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君が望まぬとも、我は君を望むだろう
我は君を守ると誓ったはず
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「変態。信じられない変態やん。」
すぐり誕生までの過程を知った日高は、我をかなり嘲り罵った。
だが我は知っている。
実は日高こそすぐりが欲しいと思っているという事を。
我こそ日高の地にて、そこに住まう日高の配下の小者達、ワモンゴキブリとホソヘリカメムシの姿をした者達から陳情を受けたのだ。
日高は何度か鴉天狗召喚術を行ってすぐり作出を試みたようだが、彼には我のすぐりのような鴉天狗を呼び出すことは出来なかったらしい、と。
「屋久島に余計な鴉が増えましてね、一時は大変でしたよ。鴉は悪食ですから、中身に森羅万象からの者が入っていようがいまいが手当たり次第に喰らいつく。力ない我らは逃げまどうしか出来ませんでした。」
「人間達だって脅えてましたね。地震の前兆だとか言って。よもや我らをお守りくださる天狗様のお悪戯とは言えませんて。」
そして日高は我に己の失態を知られた事で捻くれたのか、そのし返しとして優斗の加護を我限定でさらに強めるという嫌がらせの暴挙に出た。
我の水鏡に優斗に関するもの一切が映らなくなったのである。
「お主が鬼みたいにもんもんしたら、すぐりの弟か妹も生まれるやもしれんやん。吾にその子達を譲ってくれたら解除してあげる。」
生まれてもやるか!
そんなこんなのとある日、日高が我が家にぶらりと来たので、我は優斗の情報を得られない不都合について彼を問い詰める良い機会だと彼を出迎えた。ところが、彼は我と会話するどころかすぐりを抱きあげてあやし始めたではないか。
「日高。」
「吾はすぐりに会いに来ただけやもん。」
確かに、日高はすぐりが我が家に来てから、夏は避暑、冬は寒中見舞いだと言い張って遊びにちょくちょく来るようになっている。すぐりはそれで日高には完全に懐いており、我は春と秋に日高の家へすぐりを連れて遊びに行かねばならない、という状況だ。まあ、すぐりが喜ぶのだからそれは構わないが。
しかしながら、我との会話から逃げる道具に大事なすぐりを使うのは許せない。
我はすぐりを日高の腕から取り返そうとしたが、日高がすぐりを俺の手から遠ざける方が早かった。
「ひだか。」
「お主の邪な目に優斗が見えなくともかまわんやん。だって、ねえ。すぐりには優斗がいつでも見えるもんね。」
「あい。おかあさんです。コーエンでオレにお菓子くれた。」
「おい!いつの間にすぐりを人間界に放ったんだ。」
すぐりを胸に抱き直した日高は、我を小馬鹿にするような目で見返した。
おぬしだよ、と彼は言った。
「そんなはずは。」
「うかつ者。お母さんがいると言われて、会いに行かない子供はいないやろが。吾が見ていた所で良かったよ。すぐりはまだまだ人間界の事はわからない。」
「ああそうだな。すまなかった。感謝する。」
「まあいいよ。あの地は弥彦のものやん。覗けても吾らの手が届かない場所やけ、すぐりがあそこで鬼のように動けるのは吾の助け以外の何者でもないし。」
「そうか、そうだったな。」
「すぐりは自由にさせとき。カバーは吾がする。」
本当にすぐりがいて良かった。
そこから数年後の優斗の危機に、すぐりが駆け付ける事ができたのだ。
鉄の馬車に優斗は体を粉々にされたらしく、優斗はどこもかしこもぼろ雑巾のようにぼろぼろになっていた。
そんな半死半生の状態の優斗を、すぐりが我が家に連れ帰って来たのである。
我は血塗れの優斗を腕に抱き、よくやったとすぐりを褒めた。
我は優斗との再会と、優斗を抱きしめられる幸せで、幸福感に溺れそうだった。
