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1.ずるい男
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「羽山は今日も接待だろ?」
「はい」
「最近接待続きだからなぁ。適当なところでお酒断らないと、肝臓やられるぞ」
「そう思っているんですけど、僕なかなか断れなくて」
「まぁなー。年齢が上になると俺の酒が飲めないのか的なやつ、まだいるからなぁ」
「そうなんですよね……」
僕は打ち合わせの書類を鞄にしまうと背もたれにかけてあったジャケットを羽織りバタバタと立ち上がった。
「トーワさんのとこに打ち合わせに行ってきます!」
急ぎ足で駅まで行き、そのまま電車に飛び乗る。入り口側のドアに寄り掛かってため息をついた。
胃、もたれてんなぁ。胃薬でも買っていくか。
大学在学中にアルバイトをしていたイベント会社に就職して3年。イベントを行う会社に営業をかけ、仕事を取ってくるのが僕の仕事だ。
正直いうとイベント会社に大差はない。相手の会社にしてみれば、言ったことをやってくれて値段が安ければ良し、だ。つまりそれだけ他社に乗り換えられやすい。ではどうやって自分の会社を使い続けてもらうか、それは仕事以外の+αにかかってくる。つまり、接待だ。
お酒を勧められると上手く断れなくてついつい飲み過ぎてしまう。食事を勧められるとついつい食べ過ぎてしまう。元々お酒は弱い方だし、大食いでもない僕は接待が続くとつい胃を壊してしまうのだ。
「あ、羽山さん、いらっしゃい。森岡?」
「こんにちは。はい、森岡さんはいらっしゃいますか?」
「ちょっと待ってね」
「おー、いつも悪いねぇ」
森岡さんは30代後半の陽気な男性だ。トーワさんとうちの会社は会社を立ち上げた頃からの長い付き合いで、毎回仕事をくれるお得意さんだ。
「2月の食品展示会の件ですよね」
「そうそう、来場者を1万人で考えてたんだけど、今回のメイン食材であるラッカーが急に話題になっただろ?」
展示会の開催は半年前から決まっていて、その時はまだラッカーは知名度の低い食材だった。だが1か月前に人気モデルが食べているとSNSで発信してからあっという間に火がついたのだ。今では完全に供給が間に合っていないという食材だ。
「そうですね。昼間のTVでも特集されているのをよく観ますよ」
「だろ?それで、うちにも問い合わせが多くてさ。来場者を2万人で考えたいんだよ。多くの人にラッカーを知ってもらうのがこの展示会の目的だからね。なるべく多くの人に来てもらいたいんだ」
「ですよね。一つの部屋ではなくて、同じ建物の隣の部屋も利用するという形でも大丈夫ですか?」
「急な変更だしなぁ。そこは仕方ないと思ってる。うちとしてはとにかく二万人規模の会場を確保したい」
「もし部屋が用意できない場合は、キャンセル料を払ってでも会場変更することも考えてますか?」
「だな。余計な予算はかけたくないけど、チャンスは逃したくない。いや、予算かけたくないなぁ。羽山さん、なんとかしてよー」
「分かりました。とにかく、打てる手は全部打ってみます」
「さっすが~」
打ち合わせを終え、トーワさんを出ると会場に電話をするために携帯電話を出した。液晶画面にはエインが3件の文字。2件は仕事のエインで1件は美佳からだった。食品展示会の会場に電話をして場所を確保すると、立て続けに仕事のエインの返信をする。その後で美佳のエインに返信をした。
【今日の夜、会える?】
【ごめん、今日も仕事なんだ】
美佳とは付き合ってもうすぐ4年になる。僕が就職してからは会えない日々も増え、1か月一度も会えないという月もあるほどだ。それでも怒らず待ってくれる。僕の仕事の忙しさも分かってくれるありがたい存在だ。
「15時か……。Kプラザに顔出ししておくか」
駅に向かいながら、森岡さんに電話をする。
「森岡さん?コネクトJの羽山です。会場、確保出来ました。隣接する大会場を貸してくれるそうです」
「おー、羽山君は仕事が早いねぇ。助かるよ。今度、飯でもおごるよ!」
「はははは、ありがとうございます」
僕はそう返事をしながら、飯を驕るというのが口先だけの社交辞令であることを願った。
Kプラザは500人規模の小さな会場で主に音楽や演劇のイベントが行われる会場だ。駅近という立地なこともあり防音もしっかりしていて、数か月先まで予約が埋まることも珍しくない。
