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第二章 異次元の魔術師
茶猿のピテーコス
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ソフィの次の行動、それは走る事だ。後退でも前進でもなく、敵からの距離をある程度保つように円を描くように周る。それだけではない。ジグザグと曲がり、不規則性を入れていた。
「普通ならば、そうするでしょうね」
ソフィの動き、その意図は相手に動きを読まれないようにする事だ。
空間魔法、世界最強の魔術師が得意とする魔法という事を彼女は聞いていた。リルが急に外へと瞬間移動したのも、ソフィが突然として宙に放り出されたのも、全てはそれが原因だ。
『空間』というのは物が存在するために必要な要因の一つ。それが安定しているからこそ、物は崩れずに存在を維持できる。
つまり、『空間』は世界そのものとほぼ同義だ。それを、彼女は操っている。
——だけど、それも魔法の域。本当に全てが一瞬な訳がない!
ソフィの中では色々な考察が飛び交うが、結論だけ言えば、上記のとおりだ。
「さて、そろそろ……」
その間にも彼女は、作戦を考えていた。一人で突っ込んでも二人相手に、いやメティスだけだろうと負ける。勝つためには人手が必要だ。
「行くぞ!」
「なっ……!」
ソフィはメティス達の周りを走るのをやめ、今度は目標を変えて走り出す。その目標は激しい攻防を繰り広げるルディアとカリューオンだ。
だが、それは相手に背中を見せる、つまりは隙を見せるという事になる。大胆な戦法がゆえにピテーコスは驚く。しかし、体はその隙を見逃さんと言わんばかりに、即座にソフィの後を追う。
「逃さん!」
強がりをいうピテーコスであったが、どれだけその走りが野性的な四足歩行でも、二本の足で走るソフィとの差は縮まらない。
「はあああ!」
そしてソフィは、もう一歩踏み込めばカリューオンの後ろに立つというタイミングで、大剣を上段に構える。
「っ……一旦……!」
「させない!」
カリューオン、そしてルディアもその事に気付く。前者はもちろん避けるために後退をしようと重心を後ろに動かそうとするが、後者はそれをさせまいとかすりもしない攻撃の数を増やす。
相反する思惑だが、その結果ルディアの狙いがうまく行くこととなり、カリューオンを留まらせる事に成功する。
「ナイスだ、ルディア!」
褒め言葉を口にしながらも足を前に出し、大剣を振り下ろそうとする。だがしかし、
「しまっ……!」
ソフィの目の前に黒い物体が突如として現れる。それはリルを外まで動かした物と一緒、つまりはメティスの魔法による物だ。まさに見た目はブラックホール。
おそらくはこれに入った瞬間、何処かへと飛ばされるのだろう。それは体が思いもよらない場所へと移動するということ。一瞬ではあるが、相手の思うがままになるということ。そしてそれは隙となってしまう。
「なんてな」
そうならないように彼女は大剣を地面に突き刺し、体を強制的に止める。反射神経が良いのか、それとも読んでいたのか。
「もらった!」
だが、それでは次の問題が発生する。ピテーコスによる背後からの追い討ち、それをどう対処するか。大剣をすぐさま使うならば、敵はすぐそばまで接近しており、時間がない。別の武器を使うにしても同様だ。ならば、彼女は何をしたのか。
それはピテーコスの胸元をうまく掴み、
「どぉりゃぁっっっ!」
「うわっ!?」
持ち上げた。しかも、ソフィ自身の体も一緒に。
彼女は左手は大剣を掴んだまま、もう片方はピテーコスを掴み、そのまま左手のみの力で二人分の体重を軽く持ち上げたのだ。しかしそれだけではない。
「そらプレゼントだ!」
持ち上げたピテーコスを黒い物体を超えるように投げ飛ばす。その標的はもちろんカリューオンであり、ピテーコスという弾が当たる。
「うあっ……!」
「くっ……!」
猿と狼、不仲である二匹は共に地面を転がっていく。
「よっし、このまま追撃……っ!」
そのまま後を追いかけ、その大きな隙を突こうとするソフィであったが、ピテーコスとカリューオン先ほどから何度も姿を現している黒孔に入っていったからだ。
そこがどこへ繋がっているのかは、メティスのみしか知らない。知る術があるとすれば彼女の思考を読むか、実際に入るしかない。だから、ソフィは追撃をやめたのだ。
「助かったわ」
