神隠しは天狗の仕業といいます、が

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君が望まぬとも、我は君を望むだろう

君は我が吾子

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　我は天の使いという天の狗いぬであり、人の世の森を守る者である。
　それが、寝ても覚めても一人の対象の顔しか浮かばず、守るべきその対象者に対し、抱き潰したいぐらいの荒々しい情欲ばかりを湧き立たせて日々身もだえるばかりとは何たることか。

　肉体の情欲など修行もできない若者が抱くもののはずだ。
　それが、苔むした岩の如く年を経て仙人となった己の中で生まれたとは。
　毎日獣のような咆哮を上げて、我を辟易させている、とは。
　我は一体どうした事か。

　力の弱い森羅万象界の者は、出来うる限り人間に関わるなと言われている。
　それは人間の気に当てられるからという理由だ。
　人間の女は陰の気を帯び、男は陽の気を帯びているからか？
　我は気が付かないうちに人寂しいと陰になっていたからこそ、陽の存在である人の男、優斗を求めてしまうのか。

　我は優斗に会いたいという気持ちが抑えられないどころか、日々高まるばかりとなった。
　水鏡で彼の生活ぶりを知ろうにも、彼には日高の加護が掛かっている。
　水鏡に優斗の姿を映し出そうにも、日高の干渉によって優斗の声が聞こえても優斗の像を結ぶことが出来ないのだ。

「全く。我も優斗を守ると言ったではないか！優斗の現状を知らねば我が守りたくとも守れはしないだろう！」

　水鏡に怒鳴ったところで、何が起きるわけではない。
　ほんの少し起きたさざ波が、我をあざ笑っているように見えただけだ。

　数百年生きてきた天狗が情けない。
　そして我はそんな毎日を繰り返し、その一年後にその状態に音を上げた。
　数百年生きてきた我でありながら、自分の内で燃え盛る邪心でしかない情欲を調伏するどころか、たった一年で耐え切れなくなったのである。
　このままでは我こそ優斗に仇名す魔物となるだろう。
　そんな恐怖もあった。

「優斗を守るためには、我こそを調伏せねばならんとはな！」

　我は剣を握り、人が入ることはない森の奥深くに向かった。
　大天狗には鴉天狗を作り出して操れる、という大技が使える。
　我は鴉天狗を呼び出して、自身を襲わせようと企んだのだ。

　弟子がいれば弟子と剣の手合わせもできるだろうが、我は一人きりの隠者だ。
　己が呼び出した式を使い、剣の稽古をするしかないではないか。

「剣稽古で情欲を打ち払うしかないなんて、我は本当に仙人で天狗なのか？これでは恋に悩んだ人間界の無知蒙昧な若者そのものではないか。」

　言葉にして自嘲したことで、我は自分に認めるしかなかった。
　優斗を祝福してからこの一年、我が妄執と性欲に苦しんでいたのは、我があの日に優斗に恋をしたからか、と。

「命ある人に、それもまだまだ幼い子供に。何と我はケダモノであることか！いや、天狗と言う天の犬になった日に、我は犬程度の浅ましさに堕ちたのやも。」

　全ての鬱憤、己の中の汚れた情欲、それらを全て浄化するべく、いや全て我が身から吐き出して稽古と称して打ち払う鴉天狗に全て転化させようと、我は念を込めて手を打ち鳴らした。

　ぱああああああああん。

　ぽん。

　念が籠った我の大きな柏手の音に対して起きた鴉天狗の出現音は、いつもと違うどころか我をあざ笑うが如き間抜けな破裂音だった。

「なにが、なん、なん……。」

　目の前にある起きていた出来事に対し、世の理を熟知しているはずの我は茫然とするしか出来なかった。

　鴉天狗は出現していた。
　しかし、これはちょっと違うぞ、なのである。

　普段は念じれば一気に数十羽の小型の鴉天狗が我の周囲に出現するはずが、念じた我の目の前に出現したのはたった一羽だけ、それも、人間の五歳児くらいの大きさの幼児の姿をした天狗のみだったのである。

　子供が纏う衣装は鴉天狗のものだ。
　けれども、体に乗っている頭が違う、着物から出ている手が違う。

　鴉天狗はくちばしをもつ鳥顔であるべきで、優斗を彷彿とさせる可愛らしい顔立ちなどしていて良いはずはない。そもそも、我の恥ずかしい恋心で染められたような真っ赤な髪を、腰まであるその髪をふわふわさせていて良いわけがない。

「うぬは！」

「主よ、オレにごめいれ、れい？えと、うんと？」

　異形の鴉天狗は小首を傾げた。
　舌足らずな喋り方と言葉の内容から、頭も人間の五歳児程度なのだろうと我は理解したが、我こそ低俗だからと天に言われているような気もした。
　だが、我は目の前の異形の者を疎ましく思うどころか、一瞬で手放したくはない気持ちとなっていた。

　鴉天狗は召喚した後は純粋に召喚者の命令だけ聞く兵器となる。
　そのため、時間が経てば力を失いただの鴉となり、そのうちに羽ばたいて逃げるか消えていくのが定めであるのだ。
　我は目の前に出現している異形の鴉天狗に対し、ひと目見た一瞬でその最後を迎えさせたくは無いと思ったのである。

　これは我が子だ。
　目の前にいる子供は、自分が生み出した赤子なのだ。
　恋する者を求めながら。

　我は両腕を伸ばして自分の子供を抱き上げた。

「しゅ？」

「すぐり。君はすぐりだ。我の吾子だ。」

　我が生み出した鴉天狗、すぐり。
　我は抱き上げたすぐりの額に、守護の印を書き込んだ。

　鴉天狗は時が経てば消えてしまう宿命だ。
　だからこそ我は少しでも長くすぐりを保っていたいと望んだ。
　そこで彼を消したくないその思いで、彼自身を我に縛りつけるだけかもしれない守護の印を彼に授けたのだ。

　すぐりは我が書き込むやぱっと自分の額に手を当てて、そんな自分本位な行為しかしない我に向かって感謝しかない笑顔を向けたのである。

「主よ。オレにおまもりをありがとう、ござい、ござます？」

「おとうさんだよ。すぐり。君を守るのは我が親なのだから当たり前だ。」

「おとーさん？オレのおとーさん？」

「そうだ。我がおとうさんだ。君のおかあさんは人間だからね、おかあさんは別の場所にいる。天狗である君と我は、おかあさんを見守るのが大事な仕事だ。」

　すぐりは大きな声で、はい、と答えた。
　我は優斗を想い苦しんだが、その代償として子供をこの手に抱けたとは。
　天の配剤とはこのことか！

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