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番外編 花村ワンダーランド 1
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「たーか、たーかあぁ~ん」
講義が終わったばかりの教室に入ってきて、こんな妖しい声で僕を呼ぶのはこいつしかいない。苅部だ。
「無理。僕、忙しいから」
こんな風に名前を呼ぶときは大抵面倒な案件を持ってくるので、僕は容赦なく断ることにしている。そして返ってくる言葉は「そんなこといわないでぇん」だ。
「そんなこといわないでぇん」
「この毎回同じやり取り、なんとかならないの?」
軽くため息をつきながら苅部の方を向いて僕は少しだけ目を大きくした。
「あれ?今日はいつもの苅部だ」
合コンなど女性が絡む場合の苅部は伸び放題の髪の毛はきちんとまとめて、髭もしっかりと剃るのに、いつものもっさりとした苅部のままだった。
「タカが毎回、速攻で断らなかったらこのルーティーンはなくなるよ。むふふ」
「むふふって何だよ。で、なんの頼み事?」
「夏休み、タカ君はいかがお過ごしかな?バイトも辞めちゃったし暇でしょ」
「暇じゃないよ。そもそもバイトをやめたのは制作時間を増やすためだし」
そうなのだ。都築一美術展で特別賞を頂いたおかげで過去の作品にも値がつくようになり、僕はバイトをやめて絵に専念することにしていた。
「でもさー、同じところにいたら同じ風景しか見れないでしょ」
「……確かに」
「そこで、これだっ!!」
苅部がジャーンと効果音をつけながら出したのは「花村ワンダーランド」という遊園地のチラシだった。
「見て、これ。ここっ!!」
「夏休み中のお化けバイト募集?」
「そ、夏休み期間だけお化け屋敷を拡張するらしいんだけど、そこでお化け役をやってくれる人を募集するんだって。泊まり込みOK、食事付き、バイト時間外は自由っ」
花村ワンダーランドは避暑地としても名高い高原にあり、日本有数の絶叫マシーンもある有数の遊園地だ。日本有数だとかに興味はないが、高原の避暑地に泊まり込みというのは結構そそられる。
空き時間に山を歩いてみるのもいいな。なにか題材が見つかるかも。
「2週間チームと4週間チームで応募があるけど、どっちがいい?」
僕の表情を見てイケると踏んだのか苅部が詰め寄ってきた。
4週間にしたら佐倉が面倒なことになりそうだな。2週間でも微妙だけど。
「2週間で頼む」
「じゃ、おれも2週間にしよっと。これで伊藤に恩が売れるなっ、イヒヒ」
苅部はイヒヒと不気味な笑みを浮かべて去っていった。
「ずっと思ってたけどタカ、なんか歩き方変だぞ?」
花村ワンダーランドに到着したバスを降りると、苅部が俺の背中をグッと押した。
「ぐへっ」
肩を掴んで背中を押していつもより猫背の僕の背筋を伸ばさせようと思ったらしい。
「ぷぷっ、変な声。で、大丈夫なのか?」
「うん、まぁ、なんとか。ちょっと寝不足かな」
「しっかりしろよ~。人を驚かせるってワクワクするよなーっ」
ひゃっほーっと大自然に向かって両手を上げた苅部を見ながら僕は佐倉を恨まずにはいられなかった。
花村ワンダーランドのバイトをすると話した時も盛大にごねて面倒くさい感じに仕上がっていたが、昨日もまた酷かったのだ。
「俺が2週間も離れたら渉のこのエロイ体は誰が面倒見るの?」
「じ……ぶん、の、めんど、くら、い……あぁん、じぶ、ん、でみる」
「でも、俺がいなきゃここは埋まらないよ?」
そう言いながら僕のアナルに自分のモノを突きさし、何度も何度も突き上げた。明日は早いからと言っても「渉の体が俺を忘れない様に」なんて言って聞く耳は持たなかったし、2週間なんてすぐだよと言っても「渉が他の男を誘惑しちゃわない様に性欲をゼロにする」なんて言って、記憶が跳ぶほどの快楽に落とされた。
僕、結構信用無いよな。
確かに絵を描く時はムラっとすることも多いし、出会い方もあれじゃあ仕方ないような気もするけど、そんなに節操がないわけではないのに。
「じゃ、アルバイトの方たちは各部屋に荷物を置いたらこのロビーに戻ってきてください」
その日は施設の説明を受けたり実際にお化けをやっている人に極意を教わったりして一日が終わった。
