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君が望まぬとも、我は君を望むだろう
君から記憶を奪いしは、愛からか卑小な思惑からか
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日高の腕の中に優斗がいる。
我は一年前のあの日の再現のようだと思いながら、日高の腕の中で涙を流す優斗を眺めているしか出来なかった。
我は優斗から記憶を奪った。
何と言われようと記憶を我が返す気が無い。
日高は我のその意思を理解すると、当時の優斗の感情の記憶を優斗に与えるという代替行動を取った。
目の前の優斗はそれで昨年に自分が神隠しに合わねばならなくなった事情を手に入れて、今の家族が彼を監視する看守同然である理由を曲解した。
優斗を愛しているならば優斗の気持をこれ以上傷つけて良いのか?
日高はそう言いたいはずで、我がそれに応えて優斗に記憶を戻すことを狙ったのかもしれないが、我は絶対に優斗から奪った記憶を返す気持ちはない。
それはあの朝の記憶を優斗から奪うためではない。
邪である我が唯一優斗に捧げられる優斗の幸せのためだ。
それは、何も知らなかった優斗が当時望んでいた人生に、彼を返すことである。
何も知らなかった昨年の彼は、大学受験というものを望み、新潟ではない土地に移ろうとしていたのではないのか。
しかし弥彦とのやり取りで、優斗は家族に起きた不幸が自分を新潟に留めたい神の意思であると知った。そこで優斗は家族を守るために、彼の希望であったはずの大学進学を諦めると宣言するしか無かったのである。
「大学受験が終わった頃に新潟に戻ります。」
ならばこそと、我が優斗の記憶を奪ったのだ。
すぐりが彼を誘拐しなければ、森羅万象界での決まり事と言い張って優斗の記憶喪失を弥彦に受け入れさせ、さらに、記憶喪失であるからこそ昨年のやり直しを本人がしていることに関与してはいけないと弥彦をけん制もできる。
けれども、優斗と弥彦の交わした約束は神と人間のものという、いかな事情があろうが破棄できないものだ。
つまり、破ればペナルティを受けるというものなのだ。
では、そのような事態を引き起こした記憶喪失が天狗の仕業であるとするならばどうだ?
神と人との約束を記憶ごと奪ったのは誰だ?
そこに優斗の咎はあるのか?
そう、約束破りによる咎は我が全て受け止めるつもりなのだ。
それに優斗が我以外の者へ恋心を抱くのは必然で、我がその失恋によって心が死ぬのも必定だ。
それならば、己の肉体が滅ぶ事こそ我の福音ではないのか?
仙人ともなった者が、なんて女々しく情けないことよ。
自分の思考に対して我が鼻を鳴らしたからか、自分の腕の中の優斗を見下ろしていた日高は顔を上げて我を見返した。
日高の視線は今朝から変わらず我を非難するものであり、彼は我と目が合うや声には出さずに我を罵った。
「とうへんぼく。」
あの朝の罵倒とは違っているな。
あれは、そう、罵倒さえもしなかった。
日高は我が優斗に精を放つ寸前にて、我への怒りに燃え立ったまま家の我が部屋の襖を吹き飛ばしたのである。
大事な我が子を救うために。
襖が破られた事で我は咄嗟に羽を開いて優斗に防壁として覆い被さったが、我の腕の中の優斗の上げた声によって我は優斗を解放するしか無くなった。
「これは何でもないんです!何でもない行為です!何でもないんです」
優斗の声は日高を宥めようと必死だった。
そうだ。
愛し合う者達の濡れ場に突撃されたわけではない。
我が優斗を誘い、優斗が日高に取りなしたいと必死にならねばならない、この恥ずべき行為を優斗にさせていたのだ。
我は優斗に覆い被さっていた体を放し、その代わりのようにして床に放られていた優斗の浴衣を取り上げて優斗の背中に被せた。すると、それが合図のように、日高は何も言わずに優斗を持ち上げて腕に抱き上げたではないか。その後は、日高は我に一瞥と言うには殺気が籠り過ぎる視線を放つと、優斗を腕に抱えながら我の部屋から出て行ったのである。
あの時のあの後に部屋に一人取り残された我は、すぐりになんて言い訳しようと考えた、と思い返す。
父のせいで日高と優斗に会えなくなってすまないな?
