異世界転生騒動記

高見 梁川

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1巻

1-3

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「うわっ! すごっ! バルド様、私こんな甘いの食べたことないようっ!」
「これって砂糖ですよね? どうして? どうしてこんなくずいもから砂糖が?」
「まさかとは思いましたが、これは……すごいですね……」

 一舐めするごとに頬に両手を当て、文字通りほっぺが落ちそうになっているマルゴや、見向きもされなかった食材から砂糖が取れたことで、純粋な驚きを身体全体で表現しているポルコとテュロス。それを見て、満足そうにバルドは目を細めた。

(さあ、これでひとまず資金しきんりの目途めどはついた。だが僕の野望はまだ始まったばかりだ! もっと金を! もっと、もっと! 一心不乱に金を! 数えるのも億劫おっくうになるほどの大金をかき集めよう! そしてあの――いやいやいやいや、あれはだめだ。あれをやったら僕は人間的に終わってしまう気がする。だがしかし……くっ! 今度こそ金貨の山に手が届きそうだというのに……!)

「バルド様どうしたのかなあ?」

 不思議そうなマルゴにテュロスが答える。

「何か難しいことを考えているのさ」

 その隣でポルコがぽつりと一言。

「僕にはもだえているように見えるのだけれど……」

 さすがの三人も、まさかバルドが床に金貨を敷き詰め、そこを全裸で転げ回りたいという左内の欲求と戦っているとは想像もつかなかった。


 繰り返しになるが、独眼竜政宗をあと一歩のところまで追いつめた(しかも百分の一以下の寡兵かへいで)非凡な戦国武将岡左内には、どうにも言い訳のできないある奇癖があった。
 金貸しを商い、貯蓄に執念を燃やすというレベルの話ではない。
 実際、左内以外にも守銭奴しゅせんどの武将はいくらでもいた。有名な福島正則ふくしままさのり加藤清正かとうきよまさなども、子孫に倹約けんやくと貯蓄の大切さを説く吝嗇家りんしょくかであった。
 しかし、左内は月に一度だけ屋敷の奥に閉じこもり、たった一人でとある儀式を執り行っていた。
 それが、なんと部屋いっぱいに小判を敷き詰め、全裸になって全身で小判の感触を味わうというものであった。

「ふひゃははは! この金の感触がたまらんけ!」
「この楽しみのために生きてるでぇぇぇ!」

 現代の札束風呂のようなものを戦国時代に実行したのは、おそらく日本広しといえどもこの男くらいなものであろう。
 戦人としても内政家としても有能であった左内が、何度も主人を代えなければならなかったのは、人に言えないこの趣味が影響した可能性もゼロではない。


(くそ、金が……金の魔力が僕を惑わす……耐えろ! 耐えるんだバルド!)

 バルドが必死の忍耐で平静さを取り戻すまでに、およそ五分の時間を必要とした。

「いいか? 砂糖のことは誰にも話すんじゃないぞ? 話した奴は即刻仲間外れにするし、家来にもしてやらん。これは将来僕の家臣となるための試練でもあるんだからな?」
「もちろんです!」
「大丈夫だよ~」
「お任せください!」

 ポルコにマルゴ、そしてテュロスは、一斉に力強くうなずくのだった。


 生まれて初めての口福こうふくを味わってテンションの上がった三人に残りのテンサイの収穫を命じ、バルドは商店街へと向かった。
 昼を過ぎて人通りの増した通りを南へ歩いていくと、一軒の商家が見えてくる。
 小さいが小ざっぱりとして瀟洒しょうしゃな雰囲気の店の入口には、大きく〝サバラン商会〟という看板がかけられていた。

