14 / 88
第ニ話【ひんやりさっぱり梅ゼリー】こぼれる想いはジュレで固めて
[3]ー3
しおりを挟む
「れいちゃん」
「はい」
座ったまま上半身を捻りソファーの端から身を乗り出すようにして、反対側に座っている怜に詰め寄った美寧。その表情は真剣そのものだ。
ほんの少しだけ目尻の上がった黒目がちな丸い目を、更に大きくして怜をじぃっと見詰める。怒っているふうではないが、戦いを挑むような真剣かつひっ迫した雰囲気がある。
美寧のそんな様子を観察するように怜もじっと見つめ返すと、美寧の頬がほんのり桃色に染まった。
(おっ、)と怜が思った次の瞬間、美寧が口を開いた。
「……大人の人って、……できるの?」
「え?何ですか?ミネ」
「大人は、恋人じゃなくても……キスするの?」
「っ、」
怜は目を見開いた。美寧はそんな彼との距離を、更に少しだけ詰めた。
自分がしていることが子どもっぽいことは、自分でもよく分かっている。
きっと怜の周りにいるだろう大人の女性なら、こんなことをしないであろうことも。
もっとスマートに、何でも無かったように振る舞うのが正解なのかもしれない。
平然と。そう。目の前にいる、大人な彼のように。
でもどんなに頭の中でそう思っても、美寧には平然とすることも、何もなかったように振る舞うことも出来ないのだ。
(こんなだから、いつも子ども扱いなんだわ……)
自分の子どもっぽさに哀しくなって、泣きだしそうになった。
ラプワールで、奥さんはそのまま訊いたらいいと言ってくれたけれど、全然上手に出来なかった。
さっきまでの勢いは、自己嫌悪でどこかに消し飛んでしまった。
怜から視線を逸らし、前のめりだった体勢を元に戻そうと体を引く。
けれど元の体勢に戻る前に、美寧の体をふわりと温かなものが包み込んだ。
「っ!!」
美寧の視界は真っ白。頬にはサラリとしたリネンの感触。
息を呑んだ瞬間、ほんのりと香る温かみあるムスクが胸いっぱいに入ってきた。
なんだか切なくなって、心臓がきゅっと立てて鳴いた。
「―――ma minette」
低く、甘く、囁かれる。
言葉と共に耳に掛かる吐息。ダイレクトに耳の中に注ぎ込まれたような感覚に、思わず身を竦める。背中にゾクリと甘い痺れが走った。
反射的に怜の胸を両手で押し返して離れようとするが、背中に回された大きな腕がそれを許してくれない。
心臓がバクバクと音を立ててどんどん加速していく。上昇する体温は美寧の体を熱くした。
訳が分からなくなってきて、瞳がじわりと熱く水気を帯びてくる。
「やっ、」
「このまま聞いてください、ミネ」
低く絞り出すような掠れた声に、美寧は口を閉ざす。
「―――ゆうべはすみませんでした」
その言葉に、美寧は体が硬くなる。
(やっぱりれいちゃんにとって、あれは間違ったことだったんだ……)
謝るということはそういうことだと思う。
「怒っていますか?」
申し訳なさそうにそう言われて、美寧は黙って頭を左右に振る。
「良かった」
安堵する声が聞こえた後、美寧の額に柔らかのもが押し当てられた。
優しい口づけに泣きそうになる。
怜にとってこの口づけはきっと、駄々をこねる子どもをあやすようなものだろう。
彼の優しさすらこんなふうに考えてしまう自分は、やっぱり我がままなただのお子様なのだ。そう思ったら更に悲しくなって、美寧は唇を噛みしめた。
「どうしてそんな悲しそうな顔をするのですか?」
優しい声が頭から降ってくる。
何て答えたらいいのか分からずに、美寧は俯いたままただ小さく首を横に振った。
「俺はあなたを悲しませてる?」
その言葉にハッとなって顔を上げると、怜の瞳とぶつかった。
濡れたように光るその瞳が、何かを求めるように自分を見下ろしている。
いつも落ち着いていてあまり大きく変化することのない彼の、その切れ長な瞳の奥が何かに揺れている。
ゆっくりと怜の顔が近付いてくる。
美寧はその瞳に吸い込まれるように、ただ怜を見上げていた。
「はい」
