ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第一章・墓標を立てる者

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 向けなおされる銃口を見て、勇三は本能的に身を低くした。

 二発目の銃声がとどろく。銃弾がこめかみのそばの空気を引き裂いて路地の奥へと消えていくなか、勇三は拳を握りしめた。

 解き放った一撃がヤクザの腹を直撃した瞬間、先の銃声よりも重く、そして鈍い音が空気を震わせる。
 衝撃を受けた直後、この哀れな男の意識は消し飛んでいた。

 ヤクザの身体は十メートル近く宙を舞い、派手な音をたてながら表通りの飲み屋の立て看板に墜落した。

 大の男が文字通りぶっ飛んたこの光景に、今度は少女が息を呑む番だった。
 それに対して勇三は苦々しい表情を浮かべていた。今朝、不良生徒を退けた記憶が後悔とともによみがえる。

 常人よりも遥かに頑丈な身体とこの怪力は、才能と呼ぶにはあまりに物騒で、勇三にとっての恥部のような存在だった。だが、なにより彼が恥じたのはこの能力自体ではなく、それを発揮したとき密かに感じてしまう後ろ暗い愉悦だった。

 勇三はゆっくりと振り返った。咄嗟のこととはいえ、自分のこの体質をさらしてしまった相手と対峙するのは勇気の要る行動だった。

 相変わらずその場に立ち、平静をとり戻している様子の少女と、勇三ははじめて正面から向かい合った。

 あらためて見ると、少女は大人びた様子とは容易に結びつけられないほど幼い姿をしていた。

 今年で十六歳になる勇三よりも四、五歳は年下に見える。くすんだ白いワンピースと、子供に似つかわしくないハイカットのブーツを身につけていた。
 色素の薄い灰色に近いショートボブの黒髪で、人形のように整った顔には年相応の無邪気さと引き換えに冷静な表情が張りついている。髪と同じ灰色の瞳には生命力と、強固な意志がみなぎっている印象を見る者に与えた。

「凄いパワーだな」

 少女の率直な感想に勇三は曖昧に答えた。

「なんにせよ、助かったよ」

 それまでの好戦的な様子から一転、少女が人懐っこい笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
 勇三は、自分のいわば正体のようなものを見ても大して驚かない少女にたじろいだ。

「けど、わたしも借りは返したよな」少女が言う。「ほら、銃を向けられたとき」
「ああ……」少女がひと芝居うち、ナイフを蹴りあげたときだ。
「だからこれで貸し借りは無しだよな」
「そうだな」

 かなりの身長差はあったものの、少女はすでに勇三と胸を付き合わせるほどに接近していた。

「じゃあ、これから先のことは無関係だ」

 言われたことが理解できない勇三の横を、少女が通り過ぎていく。振り返ると、彼女はすでに裏路地の出口まで出ていた。その先の表通りでは、気絶したヤクザの周りに人だかりができている。

 少女が初めてにんまりと笑い、手に持っているなにかを振ってみせる。
 明かりを反射してチェーンがきらめいたとき、勇三はそれが自分の財布だということに気がついた。

「悪いな、悪者と不良少年は商売相手なんだ」

 少女はそう言い残すと、夜の街へと駆け出していった。

 財布の中には金銭だけでなく、会員カードが数枚、そしてなにより身分を証明する学生証と免許証が入っている。被害の大きさに気づいた勇三は、数秒遅れで駆けだした。

 だが表通りにはこちらに注目する野次馬がいるだけで、少女の姿はなかった。

「こっちです!」

 野次馬の向こうから複数の足音がこちらに近づいてくる。勇三はそちらを振り向き、人垣の隙間から若いサラリーマンに先導された二人組の警察官の姿を目にとめた。

 逃げざるを得なかった。

 咄嗟に助けに出た行為とはいえ、ここまでのいざこざに関わり合いになった挙句、あまつさえ学生の身分でこんな時間の盛り場を歩いていたのだ。

 奪われた財布に未練を残しつつ、勇三は足早にその場を立ち去った。
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