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8 再びめぐり会う奇跡(終)
8 再びめぐり会う奇跡 ①
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アレクセイはミハイルに呼ばれ、あの天文台に来ていた。
空にかかる雲は厚い。見上げても、あの晩のように美しい星は見えないし……あの晩を共に過ごしたミサキも、もうこの世界にいない。アレクセイはあの蜜のような晩を思い出し……ため息をついた。
ミハイルとアレクセイの二人が、ミサキを守るために彼女を元の世界に送ってから、もう数か月経っていた。『花嫁』を送り返したと知った家臣たちは、最初とても残念そうな表情をしていたが……すぐに安心したように薄暗い笑みを浮かべた。
花嫁がいなくなったということは、『どちらかの子どもができたら、その子の父が魔王となる』という、どちらに転ぶかもわからないギャンブルに一喜一憂することもないのだ。さっそく家臣たちは、兄弟のどちらを魔王に据えるのか、喧々諤々という論争を繰り広げ始めていた。
しかし、ミハイルもアレクセイも……ミサキを送り返したあの日から。まるで魂を抜けたような日々を過ごしていた。心の中に占めるミサキの存在は想像以上に大きく、それがなくなった日々は虚無と同じだった。
「それで、兄上。話と言うのは」
その何も感じない日々の中で……ミハイルはあることを考えていた。二人には仲良くしてほしいと言っていたミサキの言葉が胸に刺さったままだった。
「……王位継承権を、辞退するつもりです」
「え……?」
「私は、魔王という器ではない。表舞台には立たず、裏から政治を支えている方が性に合っていると思ったのです」
「それは、俺のセリフです!」
アレクセイが声を荒げる。
「俺より兄上の方が、細かいところに気が付き……国民の心に寄り添うことができる。それに、俺よりも人望があつい」
「それは勘違いですよ、アレクセイ。私はしょせんは妾の子。魔王は、正妃の子であるアレクセイがなるのがこの国のためにいいのでしょう」
「否! 正妃だの妾だの関係ない……この世界を納めるのは、俺には無理だ」
アレクセイ一人では、ミサキ一人守ることすらできなかった。兄であるミハイルのように強い魔力を持っているのあれば……この国を守り抜く自信もあっただろう。しかし、それすらも消え失せた。それならば、この国の頂点に立つ兄を支えている方がきっとこの国にとってもいい事に違いない。そう考え、いつか兄であるミハイルに打ち明けようとしていた時に、まるで寝耳に水と言った兄の告白だった。
「逃げようとするなんて、ずるいですよ兄上」
「逃げる、か……逃げることができたらならいいのでしょうね。……好いた女性と共にいけたら、幸せでしょうね」
ミハイルは空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。あまり透けて見えることのないミハイルの本音が、そこにあったのだ。
「兄上、もしかして……」
「アレクセイも、でしょう? 兄弟二人して、同じ女性に入れ込むなんて……傍から見たら面白いのでしょうね」
ミハイルは座り込む。アレクセイは、その背中をじっと見つめていた。
「ミサキ、今何をしているのだろうな」
「幸せになっているといいのですが」
「まあ、帰りたがっていたから……寂しくて泣いている、なんてことはないんだろうな」
「何ですか? アレクセイは寂しいくて泣いていてほしいんですか?」
「馬鹿なこと言うもんじゃないですよ、兄上。……涙をぬぐえないなら、意味がない」
アレクセイの視界の端で、ミハイルが小さく頷いていた。アレクセイは天文台の中心に立って、空を見上げた。厚くかかった雲の隙間から、きらりと光る星のようなものが見える。アレクセイは、珍しいと感じながらため息をついた。この星を見せたら、彼女は一体どんな顔をするだろうか。
「……あ」
その『星』は……どんどんと近づいてくる。速度を増し、きらめきを振りまきながら天文台に近づいてくる。
「何かありましたか、アレクセイ」
「兄上、あれ」