アルバイトに来て一週間。
これくらいになると花村ワンダーランドでの生活もすっかり板についてくる。バイト開始は遊園地がオープンする30分前からでお化け屋敷が閉まって30分後の19時半まで。花村ワンダーランドの裏側にひっそりと建つ寮に寝泊りする。部屋は二人一組だが、そこは苅部と一緒なのであまり気を遣わないで済む。
「ふぁぁあ、今日も行くの?」
「うん、早朝しか時間ないし。起こしちゃった?」
「いや、おしっこ」
「あ、そう」
苅部とはこんな具合だ。
【渉に会いたい】
スマホを開けば佐倉からのメール。二日前から佐倉はこんなメールを送ってくるようになった。
【おはよー。これから山に散歩に行ってくる。こっちは今日も快晴だ】
とりあえず、いつものメールを返して山に向かった。
散歩しながらグッとくる風景があれば携帯で写真を撮る。折れた木に座って川を眺めたり、目を閉じて音を聴いたりもする。ここの持つ空気の全てを体に沁み込ませて、帰ってもちゃんと思い出せるように。そうして目を閉じていた時だった。
「渉!?見つけた!」
ここにいるはずもない人物の声が聞こえて僕は目を見開いた。
「嘘だろ……」
「嘘って、恋人が会いに来たって言うのにその反応って。塩反応過ぎるだろ」
「って、どうやってこの場所を知ったんだよ」
「G・P・S」
佐倉は自分の携帯をコツコツと指で叩きながらニヤっと笑った。
「物騒な世の中になったもんだな」
「渉、違うだろ。便利な世の中になったんだよ」
なっ、と佐倉が笑う。
GPSなんてキモっとなるところなのだが、佐倉に微笑まれると仕方ないなという気になる。
「渉、俺が会いたいってメールしても全部スルーじゃん。なんかさー、なんかさーと思ったんだよ。俺も会いたいとか、寂しいとかさ、言って欲しいわけ……です」
会えなくなって一週間、まだ一週間だ。寂しいかと言われれば寂しくはない。ちょっと心もとないような気がするだけだ。
「佐倉ってそういうキャラだっけ?」
「うるせー」
なんだか無性に佐倉が可愛く思えてきた。
「会いたかったよ。多分」
「たぶんかよ」
佐倉の顔が近づく。僕は目を閉じでその唇を受け入れた。そのうち佐倉の手が僕の後頭部にまわり、唇が首へと移動した。
講義が終わったばかりの教室に入ってきて、こんな妖しい声で僕を呼ぶのはこいつしかいない。苅部だ。
「無理。僕、忙しいから」
こんな風に名前を呼ぶときは大抵面倒な案件を持ってくるので、僕は容赦なく断ることにしている。そして返ってくる言葉は「そんなこといわないでぇん」だ。
「そんなこといわないでぇん」
「この毎回同じやり取り、なんとかならないの?」
軽くため息をつきながら苅部の方を向いて僕は少しだけ目を大きくした。
「あれ?今日はいつもの苅部だ」
合コンなど女性が絡む場合の苅部は伸び放題の髪の毛はきちんとまとめて、髭もしっかりと剃るのに、いつものもっさりとした苅部のままだった。
「タカが毎回、速攻で断らなかったらこのルーティーンはなくなるよ。むふふ」
「むふふって何だよ。で、なんの頼み事?」
「夏休み、タカ君はいかがお過ごしかな?バイトも辞めちゃったし暇でしょ」
「暇じゃないよ。そもそもバイトをやめたのは制作時間を増やすためだし」
そうなのだ。都築一美術展で特別賞を頂いたおかげで過去の作品にも値がつくようになり、僕はバイトをやめて絵に専念することにしていた。
「でもさー、同じところにいたら同じ風景しか見れないでしょ」
「……確かに」
「そこで、これだっ!!」
苅部がジャーンと効果音をつけながら出したのは「花村ワンダーランド」という遊園地のチラシだった。
「見て、これ。ここっ!!」
「夏休み中のお化けバイト募集?」
「そ、夏休み期間だけお化け屋敷を拡張するらしいんだけど、そこでお化け役をやってくれる人を募集するんだって。泊まり込みOK、食事付き、バイト時間外は自由っ」
花村ワンダーランドは避暑地としても名高い高原にあり、日本有数の絶叫マシーンもある有数の遊園地だ。日本有数だとかに興味はないが、高原の避暑地に泊まり込みというのは結構そそられる。
空き時間に山を歩いてみるのもいいな。なにか題材が見つかるかも。
