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4巻
4-3
しおりを挟む父が命がけで母を押し止めているとも知らず、バルドは王都で己の不幸を愚痴っていた。
「僕はまだ騎士学校を卒業すらしていない見習いで、伯爵家の経営に関しては見習いですらないのですがねえ……」
「わしもそこに関してはまったく同意するぞい」
心底気の毒そうに、騎士学校の校長ラミリーズはバルドの肩を叩いた。
正直マゴットの息子として生まれただけで人の数十倍は苦労しているはずなのに、さらにマウリシアの盲腸まで押しつけられるとは、気の毒すぎてもはや言葉もない。
「わしにできることなら力になるぞ? あと、学校のほうは卒業の扱いにしておくからの」
「でしたらブルックスと何人か、希望する人間にも卒業資格をやってもらえませんか? 現状僕には家臣というものが存在しない状態ですので」
「改めて陛下の命令には呆れるのう……」
官僚として使うべき手足すら持たないバルドに、いったい何をさせようというのか。
宰相のハロルドを抜擢したときもそうだったが、あの国王は才能ある人間を愛すると同時に、あえて試練を与えようとする傾向がある。
幸い現在の代官組織の中で希望者を募り、最低限の行政機能をアントリムに残せるようにする、との国王からの通達があった。
これは、あの国王にしては非常に珍しいフォローだった。
しかし行政のトップであった代官自身は、何が何でもアントリムから離れたくて仕方がないらしい。確かにいつ戦場になるかわからないような場所に、武官でもない王都から派遣された文官が、長居したいはずがなかった。
「――シルクはいいのか?」
「いやいや、さすがにランドルフ侯爵家の令嬢を連れていけるはずがないでしょう!」
論外だ、と否定するバルドに対し、ラミリーズは軽く肩をすくめてその鈍感ぶりを笑った。
ラミリーズの見るところ、このまま黙ってバルドがアントリムに行ってしまえば、ほぼ間違いなくあの令嬢は怒るだろう。
おせっかいかもしれないが、ラミリーズがひとつ骨を折ってやる必要があるようだった。
それにランドルフ侯爵家の援助を得られれば、バルドにとっても政治的な果実が大きいはずだ。
すでに一線を退いているとはいえ、ラミリーズは辺境貴族の繁栄を喜ばず足を引っ張りたい有象無象が王都にはびこっていることを知り抜いていた。
「――若いもんに苦労を押しつけるのは、わしの趣味ではないのじゃがのぅ」
軍人として政治と関わってきたものの、ついに負の遺産を拭い去ることができなかった老兵には、人生の幕を引く前にまだ為さねばならぬことがあったのである。
「お前のことは気に入らんが、今度ばかりは同情する」
カランと琥珀色の液体を飲み干して、アルフォード・ランドルフは気の毒そうにバルドを見つめた。
娘を奪う可能性のある男は全て敵だが、それを考慮しなければ、アルフォードはバルドを高く評価している。
むしろバルドは、ランドルフ家の政治的影響力の拡大に、大きく貢献してくれていると言ってもよい。
シルクにさえ近寄らなければ、アルフォードもバルドには感謝し、期待もしているのだ。
「お言葉はありがたくいただいておきますが、それ以上に、切実に必要なものがございまして」
「当然だな。卿は本来、まだ位階もないはずの年齢なのだから。それで、何が必要なのだ?」
十五くらいの年齢であれば、父について領地経営の補佐を始めていれば良いほうで、ほとんどの者は教師の下で学習にいそしむ程度であろう。
だがバルドにはすでに独自の財力があり、それを補完する財源と販売網まで所有している。
さらに最近の外交的成果で、その販路や人脈は国外にまで延びるという規格外ぶりだった。
子爵として一流貴族の仲間入りを果たし、国王やランドルフ侯爵家という後ろ盾まで得たバルドに用意できないものなどそう多くはない。それは――。
