ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第二章・墓標に刻む者

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 ありがたいことに平日の昼間は人通りも少なく、廃品回収の車と、ふらつきながら自転車を漕ぐ中年男性とすれ違っただけで、目的地のコインランドリーまでたどりつくことができた。
 生まれつきの見た目のせいで世間体を気にする性格でもなかったが、こんな姿が元で噂話が立つのも避けたい。

 水が満たされていくドラムをあとにした勇三は、次に大通りから少しはずれたところにある入浴施設を目指した。
 受付をしていた中年女性もこちらに大した関心を示さず、洗い場や湯船にも他の客はいなかった。

 勇三はその幸運に感謝しながら風呂椅子に腰かけ、全身をシャワーでくまなく洗いはじめた。

 排水溝を流れるお湯に赤黒い線が走ったかと思うと、すぐに全体がその色に染まった。その光景に思わずぞっとしてしまう。
 髪の毛もごわついており、洗うたびに指のあいだがぎしぎし鳴る。それでも全身を清めて曇りを拭き取った鏡で自分の姿を目にすると、勇三はようやく生き返った気分になった。

 その胸板、ちょうど鳩尾のあたりには深い古傷がついていた。周辺の皮膚を引きつらせながら放射状に伸びたその傷は、髪の色や特異な体質とともに、勇三が物心ついたときからついているものだった。
 母を亡くした事故でついたものらしい。勇三はこの怪我が原因で生死の境をさまようほどの重傷を負ったそうだが、その出来事に関する記憶もすっぽりと抜け落ちている。

 きっとその事故のせいなのだろう、勇三が確実な記憶を得ることができるのは七歳のとき、病室のベッドで目を覚ました直後からだった。

 身体を清めて湯船につかると、勇三の口から嘆息が漏れた。かけ流しの湯が立てる音以外になにも無い静寂のなか、人心地ついた彼はようやく今後のことについて思考を巡らせることができた。

 差し当たっての問題は霧子に会いに行くかどうかだったが、正直に言えば気が進まなかった。

 記憶は曖昧なままだったが、あの地下世界で体験した記憶は事実として、細切れのフィルムのようでありながらも残っている。
 自分はあの場所でひとりの少女と、この世のものとは思えない化け物たちと遭遇し、命を落としかけた。そのことはもう疑う余地も無いだろう。
 できれば入江霧子や、あの地下世界などとは金輪際関わりたくなかった。

 行く必要はない。そう結論付けた勇三は背中を丸めると、息を止めて全身を湯舟に浸した。
 コインランドリーに置いてきたあの衣類も、いまの自分と同じように揉まれているのだろうか。
 特に気がかりなのは、汚れた学生服だった。とりあえず洗濯しているものの、汚れが落ち切らずに駄目になってしまうかもしれない。
 新しい制服を買い替えるためには、まとまった額の金が必要になってくるだろう。

 もしそうなったら、養父母である叔父と叔母に金の無心をしなくてはならなくなる。
 だが勇三はそれだけはしたくなかった。

 親切なふたりが自分を大切に思ってくれていることは重々承知している。
 だが引き取られてから十年近くが経とうとしているいまも、勇三は彼らに心を開けずにいた。

 ふたりもそうして勇三が築いた壁を感じ取っているのかもしれない、高校入学を機に一人暮らしをすることを比較的あっさりと了承してくれた。
 初めはバイトをして家賃や生活費などもすべて自分でまかなうつもりだった。しかし叔父はそこだけは譲ってくれず、月々の仕送りを受け取り、勉学に励むことを条件に提示した。

 当初は勇三も、振り込んでもらった金には極力手をつけずにいるつもりだった。だが不定期な登録制のアルバイトで稼いだ日銭では安定した生活基盤を整えることも難しく、貯めている仕送りを少しずつ切り崩してしまっているのが現状だ。
 こんな状況では、自力で学生服を新調することすら難しかった。

 だがどのみち、服に染みこんだ血は落とさなくてはなるまい。乾きかけた衣類はどれもごわごわと不快な手触りになっていたし、シャツと学ランの袖は一部が破けてしまっている。

 買い替えないにしても、クリーニング店などで服の修繕をしてもらう必要があるだろう。その前に不審がられそうな痕跡は消しておきたかった。
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