35 / 35
君が望まぬとも、我は君を望むだろう
君から記憶を奪いしは、愛からか卑小な思惑からか
しおりを挟む
日高の腕の中に優斗がいる。
我は一年前のあの日の再現のようだと思いながら、日高の腕の中で涙を流す優斗を眺めているしか出来なかった。
我は優斗から記憶を奪った。
何と言われようと記憶を我が返す気が無い。
日高は我のその意思を理解すると、当時の優斗の感情の記憶を優斗に与えるという代替行動を取った。
目の前の優斗はそれで昨年に自分が神隠しに合わねばならなくなった事情を手に入れて、今の家族が彼を監視する看守同然である理由を曲解した。
優斗を愛しているならば優斗の気持をこれ以上傷つけて良いのか?
日高はそう言いたいはずで、我がそれに応えて優斗に記憶を戻すことを狙ったのかもしれないが、我は絶対に優斗から奪った記憶を返す気持ちはない。
それはあの朝の記憶を優斗から奪うためではない。
邪である我が唯一優斗に捧げられる優斗の幸せのためだ。
それは、何も知らなかった優斗が当時望んでいた人生に、彼を返すことである。
何も知らなかった昨年の彼は、大学受験というものを望み、新潟ではない土地に移ろうとしていたのではないのか。
しかし弥彦とのやり取りで、優斗は家族に起きた不幸が自分を新潟に留めたい神の意思であると知った。そこで優斗は家族を守るために、彼の希望であったはずの大学進学を諦めると宣言するしか無かったのである。
「大学受験が終わった頃に新潟に戻ります。」
ならばこそと、我が優斗の記憶を奪ったのだ。
すぐりが彼を誘拐しなければ、森羅万象界での決まり事と言い張って優斗の記憶喪失を弥彦に受け入れさせ、さらに、記憶喪失であるからこそ昨年のやり直しを本人がしていることに関与してはいけないと弥彦をけん制もできる。
けれども、優斗と弥彦の交わした約束は神と人間のものという、いかな事情があろうが破棄できないものだ。
つまり、破ればペナルティを受けるというものなのだ。
では、そのような事態を引き起こした記憶喪失が天狗の仕業であるとするならばどうだ?
神と人との約束を記憶ごと奪ったのは誰だ?
そこに優斗の咎はあるのか?
そう、約束破りによる咎は我が全て受け止めるつもりなのだ。
それに優斗が我以外の者へ恋心を抱くのは必然で、我がその失恋によって心が死ぬのも必定だ。
それならば、己の肉体が滅ぶ事こそ我の福音ではないのか?
仙人ともなった者が、なんて女々しく情けないことよ。
自分の思考に対して我が鼻を鳴らしたからか、自分の腕の中の優斗を見下ろしていた日高は顔を上げて我を見返した。
日高の視線は今朝から変わらず我を非難するものであり、彼は我と目が合うや声には出さずに我を罵った。
「とうへんぼく。」
あの朝の罵倒とは違っているな。
あれは、そう、罵倒さえもしなかった。
日高は我が優斗に精を放つ寸前にて、我への怒りに燃え立ったまま家の我が部屋の襖を吹き飛ばしたのである。
大事な我が子を救うために。
襖が破られた事で我は咄嗟に羽を開いて優斗に防壁として覆い被さったが、我の腕の中の優斗の上げた声によって我は優斗を解放するしか無くなった。
「これは何でもないんです!何でもない行為です!何でもないんです」
優斗の声は日高を宥めようと必死だった。
そうだ。
愛し合う者達の濡れ場に突撃されたわけではない。
我が優斗を誘い、優斗が日高に取りなしたいと必死にならねばならない、この恥ずべき行為を優斗にさせていたのだ。
我は優斗に覆い被さっていた体を放し、その代わりのようにして床に放られていた優斗の浴衣を取り上げて優斗の背中に被せた。すると、それが合図のように、日高は何も言わずに優斗を持ち上げて腕に抱き上げたではないか。その後は、日高は我に一瞥と言うには殺気が籠り過ぎる視線を放つと、優斗を腕に抱えながら我の部屋から出て行ったのである。
あの時のあの後に部屋に一人取り残された我は、すぐりになんて言い訳しようと考えた、と思い返す。
父のせいで日高と優斗に会えなくなってすまないな?