もうかりまっか?」
「ぼちぼちでんな」

 バルドの問いかけに合言葉のように即答したのは、サバラン商会の主人であるセリーナ・サバランその人である。

「どうやらうまくいったようやなあ、バルド」

 花が咲いたように笑うセリーナは、十八歳の乙女おとめである。
 スッと通った鼻筋やバラ色の小ぶりな唇、そして切れ長の眼差しは、彼女に「美少女」というよりは「やり手の美女」の貫禄かんろくを与えていた。
 だがバルドにとってもっとも重要な関心は、彼女の頭部に鎮座ちんざする二つの耳――ちょうどなかばほどから折れるように垂れ下がった大きな犬耳にあった。
 そう、彼女は獣人族じゅうじんぞくなのだ。
 極上の毛並みの耳を見るたびに、思う存分モフりたい欲望にバルドは駆られる。
 そうすれば雅晴が死の間際まで考えていた、「犬耳と猫耳はどちらが正義か」という命題に答えが出そうな気がするのだが、何度頼んでもセリーナは決して許してくれなかった。
 アウレリア大陸において、獣人族は決して珍しい人種ではない。
 獣王ゾラスと契約した英雄ブロッカスの血統と伝えられ、大きく犬耳族と猫耳族に分かれている。
 人間より身体能力や五感に優れている個体も多いが、それもわずかな程度であり、本物の犬や猫には遠く及ばない。
 言ってしまえば、耳と尻尾があるだけの、ただの人間である。
 セリーナはその美しい容姿と、不幸にも父が亡くなり相続することになった商会の財産を狙われ、叔父おじ誘拐ゆうかいされかけていたところをバルドに救われたという過去がある。
 そのときのバルドの雄姿を、セリーナはありありと思い出すことができた。
 そして追憶ついおくとともに、下腹部に女の甘いうずきを覚えてしまうのを抑えられない。
 あのときバルドはまだ九歳でしかなかったが、その勇猛さは伝説の英雄に勝るとも劣らないとセリーナは確信していた。


 サバラン商会は、行商人であったセリーナの父マスードが母リリアと熱愛の末、腰を落ち着けるために開いた商会である。
 規模は小さかったが行商時代につちかった人脈と販路はんろを駆使して利益を上げ、コルネリアス領の中でも有望な商会として注目されていた。
 そのまま何もなければ、いずれは有数の大商会に発展させることも可能であったかもしれない。
 しかしマスードは、内臓がくさるという不治ふじの病におかされたリリアを救うため、王国中を駆けずり回ることになる。
 教会の神霊術をもってしても治癒できないとわかると、自らの内臓と交換するという禁断の闇魔法に手を出してしまった。
 わらにもすがる思いだったのだろう。
 普段のマスードならばそんな自殺同然の行動に出るはずがない。だが妻の死が目前に迫っている状況で、冷静な判断を下す余裕はなかった。
 結果、マスードは自らの内臓を妻に譲って死亡。
 リリアもまた他人の内臓への拒否反応を起こし、まもなく死亡した。
 よく考えれば、そんな都合よく難病を治癒できる魔法があれば、もっと世間に広まっているはずだ。今頃マスードは天国で、リリアにものすごい剣幕で説教されているに違いない。
 聡明そうめいで行動力もあり人好きのする父だったが、いつもどこか抜けていたのだった。


 こうして一人残された十六歳のセリーナの元に、ろくに付き合いのなかった母方の叔父が現れたのは、葬儀そうぎの二日後のことだった。
 後見人として面倒を見てやろうと、我が物顔で店に押し入ってきたので、セリーナは「すでにこの商会は自分のものであり、商業ギルドに登録し許可ももらってある」と応じた。
 すると、途端とたんに鬼のような形相ぎょうそうで叔父は口説き始めた。
 いわく、『経験のない小娘には商会は任せられない』。
 曰く、『自分は王都でも名の知れた商人だから、自分に任せておけば間違いない』。
 叔父が優秀な商人であるなど思いもしなかったセリーナは、この提案を一蹴する。
 どこから見ても財産目当てのハイエナにしか思えなかったからだが、事実そのとおりであった。
 法的にセリーナの主張をくつがえすことが不可能であると知った叔父は、薄汚いののしごえを上げてサバラン商会を後にした。
 あんな人間のくずに騙されるほど自分はおろかでもか弱くもない。セリーナはそう信じていたが、わずか数日後、セリーナは叔父のくずさ加減を見誤っていたと思い知らされることになった。


「小娘が……おとなしく従っておけば、娼館に売り飛ばすくらいで済ませてやったものを」
「悪いけど私の男の理想は高いんよ。豚の相手はお断りするわ」

 セリーナの油断だった。
 商会を継いだばかりで焦っていたということもあるだろう。
 得意先から大きな商談を持ちかけられて、人気ひとけのない倉庫街へホイホイついて行ってみれば、そこにはゴロツキをはべらせた叔父が、いやらしい笑みを浮かべて待っていた。

