群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

大前田善

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群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

#3 夢追い人の寄生的生活

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「今夜は私、お店に出たくないの……」
 額にはうっすらと青白く血管が浮かび、か細い首筋がいかにも頼りなげに見え、おまけに顔色がひどく悪い。色白の秀丸以上に顔面が蒼白で、こうして鷲尾朝美がベッドに身を横たえていると、まるで世界でいちばん美しい屍体のようだった。
「朝美、風邪でも引いたのか、それとも生理中か?」
 秀丸はうるさく鳴きつづけている猫に餌をやってから、慣れない手つきで恋人に薬と水を飲ませてやった。常日頃、いっさいの家事を彼女に任せっきりにしている彼は、こういう事態になると誠にぎこちない。
「私、これから何か作るね。あなた、食事抜きでお腹すいたでしょう?」
 そう言って朝美は、無理やりベッドから体を起こそうとした。
「朝美、馬鹿なこと言うなよ。俺の飯の心配より、まずは自分の体の心配をしろ」
 秀丸は広尾の一等地にある朝美名義のマンションで、彼女と共に暮らしている。
 秀丸がなんとなく居つくかっこうで、なし崩し的に同棲をはじめたのだが、そんな生活を送るようになってから、早いものでもう五年の歳月が流れた。ただし、一年ほど前に痩せこけた仔猫を抱いたヤヤが、さらにそこに加わったのだが……。
 彼女は周陽陽という名の在日台湾人で、近しい者たちからは面倒だから、単に「ヤヤ」と呼ばれていた。友人の朝美に負けないくらい飛びきりの美人であるにもかかわらず、時どき日本語があやふやになるため、自然と人と話さなくなり、勢い周囲から孤立しがちになった。
 何があったのか、詳しいことは知るよしもないが、ヤヤがこのマンションに黒ぐろと眼もとを張らして逃げ込んできたその日、彼女はしばらくここにかくまってほしいと必死になって懇願した。そして、まず自分がずぶのレズビアンであることを告白し、雨が降ろうと槍が降ろうと二人の邪魔はしないと断言したうえで、朝美と秀丸にはいかなる問題でも____それが経済的な問題であれ、男女間の問題であれ、絶対に迷惑をかけないと重ねて宣誓した。
 そのせいもあって、ヤヤは同居人とは言え、日中はめったに共通のリビングに顔を見せたりしなかったし、秀丸も朝美も月日が経つにつれて、そんなヤヤの存在をしだいに夜行性の小動物同然に思うようになっていた。しかし、彼女が連れてきた仔猫のミーだけはさすがに放っておくわけにもいかず、いつしか朝美がしかたなく世話するようになった。
「秀丸、いろいろ迷惑かけて、ごめんね」
 と鷲尾朝美は枕に沈めた頭だけを動かして、気弱な声で言った。
 秀丸は彼女の蒼白い顔を覗きこんで、
「おまえが謝ることなんて、何もないさ。とにかく、早いとこ病院に行こうや?」
 と不安そうに勧めた。
「ううん、私なら大丈夫。このまま一晩、ぐっすり眠れば、きっとよくなるから……」
 と朝美は再び天井に視線を戻して、
「それより秀丸、今日はずっとそばにいてくれないかな?……なんだか私、とても心細いの」
「そんなことなら、お安いご用だよ。ちょっと待ってて」
 秀丸はいったん自室に帰り、一冊のノートと筆記用具を持って舞い戻ると、朝美の化粧台のミニチェアーをベッド脇に近づけて、そこにどっかりと腰を落ち着けた。そして、すぐさまノートを開き、一心に何か書きはじめた。
 本来、ダラスの曲づくりはすべて高梨遊行に一任されているが、秀丸は秀丸なりに前々から自分の歌いたい歌をぜひとも自分自身で書いてみたいと考えていた。それで彼は最近、時間があると自曲の構想や時どきの感想などをまめにノートに残すようになっていた。
 長い沈黙のあとで、鷲尾朝美は不意にこう前置きした。
「秀丸、あなたにひとつ訊いてもいい?」
 しかし、そのまま次の言葉を言い出しかねているようだ。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい。遠慮はいらないさ」
 と秀丸はノートから眼を離さず、少しばかりぶっきらぼうな口ぶりになった。
「あのね、私。あなたの……秀丸の子供がほしいの、ダメ?」
 朝美がようやく口にした言葉に、秀丸は思わずぎょとして視線をあげた。
「ダメじゃないけど、そういうものはいわばナチュラルに授かるもんだろう?」
「やっぱり、ダメだよね」
 と朝美はひとつ深いため息をついた。
「だから、ダメじゃないよ。ダメってわけじゃないけど、子供ってのは俺たちの都合だけで、すぐどうこうなるもんじゃないし、それに生まれたら生まれたで、ちゃんと育ててやらなきゃならないし、俺は夢ばかり追っかけてる半端者だから、まだ父親になる資格なんてないし、朝美が店で働けなくなれば、子供どころか俺たち二人の生活も……」
 とここまで言って、秀丸はふと絶句した。柄にもなく言葉数が多く、支離滅裂になっている。しかも、知らず知らずのうちに女の稼ぎをあてにしている己れの、男として浅ましく下卑た心裏に気がついて、秀丸は我ながらあきれてしまった。
「秀丸、ごめんなさい。私が悪かったわ。いま言ったこと、どうか忘れて……」
「朝美、そういう大事なことは、元気な時にあらためてじっくり話そうや。だから、いまはもう寝ろよ」
 秀丸は恋人のことをあえて見ないようにして、またノートの紙面に目線を戻した。
「ねえ、秀丸……私たち、これからどうなるのかしら?」
 と朝美はむしろ過去をふり返るようにして言った。
「そんなこと、神様じゃない俺に分かるわけないよ。明日すらわからないのに、十年先、二十年先になれば、もっとわからない」
「私たち十年先も二十年先も、こうしてずっと一緒にいられるといいね……」
 と鷲尾朝美はしみじみと述懐して、静かに瞳を閉じた。
 その言葉が鋭利な刃物みたいに秀丸の心中に突き刺さったが、彼は特になんの返答もしなかった。ただ、書きかけの歌詞に大きくバツ印をつけて、それでもおさまらずにノートからそのページごと引きちぎると、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱めがけてぽいと投げ捨てた。
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