かすり傷を多く負いながらも、素直に礼を言うルディア。しかし、彼女の息は全く乱れておらず、平常時そのもの。意外と余裕があるように見えるが、体力はジリジリと減らされている。
「これで貸し一つだ」
「ええ、今すぐ返してあげる」
互いに冗談めかしながらも、二人の視線はメティスの方へと集まる。気づけば、さっき吹き飛ばされていた二人はいつの間にか彼女の両脇に立っていた。
カリューオンの方はまだピンピンしているが、ピテーコスの方はそうではなく、少し疲れ気味のようだ。
「アンタ、猿と戦ってたみたいだけど、意外とやれてるのね」
「まあな。と言っても、あいつ自身は未熟だからな」
散々な言われようではあるが、それをみかねてかメティスはある言葉をかける。
「ピティ、そろそろその武器、使ってあげたら?」
「っ……いえ。これを振るわずとも……」
「まだ一度も当てられていないのに?」
氷のように冷たい言葉がピテーコスに牙を向き、その瞬間彼女は冷や汗をかく。メティスは例え仲間に対してであろうと、冷酷さは忘れないのだろうか。
「……言い方を変えましょう。ピテーコス、あなたは私の使い魔です。使い魔の行動は主人が責任を持たなければならない。その意味が分かりますね?」
ただ聞いているだけ。それにも関わらず、ピテーコスは首に手をかけられているような気さえした。そして、その手に段々と力が入り、徐々に閉められていくようにも感じられる。
それほどまでに、メティスの言葉には場を作る力を持っている。
「……了解しました。ならば今、私情を捨て、主に勝利を捧げましょう」
そういうと、彼女は一本の剣をいつの間にか握っていた。
それは奇妙な形をしており、刃が反り返っていた。それだけではなく、片刃で背の部分には落差のある凹凸の形をしており、特に刃先に近い部分には何かを引っ掛けるような刃があった。
「ソフィ、気をつけて。あれはきっと相手の武器を引っ掛ける物よ。迂闊に振り回してたらその大剣、取られるわ」
「ああ、わかってる。分かってるんだが……」
口を濁しながらも、ソフィは考え事をする。敵の一人が本気になった。それは彼女にとって重要ではないかのように。
「なあ、あの世界の魔術師、アレで本気か?」
「そんなわけないじゃない。……本気を出したらもっとヤバいわ。世界が半壊するんじゃないかしら?」
「だろうな。アレが英雄様の実力ってんなら、鼻で大笑いしちまう」
軽口を叩くものの、彼女の顔に笑みはない。
今の状況はまだ不利とも有利とも言えない。いわば拮抗状態だ。しかし、相手にはまだ隠し球がいくつもある。ソフィにもないことにはないが、果たしてそれが通じるか。
「……私に考えがある」
それを言ったのはルディアだ。
「聞かせてもらおうじゃないか」
「作戦としては単純、まずはピテーコスを一点集中で倒す。それで二対二よ。
けど、直接相手にするのはアンタに任せる。私はカリュと戦いながら支援してあげる」
「りょーかいだ」
了承の声と同時にソフィはグッと構える。
「作戦会議は終わった? なら……」
メティスの言葉も聞かず、彼女は一気に走り出す。それは先ほどと同じような付かず離れずを意識した走り。それと同時にルディアも反対側へと走る。
「……ピティ」
「はい」
それに対し、英雄とその使い魔は多くを語らず、一言ずつを交わしただけで意思疎通を取る。そして、
「っ……!」
一瞬の間にソフィの前を取る。
「クソ! 分かってても慣れないな!」
「貴様ごときが、我が主人の力を理解できると思うなよ!」
ピティの一撃、それは真っ直ぐに放たれる斬撃。ただの馬鹿正直な剣筋ではあるが、不意を取られたソフィでは回避は不可能だ。
「軽いな!」
しかし、なんとか大剣を前に構えることで攻撃を防ぐ。しかも走っていた勢い余って向かってくる攻撃を押し返し、突進攻撃を仕掛ける。
そのままであれば、体の軽いピテーコスは吹っ飛ばされてしまうだろう。
だが、そこに逆転という状況が作り出される。
「ただ軽いだけだと思うなよ」
今までソフィにやられっぱなしであったピテーコス。その彼女が相手にあっと言わせる間もなく、不意を取る。
「っ……!」
先の言葉通り、ソフィは何も言えずに死が間近に迫りくることを痛感する。
彼女の持っていた大剣はいつのまにか弾かれたかのように宙を舞い、喉元の直前までピテーコスの手刀、もっと正確に言えば刃物のように鋭い爪が接近していた。
何が起こったか。それ自体はソフィにも理解している。だが、今は考察している時間ではない。
——なんとかこの状態を打開するんだ! ここで死んでなんかいられるか!
