ツクモ!〜俺以外は剣とか魔法とかツクモとかいう異能力で戦ってるけど、それでも拳で戦う〜

コガイ

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第一章 出会い頭の吹雪

ツクモのその後の

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 ツクモ、それは想いが力となる霊のようなもの。

 ルディアから話を聞く限り、簡潔に纏めれば以上の一文となる。もう少しツクモの事を掘り下げるとまず、個人差はあるが、物を大切に使い続けてると宿るらしい。厳密に言えば、物に宿る霊はツクモガミ。物と霊を一括りにしてツクモと区別しているようだ。

 そのツクモが物に宿るとその物の性質が強化されるようで、剣ならば斬れ味、盾ならば硬度が上がる。さらには武器に限らず、包丁、フライパン、彫刻刀、ツルハシ、はたま芸術作品までにも宿るとの報告も。閑話休題。

 ツクモはかなりレアな存在であり、もちろん人よりも強くなれたり、良い成果を出せたりするものなのは確かだ。しかも、まだまだ可能性のある物らしい。まあ、欠点はあるらしいが。
 なんにせよ、ルディアはそういうレア物のツクモを持っていて、それがあったからこそ、氷魔物のエンプトを倒せた。

 ——つまり、別に俺がいなくても良かったのかもしれない。


 =====


「ふぁああー……!」

 気の抜けるような大きなあくびを一つしながら、リルは背伸びをする。
 窓の外からは小鳥のさえずる声や朝日が入って来ていた。つまり、今の時間帯は朝であった。

「……夢、じゃないよな」

 彼は寝起きに、早速昨日のまでの事を確認する。朝から急に寒気がすると思えば吹雪が降り出して、かと思えばソフィに強制連行からの洞窟での死闘。記憶を失ってからの日々は非日常的に感じられて、何故生きているのかも不思議だ。どこからが夢なのかを疑ってしまうほど。
 もしかしたら、記憶喪失というのも夢が見せる幻覚で、痛みを感じれば不思議な夢から醒めるかもしれない。そう思い、彼は自分の頰をつねってみる。

「いっ……!」

 痛覚が刺激される。それで今見てる現状は夢でない事が……

「……いや、こんなので判断できるなら、とっくに夢だってわかるか」

 筋肉痛だったり、ソフィに体を打ちつけられたりと、痛みは何度も感じた。だからこれが夢だと、彼は断定できなかった。魔法やツクモといった不思議な物があるのなら、痛みを感じる夢だってあるかもしれない。

「どっちにしろ、起きるしかないか……寝てたいけど」

 夢か夢でないか。彼にとってその差異はどうしようもない物だ。夢から醒める方法なんて、彼の知識にはない。さっきの頰をつねるというのも眉唾物だ。

「よいしょっと」

 床に足をつけ、立ち上がる。
 真っ白なベッド、木造の田舎臭い部屋。彩りのない家具。どれもこれも、寝る前と同じ光景。記憶喪失から初めて見た部屋と同じ。そして、記憶はまだ失われたまま。
 棚から動きやすい作業着を取り出し、寝巻きからそれに着替えると扉を開けて、部屋の外へと出る。

「……あいつ、起きてるのか?」

 昨日、ダンジョンと呼ばれる場所でルディアはかなり疲労しているように見えた。だから彼は心配し、居間に向かう前に彼女の部屋へと向かう。

「ルディア、いるか?」

 ドアをノックし、彼女がいるかを確認する。しかし、返事は返ってこない。

「おい、開けるぞ」

 どうせ寝ているのか部屋には居ないのだろうと、答えは聞かずに入る。
 もし裸で寝ていたらどうするつもりだ、と言いたいところだが、ざっと部屋を見たところルディアは居なかった。
 しかし、そうでなくとも私室というのはプライベートな場所だ。部屋の主がいないからと言って入ってはならない。

「やっぱいないか」

 だが、罪悪感のカケラも感じない彼はルディアがいない事を確認しながら、諦めの声をもらす。
 にしても、彼女の部屋は随分と女性らしくない物だ。実用品ぐらいしかなく殺風景か部屋。ある一つを除いては。

「これは……写真?」

 机の上に置かれた一枚の写真立て。それが彼に目に入ってくる。
 その写真には親子と思われる二人の人物が写っていた。一人はとても小さな女の子だ。歯を見せつけるような大きな笑顔をしており、元気そうに見える。おそらくは幼少期のルディアだろう。
 そして、もう一人。母親らしき人がルディアを抱いている。
 その人物は非常に綺麗で、ルディアが大人になったらこんな風になるだろうという姿見だ。冷静で女性でありながらも男気のある雰囲気。誰からも頼られ、そしてその誰もを救う。まるで英雄のようで、そして、親近感もわく人柄に見えた。