いいや、すぐりこそ日高が自分の陣地に連れ帰るだろうと思い当たり、我は今日から一人かと、優斗が消えた布団の中で自嘲するばかりだったのだ。
それなのに我が我が家の居間に顔を出してみれば、なんと、消えたと考えていた全員がどこにも行かずに残っていた。
日高などは、優斗が新潟に戻るまで優斗の保護者である自分が居座るのは当たり前と言う顔を我に向け、我をけん制もしたのである。
そうだ、あの日の我はそのことにで驚いていなかったか。
そしてどうして出て行かなかったのかと、そのなぜかを優斗どころか日高に聞かなかった自分の臆病さも思い出した。
我は再び日高を見返した。
だが日高こそ我に物申したかったようである。
「やっぱりわからんよ、吾は。森羅万象界に戻らない限り優斗には記憶喪失の暗示が効いていたはずやろ?暗示で充分やん。記憶を奪う意味がない。お主こそ昨年の事を消してしまいたかっただけやないのか?」
日高の腕の中に収まっていた優斗が貌を上げ、涙目だった瞳を驚きに丸くさせた顔つきで我を見返して来た。日高が我に放った言葉により、我が優斗の記憶を奪った理由が、父親に殺されかけた事実を優斗から遠ざけるためでは無いと気が付いたからであろう。
我は笑みを返すしか出来なかった。
あの日に優斗に見せた悪らつな笑みを見せたかったが、我の笑みは空っぽになった男が浮かべるそれでしかなかった。
優斗の身代わりに己が神の怒りを受ける覚悟など、誠実な恋心どころか優斗の心の片隅にでも己が存在を残したい思惑からでしかない。
そんな惨めったらしい足掻きでしかないことを、我が一番知っているからだ。
我は一年前のあの日の再現のようだと思いながら、日高の腕の中で涙を流す優斗を眺めているしか出来なかった。
我は優斗から記憶を奪った。
何と言われようと記憶を我が返す気が無い。
日高は我のその意思を理解すると、当時の優斗の感情の記憶を優斗に与えるという代替行動を取った。
目の前の優斗はそれで昨年に自分が神隠しに合わねばならなくなった事情を手に入れて、今の家族が彼を監視する看守同然である理由を曲解した。
優斗を愛しているならば優斗の気持をこれ以上傷つけて良いのか?
日高はそう言いたいはずで、我がそれに応えて優斗に記憶を戻すことを狙ったのかもしれないが、我は絶対に優斗から奪った記憶を返す気持ちはない。
それはあの朝の記憶を優斗から奪うためではない。
邪である我が唯一優斗に捧げられる優斗の幸せのためだ。
それは、何も知らなかった優斗が当時望んでいた人生に、彼を返すことである。
何も知らなかった昨年の彼は、大学受験というものを望み、新潟ではない土地に移ろうとしていたのではないのか。
しかし弥彦とのやり取りで、優斗は家族に起きた不幸が自分を新潟に留めたい神の意思であると知った。そこで優斗は家族を守るために、彼の希望であったはずの大学進学を諦めると宣言するしか無かったのである。
「大学受験が終わった頃に新潟に戻ります。」
ならばこそと、我が優斗の記憶を奪ったのだ。
すぐりが彼を誘拐しなければ、森羅万象界での決まり事と言い張って優斗の記憶喪失を弥彦に受け入れさせ、さらに、記憶喪失であるからこそ昨年のやり直しを本人がしていることに関与してはいけないと弥彦をけん制もできる。
けれども、優斗と弥彦の交わした約束は神と人間のものという、いかな事情があろうが破棄できないものだ。
つまり、破ればペナルティを受けるというものなのだ。
では、そのような事態を引き起こした記憶喪失が天狗の仕業であるとするならばどうだ?