「こないな真似して露見しないとでも思っとるんか?」

 無駄だとは思いつつも、一応おどしておく。
 金目当ての殺人は例外なく死刑だ。セリーナを殺せば叔父に疑いが行く可能性は高かった。

「両親をくした娘が世をはかなんで身投げする――というのはよくある話だ。おぼねば証拠など残らんしな」
「けっ、外道が」
(これはおとんと同じように、うちもおかんに説教されるわ……)

 まだ諦めるつもりはなかったが、ここが自分の死に場所となる確率は高い、とセリーナは覚悟した。
 叔父一人ならばともかくゴロツキの数は八人で、しかもそのなかには、明らかに人を殺していそうな凶相の男が二人もいたのである。
 獣人族が多少人間より身体能力が優れているとはいえ、かなう相手でないのはすぐにわかった。
 が、そのとき――。

『可愛い童をよってたかってせごす(いじめる)でねえ……』

 子供特有の甲高かんだかい声に、その場にいた全員が驚いて振り向くと、そこにはまるで天使のような美少年がいた。
 少年――バルドがいったい何を話したのか、異国の言葉らしいそれを理解することは誰もできなかったが、叔父たちを罵倒ばとうしているということだけは雰囲気でわかった。

「このガキ!」

 普通に考えれば、バルドは事件に巻き込まれてしまったあわれな犠牲者だ。
 しかしセリーナはバルドの目を見ただけで、なぜか自分が助かったと確信した。
 獅子ししや虎を見ればわかるように、強者にはその瞳を見ただけで伝わってくる強さがある。
 特に獣人族はその感覚が鋭敏だった。

「おい、殺せ。小僧、あの世で己の迂闊うかつさを呪うんだな」
『なんや、お前ら命いらんのか? ごうが沸くわ(頭に来るわ)……』

 セリーナよりも小さな少年など、取り押さえることも命を奪うことも造作ないとゴロツキは思ったのだろう。
 ニヤニヤといやしいわらいを張りつかせて彼らが手を伸ばした瞬間、まるで雷光のようにバルドは動いた。
 まさに電光石火。
 一番近いゴロツキのふところから刃物を奪うと、微塵みじん躊躇ちゅうちょもなく喉元に一突き、そして流れるようにもう一人の心臓を突き刺す。
 その男が装備していた剣を奪うと同時に、手練の早業で刃物を投擲とうてきし、接近していた三人目を倒したのである。
 小さな身体には不釣り合いに思える長い片手剣を、準備体操のようにブンブンと振って見せると、バルドは不敵に笑って叔父たちを挑発した。

『ちいとつれえがまあいい(少し使いづらいけど、まぁいい)。やろいな、ほうけもん(戦おうか、馬鹿者ども)』

 バルドが浮かべた侮蔑ぶべつの表情を見て、叔父たちが目をく。
 それは明らかに、強者が弱者に見せる上からの優越を含んでいた。
 弱みにつけこんでは人を馬鹿にしつつも、社会的には人から見下される立場の彼らが、この手の表情を見間違うことはありえなかった。

「こ、こ、このガキ! 早く殺せ! 殺してしまえ!」

 このとき凶相の男二人はバルドが只者ただものではないということを、その身にまとう気配から敏感に感じ取った。
 一方、見た目でしかバルドをはかれないゴロツキは、仲間のかたきを討とうと気勢を上げて殺到した。しかし次の瞬間、バルドの小さな身体がかき消える。
 地面スレスレに沈みこんだバルドは、三人のすねから下を斬り飛ばしていた。

「ぎゃあああああっ!」

 利き足を失って立っていられる者などいない。
 激痛に悶絶もんぜつする男たちには目もくれず、バルドは叔父に向かってナイフを飛ばした。

「ひっ……ひいいいい!」

 思った以上に近くでその悲鳴を聞いたセリーナは、思わず身体をのけぞらせて振り返る。
 どうやら自分を人質にするつもりだったらしく、叔父がひそかに近づいてきていた。どこまでも下種げすな男である。

「お前らには高い金を払ってるんだ! いいか? 必ず殺せ!」

 かろうじてナイフを避けた叔父の指示に応じて、ついに凶相の男たちが動き出した。ゴロツキとは別格の殺気をまとっている。
 それでも涼しげなバルドの佇まいはいささかも変わらない。
 男たちが自分より弱い相手としか戦ってこなかったことを、本能的に感じ取っていたからだ。