「信頼のできる、かつ実務経験のある行政官僚を推挙いただけないでしょうか?」
「で、あろうな。そうだろうとは思っていたが……無理難題だな、それは」
「承知のうえです」
バルドに決定的に不足しているもの、それは信頼のできる家臣団である。
サバラン商会の伝手を辿れば、経理に長けた者くらいは見つかるかもしれない。
しかし領地経営には非合理的な部分が多く、利によって動く彼らを完全に信頼して任せるのは難しい。
国のため領地のため、必要とあらば鼻血も出ないほど税を絞り取り、あるいは爪の先に火を灯す思いで倹約を実施し、家が赤字になっても金を放出しなければならないときもある。
そのあたりのさじ加減を間違うと、家が繁栄しても領民は没落したり、領地が繁栄しても国の利益を侵害したりする。
優れた商人が必ずしも優れた政治家たりえないのはそのためだ。
「そうそうそんな都合のいい人材がいるわけ――と言いたいところだが、実は一人心当たりがある」
驚いたように目を見開くバルドを見て、アルフォードは愉快そうに笑った。
「シルクの家庭教師をしていた娘でな。マイルトン准男爵家の次女でアガサ・マイルトンという。才媛として名高くシルクもよく懐いていた。実家に帰ってからは、マイルトン家の財務をほとんど一人で取り仕切っていたのだ」
「そんな女性を引き抜いて大丈夫なんですか?」
バルドはごく当たり前の疑問を口にした。いくら優秀でもアントリムについてきてくれないのでは意味がない。
「実はマイルトン准男爵家は昨年代替わりしてな。新たに家を継いだ長男ヘインとアガサ嬢は折り合いが悪く、実権を取り上げられてしまったのだ。結果、マイルトン家の財政は目に見えて悪化しておる。もちろんアガサ嬢に復帰してもらえば何も問題はないはずなのだが……」
「プライドが邪魔をして認めようとしないわけですか」
「そればかりか、借金の質に老チェスター伯の後添えとして彼女を追い出そうとしたらしい。見切りをつけた彼女はマイルトン家とは絶縁して、今は当家に逗留しているのだよ」
なるほど。そういう事情のある彼女を雇用するのは、マイルトン准男爵家を敵に回すようなものだ。ランドルフ侯爵家のような権門か、バルドのように切羽詰まった貴族でもない限りそれは難しいだろう。
「少々年齢はいっておるが、娶ってしまっても構わんのだぞ? いや、むしろそうしろ。そしてシルクに嫌われてしまうがいい。あの娘はアガサ嬢を姉のように慕っておったからな」
「相変わらずブレませんね、閣下。シルクが嫁き遅れて恨まれても知りませんよ?」
「間違ってもアントリムのような僻地には送り出さんからそのつもりでおれ。卿も、とっととレイチェル殿下に降嫁していただいて落ち着けばよいのだ」
「――それはどういうことですの? お父様!」
どうやら扉の向こうで待機していたらしいシルクが、慌てた様子で部屋に飛び込んできたのはそのときだった。
目が覚めるようなディープブルーのドレスに、黄金の髪をブラックガーネットの髪飾りでまとめている。
これほどにめかし込んだシルクを見るのは、バルドも初めてかもしれない。
「なぜここでレイチェル様の名前が出るのですか? 本来ならあの方は、サンファン王国の王妃となるべき方だったのですよ?」
「落ち着きなさいお嬢様。淑女は簡単にうろたえるものではありません」
シルクの隣から進み出た小柄な女性が、困惑に震えるシルクの背中を優しくさすった。
セイルーンよりもさらに小さな身体をしているが、理知的な青い瞳は意志が強そうで、やや肉厚の唇が印象的である。
話の流れからして、おそらくは彼女がアガサ・マイルトンその人なのだろう。
「……失礼いたしました。ご無事そうで何よりですわ、バルド」
「シルクも久しぶり。あんまり綺麗なんで驚いたよ」
バルドがシルクの服装を褒めたのはまさしく本心からだった。