「……うっ……く!」

 そんな感想を抱いていたリルは突如として頭を押さえて、地面にへたりこんでしまう。

「な、なんだ……急に……」

 彼を襲ったのは頭痛であった。しかし、何故? 
 何かしらの持病かとも考えたが、答えは見つからない。そもそも、彼は記憶喪失だ。理由も何も、それら全ては記憶と共に封じられてしまっている。

「こんな所にいたのね、リル……ってアンタ大丈夫なの!?」

 いつのまにか彼の後ろに立っていたルディア。最初は勝手に部屋に入った事へ呆れていたが、それはすぐさま忘れ去られたかのように、彼の容態を心配する。

「だ、大丈夫……ちょっと立ちくらみがしただけだから」

 心配させまいと、なんとか立ち上がってみせる。

「無理しなくていいから!」
「いや、本当に大丈夫……痛みは治まってきたから」

 痩せ我慢にも見える彼の行動であったが、本当に彼を襲う頭痛は引いていき、体は通常の状態へと戻っていく。

「本当ね?」
「ああ」

 ルディアからもリルの体はどこにも異常がないようには見えた。ならばこれ以上追求しても何も出てこないだろうと、半分諦めるように『分かった』と言い、その話は終わりになる。

「今から朝食を作るから、貴方は顔でも洗ってきなさい」
「はいはい」

 リルは一旦彼女と別れ、洗面台へと向かう。
 彼女に言われた通り顔を洗ったり、寝癖を直したり、歯を磨いたりと、朝の準備をしていく。それらをし終えたら、ルディアがいるであろう、キッチン兼居間へと足を運ぶ。
 そこには材料を用意しているルディアの後ろ姿がもちろんあった。

「まだ準備中よ。暇なら、ルルのご飯を用意してあげて」

 見てもいないのに、リルの存在を察知したのか。その言葉に彼は少し肩をビクつかせてしまう。
 やはり、女の子とは言っても、彼女は戦場に身を置く者。ある程度の気配は見なくてもわかるのだろうか。

「わ、分かった」

 リルはその事に戸惑いながらも、彼女の言う通りに犬のルルのご飯を用意していく。

「横、邪魔するぞ」

 パンやベーコンやら卵やらをフライパンで一斉に焼いているルディアの横に移動して、キッチンにある冷蔵庫らしきものから、ルルの食糧を探す。

「これで良いのか?」

 何の肉かは分からないが、ルディアが以前に指定していたものを手に持ち、彼女に見せる。

「ええ、それをルルにあげれば、あとは自由にしてて良いわ」

 確認を済ませたところで、リルはルルを呼び出し、肉を与える。
 しかし肉は地面にベタ付けにして、ペット用の皿を用意しないのかと言いたいが、以前にリルが質問をするとルディアからすれば問題ないらしい。

「よしよし、美味いか?」
「ワン!」

 非常に微笑ましい。非常に微笑ましい光景である。
 お肉を無我夢中で食べるルルに、それを見てニヤニヤするリル。その空間は癒しで溢れている。
 もう一度言おう。非常に微笑ましい光景である。

「……なあルディア、話しても構わないか?」

 しかし、それらを一蹴するかのように、彼はある質問をする。

「何?」
「さっき部屋にいなかったけどさ、どこか出かけてたのか?」
「ちょっとね。旧い知り合いが来たのよ。すぐ帰ったけど」
「ふーん、どんな奴だ?」
「良い奴よ、魔族だけど。ただね……」
「うん?そいつ、なんか問題でもあるのか?」
「その人自体は良いのよ。でも上がね……。
 今日来た人は……まあ、遣いの人みたいなものなんだけど、そいつの上司が胡散臭いというか何というか」

 そのルディアの言葉の中には、あまり関わりたくないという思考が混ざっているようにも聞こえる。

「……複雑なんだな」
「まあね。頼れると言えば頼れるのよ。……言ってることはあまり信用できないけど」

 それを聞いて、複雑だと言ったリルは考えを改め直す。『とても』複雑なんだな、と。

「じゃあもう一つ質問。昨日の事なんだけどさ。あいつらどうなったんだ?」

 彼の言うあいつらは、エンプト達のことである。彼は昨日、エンプトが倒されたあとに、ルディアから後始末があると言われて帰らされ、その後の事情は知らなかった。

「大丈夫よ。魔物は自然治癒力が尋常じゃ……」
「それはソフィから聞いた。俺はどこへ行ったのかが知りたいんだ」
「帰ったわ。ホントびっくりするくらいいさぎよく」

 この事は彼にとっても意外だった。
 魔物のことをよくは知らないリルであったが、悪であるという偏見が彼の中にはあった。そんな者達があっさりと引き返すなんて思いもしなかった。

「じゃ、じゃあなんでここに来たんだ?」
「北の故郷で嫌がらせを受けてたらしいわよ。全部ボスが跳ね返したらしいけど。でも、住みにくいのは変わりないから、ここに移住をしてきたみたい。
 吹雪は、最初にインパクトを与えて反逆する気をなくすためだって」
「それほとんど侵略者じゃねえか」

 昨日のエンプトは侵入者だとか口にしていたが、自身はそれ以上にタチの悪いというオチ。投げたブーメランが巨大化して戻っているようである。

「確かにね。けど、土地の人達を排除するんじゃなくて、あくまでも共に過ごしたいって言ってたし、案外そこまで悪党じゃないと思うわ。
 ……ほら、できたわよ」

 朝食が出来上がった。そう言わんばかりに、ルディアは料理が乗せられた二枚の皿を運ぶ。
 きつね色に焼けた食パンに、カリカリに焼けたベーコン、胡椒と塩が振りかけられた目玉焼きと、彼らの朝食がこれが当たり前だった。

「はいはい。フォークだけでいいか?」
「ちゃんとナイフも出しなさい」

 ふざけた事を言うリルであったが、それでもナイフとフォークを二組をテーブルに出して、椅子に座る。

「んじゃ、いただきます」

 リルは手を合わせ、食事前の挨拶をする。しかし、ルディアはその仕草を珍しい物をみたかのようにまじまじと観察していた。

「な、なんだよ。そんなに見られたら食べづらい」
「それ、毎日やってるわよね。どういう意味があるの?」
「どういうって……ほら、食材って、命ある物を食べるだろ? それを奪っているわけだから、それに感謝を込めてっていう意味で」
「珍しいわね。そういえば、そんな文化が北にあるって聞いたことがあるわ」

 北、その方角は彼にエンプトの事を思い出させる。エンプトの部下がここを南と呼んでいたことから、彼らが北に住んでいることは間違いない。つまり……

「それって、エンプトがいるところに……」
「ん? ああ、違う違う。あいつらは北東から来たのよ。私が言ってるのは北西のこと」

 ほっ、と彼は胸をなでおろす。またあんな死をかけた戦いになることはごめんだし、そうでなくともエンプトという人物? は苦手であるからだ。

「……あ、思い出した。これ、もう一つ意味があるんだ」

 突然として、けれどもそれはとても大切な事だったと、忘れてはいけない事だという風に、説明を付け加える。

「料理に携わってくれた人、その人に感謝を込めるっていうのもあるんだ」

 それを口に出す時、いつも無愛想な筈の彼は笑っていた。どこか誇らしげに、それでいて安らかに。

「俺はそっちの方が意味合いとして強いかな」
「……なるほど」

 彼女は何かを納得したように、パンを一口咥えて考えをまとめていく。

「となれば、貴方の過去はそこにあるんじゃないかしら」
「どういう意味だ?」
「北西の土地にある文化、そして料理への感謝から、親はおそらく料理人ね」

 リルはその言葉に、脳みそが追いついておらず、ぽかんと口を開け、思考を巡らせる。彼の頭には記憶を取り戻すという考えがないゆえか、理解にすこし時間が必要のようだ。

「えっと……つまり、そこへ行けば俺の記憶が戻るかもってことか?」
「可能性はある。けど、あまり期待しちゃダメよ」
「あ、ああ。頭の隅に置いとくぐらいにしておく」

 記憶探し。その事について、今やっと彼は考え始める。衣住食が揃っているこの状況で、生きていくことは可能だ。だが、少しばかりであるが、彼の中にも何かが恋しいという感情が動き出している。
 それを思い出す為には、もちろん記憶が必要だ。ならば、記憶を探す旅に……

 ——まあ、いいか。

 しかし、彼はその考えをポイ捨てしてしまう。
 記憶というのは彼にとって必要性がなかったのか、それとも単に面倒くさかったのか。
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