『これならあの母御マゴット殿のほうが何百倍も恐い』

 バルドは躊躇しなかった。
 無人の野を歩むかのように、無造作に相手に接近していく。
 なめられたと思ったのか、男たちはゴロツキよりかなり洗練された動きで斬撃を放ったが、ただそれだけだった。
 剣を避けて懐にもぐりこんだバルドは、そのまま男を腰で担ぎ上げるようにして地面に転がした。そしてすかさずかかとに全体重を乗せて、男の喉元に落とす。

「グゲッ!」

 肺から空気を絞り出すようにうめいて、男はそのまま動かなくなった。
 もう一人の男は、少年が一切隙を見せずに無言で相棒を踏み殺したという事実に、全身を冷や汗で濡らしていた。

(勝てない。それなりに腕に覚えのあるはずの自分たちを、虫けらのように踏み殺す相手になど勝てるわけがない)

 男の視界の片隅で、雇い主が性懲しょうこりもなく娘に近づいていくのが見えた。

「おい、見てみろ。娘の命がなくなるぞ?」

 負けを悟った男はそう言い捨てると同時に、わき目も振らず駆けだした。
 バルドの注意がセリーナに向けられた一瞬の隙に、男はすでに剣の間合いから三歩抜け出している。
 そのままスピードに乗って走りだした男は、絶体絶命の危機から逃れられたと信じ胸を撫で下ろした。
 しかし――。
 ガツンッ!

『石打ちでも人は死ぬけえ、なあ?』

 男の後頭部を穿うがったのは、河原に落ちているようなやや平べったい石だった。
 そんなどこにでもある石も、バルドにかかれば人の生命を奪うに足りる武器になってしまうらしい。
 昏倒こんとうして倒れた男の頭から大量の血が流れ、地面を赤く濡らした。
 男の生命いのちの火が消えたにせよ、消えかかっているにせよ、もはや立ち上がることはないだろう。

「う、動くな!」

 バルドの動きに見惚みとれていたセリーナは、その声を聞き、叔父が自分を人質にしようとしていたことを思い出した。
 なんて愚かな、逃げ出していれば命だけは助かったかもしれないのに。

「剣を捨てろ! この娘がどうなってもいいのか!?」

 見ず知らずの、聞き覚えのない言葉を話す相手に人質の意味はあるのか? とセリーナは思ったが、頭に血の上った叔父には理解できないらしかった。

『お前がそのびい(女の子)を殺すより、わえ(わし)がお前を殺す方が早いけ』
「剣を捨てろと言ったぞ! 聞こえ――」

 ヒュンと何かが風を切って飛ぶ音が聞こえたかと思うと、叔父はひたいにざっくりと剣をめりこませ、血を噴き出して絶命していた。
 果たして死ぬ前に何が起こったのか理解できたかどうか。
 セリーナにもバルドが剣を投げる動作はまったく見えなかった。
 別の意味でだが、予想通り人質の意味などなかったのである。


「お、おおきに……」

 セリーナは頭を下げ感謝の意を示した。
 おそらく大丈夫だろうが、この少年の言葉が理解できない以上、余計な刺激を与えるのはつつしもう――そう考えた途端、セリーナの膝が折れ、腰から崩れるようにへたりこんでしまった。
 よく見れば足がガクガクと震えている。
 危うく殺されそうになったという事実に、今になって身体が反応したらしい。

「ふえっ?」

 そのとき、急に温かい手で頭を撫でられ、セリーナの口から間の抜けた声が漏れた。

「ええ~と、ごめんなさい、怖がらせたかな?」

 いつの間にか聞きなれた大陸公用語を話すようになったバルドが、セリーナの頭を抱きかかえるようにして、優しく髪を撫で続けていた。
 もっともバルドの視線が自分の犬耳に釘づけであったことをセリーナは知らない。

『犬耳……本物の犬耳……異世界サイコー!』

 またも意味不明な言葉を呟きながら、ばつが悪そうに苦笑するあどけないバルドの顔は、先ほどまで鬼神のような殺気を放っていた人物のものにはとても思えなかった。
 安堵あんどからか涙ぐむセリーナだったが、それに慌てるバルドの様子に噴き出してしまった。