十大貴族の令嬢として本気で着飾ったシルクの姿は、王族にもまったく引けを取らない気品と優美さに満ちていた。
「よかったわねシルク」
意味ありげに耳元で囁く女性の言葉に、シルクはゆだったように顔を赤くして叫んだ。
「からかわないでください! アガサお姉さま」
明らかに動揺して恥じらう娘の姿に、アルフォードはバルドが敵だということを再確認した。
繰り返すが、たとえどれだけ有能で将来性があろうとも、シルクを奪い去る可能性のある男は全て敵なのだ。
「さっさとアガサ嬢を連れて出ていけ、この女の敵め」
「あんまりお痛をいたしますと、お嬢様に嫌われますわよ。侯爵様」
アガサの言葉通り、涙目のシルクにギロリと睨まれて、あっさりとアルフォードは手のひらを返すことに決めた。
どうせこのまま行けば、国王の思惑通りバルドはレイチェル王女の婿がねとして娘から離れてくれるはずなのだから。
いくらこの先出世しようとも、さすがに王女を正室に、侯爵令嬢を側室にできるはずがない。
「――改めて紹介しよう。こちらが先ほど話したアガサ・マイルトン嬢だ。あの馬鹿が意地を張らなければ、領地運営の全てを統括していた女傑だよ」
「はじめましてバルド子爵様、お噂はお嬢様から伺っておりましたわ」
優雅に笑みを浮かべて、アガサはスカートをつまんで一礼した。
非常に美しい表情なのだが、こちらを測るような瞳がまったく笑っていないために、どこかアンバランスな印象を受けてしまう。
バルドはこうした女性が嫌いではないが、女性に貞淑さを求めるプライドの高い貴族には、苦手な者も多いかもしれない。
「お聞きしたいことは多いですけれど……まずはお嬢様のためにも、レイチェル殿下の件から侯爵様にご説明いただこうかしら」
「それは私も知りたいです」
アガサとシルクがアルフォードに向き直る。
期せずして三人の視線にさらされたアルフォードは、改めてバルドの持つ影響力に複雑な感情を覚えずにはいられなかった。
もしも自分がシルクの父としてではなく、ランドルフ侯爵家の当主として判断を下すとしたら、やはりバルドという存在を手中に収めたいと考えるのではないか。
娘を渡したくないという本音を別にすれば、あの狡猾な王に一本取られた、とまで思ってしまう自分がいる。
本人の望むと望まざるとにかかわらず、今後バルドを中心とした騒動が持ち上がる可能性が高く、それを奇貨としてウェルキンが利用しようとしているのは疑いなかった。
わずか十五歳ばかり、本来なら伯爵家の嫡男として見習いを経験すべき年齢であるというのに、彼の背負うものは大きい。
――いや、大きすぎる。
将来のランドルフ侯爵家の得失を考えてみても、バルドという少年は、不確定要素の大きい危険人物なのかもしれなかった。
「……これはあくまでも宮廷の噂であって、私の推測にすぎない。そのつもりで聞いて欲しい」
アルフォードの語った情報というのはそれほど多くはない。
ひとつはサンファン王国への輿入れが破談となったレイチェルに、ネドラス公国からの縁談が持ち込まれたが、ウェルキンがそれを拒否したこと。
もうひとつはサンファン王国から帰ったバルドがレイチェルに、王宮のお茶会へ招待されたということ。
王女とバルドが楽しそうに歓談していたというくだりを聞くと、シルクは涙目で抗議の視線をバルドに送った。
極めつけはアントリム子爵叙任という今回の人事だ。
普通に考えれば懲罰に等しい人事であり、現にバルドに批判的な貴族の間でも、揶揄とともに同情的な言葉が聞かれるほどである。
逆に言えば、批判されることなくバルドを陞爵させるには、そうするしかなかった、とも言える。
いかにサンファン王国との交渉を期待以上にまとめてきたとはいえ、それだけで領地持ちに陞爵させては様々な反対が出て当然だ。
誰もやりたがらない辺境の最前線だからこそ、バルドの栄達は笑い話として見過ごされたのだ。
