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8. すきといえる
ちゃんと言葉にして
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雨宮は何も言わない。
俯いていた千紗子は、だんだんと不安になってきた。
(何も言ってくれない……ってことは、本当にあの人は…)
そんなことはないはず、と思っているのに、目の前の本人が否定しないせいで、千紗子の思考がどんどんと悪い方に傾いて行く。
(やだ………)
じわじわと瞼が熱を持ち始める。千紗子は泣きだすのを堪える為に、唇をグッと噛みしめた。
「噛むな、傷になる」
声と共にそっと唇を指でなぞられて、千紗子が顔をあげると、困ったように眉を下げて微笑む一彰がいた。
彼は、痛そうな、それでいて嬉しそうな、泣き出す一歩手前のような、そんな顔をしている。
「一彰さん…?」
もしかしたらまた知らないうちに彼を傷つけたのかもしれない。そう思った千紗子はじっとその瞳を覗き込んだ。
「ごめん、千紗子」
一彰の第一声に、千紗子は目の前が真っ暗になった。
(やだ……、嘘)
瞳に涙が一気に集まって来て、今にも泣きだしそうになる。
そんな千紗子を一彰は思い切り強く抱きしめた。
「嬉しすぎて泣きそうだ。そんなに俺を喜ばせて、どうしたいの?千紗子」
(え?)
一彰が何を言っているのか、さっぱり分からない。
今まさに振られてしまうと思っていた千紗子は、大きく目を見開く。その目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
そのこぼれ落ちた涙を指で優しくすくい取ってから、一彰はゆっくりと口を開いた。
「妹だ」
「え?」
「ちぃが見たのは俺の妹。出張先があいつの仕事先とかぶって、出張帰りに着いて来たんだ。一泊した翌朝にすぐにまた仕事だっていうから、駅まで送って行ったんだよ」
「……そうだったんですね……ごめんなさい……勘違いして疑ってしまって……」
よく確かめもせずに彼のことを少しでも疑った自分が恥ずかしくて、千紗子は項垂れた。
「分かってくれたならいい」
そう答える声はどこか浮かれている。
(もっと怒ってもいいのに、どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなの?しかもさっき『嬉しすぎる』って……?)
頭の中に疑問が溢れて考え込んでいる千紗子に、一彰がクスクスと笑う。
「ちぃ。またいつもの癖が出てるぞ」
「えっ?」
「ちゃんと言葉にして?」
フッと息を吐くように笑いながら言う彼の声が千紗子の心を柔らかく包む。
「ごめんなさい…どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなのかな、って気になったんです……」
申し訳なさそうに眉を下げながら上目遣いに見上げてくる千紗子に、一彰は微苦笑を浮かべると、彼女の眉間にリップ音を立てて口づけた。
「妬いてくれたんだろ?」
「え?」
千紗子の思考が一瞬止まる。一彰の言っている意味がよく分からない。
けれど、一彰の次の言葉で、千紗子はそれを一気に理解することになる。
「ずっと俺ばかりが君のことを好きなんだと思ってた。千紗子の心の傷が癒えるならそれでも構わない、と思ってた。でも、思いがけず千紗子が好きだと言ってくれて、その上ヤキモチまで…。俺が他の女性と二人でいるところを見ただけで嫉妬するほど、千紗子は俺のことが好きなんだな、って思ったらすごく嬉しくなったんだ」
「嫉妬……」
呟くと同時に、意味を理解する。
まるで足元に火をつけられたみたいに、つま先から頭のてっぺんまでが燃えるように熱くなっていく。
千紗子の顔は火が出そうなほど熱く、頭からは湯気が出そうだった。
「ちぃ、可愛い。こっち向いて?」
「やっ、」
自分抱いた気持ちがやきもちだと今初めて知った千紗子は、羞恥のあまり顔を伏せるけれど、頬を両手で包んだ一彰によって持ち上げられてしまう。
(私きっと真っ赤だわ!)