彼女のその思考は間違いではない。けれども、だ。ここからどうしたところで死から免れることなど不可能。反射神経で避ける、攻撃を防ぐ、叩き落とす、それらを行うにしてはあまりにも遅すぎる。
どうあがいたところで次の間には彼女の頭と胴体はおさらばだ。
「瞬間凍結!」
もちろん外的要因がなければの話ではあるが。
「なっ!」
横槍を入れるように凄まじいスピード飛んできた流体、いやほとんど熱線と言っても過言でもないそれは、狙いすましたかのようにピテーコスの腕を弾いたかと思えば、奇妙な剣ごと腕が凍っていった。
「っ……まさか!」
自身にこんな事をした者が、ピテーコスは推測できているらしく、ある方向に憎悪の視線を向ける。
それはカリューオン、と戦っていた筈のルディアだ。その彼女は勢いよくバックステップをしたような姿勢で、指先はピテーコスへと向けていた。つまり、先ほどのレーザーは彼女の魔法であった。もっと言えば、それはエンプトが使っていた魔法だ。
「人間めがァァァ!!」
怒りに心を飲まれた顔で、親の仇のように叫びをあげるピテーコスであっだが、それは自身の負けも意味していた。
「目の前の敵から意識逸らすなんて、余裕だな!」
その一瞬でできた隙を、ソフィは見逃しておらず、攻勢へと転じる。敵の懐へと入り込み、武器を持たない彼女はその拳を構える。
それはまるで、リルの拳と似ているような、それでいてどこか違うような。
何にせよ、彼女の拳は左からだされ、そして右へのワンツーコンボへと繋がり、ピテーコスの胴へと直撃する。
「うがっ……!」
「トドメ! 最後の一発!」
掛け声と共にソフィの体は沈み込んだかと思うと、加速を思いっきりつけたアッパー攻撃が繰り出され、ピテーコスの顎を伝い、その威力は脳へと届き、声も出せずに、彼女は意識へと手放してしまった。
「決まった……」
空中に舞うピテーコスを眺めながらも、勝利による優越感に浸るソフィであったが、いまだ勝負は付いていない。その事に彼女も一瞬で思い出し、緩みかけていた気を再び引き締める。
「あら、ピティ負けてしまいましたか。あの子は少し未熟なところがありましたから」
仲間の負け、それは状況が多かれ少なかれ不利になったという事であるはずなのに、異次元の魔術師は驚きも、焦りもしない。ただ、それは予想内の事であったかのように。
「仕方ないですね。彼女には一度帰ってもらいましょう」
スッと、メティスは指を動かす。それと共に倒れてしまったピテーコスの体の下に黒孔ができ、彼女を吸い込んでしまった。そこがどこへ繋がっているのかは本人以外は知る由もなしだ。
「ナイスだ、ルディア。あれがなけりゃ死んでた。サンキューな」
一方で、その光景を見ながらも、ソフィは感謝の言葉を述べる。
「アンタが礼を言うなんて珍しいわね。そういうのは一生口にしないタチだと思ってた」
「アタシだって言う時は言うぜ。滅多に言わないだけで」
二人とも互いに余裕があるような喋り方ではあるが、双方ともにいまだ峠すら越えていないことは理解している。
しかも、ルディアの方はエンプトと戦った時とほぼ同じ疲労が溜まっているはずだ。カリューオンと戦いながらも、そこから隙を見いだして、ソフィの援護射撃をしたのだから。
「ふふ、やはり人間というのは面白い生き物ね。
いいえ、こういうべきなのかしら流石は彼、そして彼女の娘らなのだと」
それには一体どういう意図があるのか。先ほどまで敵意を剥き出しにしていたはずの彼女。しかし、今は何に愉悦を生み出しているのか、まるで成長を嬉しがる母親のように微笑む。
「ですが、今は冷徹に徹しなければならない」
しかし、またもや背筋が凍りつくような視線を向ける。
「っ! 来るわよ!」
「そんなもん、言われなくても分かってる! あいつが本気の一端を出すってことはな!