いいや、すぐりこそ日高が自分の陣地に連れ帰るだろうと思い当たり、我は今日から一人かと、優斗が消えた布団の中で自嘲するばかりだったのだ。
それなのに我が我が家の居間に顔を出してみれば、なんと、消えたと考えていた全員がどこにも行かずに残っていた。
日高などは、優斗が新潟に戻るまで優斗の保護者である自分が居座るのは当たり前と言う顔を我に向け、我をけん制もしたのである。
そうだ、あの日の我はそのことにで驚いていなかったか。
そしてどうして出て行かなかったのかと、そのなぜかを優斗どころか日高に聞かなかった自分の臆病さも思い出した。
我は再び日高を見返した。
だが日高こそ我に物申したかったようである。
「やっぱりわからんよ、吾は。森羅万象界に戻らない限り優斗には記憶喪失の暗示が効いていたはずやろ?暗示で充分やん。記憶を奪う意味がない。お主こそ昨年の事を消してしまいたかっただけやないのか?」
日高の腕の中に収まっていた優斗が貌を上げ、涙目だった瞳を驚きに丸くさせた顔つきで我を見返して来た。日高が我に放った言葉により、我が優斗の記憶を奪った理由が、父親に殺されかけた事実を優斗から遠ざけるためでは無いと気が付いたからであろう。
我は笑みを返すしか出来なかった。
あの日に優斗に見せた悪らつな笑みを見せたかったが、我の笑みは空っぽになった男が浮かべるそれでしかなかった。
優斗の身代わりに己が神の怒りを受ける覚悟など、誠実な恋心どころか優斗の心の片隅にでも己が存在を残したい思惑からでしかない。
そんな惨めったらしい足掻きでしかないことを、我が一番知っているからだ。
我は一年前のあの日の再現のようだと思いながら、日高の腕の中で涙を流す優斗を眺めているしか出来なかった。
我は優斗から記憶を奪った。
何と言われようと記憶を我が返す気が無い。
日高は我のその意思を理解すると、当時の優斗の感情の記憶を優斗に与えるという代替行動を取った。
目の前の優斗はそれで昨年に自分が神隠しに合わねばならなくなった事情を手に入れて、今の家族が彼を監視する看守同然である理由を曲解した。
優斗を愛しているならば優斗の気持をこれ以上傷つけて良いのか?
日高はそう言いたいはずで、我がそれに応えて優斗に記憶を戻すことを狙ったのかもしれないが、我は絶対に優斗から奪った記憶を返す気持ちはない。
それはあの朝の記憶を優斗から奪うためではない。
邪である我が唯一優斗に捧げられる優斗の幸せのためだ。
それは、何も知らなかった優斗が当時望んでいた人生に、彼を返すことである。
何も知らなかった昨年の彼は、大学受験というものを望み、新潟ではない土地に移ろうとしていたのではないのか。
しかし弥彦とのやり取りで、優斗は家族に起きた不幸が自分を新潟に留めたい神の意思であると知った。そこで優斗は家族を守るために、彼の希望であったはずの大学進学を諦めると宣言するしか無かったのである。
「大学受験が終わった頃に新潟に戻ります。」
ならばこそと、我が優斗の記憶を奪ったのだ。
すぐりが彼を誘拐しなければ、森羅万象界での決まり事と言い張って優斗の記憶喪失を弥彦に受け入れさせ、さらに、記憶喪失であるからこそ昨年のやり直しを本人がしていることに関与してはいけないと弥彦をけん制もできる。
けれども、優斗と弥彦の交わした約束は神と人間のものという、いかな事情があろうが破棄できないものだ。
つまり、破ればペナルティを受けるというものなのだ。
では、そのような事態を引き起こした記憶喪失が天狗の仕業であるとするならばどうだ?
