しあわせの霧

辛妖花

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はじまりは晴れ2

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 背筋が凍る。笑顔が張り付く。母から聞いてはいたが、現実の冷たさは目の当たりにしなくては分からない。頭が真っ白になる。

「久しぶり過ぎて分かんないよね。美沙子みさこの子供のあかりだよ」

  ああ、驚きすぎて母から聞いていた「私の事も忘れている」をすっかり忘れていた。これでは誰か分かって貰えない。そう落ち込んでいると、急にハッとした様な仕草をするおばあちゃん。

「ああ!あかり?大きくなったね」
「そうだよ!分かる?」

  良かった。覚えててくれたんだ。母の事も忘れていないのではないか。ほっとしたのと嬉しさで少し目頭が熱くなる。

  たわいもない昔話しをして、この日は母の高級マンションに帰った。



  引っ越しの連絡や、退職の手続き、元彼に連絡等をしているとあっという間に夜になっていた。
  しまった。母が帰る前に晩ご飯を作らなければ、沸騰したヤカンの様に怒りだしてしまう。急いで夜ご飯の準備をしていると、玄関の扉を開ける音が聞こえた。

「ただいま。ご飯なに?」
「あ、お帰り!今、カレー作ってる」

  鞄をそこら辺に放り投げ、テレビをつけ、その前にあるソファーにため息をつきながらどっかりと座る。ニヤニヤしながらゆっくりとこちらを見てきた。何か言いたげである。胸がざわつき思わず聞いた。

「な、何?ニヤニヤして···」
「やっぱり家でむかえてくれる家族が居るのは良いなと思って、ね」
「ご飯があるのがでしょ?」
「あはは!それもある」

  そう言って笑う母を見るのは本当に久しぶりだった。誰かの為にご飯を作るのも、誰かと一緒にご飯を食べるのも···。

「おばあちゃん元気だった?」
「うん。最初は誰って言われてびっくりしたけど、その後思い出したみたいで、昔の旅行とかの話しして帰って来たよ。お母さんの事も忘れて無いんじゃないかな?」
「ふ~ん、明るくなったなら良かったわ」

  また何か含みのある物言いだ。

「どうしておばあちゃんの病気の事教えてくれなかったの?」
「仕事の邪魔をしたくなかったの。実はこっそり雑誌社に覗きに行ったんだけど、」
「え!?」
「あんたが頑張ってて、これからって時に心配かけたくなかったの」

  見られていたのは恥ずかしいが、理解してくれていた事は嬉しかった。
  しかし、それとこれとは別な気がする。家族なら辛い事でも知っていたい。後から後悔するのはもううんざりだ。

  カレーを食べながら、これからは自分も連絡するので、母にも連絡をする様に求めた。
  すると、あーと唸りながら何かを思い出した様だった。が、天井をあおり見てから私の顔をじっと見てバツの悪そうにこう言った。

「明日、施設にゆかりが行くから、一緒に行ってやって。この間の検査の結果も分かるはずだから聞いて来て」

  いつもの事だが、何から何まで急である。
  食べ終え、片付けや風呂をさっと済ませ、昔使っていた自分の部屋のベッドに落ち着く。
  妹のゆかりに連絡を取ると、物凄く驚いて中々話しが先に進まなかったが、それも懐かしく暖かいものであった。
  明日の待ち合わせをして電話を切った。緊張の糸が切れ、急に睡魔に襲われる。
  こんな時間に寝るのは何年ぶりだろう。ゆっくり目を閉じると、ぐっと体が重くなり、ベッドに沈む様な感覚と共に眠りにつく。



  
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