アレクセイが指さす先を、ミハイルも並んで見上げる。今まで見たことのない星が、今……その形がはっきり見えるくらいの距離まで近づいてきた。
「まさか……!」
「アレクセイ、離れて!」
ミハイルは大きく手を振る、長い呪文を唱えている唇は震えていた。アレクセイの脚も、同じように。
この数か月、夢に出るほど願い続け……絶対かなうことのないとあきらめていたことがあった。
今、それが叶おうとしている。
「……ミサキ!」
アレクセイは思わずその名を叫んだ。ミハイルは大きな光を放ち、流れ星のように落ちてくるミサキをそれで包み込む。そして……
「ミサキ……!」
ミハイルは、手を伸ばした。光に包まれていたミサキも、同じように腕を伸ばす。そして……ミサキは、ミハイルの胸の中に飛び込んだ。
「ミハイルッ!」
「ミサキ……、どうして」
ミサキの目からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。ミハイルはそれを指でぬぐうように触れる、触れた頬は温かく柔らかい。彼自身がよく知っているミサキの感触そのものだ……まがい物ではなく正真正銘ミサキ本人だ。
「お前……驚かせるな、もう少し違う方法で戻ってくることが……!」
言葉の途中で、ミサキはミハイルから離れてアレクセイの元に向かう。そして飛びつき、首にぎゅっと腕を回す。アレクセイはその小さな体を強く抱きしめた、ミサキの体温を感じ、ミサキの香りがアレクセイの鼻腔をくすぐる。再び巡り合い、自分の腕の中に抱きしめることをずっと夢に見ていた。アレクセイは、ミサキの耳元で囁く。
「……逢いたかった、ミサキ」
「私も……」
「もう、どこにも行くな」
その言葉に、ミサキは何度も頷く。ミハイルは涙を流すミサキの頭を、優しく撫でていた。
「……まずいな」
「ええ」
「な、何が?」
今まで見たことがない『星』が落ちてきたことに、城を警備している兵がざわめきだしている。その騒々しさは時期に城に伝わるだろう、そして……その『星』を探し始めるに違いない。
見つかれば、今度こそミサキが消されるかもしれない。ミハイルはマントを脱ぎ、ミサキを隠すようにそれをかぶせた。そして、アレクセイがミサキをそのまま軽々と担ぎ上げる。
「きゃっ……!」
「一切声を出すなよ、ミサキ」
空にかかる雲は厚い。見上げても、あの晩のように美しい星は見えないし……あの晩を共に過ごしたミサキも、もうこの世界にいない。アレクセイはあの蜜のような晩を思い出し……ため息をついた。
ミハイルとアレクセイの二人が、ミサキを守るために彼女を元の世界に送ってから、もう数か月経っていた。『花嫁』を送り返したと知った家臣たちは、最初とても残念そうな表情をしていたが……すぐに安心したように薄暗い笑みを浮かべた。
花嫁がいなくなったということは、『どちらかの子どもができたら、その子の父が魔王となる』という、どちらに転ぶかもわからないギャンブルに一喜一憂することもないのだ。さっそく家臣たちは、兄弟のどちらを魔王に据えるのか、喧々諤々という論争を繰り広げ始めていた。
しかし、ミハイルもアレクセイも……ミサキを送り返したあの日から。まるで魂を抜けたような日々を過ごしていた。心の中に占めるミサキの存在は想像以上に大きく、それがなくなった日々は虚無と同じだった。
「それで、兄上。話と言うのは」
その何も感じない日々の中で……ミハイルはあることを考えていた。二人には仲良くしてほしいと言っていたミサキの言葉が胸に刺さったままだった。
「……王位継承権を、辞退するつもりです」
「え……?」
「私は、魔王という器ではない。表舞台には立たず、裏から政治を支えている方が性に合っていると思ったのです」
「それは、俺のセリフです!」
アレクセイが声を荒げる。
「俺より兄上の方が、細かいところに気が付き……国民の心に寄り添うことができる。それに、俺よりも人望があつい」
「それは勘違いですよ、アレクセイ。私はしょせんは妾の子。魔王は、正妃の子であるアレクセイがなるのがこの国のためにいいのでしょう」
「否! 正妃だの妾だの関係ない……この世界を納めるのは、俺には無理だ」
アレクセイ一人では、ミサキ一人守ることすらできなかった。兄であるミハイルのように強い魔力を持っているのあれば……この国を守り抜く自信もあっただろう。しかし、それすらも消え失せた。それならば、この国の頂点に立つ兄を支えている方がきっとこの国にとってもいい事に違いない。そう考え、いつか兄であるミハイルに打ち明けようとしていた時に、まるで寝耳に水と言った兄の告白だった。
「逃げようとするなんて、ずるいですよ兄上」
「逃げる、か……逃げることができたらならいいのでしょうね。……好いた女性と共にいけたら、幸せでしょうね」
ミハイルは空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。あまり透けて見えることのないミハイルの本音が、そこにあったのだ。
「兄上、もしかして……」
「アレクセイも、でしょう? 兄弟二人して、同じ女性に入れ込むなんて……傍から見たら面白いのでしょうね」
ミハイルは座り込む。アレクセイは、その背中をじっと見つめていた。
「ミサキ、今何をしているのだろうな」
「幸せになっているといいのですが」
「まあ、帰りたがっていたから……寂しくて泣いている、なんてことはないんだろうな」
「何ですか? アレクセイは寂しいくて泣いていてほしいんですか?」
「馬鹿なこと言うもんじゃないですよ、兄上。……涙をぬぐえないなら、意味がない」
アレクセイの視界の端で、ミハイルが小さく頷いていた。アレクセイは天文台の中心に立って、空を見上げた。厚くかかった雲の隙間から、きらりと光る星のようなものが見える。アレクセイは、珍しいと感じながらため息をついた。この星を見せたら、彼女は一体どんな顔をするだろうか。
「……あ」
その『星』は……どんどんと近づいてくる。速度を増し、きらめきを振りまきながら天文台に近づいてくる。
「何かありましたか、アレクセイ」
「兄上、あれ」
アレクセイが指さす先を、ミハイルも並んで見上げる。今まで見たことのない星が、今……その形がはっきり見えるくらいの距離まで近づいてきた。
「まさか……!」
「アレクセイ、離れて!」
ミハイルは大きく手を振る、長い呪文を唱えている唇は震えていた。アレクセイの脚も、同じように。
この数か月、夢に出るほど願い続け……絶対かなうことのないとあきらめていたことがあった。
今、それが叶おうとしている。
「……ミサキ!」
アレクセイは思わずその名を叫んだ。ミハイルは大きな光を放ち、流れ星のように落ちてくるミサキをそれで包み込む。そして……
「ミサキ……!」
ミハイルは、手を伸ばした。光に包まれていたミサキも、同じように腕を伸ばす。そして……ミサキは、ミハイルの胸の中に飛び込んだ。
「ミハイルッ!」
「ミサキ……、どうして」
ミサキの目からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。ミハイルはそれを指でぬぐうように触れる、触れた頬は温かく柔らかい。彼自身がよく知っているミサキの感触そのものだ……まがい物ではなく正真正銘ミサキ本人だ。
「お前……驚かせるな、もう少し違う方法で戻ってくることが……!」
言葉の途中で、ミサキはミハイルから離れてアレクセイの元に向かう。そして飛びつき、首にぎゅっと腕を回す。アレクセイはその小さな体を強く抱きしめた、ミサキの体温を感じ、ミサキの香りがアレクセイの鼻腔をくすぐる。再び巡り合い、自分の腕の中に抱きしめることをずっと夢に見ていた。アレクセイは、ミサキの耳元で囁く。
「……逢いたかった、ミサキ」
「私も……」
「もう、どこにも行くな」
その言葉に、ミサキは何度も頷く。ミハイルは涙を流すミサキの頭を、優しく撫でていた。
「……まずいな」
「ええ」
「な、何が?」
今まで見たことがない『星』が落ちてきたことに、城を警備している兵がざわめきだしている。その騒々しさは時期に城に伝わるだろう、そして……その『星』を探し始めるに違いない。
見つかれば、今度こそミサキが消されるかもしれない。ミハイルはマントを脱ぎ、ミサキを隠すようにそれをかぶせた。そして、アレクセイがミサキをそのまま軽々と担ぎ上げる。
「きゃっ……!」
「一切声を出すなよ、ミサキ」
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