異次元の魔術師、それたる由縁となる力が見せつけられると、二人は直感する。それが二対二になったからなのか、それとも時間が掛けられてしまったのかは分からない。
けれども、彼女が、彼女の周りが変化していく。それは比喩的表現ではない。
今まさに、異次元にいるかのような強さが彼女らの身に降り注ぐ。
「普通ならば、そうするでしょうね」
ソフィの動き、その意図は相手に動きを読まれないようにする事だ。
空間魔法、世界最強の魔術師が得意とする魔法という事を彼女は聞いていた。リルが急に外へと瞬間移動したのも、ソフィが突然として宙に放り出されたのも、全てはそれが原因だ。
『空間』というのは物が存在するために必要な要因の一つ。それが安定しているからこそ、物は崩れずに存在を維持できる。
つまり、『空間』は世界そのものとほぼ同義だ。それを、彼女は操っている。
——だけど、それも魔法の域。本当に全てが一瞬な訳がない!
ソフィの中では色々な考察が飛び交うが、結論だけ言えば、上記のとおりだ。
「さて、そろそろ……」
その間にも彼女は、作戦を考えていた。一人で突っ込んでも二人相手に、いやメティスだけだろうと負ける。勝つためには人手が必要だ。
「行くぞ!」
「なっ……!」
ソフィはメティス達の周りを走るのをやめ、今度は目標を変えて走り出す。その目標は激しい攻防を繰り広げるルディアとカリューオンだ。
だが、それは相手に背中を見せる、つまりは隙を見せるという事になる。大胆な戦法がゆえにピテーコスは驚く。しかし、体はその隙を見逃さんと言わんばかりに、即座にソフィの後を追う。
「逃さん!」
強がりをいうピテーコスであったが、どれだけその走りが野性的な四足歩行でも、二本の足で走るソフィとの差は縮まらない。
「はあああ!」
そしてソフィは、もう一歩踏み込めばカリューオンの後ろに立つというタイミングで、大剣を上段に構える。
「っ……一旦……!」
「させない!」
カリューオン、そしてルディアもその事に気付く。前者はもちろん避けるために後退をしようと重心を後ろに動かそうとするが、後者はそれをさせまいとかすりもしない攻撃の数を増やす。
相反する思惑だが、その結果ルディアの狙いがうまく行くこととなり、カリューオンを留まらせる事に成功する。
「ナイスだ、ルディア!」
褒め言葉を口にしながらも足を前に出し、大剣を振り下ろそうとする。だがしかし、
「しまっ……!」
ソフィの目の前に黒い物体が突如として現れる。それはリルを外まで動かした物と一緒、つまりはメティスの魔法による物だ。まさに見た目はブラックホール。
おそらくはこれに入った瞬間、何処かへと飛ばされるのだろう。それは体が思いもよらない場所へと移動するということ。一瞬ではあるが、相手の思うがままになるということ。そしてそれは隙となってしまう。
「なんてな」
そうならないように彼女は大剣を地面に突き刺し、体を強制的に止める。反射神経が良いのか、それとも読んでいたのか。
「もらった!」
だが、それでは次の問題が発生する。ピテーコスによる背後からの追い討ち、それをどう対処するか。大剣をすぐさま使うならば、敵はすぐそばまで接近しており、時間がない。別の武器を使うにしても同様だ。ならば、彼女は何をしたのか。
それはピテーコスの胸元をうまく掴み、
「どぉりゃぁっっっ!」
「うわっ!?」
持ち上げた。しかも、ソフィ自身の体も一緒に。
彼女は左手は大剣を掴んだまま、もう片方はピテーコスを掴み、そのまま左手のみの力で二人分の体重を軽く持ち上げたのだ。しかしそれだけではない。
「そらプレゼントだ!」
持ち上げたピテーコスを黒い物体を超えるように投げ飛ばす。その標的はもちろんカリューオンであり、ピテーコスという弾が当たる。
「うあっ……!」
「くっ……!」
猿と狼、不仲である二匹は共に地面を転がっていく。
「よっし、このまま追撃……っ!」
そのまま後を追いかけ、その大きな隙を突こうとするソフィであったが、ピテーコスとカリューオン先ほどから何度も姿を現している黒孔に入っていったからだ。
そこがどこへ繋がっているのかは、メティスのみしか知らない。知る術があるとすれば彼女の思考を読むか、実際に入るしかない。だから、ソフィは追撃をやめたのだ。
「助かったわ」
かすり傷を多く負いながらも、素直に礼を言うルディア。しかし、彼女の息は全く乱れておらず、平常時そのもの。意外と余裕があるように見えるが、体力はジリジリと減らされている。