座ったまま上半身を捻りソファーの端から身を乗り出すようにして、反対側に座っている怜に詰め寄った美寧。その表情は真剣そのものだ。
ほんの少しだけ目尻の上がった黒目がちな丸い目を、更に大きくして怜をじぃっと見詰める。怒っているふうではないが、戦いを挑むような真剣かつひっ迫した雰囲気がある。
美寧のそんな様子を観察するように怜もじっと見つめ返すと、美寧の頬がほんのり桃色に染まった。
(おっ、)と怜が思った次の瞬間、美寧が口を開いた。
「……大人の人って、……できるの?」
「え?何ですか?ミネ」
「大人は、恋人じゃなくても……キスするの?」
「っ、」
怜は目を見開いた。美寧はそんな彼との距離を、更に少しだけ詰めた。
自分がしていることが子どもっぽいことは、自分でもよく分かっている。
きっと怜の周りにいるだろう大人の女性なら、こんなことをしないであろうことも。
もっとスマートに、何でも無かったように振る舞うのが正解なのかもしれない。
平然と。そう。目の前にいる、大人な彼のように。
でもどんなに頭の中でそう思っても、美寧には平然とすることも、何もなかったように振る舞うことも出来ないのだ。
(こんなだから、いつも子ども扱いなんだわ……)
自分の子どもっぽさに哀しくなって、泣きだしそうになった。
ラプワールで、奥さんはそのまま訊いたらいいと言ってくれたけれど、全然上手に出来なかった。
さっきまでの勢いは、自己嫌悪でどこかに消し飛んでしまった。
怜から視線を逸らし、前のめりだった体勢を元に戻そうと体を引く。
けれど元の体勢に戻る前に、美寧の体をふわりと温かなものが包み込んだ。
「っ!!」
美寧の視界は真っ白。頬にはサラリとしたリネンの感触。
息を呑んだ瞬間、ほんのりと香る温かみあるムスクが胸いっぱいに入ってきた。
なんだか切なくなって、心臓がきゅっと立てて鳴いた。
「―――ma minette」
低く、甘く、囁かれる。
言葉と共に耳に掛かる吐息。ダイレクトに耳の中に注ぎ込まれたような感覚に、思わず身を竦める。背中にゾクリと甘い痺れが走った。
反射的に怜の胸を両手で押し返して離れようとするが、背中に回された大きな腕がそれを許してくれない。
心臓がバクバクと音を立ててどんどん加速していく。上昇する体温は美寧の体を熱くした。
訳が分からなくなってきて、瞳がじわりと熱く水気を帯びてくる。
「やっ、」
「このまま聞いてください、ミネ」
低く絞り出すような掠れた声に、美寧は口を閉ざす。
「―――ゆうべはすみませんでした」
その言葉に、美寧は体が硬くなる。
(やっぱりれいちゃんにとって、あれは間違ったことだったんだ……)
謝るということはそういうことだと思う。
「怒っていますか?」
申し訳なさそうにそう言われて、美寧は黙って頭を左右に振る。
「良かった」
安堵する声が聞こえた後、美寧の額に柔らかのもが押し当てられた。
優しい口づけに泣きそうになる。
怜にとってこの口づけはきっと、駄々をこねる子どもをあやすようなものだろう。
彼の優しさすらこんなふうに考えてしまう自分は、やっぱり我がままなただのお子様なのだ。そう思ったら更に悲しくなって、美寧は唇を噛みしめた。
「どうしてそんな悲しそうな顔をするのですか?」
優しい声が頭から降ってくる。
何て答えたらいいのか分からずに、美寧は俯いたままただ小さく首を横に振った。
「俺はあなたを悲しませてる?」
その言葉にハッとなって顔を上げると、怜の瞳とぶつかった。
濡れたように光るその瞳が、何かを求めるように自分を見下ろしている。
いつも落ち着いていてあまり大きく変化することのない彼の、その切れ長な瞳の奥が何かに揺れている。
ゆっくりと怜の顔が近付いてくる。
美寧はその瞳に吸い込まれるように、ただ怜を見上げていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
62
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる