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28. 恋はままならないもの
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布団の中に入る。一度怖いと思ってしまってからというもの、少しの物音、風の音にさえビクッと身体を揺らせてしまう。体の揺れを阿川に気付かれない様にと布団の中にとっぷりと潜った。
早く寝てしまおう。そうすれば朝になって、明るくなれば怖さだってなくなるんだ。
阿川に背を向けてギュッと目を閉じる。
風が襖を揺らしてカタカタと音が鳴り、これは風の音だと心の中で呪文のように唱えた。
「圭太さん、怖いんですか?」
「こっ、こっ」
「こ?」
何かが俺の布団の背中側に触れる。
「ひぃいいいいっ!!」
勢いよく体を起こすと、目を丸くして手を止めた俺が目に入った。
「あ……あがわ……」
「ったく、怖いならそう言って下さいよ。嫌じゃなかったら、どうぞ」
阿川が自分の掛け布団をめくって自分の隣をポンポンと叩く。
「ご、ごめん」
「別にいいですよ。ここに付き合ってもらったのは僕ですし」
「失礼します」
頭を軽く下げて阿川の布団に入り込む。
「寒くないですか?」
「ん……大丈夫」
俺の顔をした阿川が近くにいる。一緒の布団にいて、寄り添うから体が密着する。俺が幼過ぎて、阿川のことをちゃんと分かってやれなくて離れてしまった温もり。
……体が入れ替わっていて良かった。お互いの体のままなら、辛くなりそうだ。
布団をかぶって、こっそりと阿川の寝巻の端っこを掴んだ。もうこんなことは二度とないから今日くらいは許して欲しい。
涙が零れる。鼻をすすったり、目を拭えば阿川に気付かれてしまう。阿川に知られない様に、流れる涙はそのままにした。
空が明るくなったころ、俺はそっと布団を抜け出した。体はまだ阿川のままだ。洗面所で目を見れば少し赤いが腫れてはいなかった。
「よかった。赤いくらいなら誤魔化せる」
そのまま部屋に戻る気にもなれず、部屋の前の廊下から外を見ていると5時過ぎだというのに住職が庭の掃除をしていた。
「おははようございます」
「おはようございます。夕べは良く眠れましたか? とは愚問でしたね」
どう返事をしたらよいか分からず、苦笑いで誤魔化す。
「ご住職さんは失恋したことがありますか?」
ぽろっと口に出して、何を聞いているのだと我に返った。
「あ、すみません、急に」
「構いませんよ。そりゃあ、私も失恋したことはありますよ。恋とはままならないものですから」
「失恋はどうやったら諦められますか? どうやったらこの気持ちはなくなりますか?」
「どうでしょうか。無理になくするものではないような気がします。第一、それが出来るのならみんなこのように悩まないでしょう?」
八方塞がりのような気持になって唇をかみしめた。
「ひとつ言えることは、この世に思いを残した魂はさ迷うと言われています。失恋も同じことなのかもしれません。やり残したことががあるうちはなかなか次の道が見えないものです」
「やり残したこと……」
「伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?」
「ご住職さん……」
「さぁ、まだ朝は冷えますから向こうでお茶でもいただきましょう」
ご住職さんの言葉が胸の中に落ちて、波紋が体の中を揺らしていた。
朝食をご馳走になってから山を登る。今日のご住職は昨日とは違う法衣で、聞けば「昨日のは普段着ている略装用で、今日のは儀式をやるときに着る正装用なんですよ」と教えてくれた。俺から見たらひらひらとして歩きにくそうな服なのに、けもの道をご住職さんはすいすいと歩いていく。
阿川も意外とすいすい歩いていて、阿川の体である俺は足も重く、よいしょっと声を出してしまいたいほどだ。
「圭太さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん、ちょっとしんどい」
「すみません、僕、もっと運動しておけば良かったですね」