「これで貸し一つだ」
「ええ、今すぐ返してあげる」
互いに冗談めかしながらも、二人の視線はメティスの方へと集まる。気づけば、さっき吹き飛ばされていた二人はいつの間にか彼女の両脇に立っていた。
カリューオンの方はまだピンピンしているが、ピテーコスの方はそうではなく、少し疲れ気味のようだ。
「アンタ、猿と戦ってたみたいだけど、意外とやれてるのね」
「まあな。と言っても、あいつ自身は未熟だからな」
散々な言われようではあるが、それをみかねてかメティスはある言葉をかける。
「ピティ、そろそろその武器、使ってあげたら?」
「っ……いえ。これを振るわずとも……」
「まだ一度も当てられていないのに?」
氷のように冷たい言葉がピテーコスに牙を向き、その瞬間彼女は冷や汗をかく。メティスは例え仲間に対してであろうと、冷酷さは忘れないのだろうか。
「……言い方を変えましょう。ピテーコス、あなたは私の使い魔です。使い魔の行動は主人が責任を持たなければならない。その意味が分かりますね?」
ただ聞いているだけ。それにも関わらず、ピテーコスは首に手をかけられているような気さえした。そして、その手に段々と力が入り、徐々に閉められていくようにも感じられる。
それほどまでに、メティスの言葉には場を作る力を持っている。
「……了解しました。ならば今、私情を捨て、主に勝利を捧げましょう」
そういうと、彼女は一本の剣をいつの間にか握っていた。
それは奇妙な形をしており、刃が反り返っていた。それだけではなく、片刃で背の部分には落差のある凹凸の形をしており、特に刃先に近い部分には何かを引っ掛けるような刃があった。
「ソフィ、気をつけて。あれはきっと相手の武器を引っ掛ける物よ。迂闊に振り回してたらその大剣、取られるわ」
「ああ、わかってる。分かってるんだが……」
口を濁しながらも、ソフィは考え事をする。敵の一人が本気になった。それは彼女にとって重要ではないかのように。
「なあ、あの世界の魔術師、アレで本気か?」
「そんなわけないじゃない。……本気を出したらもっとヤバいわ。世界が半壊するんじゃないかしら?」
「だろうな。アレが英雄様の実力ってんなら、鼻で大笑いしちまう」
軽口を叩くものの、彼女の顔に笑みはない。
今の状況はまだ不利とも有利とも言えない。いわば拮抗状態だ。しかし、相手にはまだ隠し球がいくつもある。ソフィにもないことにはないが、果たしてそれが通じるか。
「……私に考えがある」
それを言ったのはルディアだ。
「聞かせてもらおうじゃないか」
「作戦としては単純、まずはピテーコスを一点集中で倒す。それで二対二よ。
けど、直接相手にするのはアンタに任せる。私はカリュと戦いながら支援してあげる」
「りょーかいだ」
了承の声と同時にソフィはグッと構える。
「作戦会議は終わった? なら……」
メティスの言葉も聞かず、彼女は一気に走り出す。それは先ほどと同じような付かず離れずを意識した走り。それと同時にルディアも反対側へと走る。
「……ピティ」
「はい」
それに対し、英雄とその使い魔は多くを語らず、一言ずつを交わしただけで意思疎通を取る。そして、
「っ……!」
一瞬の間にソフィの前を取る。
「クソ! 分かってても慣れないな!」
「貴様ごときが、我が主人の力を理解できると思うなよ!」
ピティの一撃、それは真っ直ぐに放たれる斬撃。ただの馬鹿正直な剣筋ではあるが、不意を取られたソフィでは回避は不可能だ。
「軽いな!」
しかし、なんとか大剣を前に構えることで攻撃を防ぐ。しかも走っていた勢い余って向かってくる攻撃を押し返し、突進攻撃を仕掛ける。
そのままであれば、体の軽いピテーコスは吹っ飛ばされてしまうだろう。
だが、そこに逆転という状況が作り出される。
「ただ軽いだけだと思うなよ」
今までソフィにやられっぱなしであったピテーコス。その彼女が相手にあっと言わせる間もなく、不意を取る。
「っ……!」
先の言葉通り、ソフィは何も言えずに死が間近に迫りくることを痛感する。
彼女の持っていた大剣はいつのまにか弾かれたかのように宙を舞い、喉元の直前までピテーコスの手刀、もっと正確に言えば刃物のように鋭い爪が接近していた。
何が起こったか。それ自体はソフィにも理解している。だが、今は考察している時間ではない。
——なんとかこの状態を打開するんだ! ここで死んでなんかいられるか!
