。瞳は、左が瑠璃色で、右が金色だ。
見た事もない筈の、けれど、それでいて古い記憶に残る、憎たらしくもあるその少年に、竜達は眉を寄せ口元の牙をギラつかせた。
「「「お前、まさかっ―――」」」
全員の冷たく冴えた呼びかけに動じもせずに、オッドアイの黒髪の少年は、彼らの腕の中の暁の抜け殻を奪い取るなり、盛大な口付けをかましてくれた。
それも、「ちゅっ」とかいう感じの軽いキスではない。
全員が余りの衝撃に声を無くし凍り付く程の、情熱的な口付けだ。
躰に戻れず、どうしていいかオロオロしながら、全員からの説教じみた視線に少々の憤りを感じていた暁は、突然のこの状況に息の根が止まりそうになった。
『―――ッく、黒瑠璃~~~?!』
黒髪の少年が瑠璃の人型であるのはすぐにわかった。
けれど……中身がいかん……。
中身が、瑠璃ではなくて、完全に黒羽だ!
オレへの説教と、オレの取り合いで一触即発となっているこの場で、ソレは、宣戦布告もいいところだろう?!
事態が収束に向かうどころか、弾薬庫に火を投じてくるような黒瑠璃の所業に、「今すぐ戻らねば!」と強く願ったその瞬間、暁を、最初にこの世界に落ちてきた時と同じく、青い水の中に飛び落ちるみたいな衝撃が包み込んだ。
ああ、覚えている。
あの時は、どこまでも深い水の中に沈み込んで、やっとのことで水面に飛び出したら―――瑠璃が、オレを引き上げて、首吊りみたいに喉がつまって息が出来なくて……。
―――今も、息が出来ない。
息もつかせず、お前が……オレの全てを奪う勢いで口付けてくるから。
「……ン……!―――ク、ロ」
「―――………やっと戻った。遅いよ、暁」
薄目で見えた先に在った、してやったりな俺様顔で唇をぺろりと舐めてくるその顔は、瑠璃ではなく、黒羽の表情だ……。
「―――………な」
「眠り姫の目覚めは、王子様のキスと決まっているから」
こんなの、目覚める間もなく腰が抜ける。
どんだけ盛大なキスをしてくれたのか……。
ギャラリーの事も考えて欲しい。
みんなが荒れるのは、100%確実だ。
息が整わなくて浅く息を吐き呼吸を整えて、やっとのことで周囲を見回したら、4対の眼が、盛大にオレを穴が開く程に見つめて来ていた。
翡翠の翡翠色の瞳が、涙を溜めている。
蒼天のスカイブルーの瞳は、夕空の様に燃えていて。
蘇芳の銀の瞳は、信じられないモノを見るように瞬いて。
白漣の真っ赤な瞳は、オレだけを射抜いていた。
「おかえり。暁」
瑠璃の顔に戻った黒瑠璃が、一輪の花をオレの目の前に翳してきた。
藤色の八重の花弁から、やわらかな香りがオレの鼻をくすぐった。
「今日が、暁の誕生日だ。この世界の暁に、やっと―――」
黒瑠璃が、壊れ物に触れるようにオレの頬に手を伸ばし、ゆっくりとそれでいてキツク抱き締めてくれる。さっき、あんなに盛大に、皆に引かれる程のキスをかましてくれたってのに、このギャップには、ヤラれるしかない。そっとその背に手を回し、両手で黒瑠璃の躰を抱き締める
ああ、瑠璃と黒羽がここにいる。オレの腕の中に―――。
「―――お前、見かけはちびっ子だが、中身はッ黒いのだな?!」
流石に一番の付き合いだと感心する蘇芳の叫びに、「なんだと?!」と翡翠と蒼天と白漣の声が続く。ああ、駄目だって黒瑠璃……。煽るみたいに振り返って「べ~!」っと舌を出すなんて、これ以上、皆を煽ってどうする気だ……。
「おれが暁より1ミリでも大きくなったら抱かせてくれるって、暁が約束してくれた! 直ぐおっきくなるから、お前らは暁に手を出すな。特に翡翠。もう暁には触らせないから、あきらめろ」
「―――ッ?! いきなり現れて何言ってやがる、黒羽!! 今すぐ殺してやるから暁を離せ!! 暁は俺のだ!!」
ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始める黒瑠璃と翡翠を見ていたら、戻ってきた実感が湧いてきた。
じわりと、瞳に涙が滲みだすのを感じながら、暁は視界の中の残りの竜達の顔付が気になった。残りの三人が冷え切った目を黒瑠璃と翡翠に向けて、何やらぶつぶつと話し合いを始めている。その表情が、とてつもなく不穏過ぎて、ここに戻って来れた安堵が、暁の中から薄れていく。
嫌な予感しか、しない……。
「よし。ひとまず、黒と緑を消すか」
「よかろう青いの。その後に三つ巴で今後を話し合おう」
「了解です。私も乗ります」
ぽきぽき、ばきばきと両拳を鳴らし喧嘩上等の覇気を纏う青と赤と白の竜に、暁の魂が昇天しかけた。せっかく戻って来たのに、コレはないだろう。
でも、嬉しい、とも思う。
懐かしい日常が、戻ってきたような気がするから。
過去の遠い日の記憶よりも、皆の愛情がパワーアップしている感は否めないけれど、皆のオレを想う気持ちがオレを包み込んでくれる。
オレではない一番星に向けられる気持ちを、勘違いしてはいけないと、皆に背を向けていたオレの背中を、一番星はひっくり返して送り出してくれた。
オレはオレでしかなくて、そんなオレを、皆は、大切にしてくれる。
それを、甘受していいだろうか?
