群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

大前田善

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群青の時~ロックな人々すべてに捧ぐ!!

#4 真夏の熱いライブツアー、最終日

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 サマーシーズンのダラスのライブツアーは、すでに最終日を迎えていた。
 ひと夏のあいだに、バンドはこれまで本拠地である原宿の「黒子」を皮切りに、渋谷では「グッドマン」と「ラララ」、新宿の「ロスト」や「パワーランチ」、はたまた下北沢では「路地裏」と「避難所」、さらには神楽坂の「Bang」などといった都内各所のハコをめぐって、暑い熱い演奏をつづけてきた。そして、そのフィナーレを飾る会場として、ここ六本木の「インドストック」が、ファンの要望によってかなり以前から設定されていた。
 この「インドストック」は、比較的新しいライブハウスである。
 そのせいか、店の外観も内装も小ぎれいなら、店内には週がわりでお香が薫かれていたり、破壊神のシバのオブジェや手織りの絨毯が飾られていたりと、店のコンセプトがインド風のなかなか凝った雰囲気で統一されていた。またここは、お経ならぬシタールを求めて余裕で本場の天竺まで一人旅する坊主みたいな片山翼が、もっともお気に入りのライブハウスでもあった。
 夏の長いツアーを締めくくる最終日のライブとあって、さすがにいつになく楽屋はぴりぴりした緊張感にみなぎっていた。メンバー間にほとんど会話はなく、その光景はあたかもそれぞれが陰にこもって、自分なりの役割を飽きるまで反芻している牡牛か何かのようだった。
 この日のブッキングがマイク河合かけ持ちのバンド「ムーンライト」であったので、楽器の撤収やら音響の再整備に多少の時間を費やしたため、ダラスのライブは常のごとくやや押し気味にスタートした。
 開演直前の暗転、そして一時的な静寂____ついでオープンニングのインストとして、荘厳なクラッシックの音律が場内を満たす。
 そこまではいつもとなんら変わりないが、今夜はライブの導入曲が、なぜかラベルの『ボレロ』からマーラーの『交響曲第九番』に変更されている。
 暗い舞台のうえにダラスのメンバーが現れて、黙々と楽器の確認や微調整をする。当然のことながら、ステージ上にはまだ秀丸の姿はない。
 僕は手のひらの脂汗を拭って、一眼レフのカメラを準備し、光源の位置を入念にチェックする。
 しめやかなマーラーの交響曲がぷっつりと途切れ、ジャンボのカウントなしで全員がいっせいに曲のイントロを演奏しはじめる。ドラムのメトロノームのような正確なリズムに乗って、片山翼は軽やかに同一のフレーズを何度もくり返す。
 オープニングナンバーは、僕の予想を完全に裏切って新曲の『クリスタル』だった。
 この曲は明朗でキャッチャーなところが、ファンたちから熱烈に支持されている反面、その軽佻な感じがやけに俗流れしていると、秀丸などはあまり評価していなかった。たしかにこの日のトップを飾る曲としては、多少ともインパクトに欠ける点、いささか最初のつかみが弱いような気もするが……。
 とかく、まわりの評判に左右されがちな高梨遊行が、もっとも客受けするこの曲を意図的にライブの冒頭に移動させたにちがいない。
 ところが、ギターの翼が軽々とピッキングしながらイントロのメロディーを弾きはじめても、ボーカルの秀丸はいまだ舞台に姿を現さなかった。
 やがてジャンボと一緒にリズム体を構成している高梨が、その顔色をあきらかに変えた瞬間、まるで流星のごとく秀丸その人が客席の背後から突進してきて、その勢いのまま最前列のテーブル上に駆けあがると、そこでリズムに応えて激しくステップを踏む。
 フロアーに灰皿が転げ落ち、落下したグラス類がこなごなに砕け散る。怯えた女性客の叫び声で、ライブ会場はにわかに騒然となる。
 そんな場内の空気をクールに無視して、秀丸はたまたま足もとにいた一人のファンの頭頂部に、ウイスキーボトルからだらだらと琥珀色の液体を流しかける。彼の特技である、開始早々のご乱行だ。
 しかし、頭にウイスキーを浴びた当の本人は憤慨するどころか、逆に全裸のストリッパーからゴールデンシャワーされた淫らなお客のように、陶然として秀丸のことを仰ぎ見ている。と、それを眼にしたローリー小沢がことさら興奮の火に油を注がれたらしく、意味不明の奇声を発しながら、我を忘れてその場で踊り狂う。
 僕は恍惚としている彼ら二人の表情を、すかさずカメラにおさめる。俺たちゃハードコアのパンクバンドじゃねえぞという高梨の怒声が、すぐ後ろから聞こえてくる。
 ステージ上では、そんな混乱状態を尻目に実直で可憐な女性ギタリストと華麗で女好きなキーボーダーが、冷静かつ的確な重奏をつづけている。
 マイク河合が華々しくキーボードを操る一方で、片山翼は涙のしずくを型どったピックを客席に投げ入れると同時に、機敏にアドリブをきかせてAメロをすっ飛ばし、一気に自分のソロパートを奏でる。切々と語りかけるような低音でつむがれた旋律に混じって、細かくカッティングされた装飾音が微かに響く。
 秀丸は秀丸で、今度はテーブルからステージのうえに飛び移ると、わざとマイクを大きくハウらせて、なぜか客を不快な気分にさせようとする。そして、彼が手あたり次第に各種の機器をなぎ倒していくたびに、いまはローディー役に徹しているプクちゃんが職業的な冷淡さを保ちつつ、そのつど急いでもと通りの状態に直していく。
 当惑顔の高梨は、ライブ終了後にマネージャーの彼から山ほど愚痴を聞かされるばかりか、きっとこのライブハウスには二度と出演できないだろうと憂鬱な気持ちで覚悟する。それはそうと、とにかく当面は曲全体がぐずぐずに崩壊してしまわぬように、彼はベースのニュアンスによって、なんとか秀丸に自制を求めつづける。
 その折りにも場内には、マイク河合の絶妙な効果音に支えられて、ギターによる「ワウ」の音色が断続的にこだましている。
(♪
 クリスタル forever
 クリスタル forever
 クリスタル forever
 クリスタル forever
 クリスタル never
 I'm falling in love,
 aging.