彼女のその思考は間違いではない。けれども、だ。ここからどうしたところで死から免れることなど不可能。反射神経で避ける、攻撃を防ぐ、叩き落とす、それらを行うにしてはあまりにも遅すぎる。
どうあがいたところで次の間には彼女の頭と胴体はおさらばだ。
「瞬間凍結!」
もちろん外的要因がなければの話ではあるが。
「なっ!」
横槍を入れるように凄まじいスピード飛んできた流体、いやほとんど熱線と言っても過言でもないそれは、狙いすましたかのようにピテーコスの腕を弾いたかと思えば、奇妙な剣ごと腕が凍っていった。
「っ……まさか!」
自身にこんな事をした者が、ピテーコスは推測できているらしく、ある方向に憎悪の視線を向ける。
それはカリューオン、と戦っていた筈のルディアだ。その彼女は勢いよくバックステップをしたような姿勢で、指先はピテーコスへと向けていた。つまり、先ほどのレーザーは彼女の魔法であった。もっと言えば、それはエンプトが使っていた魔法だ。
「人間めがァァァ!!」
怒りに心を飲まれた顔で、親の仇のように叫びをあげるピテーコスであっだが、それは自身の負けも意味していた。
「目の前の敵から意識逸らすなんて、余裕だな!」
その一瞬でできた隙を、ソフィは見逃しておらず、攻勢へと転じる。敵の懐へと入り込み、武器を持たない彼女はその拳を構える。
それはまるで、リルの拳と似ているような、それでいてどこか違うような。
何にせよ、彼女の拳は左からだされ、そして右へのワンツーコンボへと繋がり、ピテーコスの胴へと直撃する。
「うがっ……!」
「トドメ! 最後の一発!」
掛け声と共にソフィの体は沈み込んだかと思うと、加速を思いっきりつけたアッパー攻撃が繰り出され、ピテーコスの顎を伝い、その威力は脳へと届き、声も出せずに、彼女は意識へと手放してしまった。
「決まった……」
空中に舞うピテーコスを眺めながらも、勝利による優越感に浸るソフィであったが、いまだ勝負は付いていない。その事に彼女も一瞬で思い出し、緩みかけていた気を再び引き締める。
「あら、ピティ負けてしまいましたか。あの子は少し未熟なところがありましたから」
仲間の負け、それは状況が多かれ少なかれ不利になったという事であるはずなのに、異次元の魔術師は驚きも、焦りもしない。ただ、それは予想内の事であったかのように。
「仕方ないですね。彼女には一度帰ってもらいましょう」
スッと、メティスは指を動かす。それと共に倒れてしまったピテーコスの体の下に黒孔ができ、彼女を吸い込んでしまった。そこがどこへ繋がっているのかは本人以外は知る由もなしだ。
「ナイスだ、ルディア。あれがなけりゃ死んでた。サンキューな」
一方で、その光景を見ながらも、ソフィは感謝の言葉を述べる。
「アンタが礼を言うなんて珍しいわね。そういうのは一生口にしないタチだと思ってた」
「アタシだって言う時は言うぜ。滅多に言わないだけで」
二人とも互いに余裕があるような喋り方ではあるが、双方ともにいまだ峠すら越えていないことは理解している。
しかも、ルディアの方はエンプトと戦った時とほぼ同じ疲労が溜まっているはずだ。カリューオンと戦いながらも、そこから隙を見いだして、ソフィの援護射撃をしたのだから。
「ふふ、やはり人間というのは面白い生き物ね。
いいえ、こういうべきなのかしら流石は彼、そして彼女の娘らなのだと」
それには一体どういう意図があるのか。先ほどまで敵意を剥き出しにしていたはずの彼女。しかし、今は何に愉悦を生み出しているのか、まるで成長を嬉しがる母親のように微笑む。
「ですが、今は冷徹に徹しなければならない」
しかし、またもや背筋が凍りつくような視線を向ける。
「っ! 来るわよ!」
「そんなもん、言われなくても分かってる! あいつが本気の一端を出すってことはな!
異次元の魔術師、それたる由縁となる力が見せつけられると、二人は直感する。それが二対二になったからなのか、それとも時間が掛けられてしまったのかは分からない。
けれども、彼女が、彼女の周りが変化していく。それは比喩的表現ではない。
今まさに、異次元にいるかのような強さが彼女らの身に降り注ぐ。
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それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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