会場内にあるコネクトJの詰所のドアを開けると、胸元に無線を付けたスーツ姿の高見と目が合った。
「羽山さん? どうしたんですか?」
「少し時間があったから様子を見にね。調子はどう?」
高見は僕より一歳年下で、会社の後輩だ。営業の僕とは違い現場に入って大勢のアルバイトの管理をしたり、主催の運営の手伝いをする。コンサートの場合だと、開場の案内やチケットの確認、演奏中の警備や演奏者へのケータリング等、その仕事の範囲は広い。
「今のところ、想定の範囲内ですよ」
大勢のアルバイトを日雇いで扱うこの現場は、当日ドタキャンするバイトもいる。当然、それを考えて多めのアルバイトを用意するのだ。
「これ、差し入れ」
「お、栄養ドリンク。ありがとうございます」
180センチはあろうかという高見が爽やかな笑顔を見せた。高身長にスーツというのはそれだけでイケメン度が3割増しになるというのに、高見は本当にイケメンでしかもこういう現場を仕切れる程、頼りがいがある。
なんか、ずるいなぁ。
「あのぅ、お話し中すみません」
「あ、どうぞ」
アルバイトのリーダークラスの女性が僕たちの顔を伺いながらやってきたので僕は一歩下がった。
「高見さぁん、B地点の女の子が体調悪いって言っているんですけどぉ、帰ってもらっても大丈夫ですかぁ?」
「うん、体調悪いのはどうしようもないからね。気を付けて帰るように言って。あ、一人で帰れそうなんかな?」
「それも聞いてみますぅ」
「うん、帰れそうなら気を付けて帰るように言って。無理そうなら、救護室で休んでもらって。B地点には佐伯を向かわせるから」
「はい」
大学生くらいだろうか。高見の前で一生懸命に可愛くあろうとしているのが目に見える。結構かわいい子なのに。
「羽山さん、すみません。俺、ちょっと様子見に行かなきゃならなくて」
「全然いいよ。ちょっと寄っただけだから」
「あ、ちょっと待ってください」
高見は冷蔵庫から紙パックの小さな牛乳を持ってくると羽山に渡した。
「今日も接待でしょう?」
「え、何で分かるの?」
「今朝会社に寄った時に的場さんと話しているのが聞こえちゃいました。あんまり無理しないでくださいね。お酒を飲む前に牛乳飲むと胃に少しは優しいらしいですよ」
「あー、あれか。ありがと」
「じゃ」
高身長、イケメン、頼りがいがあって気が利く。
やっぱり、ずるいなぁ。
「はい」
「最近接待続きだからなぁ。適当なところでお酒断らないと、肝臓やられるぞ」
「そう思っているんですけど、僕なかなか断れなくて」
「まぁなー。年齢が上になると俺の酒が飲めないのか的なやつ、まだいるからなぁ」
「そうなんですよね……」
僕は打ち合わせの書類を鞄にしまうと背もたれにかけてあったジャケットを羽織りバタバタと立ち上がった。
「トーワさんのとこに打ち合わせに行ってきます!」
急ぎ足で駅まで行き、そのまま電車に飛び乗る。入り口側のドアに寄り掛かってため息をついた。
胃、もたれてんなぁ。胃薬でも買っていくか。
大学在学中にアルバイトをしていたイベント会社に就職して3年。イベントを行う会社に営業をかけ、仕事を取ってくるのが僕の仕事だ。
正直いうとイベント会社に大差はない。相手の会社にしてみれば、言ったことをやってくれて値段が安ければ良し、だ。つまりそれだけ他社に乗り換えられやすい。ではどうやって自分の会社を使い続けてもらうか、それは仕事以外の+αにかかってくる。つまり、接待だ。
お酒を勧められると上手く断れなくてついつい飲み過ぎてしまう。食事を勧められるとついつい食べ過ぎてしまう。元々お酒は弱い方だし、大食いでもない僕は接待が続くとつい胃を壊してしまうのだ。
「あ、羽山さん、いらっしゃい。森岡?」
「こんにちは。はい、森岡さんはいらっしゃいますか?」
「ちょっと待ってね」
「おー、いつも悪いねぇ」
森岡さんは30代後半の陽気な男性だ。トーワさんとうちの会社は会社を立ち上げた頃からの長い付き合いで、毎回仕事をくれるお得意さんだ。
「2月の食品展示会の件ですよね」
「そうそう、来場者を1万人で考えてたんだけど、今回のメイン食材であるラッカーが急に話題になっただろ?」
展示会の開催は半年前から決まっていて、その時はまだラッカーは知名度の低い食材だった。だが1か月前に人気モデルが食べているとSNSで発信してからあっという間に火がついたのだ。今では完全に供給が間に合っていないという食材だ。
「そうですね。昼間のTVでも特集されているのをよく観ますよ」
