隻眼の信濃さんが不器用可愛い

コロリエル

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10.苦手なものは人それぞれ

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「信濃さん。明日のことなんだけどさ......10時ってことだけど、お昼はどうするの?」


 毎日のように来ている空き教室。そこでお弁当を広げながら談笑をしている俺と信濃さん。
 教室を出る時に木谷くんは生暖かい目で見てくるし、北中出身は複雑な面持ちで見てくるし、他の人たちは面白そうなものを見る目で見てくる。
 そんな目線が俺と信濃さんが会話する度に投げかけられてくるのだ。昼休み位はのんびりゆっくりしたい。

 そこで俺は、朝約束した明日の図書館デートの詳細について踏み込む。昨日教えてもらったファミレスとか良いんじゃないだろうか。


「…………? 食べないけど」
「…………はい?」


 だから、信濃さんからの返答に思わず首を傾げてしまった。さも当たり前であるかのように答えられても、流石に受け入れられない。

 俺の困惑に気付いたのか、信濃さんは口の中に入っていた食べ物をこきゅんと飲み込む。


「一食くらいなら問題ない。図書館から食事しに外に出るのは効率悪い。どうせ午後も図書館」
「いやいやいやいや……」
「いあいあ?」
「違うよ?」


 冒涜的な何かに話を持っていかれたが、そこはしかと止めておく。誤魔化されるわけにも行かないのだ、これに関しては。
 ついさっきの体育の前に身体が丈夫ではないと言う話を聞いたばかりなのだ。流石に見逃すわけにもいかない。


「流石に何かは食べようよ……というか、俺も居るんだからさ」
「じゃあ、黒澤くんだけ何処かに食べに行けばいい。私は構わない」
「あのさぁ……それじゃあ一緒に出掛ける意味が……」


 やはりこの子、人付き合いが苦手とかそういう次元の話じゃない。根本的に他人というものを自分の中に落とし込めてない。
 これは流石に不味い。この先生きていく上で非常に不味い。なんだかんだ、この世界は他人が居ないと生きていけない構造をしているのだ。

 しばし思考を巡らせた後に、自分の弁当箱を見る。そして閃いた。


「じゃあさ、信濃さん。俺が昼飯作ってくるよ。そうすれば態々図書館を離れなくても、外に出るだけで食べれるじゃん?」


 幸い、母親に変わり料理をすることも多々あったし、親父とともに休日に凝った料理をすることもある。しーやつーとホットケーキ祭りをしたこともある。
 一般的な男子高校生よりは料理ができる自信がある。なら、軽く食べれる何かでも持っていけば大丈夫だろう。


「……それは、流石に申し訳ない」
「じゃあ、外に食べに行く?」
「……コンビニのおにぎりとかでいい。買っていく」
「そんなのお兄さんが認めません……そして異論は認めません!」


 経験上、こういう時は多少ゴリ押した方がいい。
 これから俺が行うのは、彼女の大規模な意識改革。「君のことを心配する人間が近くに居るんだよ」ということをしっかりと認識させねば。
 実際問題、平気で一食抜こうかと考えてる子をほっとくなんて、他の誰でもない、俺が嫌だ。


「……なんで?」
「俺はお節介焼きなの。知らなかった?」
「……メリットが無い」
「世の中はね、メリットデメリットだけじゃないんだ。なんて……同い年のやつが言っても説得力なんか皆無だよね」


 親父からの受け売りなんだよね、とおどけてみせる。実際、親父からの受け売りだ。

『損得だけで動かないから、人間はめんどくさくて面白いんだよ』

 なんて、しんどそうに笑ってた親父。多分、会社で何か辛いことがあったんだろうな、という想像はできたが、親父はその辛さを教訓として俺たちに出力し続けてきた。
 俺やしーやつーが親父を尊敬している一番の要因だ。


「……じゃあ、黒澤くんはメリットデメリット抜きで私と話してくれてるの?」
「友情に損得なんてないよ。俺がしたいと思ったからね。で、なんか嫌いな物は……とうもろこしって言ってたよね。他になんかある?」


 以前の自己紹介の時に言っていた。彩り感覚で入れることもあるけど、使わなければ使わない食材で助かった。
 信濃さんは思考を巡らすように俯いていたが、やがて言いにくそうにゆっくりと口を開く。


「......ぴ」
「ぴ?」
「ピーマンも......苦手......」
「......りょーかい」


 俺よく表情筋を緩めなかった。自分で自分を褒めてやろう。

 ピーマンダメって、流石にそれは可愛すぎる。クールな女の子がダメってギャップがね、ちょっと、やばいね。
 恥ずかしかったのかな、ピーマン苦手だって言うの。確かにネタにされそうだもんね、高校生でピーマンダメって。

 耐えろ俺。ここはビシッと決めるところだ。ニヤけるな、笑うな、吹き出すな。


「......材料費、出させて」
「ん? 別に大丈夫だよ......って言っても、たぶん納得しないよね、信濃さん」
「しない。する訳ない。流石に申し訳ない」
「だよね。そうだなぁ......300円くらい貰おうかな? あ、不味かったら言ってね?」
「......不味かったとしても、きちんと貰ってもらうから」


 どこか不貞腐れたように、信濃さんは言う。

 これは意地でも美味いもん作らないとな、と頭の中でレシピを考え始めるのだった。
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