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第三章 異世界に来たけど、自分は慈善活動を始めました
第七十八話
しおりを挟む「裏口、窓割れてるけどいいの?」
「誰も入らないだろう」
「そうかもしれないけど……もしもの事があったらさ」
「ここら辺の人間は皆、死に絶えた。この家に忍び込もうと思う人間がまずいない」
身支度を済ませた海とアレクサンダーは、入ってきた裏口から外へと出た。激しい行為の後の身体はとても動かせるものではなかったが、いつまでもアレクサンダーの実家にいるわけにも行かず、ギシギシと痛む腰にムチを打った。
裏口の窓はポッカリと穴があいてしまっている。
その穴に手を入れて一応鍵はかけたが、この状態ではだれでも簡単に家の中に入ることが可能だ。何かで穴を塞げないかと周りを見渡して見たが、辺りは殺風景な庭。闇のせいで草木は枯れ落ち、腐りかけた木の幹や茶色くなった落ち葉しかなかった。穴を塞げるようなものがあるとは到底思えなかった。
「このままで構わない。さあ、宿へ帰るぞ」
荒れ果てた庭を見て呆然としている海の手を取り、アレクサンダーは宿へと歩き出す。いつもより歩くスピードが緩やかなのは、海の身体のことを気遣ってなのか。
彼のさり気ない優しさが身に染みた。
「アレク、今日は……ありがとう」
「礼を言われるようなことはしてないだろう。それに俺は……お前に無理をさせた」
「無理なんてしてないって。そりゃなんか後半はちょっとぶっ飛んでたけど……あれは俺がおかしかったからであって、別にアレクが悪いわけじゃない」
アレクとの行為中の半分は記憶が飛んでいてほぼ覚えていない。とても気持ちが良かったのは覚えているのだが、あの後どうやって終わらせたのかとかは全く記憶になかった。海の身体は突然疼き出して止まらなかった。
アレクサンダーが少し動くだけでも喘ぎ声が止まらず、海はひっきりなしに鳴き続けた。喘ぎすぎで声が掠れていたところまでは何となく思い出せる。沢山イかされて、もう何も出なくなったのも。
「そのことなんだが……カイがそうなった原因は俺の魔力のせいだ」
「アレクの魔力?」
「ああ。魔力に耐性のない者が触れると魔力酔いを引き起こす。普通は吐き気や頭痛などの体調不良を訴えるものだが、俺の魔力は少し特殊でな。魔力耐性の弱い人間にとっては催淫効果が出てしまう」
「魔力酔いのせいであんな風になったってこと?」
「そういうことだ。しかも、お前は……上からも飲んでいただろう」
少し言いづらそうに小声でぼそぼそとアレクサンダーは呟く。『上から飲んだ』の意味が一瞬わからなかった海はなんのことだ?と首を傾げるが、アレクサンダーを喜ばせるためにと、己がしたことを瞬時に思い出して顔から火がでるほど真っ赤になった。
「の……みましたね、ええ」
「上からも下からも俺の体液を摂取したんだ。そんなことをすれば理性など簡単に吹き飛ぶ」
ええ、飛んでました。アレクサンダーのことが欲しくて、なんかいやらしい事を言ったような気がします。
言われてみれば、自ら腰を振り乱していたこともあった。アレクサンダーがイッたらあとも海は動いて、彼を困らせたことも。
魔力酔いのせいだったとはいえ、海の行動はあまりにも酷かった。明日からアレクサンダーに『ビッチ』と呼ばれたらどうすればいいんだ。初めての性交渉でビッチ呼びされるのは嫌だ。ここは謝るしかない。全力で謝って許してもらうしか。
「ごめん!」
「すまなかった」
…………うん?
「アレク?」
「何でお前が謝る必要がある」
立ち止まったアレクサンダーは海の方を振り向いて頭を下げた。それと同時に海もアレクサンダーの手を引いて謝る。互いに頭を下げているという状況に二人で首を傾げ、不思議そうに顔を見合わせていた。
「アレクサンダーに付き合わせちゃったなと」
「それは俺の魔力のせいだと言っただろう。カイが悪く思うことはない」
「そうかもしれないけどさ、その……俺も……アレクサンダーにめちゃくちゃにされたかったというかなんというか」
何を言っているんだと思ってしまうが、これが本心なのだから仕方ない。
知らない男に押し倒され、性的なことをされそうになった時、海はアレクサンダーとでなければ嫌だと強く思った。好きな人以外に勝手に身体を触られて胃の中の物を吐き出したくなる程の嫌悪感を味わった。
……そういえば、なんでアレクサンダーは海の場所がわかったのだろうか。海はアレクサンダーたちに追いかけられて来ないようにと適当に走りまくった。走っていた海でさえ大通りに戻るための道順が分からなくなってしまうくらいには。アレクサンダーも適当に走って辿りついた先に海がいたのか。
じゃあ、あの男が忌々しげに呟いていた"これのせいか"はなんだったんだ。
「アレク、聞きたいことがあるんだけどいいですか?」
「なんだ」
「どうして俺の居場所がわかったの?」
アレクサンダーは眉を下げて「ん?」と首を傾げる。
アレクサンダーとウォレスから逃げただした海をどうやって見つけ出したのかと付け加えたら、アレクサンダーは「ああ、それか」と理解してくれた。
「お前が持ってるネックレスを頼りしたからだ」
「ネックレス?」
「そのネックレスには俺の魔力が注いである。お前がどこに居ようと、すぐ場所が分かるように」
まるで携帯のGPSのようだ。どこにいても海の場所はアレクサンダーに伝わる。それはきっと監視のためにアレクサンダーがネックレスに細工を施したものだったのだろう。ラザミアから逃げようとしたらすぐに捕まえられるように。今では、海に何かあった時にアレクサンダーが助けに行けるように……そういう思惑に変わっているのならば。
「……返さなくて……よかった」
首から下がっているネックレスをぎゅっと服越しに握りしめる。アレクサンダーが新しいネックレスを持ってきた時、今持っているネックレスはもう意味が無いから返せと言われていた。あの時、駄々をこねてよかった。
「絶対に失くすな。それが無くなったら流石に分からない」
「うん。ずっと、持ってる」
どこにいてもアレクサンダーに見つけてもらえるようにいつでも肌身離さず持っていよう。小さなネックレスだが、そこら辺のお守りより海を大事に守ってくれる。
離れていてもアレクサンダーが守ってくれているということに海は気恥しさから笑みを浮かべた。
「行くぞ」
ネックレスを大切そうに握る海にアレクサンダーは決まりが悪そうにそっぽを向いた。きっと、海が襲われることがなければネックレスの件は黙り続けているつもりだったのだろう。
守っていると言えば聞こえがいいが、実際のところは四六時中見張られていることには変わりはない。アレクサンダーがどこまで海の居場所を把握出来るのかは分からないが、海がふらっと外に出ればすぐに感知される。
それって隠し事が出来ないのでは──と、思ったが、海は頭を横に振って悪い考えを追い出した。
「何してるんだ?」
海の不思議な行動にアレクサンダーが不審そうに声をかけた。ずいっと顔を近づけられ、慌てて適当な言い訳を並べた。
「へ!? いや、お腹すいたなぁって!? 今日の夕飯何かなぁと思って!」
「ああ、沢山動いたからか」
ベッドの上で、とアレクサンダーはいやらしげに笑った。
この後、アレクサンダーは海にポコスカ殴られたのは言うまでもない。
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