ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第二章・墓標に刻む者

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 勇三ははじめの数秒間、霧子の言葉を理解できずにいた。昨日から今日にかけて、自分の身に降りかかる出来事はあまりに現実離れしている。
 全身の血液が逆流していくような感覚だけが、次第に強まっていく。

「殺されるって……おれが、誰に?」
「政府だよ、この国の」
「どうしてだよ?」言葉の端々が震えるのをおさえられない。
「秘密を知ってしまったからだ」
「あの化け物のことか?」
「そうだ。<アウターガイア>やレギオンの存在っていうのは、この国の最重要機密扱いになってるんだ」
「おおげさだな」
「そう思うか? おまえはつい昨日の夕方まで、足元に広がる世界のことをまったく知らなかったじゃないか」

 霧子の冷淡な口調のせいで、勇三の現実感はさらに乏しいものとなった。
 国家機密、<アウターガイア>、それにレギオン……頭の中でそうした単語ばかりがなんの意味もなさずにぐるぐるとまわっている。

「もっとも、殺されるのは最悪のケースだ。さすがに政府も自国民の口を進んで封じようなんて思ってないからな」

 考え込み、俯いていた勇三が顔をあげる。対して霧子は苦々しい表情を崩さなかった。

「それでも政府は二年前から、<アウターガイア>関連の情報を重く扱っていてな。秘密を知った人間を連行して、投薬と催眠療法で記憶を消すくらいのことはするだろう。しかし勇三、おまえはレギオンを目撃しただけじゃなく、単独で大型の個体を撃破したんだ。国はおまえを通常よりも執拗にマークしてくるだろうな」
「だからおれが出かけたり尾行されたりを気にしてたのか」
 霧子は頷くと、「タイミングを見て彼らは交渉を持ちかけてくるはずだ。それも強引で一方的なものを。とにかく<アウターガイア>のことを世間に出さないためなら、なんでもしてくる連中だということは肝に銘じておいてくれ」
「おれが誰かに秘密をばらすとでも思ってるのか? まさか、言いたくもないね。というより、昨日みたいなことには二度と関わりたくない。見逃してくれるなら、秘密なんていくらでも守ってやるよ」
「銃を突きつけてくる相手に同じことが言えるか?」
「それは……」
「他人の言葉を信じてくれるほど、国の仕組みっていうのは優しくできていないよ」

 勇三はなにも言い返せないまま黙りこんだ。
 もしかしたら、犯罪をおかして警察に追われる人間はこんな気分なのかもしれない。

「だったら……」勇三がふたたび口を開く。「逃げればいい。必死になればなんとかなるんじゃないか」
「そんなことをしても連中を刺激するだけだ。そうなったら、彼らはいよいよ手段を選ばなくなるぞ。おまえにも家族がいるだろう。それに学校の友人や、もしかしたら恋人だって。おまえが行方をくらましたら、なんの事情も知らない彼らに政府の手が及ぶことになるぞ」
「そんな……だって、おれが狙いなんだろ?」
「その狙いを仕留めるためなら、政府はなんでもやるってことだ」

 霧子の冷たい口調に、そしてなにより家族という言葉に、勇三の心は怒りで大きく震えた。
 立ち上がった彼はこぶしを振り上げ、そばにあったテーブルを殴りつけた。分厚い木製の天板がふたつに割れ、乗っていたシュガーポットが床に落ちて砕け散る。

 次に勇三が感じたのは後悔だった。自分はなぜあの日、ゲームセンターの人いきれのなかから入江霧子の姿を見つけてしまったのか。ただ声をかければよかっただけなのに、なぜそのまま引き寄せられるようにあとを追ってしまったのか。

「おまえが巻き込んだんだ」勇三は霧子を睨みながら言った。
「ああ、そうだな」霧子の口調は冷静なままだった。「だがいま重要なのは、正否がどちらにあるかじゃない。この状況をどうやって解決するかだ」
「こんなときに、よく他人事みたい言えたもんだな! それともおれの家族がどうなろうと、知ったことじゃないっていうのか?」

 その問いにトリガーが横合いから口を開きかける。手を伸ばしてそれを制したのは霧子だった。

「どうなるかって? わたしたちが、知らないわけないだろう。この世界がどれだけ残酷なのか……知ってるんだ。わたしも、トリガーも」

 そう話す霧子の目はまっすぐで、あふれそうになる激情を必死に押さえつけているようでもあった。
 その姿を目に、勇三は深く吸った息をゆっくり吐き出した。どれだけ彼女に非難をあびせたところで、いまの状況が好転するわけではないのだ。
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