神と人との約束を記憶ごと奪ったのは誰だ?
そこに優斗の咎はあるのか?
そう、約束破りによる咎は我が全て受け止めるつもりなのだ。
それに優斗が我以外の者へ恋心を抱くのは必然で、我がその失恋によって心が死ぬのも必定だ。
それならば、己の肉体が滅ぶ事こそ我の福音ではないのか?
仙人ともなった者が、なんて女々しく情けないことよ。
自分の思考に対して我が鼻を鳴らしたからか、自分の腕の中の優斗を見下ろしていた日高は顔を上げて我を見返した。
日高の視線は今朝から変わらず我を非難するものであり、彼は我と目が合うや声には出さずに我を罵った。
「とうへんぼく。」
あの朝の罵倒とは違っているな。
あれは、そう、罵倒さえもしなかった。
日高は我が優斗に精を放つ寸前にて、我への怒りに燃え立ったまま家の我が部屋の襖を吹き飛ばしたのである。
大事な我が子を救うために。
襖が破られた事で我は咄嗟に羽を開いて優斗に防壁として覆い被さったが、我の腕の中の優斗の上げた声によって我は優斗を解放するしか無くなった。
「これは何でもないんです!何でもない行為です!何でもないんです」
優斗の声は日高を宥めようと必死だった。
そうだ。
愛し合う者達の濡れ場に突撃されたわけではない。
我が優斗を誘い、優斗が日高に取りなしたいと必死にならねばならない、この恥ずべき行為を優斗にさせていたのだ。
我は優斗に覆い被さっていた体を放し、その代わりのようにして床に放られていた優斗の浴衣を取り上げて優斗の背中に被せた。すると、それが合図のように、日高は何も言わずに優斗を持ち上げて腕に抱き上げたではないか。その後は、日高は我に一瞥と言うには殺気が籠り過ぎる視線を放つと、優斗を腕に抱えながら我の部屋から出て行ったのである。
あの時のあの後に部屋に一人取り残された我は、すぐりになんて言い訳しようと考えた、と思い返す。
父のせいで日高と優斗に会えなくなってすまないな?
いいや、すぐりこそ日高が自分の陣地に連れ帰るだろうと思い当たり、我は今日から一人かと、優斗が消えた布団の中で自嘲するばかりだったのだ。
それなのに我が我が家の居間に顔を出してみれば、なんと、消えたと考えていた全員がどこにも行かずに残っていた。
日高などは、優斗が新潟に戻るまで優斗の保護者である自分が居座るのは当たり前と言う顔を我に向け、我をけん制もしたのである。
そうだ、あの日の我はそのことにで驚いていなかったか。
そしてどうして出て行かなかったのかと、そのなぜかを優斗どころか日高に聞かなかった自分の臆病さも思い出した。
我は再び日高を見返した。
だが日高こそ我に物申したかったようである。
「やっぱりわからんよ、吾は。森羅万象界に戻らない限り優斗には記憶喪失の暗示が効いていたはずやろ?暗示で充分やん。記憶を奪う意味がない。お主こそ昨年の事を消してしまいたかっただけやないのか?」
日高の腕の中に収まっていた優斗が貌を上げ、涙目だった瞳を驚きに丸くさせた顔つきで我を見返して来た。日高が我に放った言葉により、我が優斗の記憶を奪った理由が、父親に殺されかけた事実を優斗から遠ざけるためでは無いと気が付いたからであろう。
我は笑みを返すしか出来なかった。
あの日に優斗に見せた悪らつな笑みを見せたかったが、我の笑みは空っぽになった男が浮かべるそれでしかなかった。
優斗の身代わりに己が神の怒りを受ける覚悟など、誠実な恋心どころか優斗の心の片隅にでも己が存在を残したい思惑からでしかない。
そんな惨めったらしい足掻きでしかないことを、我が一番知っているからだ。
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