情けなくも、彼と生活をしばらく一緒にできると、我は純粋に喜んでいたのだ。
森羅万象界であるならば、人間界で負った傷など一瞬で塞ぐことができる。
けれども、失った生命エネルギーを補充できなければ、人はそのまま死んでしまう事になるだろう。
エネルギーが空っぽな優斗を動かすことなど出来ない、日高に優斗を渡さない大儀名分ともなる。
何と浅ましい我だ。
目覚めた優斗は自分の体に傷一つ残っていないことに驚き、そして、我とすぐりという存在に目を丸くした。
「天狗、ですか?」
「信じられないか?」
「い、いいえ。良かったなって思います。俺が神隠しにあったことで、たぶん、家族は色々と救われるかなって。ハハハ。」
優斗の笑顔は嬉しいはずなのに、その時の笑顔は我の胸を痛ませただけだった。
優斗はあの日と違って不幸を背負っていたからか。
しかしながら、不幸でも優斗は美しかった。
不幸だからこそ陰の影ができ、そこに我を誘い込む色気が増しているのだ。
「あの。」
我は知らずに優斗の頬に右手を当てていた、とは。
我に触れられた優斗は脅えてはいないが、驚きで瞳を真ん丸にして我を見上げているではないか。ああ、彼の瞳の中に我が映りこんでいる。
我はそれだけで胸がいっぱいとなり、だからこそ優斗の瞳に自分への脅えや恐れが浮かぶ前にと彼から手を引いた。
「何も考えず養生されよ。傷は塞いだだけで治ってはおらんのだ。それに、そう、君を連れてきたすぐりの遊び相手になってくれないか?それがここにいる駄賃だと思ってくれてもいい。」
優斗はにっこりと我に微笑んだ。
感謝だけしかない笑みであったが、我の心を浮き立たせる笑みだ。
「すごく、助かります。俺は帰る場所が無くなったから、居候させてもらえるのは凄く助かります。ふふ。すぐりちゃんと遊ぶのが駄賃だなんて、俺こそお金を払ってでも一緒にいたいいい子なのに!」
我は優斗に教えるべきだ。
君にはいくらでも居場所があるという真実を。
君の本当の守護者である日高という天狗がいて、君は彼の下に行くという選択もあるということを。
なのに、我の口は違う台詞を吐いていた。
「まだ猫を被っているだけだ。あれはなかなかの悪たれだぞ。」
「言い方!」
優斗は笑い、我は優斗の笑顔が嬉しいと笑った。
笑い合っている自分達がまるで夫婦みたいだと我は思ったが、気持が華やぐどころか、自分を情けなく思うばかりだった。
我は優斗を守ると誓ったというのに、優斗に起きた不幸を喜び利用しようとしているという、見下げ果てた鬼畜でしかないのである。
すぐり誕生までの過程を知った日高は、我をかなり嘲り罵った。
だが我は知っている。
実は日高こそすぐりが欲しいと思っているという事を。
我こそ日高の地にて、そこに住まう日高の配下の小者達、ワモンゴキブリとホソヘリカメムシの姿をした者達から陳情を受けたのだ。
日高は何度か鴉天狗召喚術を行ってすぐり作出を試みたようだが、彼には我のすぐりのような鴉天狗を呼び出すことは出来なかったらしい、と。
「屋久島に余計な鴉が増えましてね、一時は大変でしたよ。鴉は悪食ですから、中身に森羅万象からの者が入っていようがいまいが手当たり次第に喰らいつく。力ない我らは逃げまどうしか出来ませんでした。」
「人間達だって脅えてましたね。地震の前兆だとか言って。よもや我らをお守りくださる天狗様のお悪戯とは言えませんて。」
そして日高は我に己の失態を知られた事で捻くれたのか、そのし返しとして優斗の加護を我限定でさらに強めるという嫌がらせの暴挙に出た。
我の水鏡に優斗に関するもの一切が映らなくなったのである。
「お主が鬼みたいにもんもんしたら、すぐりの弟か妹も生まれるやもしれんやん。吾にその子達を譲ってくれたら解除してあげる。」
生まれてもやるか!
