勉強ができない絵描きの女の子と勉強しかできない僕

茜カナコ

文字の大きさ
2 / 8

2、待ち合わせ

しおりを挟む
「どうした? 一樹、今日機嫌良いな」
「上田か。なんでもないよ」
僕はにやついていたらしい。

「なんか隠してるだろ?」
上田は僕のスマホをのぞき込んだ。
「隠してなんか無いさ」
僕はスマホをカバンにしまう。

「ところでさ。今日、帰りに本屋に寄らないか?」
「いや、悪い。今日は用事があるんだ」
僕は上田の提案を断った。
今日は帰りにカレンと会う約束をしていたからだ。
「そっか、珍しいな。一樹が予備校以外の予定があるなんて」

「ああ、そうだな」
僕は上田の言葉に頷いた。
下校時間になって、僕は慌てて駅に向かった。

約束の駅は3つ先だ。
同級生達と目を合わせずに、目的の駅で電車を降りた。
駅の傍の喫茶店で、カレンにラインを送った。
<駅に着いた。傍の喫茶店にいます>
すぐにカレンから返事が来た。
<先生によびだされました。少し遅れます>
僕もすぐに返事を返す。
<了解>

僕はカバンから『大学への数学』をとりだして、暇つぶしに解き始めた。
2問目をといて、3問目に取りかかったときカレンからラインが来た。
<終わりました。すぐ喫茶店に向かいます>
僕は問題を解くのに夢中になって、少し返事が遅れた。
<慌てなくて大丈夫なので、気をつけて来て下さい>

4問目の問題を解き終わったとき、カレンが目の前に居た。
「こんにちは、おまたせしました。カレンです」
「この前は失礼しました、伊藤です」
僕たちはぎこちなく自己紹介をした。

「あの、本題なんですけど、私の勉強見てくれませんか?」
「どのくらいのレベルですか?」
ちょっと、嫌みに聞こえてしまったかも知れないと僕は後悔した。
カレンは僕の台詞を気にとめず、カバンから赤本を取り出した。

「この大学なんですけど」
「ちょっと見せて下さい」
大学の問題とは思えないくらい、簡単な問題が並んでいる。
「美大だから、実技の練習に集中したくって」
「この程度だったら、中学の問題集を解き直せば合格できるんじゃないかな?」
僕は遠慮無く言った。

「あの、問題集選ぶの手伝ってくれませんか?」
「君がどれくらい勉強が出来るのか、分からないと選べないよ?」
僕の言葉にカレンは俯いた。

「いつも赤点ギリギリです」
「そっか。じゃあ、この問題解ける?」
僕は簡単な因数分解の計算をノートに書いた。
カレンは解けないでウンウンうなっていた。

俯いているカレンのまつげの長さに、僕はドキリとした。
「わかりません」
「九九は全部言える?」
「多分大丈夫です」
カレンは、はにかんで笑った。

僕たちはとりあえず、本屋に移動することにした。
「これ、わかりやすいよ」
僕はいくつかの参考書から、カレンにもわかりやすそうな図解入りの薄めの本を選んだ。
『中学一年生から三年生までの教科書をやり直す』と書かれている。
カレンはパラパラとめくって、頷いた。

「これなら、なんとか分かりそうです」
「良かった」
僕が笑うと、カレンも笑った。
本屋を出ると、カレンは新しい参考書をカバンにしまった。

カバンの中に何か分厚いクロッキー帳が見えた。
僕の視線に気付いたカレンはそれをとりだした。
「あの、約束してたデッサン集持ってきました」
「ありがとう。僕、君の絵が気に入ったんだ」
パラパラとクロッキー帳をめくる。
そこにはカレンの世界が広がっていた。

僕は息をのんだ。

「参考書、解いてみて分からなかったら、また会ってくれますか?」
カレンはこんなに絵が描けるのに、勉強が出来ないのは不思議だった。
でも、裏返せば、僕が勉強は出来るのに絵の才能が無いということと同じだと気付いて一人で苦笑した。
「また絵を見せて欲しいし、参考書を選んだ責任もあるからね」
カレンはありがとうと言って、電車に乗って帰って行った。

僕はカレンより一本遅い電車で、家に帰ることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...