だがその辺境で、誰の目にも明らかな功績をバルドがまたも挙げた場合――当然、次の褒美は伯爵位となるだろう。
将来的にバルドがコルネリアス家を相続することを考えれば、新たな辺境伯に陞爵してもおかしくない。
王女にまったく見劣りのしない婿がねの誕生である。
誰もがその可能性に気づきすらしないという印象戦略的な意味で、アントリム子爵を選んだウェルキンの政治センスに、アルフォードは背筋が寒くなる思いだった。
しかもあの腹黒い国王は、それだけでは飽き足らず、一石二鳥の国内改革まで狙っている。
煮ても焼いても食えない、腹黒狸の真骨頂と言えよう。
「――というわけで私は、あの狸がお前を王室に取り込もうとしている、と考えている。年齢から見ても位階から見ても無茶な話だ。本来であればな。しかしあの王はそれぐらいは平気でやる男だし、お前も……平穏のほうから逃げ出すトラブルメーカーとくれば、そう的外れな予想でもないだろうさ」
「傍迷惑な男ですね」
呆れたような声で呟くと、アガサは背もたれに深々ともたれかかった。
「まったくです」
我が意を得たりとばかりに頷くバルドに、アガサは一片の容赦もなく追い討ちをかける。
「――あなたもです」
「うぐっ」
本当に厄介な話であった。
酔狂で腹黒くはあるが有能な君主と、波乱の運命を持って生まれた英雄の少年。そんな、万にひとつの奇跡的な巡り合わせがなくてはありえない事態であった。
これは決して偶然などではない。歴史が動くとき、こうした奇跡のような偶然、否、必然が発生することをアガサは知識として知っている。
よりにもよってそんな男に惹かれたシルクの目の確かさを褒めるべきか、それとも不運を嘆くべきか……。
「……ひどいです! バルドを政治の道具か何かみたいに! それに陛下は、王女様を何だと思っているの!?」
アルフォードの話を聞き終えたシルクは激高して叫んだ。
しかしその怒りが理性からではなく感情から生じているということは、血を分けた父であるアルフォードには一目瞭然だった。
十大貴族の一角、ランドルフ家に生まれたシルクが、その程度の政治的術策を理解できぬはずがないのだから。
「それだけの価値があると思っているのだろうよ。私は買いかぶりだと思うがな」
国王の婿にして辺境伯などというものが誕生すれば、下手をすれば十大貴族が入れ替わるかもしれなかった。
そしてまったく忌々しいことだが、アルフォードもウェルキンの政治的手腕を認めないわけにはいかない。
それどころかトリストヴィー公国問題を抱えたアルフォードにとって、ウェルキンは欠くことのできない同盟者ですらある。
「それではお父様は、陛下のお考えに賛成だと言うのですか?」
「王族の婚姻に臣下が差し出がましいことを申せようか。それに私の勘では、レイチェル殿下もまんざらではあるまい」
「お父様なんて大っ嫌い!!!」
「なあああああああああああ!」
後ろも振り返らずにシルクは部屋を飛び出していく。
性懲りもなく想定を超える娘の反撃にあったアルフォードは、塩の柱となって崩れ落ちた。
何度経験しても、一人娘の「大っ嫌い」に慣れる父親などいないのだ。
「追わなくていいのですか?」
アガサは意地悪そうに笑ってバルドを見つめた。
「……こんなとき、なんと答えたらいいのでしょうね?」
自惚れることが許されるなら、シルクは自分に異性として好意を抱いていたということだろう。
しかしコルネリアス伯爵家の一人息子としては、彼女を妻にするという選択肢はない。
バルドがランドルフ家に婿入りする場合、新たに養子を迎えることもできるが、あのイグニスとマゴットがそんなことを許すはずがなかった。
存外子供らしいバルドの反応に、アガサは目を細めた。
嘘でもいいからシルクを慰めるか、あるいは王女に義理立てしてシルクを遠ざけるという選択肢もバルドにはある。
