ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第一章・墓標を立てる者

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 ゲームセンターの奥、通用口を抜けた寂しいところで勇三は少女を見失った。

 あたりを見回したが、どこかで遊んでいる様子もない。そもそもここにはゲームの筐体こそあったものの、どれも電源に繋がれていなかった。

 そんな墓場のような物置の奥、正面の暗がりの床の一角に、地下へと伸びる階段がぽっかりと口を開けている。
 啓二たちとしばしばこの店に立ち寄っている勇三だったが、通用口を抜けることはおろか、こんな階段を目にするのも初めてだった。

 階段は落下防止用の鉄柵に覆われ、降り口に「立入禁止」の札が提がったロープが張られていた。風の入らない室内、その札がかすかに揺れているのを勇三は見逃さなかった。

 降り口の手前で一度だけ足を止め、それからロープをまたいで地下へと降りていく。

 階下には、地上の音や光がわずかにしか届かなかった。
 故障中のものや廃棄された筐体がひしめいており、そのあいだに狭い導線を作っている。先ほどが墓石の立つ墓場であれば、こちらはさしずめ棺桶が並ぶ安置所のような様相だった。

 足をとられないよう手探りで進む勇三の前方で、闇の中を切りとる一条の光がのぞく。慌てて近づくが、光の面積は目の前でみるみる細くなっていき、やがてぷっつりと消えてしまった。

 行き当たったのは壁だったが、注意深くまさぐってみると鉄製のノブを掴むことができた。

 ドアを開いた瞬間、鼻先でまばゆい光がよみがえる。

 そこは床や壁、天井までもが白一色の無機質な廊下だった。
 先ほどの薄汚れたゲームセンターの物置きが嘘のようにこざっぱりとしている。別のビルとでも地下でつながっているのだろうか。

 廊下はドアを背に立つ勇三の左右に長くのびていた。
 少女の姿はどこにも見えない。そもそもここに彼女がいるかどうかも確信が持てなかった。

 どちらへ進むべきか逡巡していると、乾いた足音が耳に届く。
 白色の廊下に刻まれる規則的なリズムを追い、勇三は廊下を右に進んだ。突き当たりはT字路になっており、曲がり角の先に人の気配がする。
 覗きこむと、さらにその先の曲がり角に長いスカートとブーツが隠れるのが見えた。

 足音を殺しながら進んで様子を窺うと、十メートルほど向こうに少女の背中が見えた。
 予想が当たり、勇三の口元に緊張が浮かぶ。

 少女の姿を見失わないように廊下を進み、角をひとつ曲がるごとに、勇三は自分が迷路にでも足を踏み入れているような感覚に陥っていた。ここで少女を見失うようなことがあれば、無事地上に戻れる自信はなかった。

 どれぐらいの時間が経っただろう、少女が廊下の途中に設けられたドアのひとつの前で足を止めた。
 勢いあまってつんのめった勇三が、慌ててすぐそばの角に身を潜める。少女はこちらに一瞥をくれたものの、ふたたびドアに向きなおった。

 少女がドア脇に手をかざすと短い電子音が廊下に鳴り響いた。それから指先でなにかを押すような動作をすると、今度は錠が開く実質的な音が聞こえてきた。
 少女はドアを少し開け、注意深くあたりを見回してから中へと滑りこんだ。

 それと同時に勇三が隠れていた角から廊下に飛び出したときには、半開きのドアはいまにも閉ざされようとしていた。
 ドアに駆け寄り、どうにか数センチの隙間に指を差しこむ。

 ドア枠の脇にはテンキーと掌紋スキャン用のパネルが取り付けられている。先ほど少女が操作したのはこれだろう。

 それにしても、ここまで厳重そうなところに年端もいかないような少女が出入りする光景は、勇三の目にあまりにも不自然に映った。
 ドアをゆっくりと開けるときには、彼の興味は少女からこの怪しげな施設に移りつつあった。

 廊下の先は、またも様子が一変していた。

 勇三が立っていたのは軽自動車が停められそうなほどの広さがある踊り場で、右手奥には同じ幅の階段がさらに地下へと続いている。
 オレンジの光が等間隔に灯るアーチ状の天井は、誇張抜きに地獄へと続いているような不気味さがある。

(乗りかかった船だな)

 勇三は意を決して階段を下っていった。



 勇三が幅広の階段を降り始めてからおよそ一分後、輝彦もまた白い廊下の掌紋認証用の機器がとりつけられたドアの前に立っていた。複雑な道のりにも関わらず、ここまでの彼の足取りにはおよそ迷いというものがなかった。

 周囲を見渡すがあたりに人の気配はない。

 輝彦はパネルに伸ばしかけた手を途中で止めた。それからため息をついて首を横に振る。

「まさかな」

 手を降ろした輝彦はドアから離れると、地上に戻るべく廊下を引き返した。
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