「2週間チームと4週間チームで応募があるけど、どっちがいい?」
僕の表情を見てイケると踏んだのか苅部が詰め寄ってきた。
4週間にしたら佐倉が面倒なことになりそうだな。2週間でも微妙だけど。
「2週間で頼む」
「じゃ、おれも2週間にしよっと。これで伊藤に恩が売れるなっ、イヒヒ」
苅部はイヒヒと不気味な笑みを浮かべて去っていった。
「ずっと思ってたけどタカ、なんか歩き方変だぞ?」
花村ワンダーランドに到着したバスを降りると、苅部が俺の背中をグッと押した。
「ぐへっ」
肩を掴んで背中を押していつもより猫背の僕の背筋を伸ばさせようと思ったらしい。
「ぷぷっ、変な声。で、大丈夫なのか?」
「うん、まぁ、なんとか。ちょっと寝不足かな」
「しっかりしろよ~。人を驚かせるってワクワクするよなーっ」
ひゃっほーっと大自然に向かって両手を上げた苅部を見ながら僕は佐倉を恨まずにはいられなかった。
花村ワンダーランドのバイトをすると話した時も盛大にごねて面倒くさい感じに仕上がっていたが、昨日もまた酷かったのだ。
「俺が2週間も離れたら渉のこのエロイ体は誰が面倒見るの?」
「じ……ぶん、の、めんど、くら、い……あぁん、じぶ、ん、でみる」
「でも、俺がいなきゃここは埋まらないよ?」
そう言いながら僕のアナルに自分のモノを突きさし、何度も何度も突き上げた。明日は早いからと言っても「渉の体が俺を忘れない様に」なんて言って聞く耳は持たなかったし、2週間なんてすぐだよと言っても「渉が他の男を誘惑しちゃわない様に性欲をゼロにする」なんて言って、記憶が跳ぶほどの快楽に落とされた。
僕、結構信用無いよな。
確かに絵を描く時はムラっとすることも多いし、出会い方もあれじゃあ仕方ないような気もするけど、そんなに節操がないわけではないのに。
「じゃ、アルバイトの方たちは各部屋に荷物を置いたらこのロビーに戻ってきてください」
その日は施設の説明を受けたり実際にお化けをやっている人に極意を教わったりして一日が終わった。
アルバイトに来て一週間。
これくらいになると花村ワンダーランドでの生活もすっかり板についてくる。バイト開始は遊園地がオープンする30分前からでお化け屋敷が閉まって30分後の19時半まで。花村ワンダーランドの裏側にひっそりと建つ寮に寝泊りする。部屋は二人一組だが、そこは苅部と一緒なのであまり気を遣わないで済む。
「ふぁぁあ、今日も行くの?」
「うん、早朝しか時間ないし。起こしちゃった?」
「いや、おしっこ」
「あ、そう」
苅部とはこんな具合だ。
【渉に会いたい】
スマホを開けば佐倉からのメール。二日前から佐倉はこんなメールを送ってくるようになった。
【おはよー。これから山に散歩に行ってくる。こっちは今日も快晴だ】
とりあえず、いつものメールを返して山に向かった。
散歩しながらグッとくる風景があれば携帯で写真を撮る。折れた木に座って川を眺めたり、目を閉じて音を聴いたりもする。ここの持つ空気の全てを体に沁み込ませて、帰ってもちゃんと思い出せるように。そうして目を閉じていた時だった。
「渉!?見つけた!」
ここにいるはずもない人物の声が聞こえて僕は目を見開いた。
「嘘だろ……」
「嘘って、恋人が会いに来たって言うのにその反応って。塩反応過ぎるだろ」
「って、どうやってこの場所を知ったんだよ」
「G・P・S」
佐倉は自分の携帯をコツコツと指で叩きながらニヤっと笑った。
「物騒な世の中になったもんだな」
「渉、違うだろ。便利な世の中になったんだよ」
なっ、と佐倉が笑う。
GPSなんてキモっとなるところなのだが、佐倉に微笑まれると仕方ないなという気になる。
「渉、俺が会いたいってメールしても全部スルーじゃん。なんかさー、なんかさーと思ったんだよ。俺も会いたいとか、寂しいとかさ、言って欲しいわけ……です」
会えなくなって一週間、まだ一週間だ。寂しいかと言われれば寂しくはない。ちょっと心もとないような気がするだけだ。
「佐倉ってそういうキャラだっけ?」
「うるせー」
なんだか無性に佐倉が可愛く思えてきた。
「会いたかったよ。多分」
「たぶんかよ」
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