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最終話【あなたと食べるオムライス】ずっと一緒に

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苦し気な胸の内を吐露した言葉を最後に、黙ってしまった美寧。
そんな彼女を抱きしめながら、怜はその小さな背中をそっと優しく撫で続けた。

打ち寄せる波の音だけが、二人を包む。山並みに沈んでいく夕陽に照らされて、海面がキラキラと輝く。

「ミネ」

低く落ち着いた声が呼ぶ。怜が自分を呼ぶときの声が好きだ。
大好きな声に呼ばれ、美寧はゆっくりと顔を上げた。

「ミネ、これを―――」

怜が上着のポケットから何かを取り出した。握っているものが何か良く見えないけれど、美寧は差し出された手の下に、自分の手のひらを上向きに出した。

「お土産です」

手のひらにそっと乗せられたものに目を遣る。

「あっ……」

丸いこんもりとした透明の包みの中に、青、水色、薄紫、の小さな粒が入っている。
それはまるで―――

「あじさいだぁ………」

「はい」

「金平糖?」

「ええ」

美寧の手にひらにちょうど収まる大きさのそれは、紫陽花に見立てた金平糖。金平糖が包んでいる透明のフィルムの横には、緑の葉が一枚付いている。

「金平糖はお好きですか?」

「うん………おじいさまがくれたの。私が落ち込んでる時や悲しい時に、よく………」

「そうですか……おじい様はミネのことが大好きだったんですね」

「……うん」

懐かしさに目を伏せる。祖父のことを思い出す時はいつもひどく痛む胸。だけど今は、なぜかその痛みも前ほど辛くはない。

「じゃあ俺は、これからずっと紫陽花と金平糖に感謝します」

「感謝?」

「はい」

何故急に怜がそんなことを言い出したのか分からなくて、美寧は首をかしげた。

「あの日―――あの雨の日。紫陽花が、あなたを守ってくれたような気がするのです」

「紫陽花が……」

「はい。雨が降っている中で熱を出しているあなたを、紫陽花の茂みが守っているように感じました」

怜の言葉に、胸が切なく疼く。もし紫陽花が自分を守ってくれたというなら、それはもしかしたら祖父かもしれない。

「あの日、紫陽花に守られたあなたを見つけられて良かった」

「れいちゃん………」

「あなたが辛い時は俺がそばにいる。もしも悲しいことがあったら、今度は俺が金平糖をあげる。オムライスも、梅サイダーも、プリンも。みんなあなたの為に作る―――だから」

吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。その瞳に映るのは―――

「だから、ずっと俺のそばにいて―――愛してる。美寧」

怜の言葉が心に響く。泣き出したいほど嬉しくて、美寧はぎゅっと怜の体に抱き着いた。

「わたしもっ!私も怜ちゃんのことが好き!」

余計なことを考えずに自分の気持ちを素直に口にする。
いったん口を開けば、あとはスルスルと想いが言葉になってこぼれ出す。

「おじいさまとも誰とも違う。れいちゃんだけへの『好き』。……ほんとよ?」

怜の体に回した腕にぎゅっと力を入れてそう言うと、美寧を抱きしめる腕も強くなった。

「ありがとう、ミネ」

「ううん、こちらこそ。ありがとう、れいちゃん……私のこと、拾ってくれて。好きになってくれて」

逞しい胸に頬をすり寄せて言うと、怜がくすりと笑った。

「これで俺はミネの正式な“恋人”になれますか?」

「も、もう……前からちゃんと恋人だったでしょう?」

「練習は?まだ必要?」

「うっ、それは……少しずつで……お願いします……」

「了解しました」

怜の返答の後、どちらともなく顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

「そろそろ帰りましょうか?日が暮れると海風が冷たくなる」

「うん」

「何か食べてから帰りますか?」

「ううん、おうちに帰る」

「疲れましたか?」

「ううん、元気だよ。でも帰りたいの、れいちゃんのおうちに。帰ってれいちゃんのオムライスが食べたい」

「ミネは相変わらず玉子料理が好きですね」

ふっと短く笑ってそう言った怜に、美寧はかぶりを振った。そして腕の中からじっと彼を見上げ言う。

「ちがうよ?オムライスも玉子サンドもプリンも……れいちゃんが作ってくれるから。だから大好きになったの」

その言葉に怜は軽く目を見張る。
美寧は目尻が少し上がった黒目がちの大きな瞳を、三日月のように細めて微笑んだ。

「れいちゃん、大好き。おじいさまとは違う好き、よ?ずっとずっと一緒にいてね」

そう言って幸せそうに笑う顔は、見惚れるほど綺麗で。
出会った頃は“少女”だと思っていたのに、今では信じられないほど“女性”として輝いている。

怜は波の音にかき消されないよう美寧の耳に口を近付けると、そっと囁いた。

「もちろん。ずっとここにいて―――ma minette。愛しい人」

怜の唇が美寧の唇にゆっくりと重なった。








【完】
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