「だろ?それで、うちにも問い合わせが多くてさ。来場者を2万人で考えたいんだよ。多くの人にラッカーを知ってもらうのがこの展示会の目的だからね。なるべく多くの人に来てもらいたいんだ」
「ですよね。一つの部屋ではなくて、同じ建物の隣の部屋も利用するという形でも大丈夫ですか?」
「急な変更だしなぁ。そこは仕方ないと思ってる。うちとしてはとにかく二万人規模の会場を確保したい」
「もし部屋が用意できない場合は、キャンセル料を払ってでも会場変更することも考えてますか?」
「だな。余計な予算はかけたくないけど、チャンスは逃したくない。いや、予算かけたくないなぁ。羽山さん、なんとかしてよー」
「分かりました。とにかく、打てる手は全部打ってみます」
「さっすが~」
打ち合わせを終え、トーワさんを出ると会場に電話をするために携帯電話を出した。液晶画面にはエインが3件の文字。2件は仕事のエインで1件は美佳からだった。食品展示会の会場に電話をして場所を確保すると、立て続けに仕事のエインの返信をする。その後で美佳のエインに返信をした。
【今日の夜、会える?】
【ごめん、今日も仕事なんだ】
美佳とは付き合ってもうすぐ4年になる。僕が就職してからは会えない日々も増え、1か月一度も会えないという月もあるほどだ。それでも怒らず待ってくれる。僕の仕事の忙しさも分かってくれるありがたい存在だ。
「15時か……。Kプラザに顔出ししておくか」
駅に向かいながら、森岡さんに電話をする。
「森岡さん?コネクトJの羽山です。会場、確保出来ました。隣接する大会場を貸してくれるそうです」
「おー、羽山君は仕事が早いねぇ。助かるよ。今度、飯でもおごるよ!」
「はははは、ありがとうございます」
僕はそう返事をしながら、飯を驕るというのが口先だけの社交辞令であることを願った。
Kプラザは500人規模の小さな会場で主に音楽や演劇のイベントが行われる会場だ。駅近という立地なこともあり防音もしっかりしていて、数か月先まで予約が埋まることも珍しくない。
会場内にあるコネクトJの詰所のドアを開けると、胸元に無線を付けたスーツ姿の高見と目が合った。
「羽山さん? どうしたんですか?」
「少し時間があったから様子を見にね。調子はどう?」
高見は僕より一歳年下で、会社の後輩だ。営業の僕とは違い現場に入って大勢のアルバイトの管理をしたり、主催の運営の手伝いをする。コンサートの場合だと、開場の案内やチケットの確認、演奏中の警備や演奏者へのケータリング等、その仕事の範囲は広い。
「今のところ、想定の範囲内ですよ」
大勢のアルバイトを日雇いで扱うこの現場は、当日ドタキャンするバイトもいる。当然、それを考えて多めのアルバイトを用意するのだ。
「これ、差し入れ」
「お、栄養ドリンク。ありがとうございます」
180センチはあろうかという高見が爽やかな笑顔を見せた。高身長にスーツというのはそれだけでイケメン度が3割増しになるというのに、高見は本当にイケメンでしかもこういう現場を仕切れる程、頼りがいがある。
なんか、ずるいなぁ。
「あのぅ、お話し中すみません」
「あ、どうぞ」
アルバイトのリーダークラスの女性が僕たちの顔を伺いながらやってきたので僕は一歩下がった。
「高見さぁん、B地点の女の子が体調悪いって言っているんですけどぉ、帰ってもらっても大丈夫ですかぁ?」
「うん、体調悪いのはどうしようもないからね。気を付けて帰るように言って。あ、一人で帰れそうなんかな?」
「それも聞いてみますぅ」
「うん、帰れそうなら気を付けて帰るように言って。無理そうなら、救護室で休んでもらって。B地点には佐伯を向かわせるから」
「はい」
大学生くらいだろうか。高見の前で一生懸命に可愛くあろうとしているのが目に見える。結構かわいい子なのに。
「羽山さん、すみません。俺、ちょっと様子見に行かなきゃならなくて」
「全然いいよ。ちょっと寄っただけだから」
「あ、ちょっと待ってください」
高見は冷蔵庫から紙パックの小さな牛乳を持ってくると羽山に渡した。
「今日も接待でしょう?」
「え、何で分かるの?」
「今朝会社に寄った時に的場さんと話しているのが聞こえちゃいました。あんまり無理しないでくださいね。お酒を飲む前に牛乳飲むと胃に少しは優しいらしいですよ」
「あー、あれか。ありがと」
「じゃ」
高身長、イケメン、頼りがいがあって気が利く。
やっぱり、ずるいなぁ。
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