手で顔を覆ってしまいたいのに、その両手は一彰の腕の下にあるから動かせない
千紗子は恥ずかしさのあまり、瞳が潤んできた。
「千紗子」
彷徨わせていた視線をなんとか一彰に向ける。
とろりとした笑顔を浮かべた一彰の唇が千紗子の唇に降りてきた。
真っ赤な顔をしたまま潤んだ瞳で自分を見上げる千紗子に、一彰はどうしようもないほどの愛しさを感じていた。
(ああ。きっともう一生手放すことは出来ないな……)
自分の腕にすっぽりと収まる柔らかい体を抱き寄せる。
力を入れ過ぎれば折れてしまいそうなほどの細い腰。長くて艶やかな黒髪からは、いつも花の蜜のような甘い香りがする。その香りはいつも一彰に、狂おしいほどの衝動をもたらすのだ。
(千紗子の唇には引力のようなものがあるのかもしれないな)
どんなときだって、いつだって、そこに惹き付けられてしまうのだ。
彼女の引力に抗う気なんて微塵もない一彰は、少し前にもこれでもかと味わったはずの小さな赤い実に再び齧りついたのだった。
「話したいことは、これで全部?」
たっぷりと千紗子の唇を味わった一彰が、やっと離れたかと思うと、そう聞いてきた。
「話したいこと……、えっと……」
千紗子は長い口づけの余韻でぼんやりとしてしまい、一彰の問いにすぐには答えられない。けれど、一呼吸ほど黙考したのち、小さく頷いた。
「……はい」
「そう、良かった。じゃあ、これで千紗子は俺のものだ。」
微笑む彼の瞳の奥には隠しきれない劣情が見えて、千紗子の胸がドキンと大きな音を立てる。
その獰猛なほどの色香に、一瞬ひるみそうになる。けれど千紗子はそれに負けまいと意を決し、お腹に力を入れて小さく息を吸い込むと、しっかりとした声で言った。
「はい。全部一彰さんのもの、です」
一彰の瞳が大きく見開かれ、その瞳が濡れたようにきらめく。そしてすぐにとろけるような極上の笑みを浮かべると、千紗子をぎゅっと抱き寄せてその耳元で低く囁いた。
「ありがとう。大事にする。ずっとそばにいて、千紗子」
「―――はい」
一彰の胸の中で、千紗子が幸せを噛みしめながら目を閉じると、その瞼に小さな口づけが落とされた。
俯いていた千紗子は、だんだんと不安になってきた。
(何も言ってくれない……ってことは、本当にあの人は…)
そんなことはないはず、と思っているのに、目の前の本人が否定しないせいで、千紗子の思考がどんどんと悪い方に傾いて行く。
(やだ………)
じわじわと瞼が熱を持ち始める。千紗子は泣きだすのを堪える為に、唇をグッと噛みしめた。
「噛むな、傷になる」
声と共にそっと唇を指でなぞられて、千紗子が顔をあげると、困ったように眉を下げて微笑む一彰がいた。
彼は、痛そうな、それでいて嬉しそうな、泣き出す一歩手前のような、そんな顔をしている。
「一彰さん…?」
もしかしたらまた知らないうちに彼を傷つけたのかもしれない。そう思った千紗子はじっとその瞳を覗き込んだ。
「ごめん、千紗子」
一彰の第一声に、千紗子は目の前が真っ暗になった。
(やだ……、嘘)
瞳に涙が一気に集まって来て、今にも泣きだしそうになる。
そんな千紗子を一彰は思い切り強く抱きしめた。
「嬉しすぎて泣きそうだ。そんなに俺を喜ばせて、どうしたいの?千紗子」
(え?)
一彰が何を言っているのか、さっぱり分からない。
今まさに振られてしまうと思っていた千紗子は、大きく目を見開く。その目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
そのこぼれ落ちた涙を指で優しくすくい取ってから、一彰はゆっくりと口を開いた。
「妹だ」
「え?」
「ちぃが見たのは俺の妹。出張先があいつの仕事先とかぶって、出張帰りに着いて来たんだ。一泊した翌朝にすぐにまた仕事だっていうから、駅まで送って行ったんだよ」
「……そうだったんですね……ごめんなさい……勘違いして疑ってしまって……」
よく確かめもせずに彼のことを少しでも疑った自分が恥ずかしくて、千紗子は項垂れた。
「分かってくれたならいい」
そう答える声はどこか浮かれている。
(もっと怒ってもいいのに、どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなの?しかもさっき『嬉しすぎる』って……?)