皆の気持ちを、オレは、受け取っていいのだろうか?
「スイ―――」
遂に手が出始めた黒瑠璃と翡翠に手を伸ばし、二人を同時に抱き締める。
ああ、まいったな。
二人の体温に触れると、それがわかる。
黒瑠璃が愛しくて、翡翠も愛してる。
ついこの前まで、心を持たず、人を恋うる気持ちなんて理解できなかったって言うのに、一度それを知ったら、もう、手放すことなんて出来ない。
二人を、どうしようもなく、愛してる。
どちらかを、手放すことなんて、出来ない……。
「黒瑠璃は、おかえりって言ってくれたのに、お前は? 何もないのか?」
翡翠の顔を見上げ、強請るように口の横に小さくキスしたら、翡翠は驚いたように目を見開いた。そうだろうな。今までのオレだったら、こんなこと、絶対にしない。わかっているけれど、今は、お前からのキスが欲しいんだ。
オレを、愛してくれている、翡翠の気持ちを実感したいから。
「生まれ変わった暁のパワーアップ度合いが……怖いな」
「今のオレは、キライか?」
「そんなはずないってわかって言ってるな? 抱き潰しそうで怖いってだけだ―――」
翡翠が笑ってくれて、その翡翠色の瞳が「愛してる」と伝えてくれて、嬉しくて泣き笑いしたら、翡翠が噛みつくみたいなキスをくれた。
「……おかえり暁」
「うん」
翡翠と額を合わせて幸せを噛み締めていたら、黒瑠璃が膨れ顔で割って入ってきた。
「妬ける」
「黒瑠璃。翡翠を防波堤にするって話は?」
「俺を、防波堤?!」
「妬けるモンは妬ける!」
首にぶら下がる勢いでキスしてこようとする黒瑠璃は、翡翠に襟元を摘まみ上げられ空に向け投げ捨てられた。大丈夫かな……? あ、背中から黒い翼が出たから大丈夫そうだ。
「俺が防波堤ってのはなんだっ暁?!」
「そこは俺も詳しく聞きたいな。ちびっ子の皮を被った黒と、何を約束したって、暁?」
蒼天が翡翠を吹っ飛ばしオレの目の前に立った。
「私も、聞きたいです」
「黒いのと緑のだけ特別扱いか、暁」
仁王立ちの白漣と蘇芳が、蒼天に並びオレを取り囲む。
オレときたら胸がそわそわして口元が緩んでしまう。
今笑ったら、絶対に怒られるのに。ヤキモチを妬く皆からの気持ちが、嬉しい。また会えたことが、これから共に生きていけることが、こんなにも嬉しい
「笑ってる場合じゃないぞ、暁!」
蒼天の声が引き金となって、オレは三人を抱き締めた。
自分よりも大男な三人を抱き締めるのは大変だったけれど、出来る限り手を伸ばし、三人の首元を引き寄せて、オレの気持ちを込めて抱き締める。
「―――………ただいま」
これからは、命が尽きるまで皆の傍にいる。
皆の、傍で生きる。
皆が生かしてくれた、大切にしてくれたオレの命を、皆の為に使う。
「……はぐらかす気か?」
「そんなことない。ソウが愛してるって言ってくれた言葉が、オレの目を覚ましてくれたんだぞ」
お前は、瑠璃の次にオレを見つけてくれた。
お前との気の置けない会話は、今思い出したら、楽しかったってわかるんだ。
最初にオレの心の扉をノックしたのは瑠璃だけれど、扉を開いてくれたのは、蒼天、お前だったと、今ならわかる。
最初はあんなに怖かったのに、今では、お前がどれほど優しかったか、わかるんだ。
気持ちを込めて蒼天の右頬にキスをしたのに、ソコじゃないと、唇を尖らせるのには、笑うしかない。
「……期待させるようなことは、できないよソウ」
「期待じゃない。これから確実にお前の気持ちを俺を向かせるから問題ない」
蒼天が唇を寄せて来る。
これは、避けようがないと目を閉じようとしたら、今度は蘇芳が出てきた。