そのいずれも選べないで困惑しているバルドからは、将来の王国を背負って立つ英雄の風格はまったく感じられない。
まあ幸いにして、お嬢様も決して脈なしというわけではなさそうだ。
晴れ晴れとした顔でアガサは言葉を紡ぐ。
「今は自分の心だけでもはっきりさせておきなさい。たとえどんなに障害の大きい恋路であろうとも、それを現実にするだけの力があなたにはあるはずです。我が主」
一方、頬を伝う涙を拭おうともせず自分の部屋に飛び込んだシルクは、ついに自覚した自らの恋心と、いつの間にか染みついていた貴族としての打算に気づいて嗚咽を漏らした。
「……いやな女だわ、私……」
なぜセイルーンとセリーナがプロポーズされたときには素直に祝福できたのに、レイチェル王女の縁談にはこれほど動揺してしまうのか。
それは取りも直さず、バルドの正妻の座が空いているという計算があったからだ。
平民で虚栄心の低い二人では子爵家の正妻は務まらない。
無意識のうちにそう判断していた自分がたまらなく醜い生き物に思えた。
友達だと思っていたのに。
あれほど欲しかった同年代の友達で、本音を語り合った同士なのに。
自分は心のどこかで彼女たちを見下し、所詮は側室と優越感に浸っていたのか。
自分より身分の高いレイチェル王女がバルドの相手として浮上したのは、その天罰なのかもしれない。
いっそ罪悪感で何もかも諦められたら、こんなに苦しまなくて済むかもしれないのに――。
「馬鹿……どうして今さらなの……」
どう考えても結ばれる未来が見えない。それでも自分はバルドが好きになってしまった。
いや、もうずっと前から狂おしいほどに恋していた。
ただ今までそれを自覚することを恐れ、避け続けてきただけだ。
しかしこうして自覚してしまった今、自分はどうすればいいのか、答えは見えない。
侯爵令嬢としてのシルクは首を横に振る。
答えなら出ている。さっさと諦めて忘れれば良いのだ。
それでも自分は諦めたくない。
――レイチェルにバルドを渡したくない。
「……誰か……助けて……」
叶わぬ望みに懊悩するシルクの嗚咽は、深夜になるまで絶えることはなかった。
バルドと仲間たちを乗せた馬車が、一路コルネリアスを目指す。
慌ただしく騎士学校を卒業することになったバルドが、学友から家臣として採用することができたのは、ブルックスとネルソンの二人だけである。
そしてランドルフ家からアントリム家の秘書長となったアガサ、それにサバラン商会から斡旋された会計士他三名が、現在のバルドの全てだった。
もっとも、アントリム領には王国官僚が少なからず残っており、コルネリアス家からもいくばくかの支援がなされることが決定していた。
もちろんテュロスをはじめとする、コルネリアス領のかつての仲間が協力してくれることを、バルドは欠片も疑ってはいなかった。
「しかし……どうしてこうなった……」
故郷を離れ、王立騎士学校に入学すると決まったとき、新たな出会いや王都での商売に夢を馳せたのが遠い過去のようにバルドには思える。
何をどう間違ったのか、今やこの身は領地持ちの子爵様となってしまった。
もうしばらく学生らしい他愛のない遊びに身を任せ、あるいは甘酸っぱい思い出のひとつも味わってみたかったのに。
そんな過程を三段抜かしですっ飛ばし、婚約者二人と家臣を召し抱える身になるなど、誰が予想できただろう。
「あっ! 見えてきましたよ! バルド様」
もはやバルドを「坊っちゃま」とは呼ばなくなったセイルーンが、馬車から身を乗り出して笑顔を見せた。
彼女にとっても、ずっと弟のように思っていた少年に恋をして、身分違いにもプロポーズをされるという人生の変転を味わっただけに、こうして変わらぬ故郷を目の前にした感概は深いのだ。
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