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第十話【差し入れレアチーズムース】報告と告白はきっちりと!?
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「え、妊娠?」
「うん」
怜はピタリと動きを止めた。宙に浮いた右手の茶碗の中には、栗ご飯が湯気を立てている。
見るからにほくほくと美味しそうな栗は、怜の研究室の博士生である竹下からのお裾分け。母親の実家から沢山送られて来たからと、先日怜のところに持ってきたものだ。
今月の始め、彼女とのデートの為の休暇を融通してからというもの、竹下にはみょうに懐かれた感が否めない。
このお裾分けの数日前にも、「彼女と一緒に行ってきました」と関東近郊の有名な温泉地の温泉饅頭を土産に貰った。
切れ長の瞳に真っ直ぐ見つめられ、美寧はこくりと頷いた。
「二か月だって」
「そうですか……」
「うん。赤ちゃん楽しみだね」
にこにこと笑顔でそう言った美寧は、パクリと栗ご飯を頬張ると「おいしい!」と満面の笑みを浮かべる。そんな彼女を見て怜は切れ長の瞳でじっと見つめた。
テーブルの上には、怜の作った夕飯が並ぶ。
栗ご飯、エビのししとう挟み揚げ、南瓜のツナしそマリネ、トマトのカルパッチョ、根菜汁。
量はどれも少しずつだが、旬の食材を使った栄養バランスの取れたメニューになっている。
ここに来た当初の美寧の食の細さには、ずいぶん驚かされた。
彼女を診察した友人医師に栄養失調と診断され、怜はやせ細った美寧に何とか少しでも栄養を取ってもらおうと、料理に心気を砕いてきたのだ。
二か月前は食卓に並ぶ皿を見ると、かすかに眉間に皺を寄せていた美寧。本人はきっと無意識なのだと思うが、そこには 隠しきれないほどの“食事への嫌悪感”が滲み出ていた。
けれどそんな彼女が、今は目の前で楽しそうに食事をしている。
怜が作った料理を見ると嬉しそうにし、口にすれば「美味しい」と更に笑顔になる。
それだけでなく、近頃は少しずつ料理を覚えようと彼女なりに頑張っていて、それが自分の為なのだから、嬉しくないはずがない。
怜は幸せそうに夕飯を口に運ぶ彼女の様子に、しばらく見入っていた。
突然、何かをハッと思い出したかのように美寧は顔を上げた。
「それでね?れいちゃんにお願いがあるの」
「お願い、ですか?」
「うん」
「いいですよ、俺に出来ることであれば」
「ほんと?良かった!実はね……」
美寧は話し出す前に、いったん箸を置いた。こういうところが彼女の育ちの良さを感じさせる所以である。
「あのね?奥さんが明日お嬢さんのところに行くらしいの。だから私も、何か食べれるものをちょっとでも差し上げたくて」
美寧の“お願い”に怜は首を傾げる。
「ミネ?」
「う~ん……やっぱり急には無理だよね……」
明らかに肩を下げた美寧に、怜は問いかける。
「確認したいのですが……」
「うん?」
「妊娠は、どなたのことですか?」
「え?マスターと奥さんのお嬢さんだよ?私、言わなかった?」
「……はい」
怜はゆっくりと息を吐きだした。
決して息を呑んでいたわけではないはずなのに、やはりどこかで緊張していたのだろう。
美寧とは恋人同士ではあるが、まだそういう関係には進んでいない。
なので、彼女の口から「妊娠二か月」と出た時、もちろん自分には心当たりがなかった。
けれど、自分と出会う前の彼女に何があったのかは知らない。
これまでそれを問いただしたこともないし、これからもそのつもりはない。もちろん、本人が聞いてほしいと思っていることは、いくらでも聞こうとは思っているが。
大事なのは、自分のそばに美寧がいることだけ。願わくはずっと笑顔のままで――。
だからもし彼女が他の誰かの子を身籠っていたとしても、自分が支えて行けるならそうするし、その相手のところに帰るならそれを受け入れなければならない。
一瞬にしてそこまでの覚悟を決めていた怜の心情などまったくもって知らない美寧は、怜のついた息の意味を勘違いした。
「ご、ごめんね?バイトの帰り際にやってきた奥さんからお嬢さんのおめでたの話を聞いて嬉しくなっちゃって……帰ったらすぐにれいちゃんに言わなきゃ、って……」
確かに今日は帰ってくるなり急いで着替えと手洗いを済ませた美寧は、怜が準備していた夕飯を配膳する手伝いをする間、そわそわと何か言いたげな様子ではあった。
「いただきます」をした直後に切り出したのも、彼女的には十分待った上での『妊娠報告』だったのだろう。
「ごめんね、ちゃんと説明出来なくて……いきなり言われてもこま」
「いいですよ」
「困るよね?…て、え?」
「大丈夫ですよ。妊娠中のマスターのお嬢さんへの差し入れですよね?」
「いいの?」
「はい。俺で出来ることであれば。と、さっきも言いましたよね?」
「やったぁ!ありがとう、れいちゃん!だぃ……」
諸手を上げて喜びだしそうだった美寧が、突然口をむぎゅっとつぐんだ。
「ミネ?」