阿川が俺に手を差し出す。その手を要らないとは言えなくて、手を握った。
なるべく阿川の温もりは覚えていたくないのに……。
けもの道を二時間ほど登っただろうか。人が3,4人並んで入っても入れそうなほど大きな洞窟の前にこれまた大きな岩があり、その岩にしめ縄のような飾りが巻かれていた。
「ここが竜神の住むといわれている洞窟です。お二人は心を落ち着けて元の体に戻して欲しいと願ってください。それから、神を敬う気持ちは忘れずに」
「「はい」」
森の中にご住職様の低い声が良く響く。歌のようなその言葉は凜とした空気を纏ってどこまでも浸透して、洞窟の奥から響きが戻ってくる。
あ、なんかキラキラしている。
閉じた目の奥で透明感のある水色の鱗のような物が虹色を従えてキラキラと舞う。夢の……夢の中にいるみたいだ。
ご住職さんの声が遠くに聞こえて、心地よい。そのうち、透明の鱗は規則正しく動き始め大きなうねりとなった後で、すっと音もなく消えた。
「終わりました」
ご住職さんの手で肩を叩かれて、ハッと目を開く。阿川も同じように目を開いたところだった。
「終わりましたよ。無事に受け取って下さいました」
ご住職さんが差し出した手の方を見ると秘具が粉々に割れていた。
「あ、俺、戻ってる」
「本当だ」
二人で顔を見合わせると、もう一度竜神の洞窟に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうござました」
お寺に戻ってご住職さんにお礼を言い、山を下りる。自分の体になった今、さっきよりずっと動きが軽い。はぁ、と大きく息を吐き出す阿川の呼吸が聞こえて振り返った。
「大丈夫か?」
「……自分の体力の無さに愕然としてますよ。圭太さんの体とは大違いですね」
バス停でぐったりと座ってバスを待った。バスに乗って新幹線に乗ったら、阿川との接点はもうなくなる。そう思うと早く帰りたいとは思えなくて、少しでも長く一緒にいたいと思ってしまう。
バスの座席の隣り合わせ、新幹線の座席の隣り合わせ、触れそうで触れない肩、触れそうで触れない手。
【へぇー諦められるんだ】
【圭太は本当に欲しいものに出会ってないってこと】
【やり残したことがあるうちはなかなか次の道が見えないものです】
【伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?】
貰った言葉たちが俺の中でつながっていく。
早く寝てしまおう。そうすれば朝になって、明るくなれば怖さだってなくなるんだ。
阿川に背を向けてギュッと目を閉じる。
風が襖を揺らしてカタカタと音が鳴り、これは風の音だと心の中で呪文のように唱えた。
「圭太さん、怖いんですか?」
「こっ、こっ」
「こ?」
何かが俺の布団の背中側に触れる。
「ひぃいいいいっ!!」
勢いよく体を起こすと、目を丸くして手を止めた俺が目に入った。
「あ……あがわ……」
「ったく、怖いならそう言って下さいよ。嫌じゃなかったら、どうぞ」
阿川が自分の掛け布団をめくって自分の隣をポンポンと叩く。
「ご、ごめん」
「別にいいですよ。ここに付き合ってもらったのは僕ですし」
「失礼します」
頭を軽く下げて阿川の布団に入り込む。
「寒くないですか?」
「ん……大丈夫」
俺の顔をした阿川が近くにいる。一緒の布団にいて、寄り添うから体が密着する。俺が幼過ぎて、阿川のことをちゃんと分かってやれなくて離れてしまった温もり。
……体が入れ替わっていて良かった。お互いの体のままなら、辛くなりそうだ。
布団をかぶって、こっそりと阿川の寝巻の端っこを掴んだ。もうこんなことは二度とないから今日くらいは許して欲しい。
涙が零れる。鼻をすすったり、目を拭えば阿川に気付かれてしまう。阿川に知られない様に、流れる涙はそのままにした。
空が明るくなったころ、俺はそっと布団を抜け出した。体はまだ阿川のままだ。洗面所で目を見れば少し赤いが腫れてはいなかった。
「よかった。赤いくらいなら誤魔化せる」
そのまま部屋に戻る気にもなれず、部屋の前の廊下から外を見ていると5時過ぎだというのに住職が庭の掃除をしていた。
「おははようございます」
