【完結】君が好きで彼も好き

SAI

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31. 泉

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  楓を公園に残して立ち去りながら俺は手の中にあるアンクレットを握りしめていた。楓にもう気がないと思わせるのならアンクレットを受け取るべきではなかった。だが、返すと言って楓が出したアンクレットは俺があげたものではないもの、きっと楓が俺に買ってくれたものだ。

受 楓を公園に残して立ち去りながら俺は手の中にあるアンクレットを握りしめていた。楓にもう気がないと思わせるのならアンクレットを受け取るべきではなかった。だが、返すと言って楓が出したアンクレットは俺があげたものではないもの、きっと楓が俺に買ってくれたものだ。

受け取れないと突き返せるわけはない。楓を見ただけで全身の血が惚けてしまうかと思うくらいこんなにも好きだ。出来る事ならこのまま戻って楓を抱きしめたい。抱きしめてキスをして、家に帰りたい。

「このまま帰りますか? それともデートでもします?」

佐久田が笑顔で俺に話し掛ける。

「……お前の家に戻るよ」
「そうですか。じゃ、今日は何か美味しいものを作りますねっ。まだ寒いから鍋が良いかなぁ」

嬉しそうにはしゃぐ佐久田の隣を俺は楓を思いながら歩いた。


 

 最初に佐久田に会ったのは俺が19歳の時だ。新卒で製薬会社に入社して一年、後輩として入社してきたのが佐久田だった。佐久田の年の新卒枠は1つしかなくて、同期入社のいない佐久田と俺が仲良くなるのに時間はかからなかった。

そしてプライベートでも一緒に過ごす時間が増えた時、俺は佐久田に告白された。その頃の俺は楓との接点もなく、淡い気持ちのまま胸の中にくすぶった熱を抱えていた。佐久田のことは可愛いと思っていたし、付き合ったら楓のことは忘れられると思っていたのだ。

自分の想いの深さにも気が付かずに。

 佐久田と付き合って恋人らしい日々を送れば送るほど楓が浮かび上がってくる。隣にいるのが楓なら、エインの相手が楓なら、この映画を一緒に観たのが楓ならポロポロ泣くんだろうな、とか一緒にいるのは佐久田なのに俺は楓を想うばかりだった。

俺がそんな態度だったから佐久田を不安にさせるばかりで、いつしか佐久田は俺の一切を束縛するようになった。佐久田が心のバランスを崩し始めているのは明らかだった。そんな佐久田に申し訳なくて付き合って3か月の時に別れを告げ、俺は逃げるように仕事を退職した。


「泉さん、ご飯できましたよーっ。少し蒸らしたから野菜もトロトロですよ」

テーブルに置いた鍋の蓋を取ろうと佐久田が手を伸ばす。

「あっ、バカっ」
「あつっ」
「素手で触ったら熱いに決まってんだろ」

佐久田の手を強引に掴むと水道水で冷やした。

「泉さん、相変わらず優しい」

頬を染めた佐久田を見て罪悪感が募る。楓への想いを抱いたままこうしているなんてあの頃と同じだ。こんなの佐久田の傷を抉るだけなのに。

「なぁ、佐久田。こんなことやめにしないか? 佐久田がどんなに想ってくれてもその気持ちには応えられない」
佐久田がキッと俺を睨む。

「何でそんなこと言うんですか! 一緒にいてくれればそれでいい」
「佐久田は佐久田をちゃんと想ってくれる人と一緒にいた方がいい」

「僕は泉さんがいい。泉さんを誰にも渡したくない。もう、泉さんがいない日々なんて考えられないんですよ」

「でも、さ」

この会話をここに来てから何度繰り返したか分からない。

「でもって何ですか? 泉さんに拒否権はないんですよ。あぁ、でも、楓さんでしたっけ? あの人が公務員試験に受からなくてもいいっていうなら別ですけど」

「佐久田」

「あんな男二人と付き合うような男……」

佐久田がギリっと歯を噛みしめる。

「やっぱりもう送ってしまおうかな。9月に試験を受ける那須川楓は同性愛者というだけでなく、男二人とセックスするような淫乱ですって」

「佐久田!!」

「いくら同性愛に寛容になってきたからと言っても、複数と交わるような恋愛には寛容でないと思いますよ? そんな人間を採用してわざわざ面倒ごとを引き受けるような真似はしないと思いますけどね」

佐久田が手を拭いてテーブルにお皿を並べ始めた。

「そんなに怖い顔しないでくださいよ。泉さんが僕と一緒にいてくれればそんな真似はしませんから」

さ、食べましょう、と綺麗に笑った佐久田を見て俺は何も言えなくなった。


 午前7時半になると佐久田は仕事に行く為に家を出る。そこから佐久田が帰って来るまでの10時間半、俺はずっとこの家で佐久田を待つことになっている。家の各所にはカメラが設置されていてスマホから俺が何をしているか確認できるようになっているので、不審な動きをすれば直ぐにバレる。そしてそのツケは全部楓に行くのだ。

エインもメールも全て佐久田の管理下にある。だから読むことは出来ても楓に返信することは出来ない。禁止されているわけではないが、少しでも望みを持たせるような発言をしたら佐久田を激怒させると分かっているからだ。

楓に会いたい。
痛い思いなどせず幸せでいて欲しいと思う反面、俺がいない寂しさでボロボロになって欲しいとも思ってしまう。

佐久田を何とかしないと。でも、どうすれば……。

楓がくれたアンクレットを鞄から取り出して眺める。きっと一生懸命に考えて選んでくれたのだろう。プレートには綺麗な石がはめ込まれていて、このデザインそのものに楓を感じる。

「綺麗……」

光に照らして輝きを見ているとプレートが揺れて裏側に文字が見えた。文字? なんだ?

【You are mine】

「あ……あぁっ」
愛おしくて、愛おしくてアンクレットを両手で包んで胸に寄せた。


 その日の夜、夜中に目が覚めると佐久田が俺に背を向けて立っていた。携帯電話で何かを照らしているのか眩しい。

「佐久田?」
「あ、起こしてしまいましたか?」
「どうした? こんな夜中に」

「あぁ、最近、泉さんが何度もこのアンクレットを出して眺めているようなので気になったんですよ」

悪びれることもなく佐久田はプラチナのアンクレットを俺に見せた。

「このプレートの裏にyou are mine なんて刻んで、よほど楓さんのことが好きなんですね。これって泉さんが楓さんに渡したのもなんでしょう?」

「あ、あぁ」

「捨ててもいいですか? もう要らないものだし」

その言葉に息を飲む。

「くす、嘘ですよ。顔が強張ってるし。これバッグに戻しておきますね。明日も仕事だからもう寝なくちゃ」

佐久田はそう言うと俺の隣に潜り込んできた。佐久田の行動が不気味でならない。あのアンクレットは大事にしまって、見るのはもうやめよう。


 それから数日は何事もなく過ぎていった。
「あ、泉さん、今日の夜、一緒に出掛けましょう。イタリアンのお店を予約しているのでそこで食事もしたいし」

「あ、うん。わかった」

この時はまだ佐久田があんな計画を立てていたなんて思いもしなかった。


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