「う、ううん?そうだ、そうと決まったら早く食べなきゃね!」
何かを誤魔化すようなそぶりを見せた美寧は、箸を持ち直しせっせと目の前の食事を口に運び始めた。
「え、妊娠?」
「うん」
怜はピタリと動きを止めた。宙に浮いた右手の茶碗の中には、栗ご飯が湯気を立てている。
見るからにほくほくと美味しそうな栗は、怜の研究室の博士生である竹下からのお裾分け。母親の実家から沢山送られて来たからと、先日怜のところに持ってきたものだ。
今月の始め、彼女とのデートの為の休暇を融通してからというもの、竹下にはみょうに懐かれた感が否めない。
このお裾分けの数日前にも、「彼女と一緒に行ってきました」と関東近郊の有名な温泉地の温泉饅頭を土産に貰った。
切れ長の瞳に真っ直ぐ見つめられ、美寧はこくりと頷いた。
「二か月だって」
「そうですか……」
「うん。赤ちゃん楽しみだね」
にこにこと笑顔でそう言った美寧は、パクリと栗ご飯を頬張ると「おいしい!」と満面の笑みを浮かべる。そんな彼女を見て怜は切れ長の瞳でじっと見つめた。
テーブルの上には、怜の作った夕飯が並ぶ。
栗ご飯、エビのししとう挟み揚げ、南瓜のツナしそマリネ、トマトのカルパッチョ、根菜汁。
量はどれも少しずつだが、旬の食材を使った栄養バランスの取れたメニューになっている。
ここに来た当初の美寧の食の細さには、ずいぶん驚かされた。
彼女を診察した友人医師に栄養失調と診断され、怜はやせ細った美寧に何とか少しでも栄養を取ってもらおうと、料理に心気を砕いてきたのだ。
二か月前は食卓に並ぶ皿を見ると、かすかに眉間に皺を寄せていた美寧。本人はきっと無意識なのだと思うが、そこには 隠しきれないほどの“食事への嫌悪感”が滲み出ていた。
けれどそんな彼女が、今は目の前で楽しそうに食事をしている。
怜が作った料理を見ると嬉しそうにし、口にすれば「美味しい」と更に笑顔になる。
それだけでなく、近頃は少しずつ料理を覚えようと彼女なりに頑張っていて、それが自分の為なのだから、嬉しくないはずがない。
怜は幸せそうに夕飯を口に運ぶ彼女の様子に、しばらく見入っていた。
突然、何かをハッと思い出したかのように美寧は顔を上げた。
「それでね?れいちゃんにお願いがあるの」
「お願い、ですか?」
「うん」
「いいですよ、俺に出来ることであれば」
「ほんと?良かった!実はね……」
美寧は話し出す前に、いったん箸を置いた。こういうところが彼女の育ちの良さを感じさせる所以である。
「あのね?奥さんが明日お嬢さんのところに行くらしいの。だから私も、何か食べれるものをちょっとでも差し上げたくて」
美寧の“お願い”に怜は首を傾げる。
「ミネ?」
「う~ん……やっぱり急には無理だよね……」
明らかに肩を下げた美寧に、怜は問いかける。
「確認したいのですが……」
「うん?」
「妊娠は、どなたのことですか?」
「え?マスターと奥さんのお嬢さんだよ?私、言わなかった?」
「……はい」
怜はゆっくりと息を吐きだした。
決して息を呑んでいたわけではないはずなのに、やはりどこかで緊張していたのだろう。
美寧とは恋人同士ではあるが、まだそういう関係には進んでいない。
なので、彼女の口から「妊娠二か月」と出た時、もちろん自分には心当たりがなかった。
けれど、自分と出会う前の彼女に何があったのかは知らない。
これまでそれを問いただしたこともないし、これからもそのつもりはない。もちろん、本人が聞いてほしいと思っていることは、いくらでも聞こうとは思っているが。
大事なのは、自分のそばに美寧がいることだけ。願わくはずっと笑顔のままで――。
だからもし彼女が他の誰かの子を身籠っていたとしても、自分が支えて行けるならそうするし、その相手のところに帰るならそれを受け入れなければならない。
一瞬にしてそこまでの覚悟を決めていた怜の心情などまったくもって知らない美寧は、怜のついた息の意味を勘違いした。
「ご、ごめんね?バイトの帰り際にやってきた奥さんからお嬢さんのおめでたの話を聞いて嬉しくなっちゃって……帰ったらすぐにれいちゃんに言わなきゃ、って……」
確かに今日は帰ってくるなり急いで着替えと手洗いを済ませた美寧は、怜が準備していた夕飯を配膳する手伝いをする間、そわそわと何か言いたげな様子ではあった。
「いただきます」をした直後に切り出したのも、彼女的には十分待った上での『妊娠報告』だったのだろう。
「ごめんね、ちゃんと説明出来なくて……いきなり言われてもこま」
「いいですよ」
「困るよね?…て、え?」
「大丈夫ですよ。妊娠中のマスターのお嬢さんへの差し入れですよね?」
「いいの?」
「はい。俺で出来ることであれば。と、さっきも言いましたよね?」
「やったぁ!ありがとう、れいちゃん!だぃ……」
諸手を上げて喜びだしそうだった美寧が、突然口をむぎゅっとつぐんだ。
「ミネ?」
「う、ううん?そうだ、そうと決まったら早く食べなきゃね!」
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