感情欠落JKが怪しい男性からピアノ教わり感情を取り戻す話

ジェネ

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第6話

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『ミソラ様の脈拍からストレス値を検出。
 保健室でのメンタルサポートを推奨。
 予約しますか?』

 私のスマートフォンから抑揚のない電子音が聞こえてくる。

「不要です。はぁ……」

 久々に聞いたストレス検知の警告。
私は思わずため息が出る。
数ヶ月前には何とも思わなかった。
だけれど、今でこそ感情が言語化出来る。
”鬱陶しい”

 学園教室にて、私は惣菜パンを食べながら
まとまらない思考を整理していた。

 先生が姿をくらましてから数日。
何度も先生の自宅を訪れたが、彼が現れる事は無かった。

 私は、この先どうすれば良いのだろうか?
 先生の託した意志を継ぐにはどうすれば良いのだろうか?

 指導者がいなくなった私は、次の目標を見失っていた。



「大丈夫、ミソラさん?」

 私の席に向かい合う形でお弁当を食べるキサラギさんが
心配そうな表情で声をかけてくる。

 キサラギさんとの関係も数ヶ月前に比べ、大分変化した。
ただの勉強を教える関係が、お昼を共にし、他愛のない話をする関係になっていた。
最近では日曜に一緒に遊びに行ったりもした。


「そうだ、元気のないミソラさんに、この動画を贈呈しましょう」

 何かを思いついた様にキサラギさんがスマートフォンから動画を見せる。
それは以前、日曜に私とキサラギさんと犬喫茶に行った時の動画であった。
自身のしたい事を見つける遊びをしていく。
そんなキサラギさんの提案で遊びに行った際の映像だ。


……犬のお尻ばかり写っている。

「キサラギさん、犬のお尻ばかりだね」

「うん、犬のお尻って可愛いよね~。とくにコーギーとか~」

 キサラギさんは嬉しそうにお尻について語り始める。
 これは一般的な話なのだろうか?
 それともキサラギさん独自の”好き”なのだろうか?

 私はそれを判断する程、人と縁があるわけではない。
ただ、キサラギさんの笑顔から、楽しそうだということが分かる。


「この動画ね、ネットにアップしたら沢山コメントがついたんだ。ほら見て」


 動画のコメント欄を見る。
”ワンちゃんのお尻可愛い”
”はぁはぁ……お尻……”

 反応が良いという事なら、キサラギさんの犬のお尻好きは一般的なのだろう。


 動画を眺めていたら、私はある事を思いついた。

「そうか……動画だ」


 先生の演奏に”楽しさ”を感じた私。
 それを今度は私が伝えれば良いのだ。

 動画配信。
これなら私の演奏を見てくれる可能性がある。

 AIによって完璧が求められる世界。
だけれど、不完全な私にとっては
完璧ではない不完全な人の演奏が心に響いたのだ。

 私と同じ感性の持ち主が他に居るかもしれない。


 ”僕という”意志”を誰かの心に残しておきたかったんだ”


 先生の言葉を思い出す。
彼の意志は私の心にしか残っていない。
私が手を止めてしまえば、先生の意志はそこで終わってしまう。

 だからこそ、次は私が演奏し、先生の意志を他の人に残す必要がある。


「キサラギさん、頼みたい事があるんだけど」

「え!? わたしに出来る事があれば何でも行って!!」

 キサラギさんは犬の様な笑顔を見せながら承諾してくれる。
 私は彼女に動画配信についての提案を話す。


 人の演奏を配信する。
 一体、どれだけの人に刺さるのだろうか?

 不安はある。
だけれど、先生の意志をここで終わらせたくない。

 壊れた私に感情という世界を教えてくれた先生。
 彼にとっては些細な話。
 だけど、私にとっては自身の小さな世界を彩らせる出来事だったんだ。

 だからこそ私は残したい。
 私は紡ぎたい。

 この”楽しい”を誰かに伝えたい。
 先生が教えてくれた世界を他の人にも教えたい。

 高揚する気分に連動するように、
私は机の上を指でトントンと叩きながら譜面を刻むのであった。

--------------------------------

「緊張しすぎでゲロ吐きそう……」

 私は人生で初めて”緊張”を感じている。
鼓動が早くなり、気持ち悪い。

 先生の教えてくれた意志を誰かに伝える。
 私はその事に不安を感じていた。


 先生の自宅。
 主は誰も居ない。

 2階のピアノが置いてある薄暗い室内。
埃をかぶったやや黄ばんだ古いピアノの前に私は向かい合っている。

 鍵盤に指を置き、目を閉じて深呼吸をする。

 そんな緊張する私と正反対に、向日葵の様な笑顔を向けながら
同級生のキサラギさんが話しかける。

「ミソラさん、準備出来たよ。
 緊張しているみたいだけど大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

 私の返答にキサラギさんが頷き、
彼女は机の上に固定されたスマートフォンを操作する。

 スマートフォンのカメラはピアノと私を映し出す。
カメラはネットワークを通じて私の姿を全国に配信している。
実際に見ているのは何人かは不明だけれど……。

 それでも私は届けなければならない。
 演奏をしなければならない。

 私はキサラギさんを一瞥する。
 彼女は胸元手前まで腕を上げ、両手で握りこぶしを作りながら
”ファイト”と口を動かしていた。

 キサラギさんの緩さに私は思わず微笑む。

 私は鍵盤を弾いて演奏を始める。


 演奏するのは、先生が倉庫に大量に残していた楽曲。
譜面をなぞり、音と音を繋いで重ねて音楽にする。

 とても、とても拙く、完璧とは程遠い旋律。
それでも私にとっては精一杯の演奏。
先生の残した譜面を、私の指で曲にする。


 たった数分間。
 とても長く感じた。

 必死に音符を繋げて曲にする。
 自身の技量の低さに絶望した。

 それでも演奏する。
 ”不完全”な私が不完全を披露する。

 演奏を終えて、キサラギさんがスマートフォンを操作し配信を終える。

 体中が汗だらけだ。
 これが緊張か……。

「キサラギさん、何人見てた?」

「う~んと、7人」

「上出来」

 7人も聞いてくれた。
 その結果に私は思わずケタケタと笑う。

「ミソラさん、何で嬉しそうなの?」

「だって、こんな不完全な演奏を7人も聞いてくれたんだよ?
 私だけが惹かれたんじゃない。世の中には7人も不完全な演奏を聞ける人が居た。
 それが何だか嬉しい」

 するとキサラギさんが笑いながら答える。

「8人だよ」

「え?」

「私もミソラさんの演奏、何だか良いと思えた。
 だから8人。私が8人目」

「気を使ってる?」

「ううん。ミソラさんと友達になって、人と合わせるのは辞めたから。
 それにね。私がミソラさんの演奏に惹かれたのは……」

 キサラギさんは照れくさそうに笑う。

「わたしも主体性が無い”不完全”な人間だって気づけたから」

「あはは、それは”最高の賛辞”だね」

 私とキサラギさんは互いに笑い合う。

 演奏はこれで終わりじゃない。
何日、何ヶ月も毎日続けていくつもりだ。

 今日、見逃した人の為にも私は演奏を続ける。

 たった数人でも良い。
 先生の残したかった意志を私が伝える。


 私の”不完全”な物語はここから始まるのだ。
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