そんなこんなのとある日、日高が我が家にぶらりと来たので、我は優斗の情報を得られない不都合について彼を問い詰める良い機会だと彼を出迎えた。ところが、彼は我と会話するどころかすぐりを抱きあげてあやし始めたではないか。
「日高。」
「吾はすぐりに会いに来ただけやもん。」
確かに、日高はすぐりが我が家に来てから、夏は避暑、冬は寒中見舞いだと言い張って遊びにちょくちょく来るようになっている。すぐりはそれで日高には完全に懐いており、我は春と秋に日高の家へすぐりを連れて遊びに行かねばならない、という状況だ。まあ、すぐりが喜ぶのだからそれは構わないが。
しかしながら、我との会話から逃げる道具に大事なすぐりを使うのは許せない。
我はすぐりを日高の腕から取り返そうとしたが、日高がすぐりを俺の手から遠ざける方が早かった。
「ひだか。」
「お主の邪な目に優斗が見えなくともかまわんやん。だって、ねえ。すぐりには優斗がいつでも見えるもんね。」
「あい。おかあさんです。コーエンでオレにお菓子くれた。」
「おい!いつの間にすぐりを人間界に放ったんだ。」
すぐりを胸に抱き直した日高は、我を小馬鹿にするような目で見返した。
おぬしだよ、と彼は言った。
「そんなはずは。」
「うかつ者。お母さんがいると言われて、会いに行かない子供はいないやろが。吾が見ていた所で良かったよ。すぐりはまだまだ人間界の事はわからない。」
「ああそうだな。すまなかった。感謝する。」
「まあいいよ。あの地は弥彦のものやん。覗けても吾らの手が届かない場所やけ、すぐりがあそこで鬼のように動けるのは吾の助け以外の何者でもないし。」
「そうか、そうだったな。」
「すぐりは自由にさせとき。カバーは吾がする。」
本当にすぐりがいて良かった。
そこから数年後の優斗の危機に、すぐりが駆け付ける事ができたのだ。
鉄の馬車に優斗は体を粉々にされたらしく、優斗はどこもかしこもぼろ雑巾のようにぼろぼろになっていた。
そんな半死半生の状態の優斗を、すぐりが我が家に連れ帰って来たのである。
我は血塗れの優斗を腕に抱き、よくやったとすぐりを褒めた。
我は優斗との再会と、優斗を抱きしめられる幸せで、幸福感に溺れそうだった。
情けなくも、彼と生活をしばらく一緒にできると、我は純粋に喜んでいたのだ。
森羅万象界であるならば、人間界で負った傷など一瞬で塞ぐことができる。
けれども、失った生命エネルギーを補充できなければ、人はそのまま死んでしまう事になるだろう。
エネルギーが空っぽな優斗を動かすことなど出来ない、日高に優斗を渡さない大儀名分ともなる。
何と浅ましい我だ。
目覚めた優斗は自分の体に傷一つ残っていないことに驚き、そして、我とすぐりという存在に目を丸くした。
「天狗、ですか?」
「信じられないか?」
「い、いいえ。良かったなって思います。俺が神隠しにあったことで、たぶん、家族は色々と救われるかなって。ハハハ。」
優斗の笑顔は嬉しいはずなのに、その時の笑顔は我の胸を痛ませただけだった。
優斗はあの日と違って不幸を背負っていたからか。
しかしながら、不幸でも優斗は美しかった。
不幸だからこそ陰の影ができ、そこに我を誘い込む色気が増しているのだ。
「あの。」
我は知らずに優斗の頬に右手を当てていた、とは。
我に触れられた優斗は脅えてはいないが、驚きで瞳を真ん丸にして我を見上げているではないか。ああ、彼の瞳の中に我が映りこんでいる。
我はそれだけで胸がいっぱいとなり、だからこそ優斗の瞳に自分への脅えや恐れが浮かぶ前にと彼から手を引いた。
「何も考えず養生されよ。傷は塞いだだけで治ってはおらんのだ。それに、そう、君を連れてきたすぐりの遊び相手になってくれないか?それがここにいる駄賃だと思ってくれてもいい。」
優斗はにっこりと我に微笑んだ。
感謝だけしかない笑みであったが、我の心を浮き立たせる笑みだ。
「すごく、助かります。俺は帰る場所が無くなったから、居候させてもらえるのは凄く助かります。ふふ。すぐりちゃんと遊ぶのが駄賃だなんて、俺こそお金を払ってでも一緒にいたいいい子なのに!」
我は優斗に教えるべきだ。
君にはいくらでも居場所があるという真実を。
君の本当の守護者である日高という天狗がいて、君は彼の下に行くという選択もあるということを。
なのに、我の口は違う台詞を吐いていた。
「まだ猫を被っているだけだ。あれはなかなかの悪たれだぞ。」
「言い方!」
優斗は笑い、我は優斗の笑顔が嬉しいと笑った。
笑い合っている自分達がまるで夫婦みたいだと我は思ったが、気持が華やぐどころか、自分を情けなく思うばかりだった。
我は優斗を守ると誓ったというのに、優斗に起きた不幸を喜び利用しようとしているという、見下げ果てた鬼畜でしかないのである。
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