妖刀 益荒男

地辻夜行

文字の大きさ
6 / 12
二章 朱火

しおりを挟む
 常盤の切り盛りする茶屋で一息ついた一行は、街外れの山奥を訪ねていた。
「思ったより人里から離れておるのう。こう人目がないと、かえって襲いやすいのではないか?」
「街中では昼に人を集められては目立ちませぬ。これだけ人里から離れていれば例えひとりであろうと目立ちます」
 夢助の返答に、躯血は口端を持ち上げ顎をなでる。
「なるほど、警戒さえできれば大勢がこようと対処する自信があるということか」
「周囲に余計な被害をださないという配慮もございますね。人ならざる者たちの来訪もあり得ますので」
「話を聞く限りは、憐れな娘ではあるのう」
 坂道を登りながら彼は道の先をにらみつける。まるで言葉の奥に隠された真実を、見つけようとするかのようだ。
「ところで骨皮さまは、その右手のものとはいつから?」
 案内のために先頭を歩いていた常盤が、興味津々といった様子で振り返る。
「みつきほど前になるか。まあ、わしにはわしの事情がある。わしも余計なことは聞かん。だから気にするな」
「あら残念。私は色々と聞いていただいても構いませんのに」
 微笑む常盤に、躯血は嫌そうに顔をしかめる。
「なにかよからぬことを吹きこまれそうだが?」
「ご明察です」
 自身の代わりに答えた夢助の言葉に口に手をあてくすりと笑い、彼女は正面に向き直る。
「見えてまいりました。あの鳥居の向こうに、朱火あけび様のお住まいがございます」
 常盤が指し示した鳥居の前まで来ると、躯血の眉間のしわが深くなった。
「……結界か」
 絞りだされた彼の言葉に呼応するように、社の方から狩衣に身を包んだ男たち三人が歩いてくる。
「一夜の女がまた来たか。朱火様は我らがお守りするゆえ、貴様らの出る幕はないと申したはず。すぐにこの場を立ち去れい!」
 先頭を歩く男の敵意ある言葉に、常盤は茶屋で武士に向けた以上の冷たい視線を返す。
「土御門様、私も何度も申し上げたはず。貴方がたのしていることは守護ではなく監禁。小さな子供ひとり自由にさせてやれぬ守り手など、なんの意味がございましょう」
「黙れ、下賤の者が! 朱火様は高貴なかたであると同時に神の器でもあらせられる。庶民の子供と同じように扱えるわけがなかろう!」
 鳥居を間に挟み、怒りのこもった熱い視線と、軽蔑に満ちた冷たい視線がぶつかり合う。
 そんな両者を尻目に、躯血が鳥居の前に進み出て、益荒男を握る右手で壁を叩くような仕草をする。
「なるほど、妖気を遮断する結界といったところか。その朱火とかいう娘が妖気を纏っているとならば、ここより出ることは叶わんな」
 彼の行動に土御門と呼ばれた壮年の男が目をむく。
「お主、その手の物はなんだ!」
 怒鳴りつけるその声は心しか震えていた。
「ふん、壁越しに会話する趣味はわしにはない」
 いうが早いか、帯状の益荒男をくるくると右手に巻き付け振りかぶる。
「よせ!」
 土御門が彼のもとに駆け寄る前に、拳を振りおろす。
 拳が宙で止まったと思った瞬間、金属同士がぶつかり合うような音と共に空気が揺れた。
有修ありなが様、これは!」
「結界が揺らいでおります!」
 土御門に付き従っていたふたりの陰陽師が顔を青くし狼狽する。
 躯血はそんな様子には構わず再び拳を振りあげた。
「やめよ、これだけの規模の結界を張り直すのに、どれだけの時がかかると思っておる! 結界がなくなれば魑魅魍魎が押し寄せるぞ!」
「お主ら、娘の護衛なのであろう? 情けないことを言わずに命を張れい!」
「この地にどれだけの妖が住んでいると思っておるのだ! そのすべてが押し寄せれば命がいくつあろうが足りんわ!」
 躯血の言葉に土御門有修は詰め寄りながら反論するが、躯血の拳はとまらない。
「結界は部分的に解除が出来ましょう。もたもたしていては本当に壊れてしまいますよ。そうなればお立場が危うくなりましょう。ただでさえ京から逃げたと汚名を背負っていらっしゃいますのに……」
「おのれ、憶えておれよ。女狐!」
 彼は舌打ちをひとつして、なにごとかを唱えながら印を結んでいく。
「骨皮様、扉があくようですので、そのあたりでおやめください」
「ふん、壊したほうが早かろうが」
 制止する夢助の言葉に、躯血が苛立たしげに唾を吐き捨てる。
「骨皮様がこのようなものをお嫌いになるのは、道中で察しておりますが、まずは護衛していただく相手に会ってから、本当にこのような結界が必要ないか判断をしても遅くはありますまい」
 躯血は険しい顔つきのままであったが、常盤が澄まし顔で鳥居を潜り抜けると、拳をおろし夢助と並んで彼女に続く。
「帰りもお声がけいたしますので」
「勝手にせい!」
 常盤の陽気な声に、有修が苛立たしげに返す。
 今度は解除した結界の一部を元に戻すべく印を結び出した陰陽師たちを置き去りにし、三人は社の裏側にある屋敷へと向かう。
 木々に囲まれひっそりと佇む屋敷があった。躯血の目にはそこだけ別世界のように映る。
「まさか娘ひとりの影響でこうなっておるというのか?」
「ひとところに留まっているのが良くないようです。もっとも陰陽寮の皆さまは、こうせねば、世間はもっと混沌に包まれるというご意見でございますが……」
「まあ物事は実際にやってみねば、結果はわからんからのう」
 常盤と会話しつつ屋敷へとあがる躯血であったが、その後ろで夢助は落ち着かない様子で、周囲を見まわしている。
「夢助、常盤がおるのだ。無理してついて来る必要はない。外で待っておったらどうだ?」
「いえ、骨皮様をお連れした手前、あとは勝手にどうぞとも言えますまい」
「意外に義理堅いお人ですよね、夢助さんは」
 茶化すような常盤に、夢助はバツが悪そうに視線を落とす。
 そうこうしている内に目的の場所に到着したようで、彼女が足をとめる。
「朱火様、ご無沙汰しております。常盤でございます。今日はお会いしていただきたいおかたをお連れしました」
 襖の向こうに声をかけるが返答はない。
「失礼いたします」
 そう断り彼女は襖を引き開ける。
 お手玉に興じる子供がふたりいた。
 少女はこちらに顔を向けずお手玉を続ける。しかし彼女の対面に座っていた少年が、お手玉を取り落とし、躯血たちに顔を向ける。だというのに躯血は少年の心情を読み取ることは出来ない。
「のっぺらぼうか……」
 夢助が息を呑む音を聞きつつ、躯血はそう呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...