神と人との約束を記憶ごと奪ったのは誰だ?
そこに優斗の咎はあるのか?
そう、約束破りによる咎は我が全て受け止めるつもりなのだ。
それに優斗が我以外の者へ恋心を抱くのは必然で、我がその失恋によって心が死ぬのも必定だ。
それならば、己の肉体が滅ぶ事こそ我の福音ではないのか?
仙人ともなった者が、なんて女々しく情けないことよ。
自分の思考に対して我が鼻を鳴らしたからか、自分の腕の中の優斗を見下ろしていた日高は顔を上げて我を見返した。
日高の視線は今朝から変わらず我を非難するものであり、彼は我と目が合うや声には出さずに我を罵った。
「とうへんぼく。」
あの朝の罵倒とは違っているな。
あれは、そう、罵倒さえもしなかった。
日高は我が優斗に精を放つ寸前にて、我への怒りに燃え立ったまま家の我が部屋の襖を吹き飛ばしたのである。
大事な我が子を救うために。
襖が破られた事で我は咄嗟に羽を開いて優斗に防壁として覆い被さったが、我の腕の中の優斗の上げた声によって我は優斗を解放するしか無くなった。
「これは何でもないんです!何でもない行為です!何でもないんです」
優斗の声は日高を宥めようと必死だった。
そうだ。
愛し合う者達の濡れ場に突撃されたわけではない。
我が優斗を誘い、優斗が日高に取りなしたいと必死にならねばならない、この恥ずべき行為を優斗にさせていたのだ。
我は優斗に覆い被さっていた体を放し、その代わりのようにして床に放られていた優斗の浴衣を取り上げて優斗の背中に被せた。すると、それが合図のように、日高は何も言わずに優斗を持ち上げて腕に抱き上げたではないか。その後は、日高は我に一瞥と言うには殺気が籠り過ぎる視線を放つと、優斗を腕に抱えながら我の部屋から出て行ったのである。
あの時のあの後に部屋に一人取り残された我は、すぐりになんて言い訳しようと考えた、と思い返す。
父のせいで日高と優斗に会えなくなってすまないな?
いいや、すぐりこそ日高が自分の陣地に連れ帰るだろうと思い当たり、我は今日から一人かと、優斗が消えた布団の中で自嘲するばかりだったのだ。
それなのに我が我が家の居間に顔を出してみれば、なんと、消えたと考えていた全員がどこにも行かずに残っていた。
日高などは、優斗が新潟に戻るまで優斗の保護者である自分が居座るのは当たり前と言う顔を我に向け、我をけん制もしたのである。
そうだ、あの日の我はそのことにで驚いていなかったか。
そしてどうして出て行かなかったのかと、そのなぜかを優斗どころか日高に聞かなかった自分の臆病さも思い出した。
我は再び日高を見返した。
だが日高こそ我に物申したかったようである。
「やっぱりわからんよ、吾は。森羅万象界に戻らない限り優斗には記憶喪失の暗示が効いていたはずやろ?暗示で充分やん。記憶を奪う意味がない。お主こそ昨年の事を消してしまいたかっただけやないのか?」
日高の腕の中に収まっていた優斗が貌を上げ、涙目だった瞳を驚きに丸くさせた顔つきで我を見返して来た。日高が我に放った言葉により、我が優斗の記憶を奪った理由が、父親に殺されかけた事実を優斗から遠ざけるためでは無いと気が付いたからであろう。
我は笑みを返すしか出来なかった。
あの日に優斗に見せた悪らつな笑みを見せたかったが、我の笑みは空っぽになった男が浮かべるそれでしかなかった。
優斗の身代わりに己が神の怒りを受ける覚悟など、誠実な恋心どころか優斗の心の片隅にでも己が存在を残したい思惑からでしかない。
そんな惨めったらしい足掻きでしかないことを、我が一番知っているからだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない
綿毛ぽぽ
BL
アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。
━━━━━━━━━━━
現役人気アイドル×脱落モブ男
表紙はくま様からお借りしました
https://www.pixiv.net/artworks/84182395
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる