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心に触れて ⑩
しおりを挟む「……あれ?」
強く目を閉じた後、ゆっくりと瞼を開けると柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「……起きました?」
横から、もぞっと誰かが起き上がる気配を感じた。ゆっくりそちらを見ると、ご主人様が今私が着ているものと似たようなパジャマを着て、小さくあくびをした。私は勢いをつけて、ガバッと起き上がる。
「あの、もしかして私……!」
「びっくりしましたよ、シャワーから上がったら寝てるんですから」
「ご、ごめんなさい!」
状況から察するに、ソファで眠りこけている私をご主人様が……そのままこのベッドに運んできてくれたのだろう、居たたまれなさに身が小さくなっていく。
頭を深々とさげると、ご主人様は私の頭をぽんぽんと軽く撫で、腕を引いてそのまま再びベッドに引き込もうとした。
「休みですから、もう少し寝ましょう……」
「でも、これ以上いてもお邪魔になるでしょうから、私帰ります!」
自分のしでかした失態で、今は全身から火が出そうなくらい恥ずかしくて仕方がない。自分からねだって異性の部屋に泊まったのに、結局何をするわけでもない寝てすごすなんて……今時、高校生でもこんな真似はしないはずだ。
私はベッドから出て、ドアを開ける……リビングには、私が昨日着ていた服が丁寧に畳まれていた。それを手に取り、脱衣所に向かう。スカート、カットソー、下着……びりびりに破けてしまったストッキングは丸めて、スカートのポケットに押し込んだ。
まだじっとり湿り気が残る下着に違和感を覚えながらリビングに戻ると、ご主人様はソファに座り、新聞を読んでいる。
「あの、本当にごめんなさい、お邪魔しました」
頭を下げると、かすかに息が漏れるような笑い声が聞こえてきた。
「私こそ、昨日は無理をさせて……すいませんでした」
「いえ、あの、助けていただいたので……」
そのことに対しても、目を閉じてもう一度深く頭を下げる。ゆっくり目を開くと、ご主人様の爪先が見えた。
「あと、コレ」
「……え?」
体を起こし、ご主人様が「コレ」と呼んだ……白い封筒を見た。
「今回の『ペット代』です」
「あ……」
優しさに触れつづけたせいか、すっかり忘れてしまっていた。
私は、この人に一回五万円で抱かれている……ペットという名の性的なつながりしかない事を。
私は震える手で、それを受け取る。ご主人様の手から封筒が離れた時、彼は耳元でこう囁いた。
「良かったですよ……また次もよろしくお願いします」
その言葉に、心臓が鷲掴みされたような鈍い痛みが体中に広がった。でも、今の私が、何故こんなにも胸を締め付けられるような思いをしているのだろう……ちょっと考えれば分かるような事なのに、私は考える事を拒否していた。
私が彼を好きになってしまうなんて、絶対にダメ。気まぐれでペットを可愛がるだけの彼は、決して私の事を好きになってはくれない……隣で微笑む人は、きっと……あの写真の様に、私とは違う人がいるのだから。
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