「おはようございます。夕べは良く眠れましたか? とは愚問でしたね」
どう返事をしたらよいか分からず、苦笑いで誤魔化す。
「ご住職さんは失恋したことがありますか?」
ぽろっと口に出して、何を聞いているのだと我に返った。
「あ、すみません、急に」
「構いませんよ。そりゃあ、私も失恋したことはありますよ。恋とはままならないものですから」
「失恋はどうやったら諦められますか? どうやったらこの気持ちはなくなりますか?」
「どうでしょうか。無理になくするものではないような気がします。第一、それが出来るのならみんなこのように悩まないでしょう?」
八方塞がりのような気持になって唇をかみしめた。
「ひとつ言えることは、この世に思いを残した魂はさ迷うと言われています。失恋も同じことなのかもしれません。やり残したことががあるうちはなかなか次の道が見えないものです」
「やり残したこと……」
「伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?」
「ご住職さん……」
「さぁ、まだ朝は冷えますから向こうでお茶でもいただきましょう」
ご住職さんの言葉が胸の中に落ちて、波紋が体の中を揺らしていた。
朝食をご馳走になってから山を登る。今日のご住職は昨日とは違う法衣で、聞けば「昨日のは普段着ている略装用で、今日のは儀式をやるときに着る正装用なんですよ」と教えてくれた。俺から見たらひらひらとして歩きにくそうな服なのに、けもの道をご住職さんはすいすいと歩いていく。
阿川も意外とすいすい歩いていて、阿川の体である俺は足も重く、よいしょっと声を出してしまいたいほどだ。
「圭太さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん、ちょっとしんどい」
「すみません、僕、もっと運動しておけば良かったですね」
阿川が俺に手を差し出す。その手を要らないとは言えなくて、手を握った。
なるべく阿川の温もりは覚えていたくないのに……。
けもの道を二時間ほど登っただろうか。人が3,4人並んで入っても入れそうなほど大きな洞窟の前にこれまた大きな岩があり、その岩にしめ縄のような飾りが巻かれていた。
「ここが竜神の住むといわれている洞窟です。お二人は心を落ち着けて元の体に戻して欲しいと願ってください。それから、神を敬う気持ちは忘れずに」
「「はい」」
森の中にご住職様の低い声が良く響く。歌のようなその言葉は凜とした空気を纏ってどこまでも浸透して、洞窟の奥から響きが戻ってくる。
あ、なんかキラキラしている。
閉じた目の奥で透明感のある水色の鱗のような物が虹色を従えてキラキラと舞う。夢の……夢の中にいるみたいだ。
ご住職さんの声が遠くに聞こえて、心地よい。そのうち、透明の鱗は規則正しく動き始め大きなうねりとなった後で、すっと音もなく消えた。
「終わりました」
ご住職さんの手で肩を叩かれて、ハッと目を開く。阿川も同じように目を開いたところだった。
「終わりましたよ。無事に受け取って下さいました」
ご住職さんが差し出した手の方を見ると秘具が粉々に割れていた。
「あ、俺、戻ってる」
「本当だ」
二人で顔を見合わせると、もう一度竜神の洞窟に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうござました」
お寺に戻ってご住職さんにお礼を言い、山を下りる。自分の体になった今、さっきよりずっと動きが軽い。はぁ、と大きく息を吐き出す阿川の呼吸が聞こえて振り返った。
「大丈夫か?」
「……自分の体力の無さに愕然としてますよ。圭太さんの体とは大違いですね」
バス停でぐったりと座ってバスを待った。バスに乗って新幹線に乗ったら、阿川との接点はもうなくなる。そう思うと早く帰りたいとは思えなくて、少しでも長く一緒にいたいと思ってしまう。
バスの座席の隣り合わせ、新幹線の座席の隣り合わせ、触れそうで触れない肩、触れそうで触れない手。
【へぇー諦められるんだ】
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