「青いの。殺されたくなかったら自重しろ。まずは、黒いのと緑のを消すと決めただろう」
「そうですよ青竜。まずは、黒竜と緑竜の処断が先です」
自信満々に言い放った白漣が、ニッコリと笑ったかと思ったら、
「隙ありです。暁」
白漣がちゅっとオレの唇を奪ってくださった……。
君達三竜も、一枚岩ではないようだ。
完全にフライングした白漣に激高し、蒼天と蘇芳が竜化して、翡翠も続き、白漣も同じく……。遅れて参戦してきた黒瑠璃まで合流し、コロシアムはその用途のままの戦場と化した。
一番星の記憶が、本でも読む様に知識として蘇った今、昔も、こんなことがあったなあ。とやれやれと息を吐き、暁は今更のように周囲を見回した。
最初にここに引き出された時は、ローマの闘技場みたいだと思った。自分の命の終焉を見世物として見届けようとする者達が、アルラキスに煽られて狂気の声音を上げていた。
今はもう、アルラキスの姿も、アルラキスの中に寄生していたアビゲイルも存在しない。
アルラキスの躰は、砕けて、大気の中に消えた。
黄麟が集めた一番星の欠片は、一番星の元に戻ったから―――このオレの魂の中に……。
ずっと、そうしていたのだろうか?
黄麟が、玉座に立ち尽くし、微動だにせずオレだけを見ていた。
黒瑠璃と翡翠に抱き締められ口付けられて、蒼天と蘇芳と白漣がオレを抱き締める。オレがこの世界に生まれ変わった喜びに耽る、はじめの竜の輪の中に、お前だけが入って来ない。
自責の念に駆られているのが、その痛々しいまでの瞳の色でわかる。
オレを99回屠った、その痛みを、お前だけが背負うことはないんだよ、黄麟。そもそも、オレを99回殺して、魂の欠片を集めてこの世界に心を求めて回帰させる案を伝えたのは、他ならぬ一番星だ。
異世界への次元転移能力を貸したとはいえ、直接オレを殺せない黒羽の代わりに、お前が一番の汚れ役を買って出たことは、もう知ってる。皆、記憶を封印されていただけで、オレを99回殺してでも取り戻そうとしたのは、同じだろう? 皆で、決めた事なんだろう?
お前だけが、すべてを背負うことはないんだよ、黄麟。
そりゃあ、ずっと怖かった。
黒い竜に殺されることは、わかっていても、恐ろしかった。
でも、お前は、オレを―――優しく殺してくれた。
命が終わる瞬間、お前はいつも、オレに―――……。
「リン」
黄麟をまっすぐに見上げて、招くように両手を広げる。
微笑んでその名を呼ぶと、すべての感情を涙で洗うようなくしゃくしゃな顔をした黄麟が、金色の翼を広げ、オレの腕の中に飛び込んできた。
「……オレは、お前を許すよ、リン」
耳元で小さく呟くと、黄麟が信じられないと大きく目を見開いて、オレを見上げてきた。
「……聞こえて、いたの?」
「さっき、思い出した」
そうだよ。オレには聞こえていたんだ、リン。
お前はオレを殺し、オレの命が閉じようとした時、いつも、言っていた。
――僕を許さないで。と。
そして、その言葉の後には―――。
暁はそっと黄麟の両頬に手を差し伸べて、震える黄麟の唇に静かに口付けた。
「……オレの次の世界が幸いであるようにって、キスを贈ってくれてたのも、思い出した」
次の世界に生れ落ちても、まるで決められていたように凄惨な人生が待っていたけれど、お前がくれた黄竜の祝福は、オレの砕けそうな精神を支えてくれたことが、今ならわかる。
「ありがとう……リン。お前がいなかったら、オレはいま、ここにいられなかったと、思う」
涙を一杯に溜めた黄麟は、オレの胸に縋りつき、子供みたいに声を上げて泣き出した。
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