 セリーナはそんな思い出にひたりながら、目の前の、背が伸びて男らしく成長した十一歳のバルドを見る。
 間違いなく女性受けの良さそうな美貌びぼうに、人懐ひとなつこそうな愛嬌あいきょうも感じられ、実にセリーナ好みに成長した姿がそこにあった。

「これ、舐めてみてよ」
「えらい少ないなあ……」
「試作品に贅沢ぜいたく言わないで」

 セリーナはバルドに差し出された茶色い玉を、ヒョイと口のなかに放り込む。
 独特の深みのある甘みが舌先に溶けだすと、セリーナはたちまちとろけるように目を細めた。

「んん~~~! 甘味サイコー!!」

 商会を差配するセリーナといえど、砂糖はそう簡単に口にできる品ではない。高価だからでもあるが、そもそもこの世界では流通する絶対量が足りないのだ。

「どう?」
「その人の好みにもよるやろうけど、うちはこっちの砂糖のほうが美味おいしいわあ」
「っしゃ!」

 そう言ってバルドは右手で握りこぶしを作り、ひじを引く。
 セリーナにとっては意味不明の動作だが、とにかく喜んでいる気配は伝わった。

伯爵領うちの特産にしたいんだけど、育てること自体は簡単だからね。いずればれて真似されると思う。だから次のステップのための資金稼ぎと割り切って、作付さくつけを拡大する予定なんだ」
「それで販売はうちに任せてくれるんやな?」
「そう、だからそろそろその耳に触らせて――」

 毛並みの良い犬耳へと手を伸ばすバルドの手の平をつねって、セリーナは悪戯っぽく笑う。

「うちはそんなに安い女やないんよ」

 獣人族が耳を触らせるのは心を許した男性のみだ。
 内心では、バルドになら触られてもよいと思っているセリーナだが、こんな風にふざけた態度ではごめんだった。
 一人の女性として愛してくれるというならば……やぶさかではない。

「……残念。でも正確に言うと、販売を任せるというのとはちょっと違うかな?」
「……ほう」

 バルドの言葉に含みがあるのを感じ取り、セリーナは表情を改めた。
 助けられたときの印象が強いせいもあるが、セリーナ自身、バルドを見た目通り十一歳の少年だとは思っていない。
 悪戯っぽい笑みを浮かべているのを見ると、特にそう感じる。

「実は、商会の看板を貸して欲しいんだよね。もちろんいろいろな実務はセリーナにお願いせざるを得ないんだけど、僕は僕の考えで金を動かしたいんだ」
「……どこまで自分が口を出すんや?」
「基本的な方針だけだよ。何を買う。何に投資する。全額か? 半額か? あとはセリーナの才覚に任せるさ」
「うちの取り分は?」
「看板代と利益の一割でどう?」

 セリーナはずいっと身を乗り出すと、まるでキスをする恋人のような距離まで顔を近づけて、鼻息荒くバルドを睨みつけた。

「うちを安く見すぎや、三割」
「資金は全部僕が出すんだから、それは暴利でしょ。一割五分」
「何を売買するにしろいくらで契約するにしろ、うちの協力なしには絵に描いたもちやろ? それに自分、うち以外に頼める人間おるんか? 三割」

 想像していた以上にかたくなで、まったく値引く気配のないセリーナに、バルドは困ったように頭を掻いた。
 実際、セリーナ以外にこんなことを頼める知り合いはいない。
 元本保証のない金融商品を基準に、どうせセリーナにはリスクのない仕事なのだから……と軽く考えすぎていたらしい。
 ここで譲歩するのは簡単だが、三割となればいったいどれほどの金額になるか。惜しいっ、身が切られるほどに金が惜しい! 
 ならば――。

「……それじゃ、耳を触らせてくれたら三割でいいよ」
「んぐっ!?」

 思わぬ切り返しに、今度はセリーナが顔を赤らめてのけぞった。
 セリーナとしては金額をふっかけたのも、バルドの思い通りにいかせるのがしゃくさわっただけだった。
 バルドに自分以外に頼る相手がいないのは承知だが、万が一ここでバルドとの接点を失えば、損害が大きいのはむしろセリーナのほうである。
 間違いなくバルドの発明と商品は巨万の富を生む。本気でバルドの提案を断るなど、セリーナももちろん考えていなかった。


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