頭の中に疑問が溢れて考え込んでいる千紗子に、一彰がクスクスと笑う。
「ちぃ。またいつもの癖が出てるぞ」
「えっ?」
「ちゃんと言葉にして?」
フッと息を吐くように笑いながら言う彼の声が千紗子の心を柔らかく包む。
「ごめんなさい…どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなのかな、って気になったんです……」
申し訳なさそうに眉を下げながら上目遣いに見上げてくる千紗子に、一彰は微苦笑を浮かべると、彼女の眉間にリップ音を立てて口づけた。
「妬いてくれたんだろ?」
「え?」
千紗子の思考が一瞬止まる。一彰の言っている意味がよく分からない。
けれど、一彰の次の言葉で、千紗子はそれを一気に理解することになる。
「ずっと俺ばかりが君のことを好きなんだと思ってた。千紗子の心の傷が癒えるならそれでも構わない、と思ってた。でも、思いがけず千紗子が好きだと言ってくれて、その上ヤキモチまで…。俺が他の女性と二人でいるところを見ただけで嫉妬するほど、千紗子は俺のことが好きなんだな、って思ったらすごく嬉しくなったんだ」
「嫉妬……」
呟くと同時に、意味を理解する。
まるで足元に火をつけられたみたいに、つま先から頭のてっぺんまでが燃えるように熱くなっていく。
千紗子の顔は火が出そうなほど熱く、頭からは湯気が出そうだった。
「ちぃ、可愛い。こっち向いて?」
「やっ、」
自分抱いた気持ちがやきもちだと今初めて知った千紗子は、羞恥のあまり顔を伏せるけれど、頬を両手で包んだ一彰によって持ち上げられてしまう。
(私きっと真っ赤だわ!)
手で顔を覆ってしまいたいのに、その両手は一彰の腕の下にあるから動かせない
千紗子は恥ずかしさのあまり、瞳が潤んできた。
「千紗子」
彷徨わせていた視線をなんとか一彰に向ける。
とろりとした笑顔を浮かべた一彰の唇が千紗子の唇に降りてきた。
真っ赤な顔をしたまま潤んだ瞳で自分を見上げる千紗子に、一彰はどうしようもないほどの愛しさを感じていた。
(ああ。きっともう一生手放すことは出来ないな……)
自分の腕にすっぽりと収まる柔らかい体を抱き寄せる。
力を入れ過ぎれば折れてしまいそうなほどの細い腰。長くて艶やかな黒髪からは、いつも花の蜜のような甘い香りがする。その香りはいつも一彰に、狂おしいほどの衝動をもたらすのだ。
(千紗子の唇には引力のようなものがあるのかもしれないな)
どんなときだって、いつだって、そこに惹き付けられてしまうのだ。
彼女の引力に抗う気なんて微塵もない一彰は、少し前にもこれでもかと味わったはずの小さな赤い実に再び齧りついたのだった。
「話したいことは、これで全部?」
たっぷりと千紗子の唇を味わった一彰が、やっと離れたかと思うと、そう聞いてきた。
「話したいこと……、えっと……」
千紗子は長い口づけの余韻でぼんやりとしてしまい、一彰の問いにすぐには答えられない。けれど、一呼吸ほど黙考したのち、小さく頷いた。
「……はい」
「そう、良かった。じゃあ、これで千紗子は俺のものだ。」
微笑む彼の瞳の奥には隠しきれない劣情が見えて、千紗子の胸がドキンと大きな音を立てる。
その獰猛なほどの色香に、一瞬ひるみそうになる。けれど千紗子はそれに負けまいと意を決し、お腹に力を入れて小さく息を吸い込むと、しっかりとした声で言った。
「はい。全部一彰さんのもの、です」
一彰の瞳が大きく見開かれ、その瞳が濡れたようにきらめく。そしてすぐにとろけるような極上の笑みを浮かべると、千紗子をぎゅっと抱き寄せてその耳元で低く囁いた。
「ありがとう。大事にする。ずっとそばにいて、千紗子」
「―――はい」
一彰の胸の中で、千紗子が幸せを噛みしめながら目を閉じると、その瞼に小さな口づけが落とされた。
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