 秀丸はBメロの途中あたりからちゃっかり唄に復帰して、『クリスタル』の大サビを最後まで歌いきる。すると、その流れで間髪いれずに『シャイン』や『いつまでも』、さらには『love me,more』といった楽曲が演奏されて、そこでひとまず小休止となる。
 その際、ガットを切ってしまった翼が自慢のレスポールを他のギターと交換する。まだ呼吸を乱している秀丸は、いつも通りに観客には何も話しかけようとしない。
 しかし、今夜ばかりはリーダーの高梨遊行も重く口を閉ざして、お決まりのメンバー紹介もしないままに、後半戦最初の曲『情熱の歌をあなたに』を淡々とスタートさせる。
(♪
 Passion Play!
 非情の仲
 Passion Play!
 でも愛されたい
 Passion Play!
 愛されたい……

 出だしこそ思わぬ波乱があったものの、あとは順調に進んでダラスのサマーライブも、いよいよクライマックスを迎える。最後の曲は、おそらく『今夜、月のもとへ』だろう。
 しばし準備のためのインターバル……白い熱気が漂い、数知れない埃が舞うステージには、足の長い三脚の椅子が用意される。
 まもなく薄明かりのもとに、アコースティックギターを手にした秀丸と高梨、そして本物のシタールを抱えた翼が現れる。どうやら今日の最終ライブでは、この曲をアンプラグドのアコースティックバージョンでやるみたいだ。
 久しぶりに秀丸がギターを弾く。使用するのは、彼が大切に保管しているギブソン社のビンテージもの____僕はシャッターを押さえっぱなしにして、舞台上の三人の姿を連写する。
(♪
 大きな君の眼から
 流れ落ちた
 悲しみを胸に集め
 遥かな夜空に浮かぶ
 月の笑顔

 鳥になれ
 二人暮らした街ね
 思い出の跡 探した
 涙こぼれて
 夢を逃がした
 空のカ・ケ・ラ……

 秀丸は客席に向かって、優しく訴えかけるように歌う。かたや、本来はベーシストの高梨がアコースティックの素朴なコードを使って、これまた味のある伴奏をする。
(♪
 Take,take me to the moon,
 tonight.
 Take,take me to the moon,
 tonight!

 夜が明ければ 雨が降るよ
 優しい雨が
 羽を失くした地上の天使
 お目覚めだね……

 片山翼によって爪弾かれたシタールの調べがつづく最中、秀丸と高梨は一人ずつゆっくりと舞台上から消えていく。
 彼女だけを残して、いったんステージを去った他のメンバーたちが観客の拍手に促されて再登場すると、あとは二曲ほどアンコールに応えて、ダラスの夏のライブツアーはこれですべて無事、終了した。
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