【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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観察対象と発注ミス

観察対象と発注ミス(2)

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更衣室での言い合いから、静さんと気まずくなった。

タイミングを見計らってそれとなく元通りになりたいと思っているのに、彼女の動きを目で追いかけておきながら、いざ彼女がこっちを見たら慌てて目を逸らす始末。

タイミングをいっしたせいでどんどん話しかけづらくなって、あたしたちの間に気まずさだけが募っていった。

そうして数日が経った頃、発注ミスが発覚した。
原因はあたしのうっかりだ。

静さんから大目玉を喰らったあたしは、さすがに自分が悪いと分かっていたくせに、中々素直に謝れなくて。

だけどあたしはすぐにそれを後悔することに。
あたしを叱っていた静さんが、目の前で突然倒れたのだ。

騒ぎを聞きつけて駆けつけた課長が、静さんを抱え上げて運んでいく後ろ姿を見ながら、あたしは呆然としていた。

静さんのことを大事そうに抱えていく課長。
そんな彼の腕に体を預ける静さん。

これが本来あるべき二人の姿なのだと思った。
課長が静さんに気持ちを告げたら、あっという間に二人は上手くいくんだろうと。

仕事では大失敗。先輩とは仲違い。恋愛は“二番手以下”で、誰の“一番”のにもなれない。
何もかもがダメダメで、自分にはいいところなんて何ひとつない。
そんな自己嫌悪の嵐に襲われた。

静さんを医務室に連れて行った結城課長が戻ってきてすぐ、あたしはミーティングルームに呼び出された。
間違いなく叱られる。そう思いながらミーティングルームに入ると、ドアを閉めるように言われた。やっぱ間違いない。

このミーティングルームは、社内セクハラやパワハラを防止のためにドアは開けたままにしておくことが常。例外は、機密事項や厳重注意など他に訊かれたくない話をする時。短時間ならドアを閉めておく。

ドアを閉めながら、少し前にこの部屋で課長が静さんにしようとしていたことを思い出して、胸がズキンと痛んだ。

ミーティングテーブルを挟んだ向こうにいる課長に座るように言われ、黙って腰を下ろす。
安いパイプ椅子が地味に冷たくて、無意識に眉を寄せたとき。

『どうして呼ばれたか――分かっているよな、森』

低い声が聞こえた。

顔を上げることが出来ず、うつむいたまま黙って頷く。
課長は『どうしてそうなったのか、原因も分かっているんだろう?』と訊いた。

あたしはもう一度頷くと、自分のミスで発注ミスをしてしまったことと、静さんとの間にあったことを話した。ひと通り正直に。少し前に静さんとちょっとした言い合いをしていたことも。

口論の詳しい内容は話さなかったけれど、課長も特に突っ込んでは訊いてこなかった。部下が女性ばかりの職場だから、女同士のいざこざに首を突っ込まないようにしているのかも。

課長はとにかくあたしが話している間は、口を挟まず黙って聞いていた。

話し終えたあたしは口を閉じると、途端に部屋の中が静かに。課長は腕を組んだまま黙っている。

――ダブル発注の上に「0」を一個多く押す。

こんな初歩的ミス。普段はあまり厳しいことを言わない静さんだって怒り心頭だったのだ。
課長なんて怒りを通り越して呆れているにちがいない。
もともと“部下”としてのあたしに期待なんてしていないだろうけど。

――と分かっているくせに、彼の想い人と自分を比較して胸が苦しくなる。

(ええやん希々花。別に静さんみたいにぃ仕事の鬼になるつもりやなんて、さらさらないんやから)

仕事は、自分が関西ここで生活していくために困らないため。
路頭に迷って実家に帰ることだけはしたくないと、就活は必死だった。

決して静さんみたいに仕事に全力投球する気はないのだ。
あたしには、もっと重要なことがあるのだから。

――いち早く良い相手と結婚して、実家の後継危機を回避する。

それ以上に必死になるべきことなんてない。
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