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天狗と家なき子

川の字じゃなきゃ同衾?

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 添い寝と同衾の違いってなんぞや?

 添い寝は性的なものなしに、親が子に寄り添う時も使う。

 では同衾は?

 対象が親と子だったら使用しない言葉だ。
 衾が掛布団の事ならば一緒の布団の中に入るという事で、それが心も体も安心できる誰かだろうから肉体関係に発展する、つまり「寝る」を想像できる言葉だからだろうか。

 どうして俺がそんなことを考えているのか。
 それは俺の現状が添い寝なのか同衾と言うべきか、迷うような状況だからだ。

 平埜の逞しく長い左腕は、俺とすぐりの枕になっている。
 いやいや、俺はすぐりを抱き締めて横寝しているから、ほとんど俺が平埜さんの腕を枕にしている、と言う格好なのかな。
 そんでもって、そんでもって、横寝している俺の背中は、食器棚のスプーンたちのようにして、やはり横寝している平埜に重なっている。

 あたたかで包まれる安心感を、俺はなぜ同性の男に感じているというのか。
 それでも俺が風呂場の時のように平埜に性的にときめくまでいかないのは、俺の耳をくすぐる彼の物凄く素晴らしい深みのある声による内容が、なんだか民俗学の授業のようでしかないからであろう。
 彼は面白い話が出来ないと言った通りに、延々と天狗と人間達の関係の歴史らしきものをぶつぶつ語っているのである。

 狩りをする者達は海や山の民として海や山の神に信仰を向けていたが、顔に入れ墨する事を人である天皇家が強要して民達を隷属させていったとか。
 それは山と海を人である天皇家が領有支配していった歴史であり、うんぬん。

 そんな真面目なお話を淡々とするばかりだからさ、俺の腕の中のすぐりちゃんたら、平埜さんが話始めてたった五分で寝ちゃったよ?
 だったら話を変えさせればいいのでは?

 だよね、そう思うよね。
 俺が彼を止めない理由は、俺のろくでない面によるものだと告白しよう。
 内容は内容だけどさ、くっそいい声してるんだよ、平埜さんて。
 ついでに言えば、彼に面白くない話をさせておかねば、俺が風呂場での俺になりそうなのだ。

「それでも山で働く者達は、危険な仕事をしているからと、それはもう山の神を厚く信仰した。天皇家に取り込まれて平地の民と関わりが浅かったからこそ、彼らは彼らの信仰を保ちつづけたのだ。我らが神々しくいられた時代でもあった。」

 神々しくいられた?
 最後の言葉には、なんだか寂しそうな掠れを感じた。

「あなたは今も神々しい姿ですよ。」

「そうか?今も昔もがっかりされる方が多いがな。」

「それは、現代で神様の存在は眉唾みたいになってたから、変な格好をしている人かなって俺は思っただけで。ってわあ!」

 俺の後ろの人が突然大きな声で笑ったのだ。
 ワハハ、という、豪快な、いかにも天狗のような笑い方だ。
 そして、わお、笑う彼は笑い涙を拭う様にして、俺の肩に顔を押し付けた。

「俺、変なこと、というか、失礼なこと言っちゃいました?」

「いや。我が言いたかったのは、山の神を信じる民は、誰も彼もが、山の神を美女と思い込んでいたという事実の事だ。大事な道具を無くせば裸になって性器を神に晒すんだよ。さあ女神様、私めを全部捧げますから私の為に俺の大事な道具を見つけてくださいって。」

「ええ!それであなたは?」

「小汚い物を見せるなと叱りつけて、無くし物を投げつけてやるさ。次はその道具でお前の道具も刈り取ってやるぞって脅しつけてもやるな。」

「わあ。」

「ハハハハ、それにしても、ははは。最初の出会いで我を変な人だって思っていたって事と、今の君が我にがっかりしていないことを知れたのは楽しいな。」

「すいません。あと、変な人は訂正してませんよ。あなたは変な人です。」

「仕方がない。我はもとが山伏だ。山の民だ。君達の研究者?国男と言う名の男は、山の民の性質を、正直、潔癖、剛気、片意地、執着、負けずぎらい、なんて言い張っていたぞ。我はそれそのものだってな。」

「その国男って人、フルネームは柳田国男?」

「知り合いか?」

「の、訳無いでしょう。俺はいくつだと?人間は普通に人生百年です。」

「ハハハ。伸びたな。我らには敵わぬが、君達は伸びたな。鴉天狗よりも寿命が延びたなんて人間は凄いな。」

 俺は平埜の言葉によって背筋が寒くなり、自分の腕の中で眠っているすぐりをぎゅうと抱きしめていた。
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