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第二章・墓標に刻む者
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「どうだ?」無言のままでいる勇三に、トリガーが話しかける。
「ああ……」
頷くつもりだった。
地下世界や政府の機密、ましてや暗闇をうごめくあの怪物たちと渡関わり合うことなど考えたくもなかったが、それでも自分にとって大切な人たちに危害が及ぶとあらば、このもちかけを断れるはずもなかったからだ。
「受ける必要はない」勇三の決断を遮ったのは霧子だった。「もとはと言えば、これはわたしの責任だ。違約金はわたしが払う。おまえはしばらく名義を貸してくれるだけでいい」
「ニンフズ!」トリガーが文字通り牙を剥くように反駁する。
「トリガー、素人を送り込んだところでレギオンの餌になるのは目に見えてる」
「だが……」
「心配するな。わたしたちの食い扶持ごとしっかり稼いでくるさ。ちょうどこれからひと仕事するつもりだったし、まずはそいつを片付けてくるよ」それから霧子は勇三に向き直ると、「すまなかったな、だがもう安心していい」
霧子はそう言って笑顔を投げかけ、カウンター裏のドアから店の奥へと消えていった。去り際、その笑顔が悲しげなものに変わるのを勇三は見た。
少女が立ち去ると、あとに残されたのは重い沈黙だけだった。勇三の場合、さらにそこに混乱が加わっていた。はたして自分は、この事態を喜んでいいのだろうか。
「おれ個人の意見を言わせてもらおうか」沈黙を破ったのはトリガーだった。「おまえはやはり<アウターガイア>に降りるべきだ。命には命で応えなければならない……酷なようだが、それがこの世界の掟なんだ」
勇三は顔を上げ、椅子の上のトリガーを見つめた。
確かに霧子が違約金を肩代わりすると言ってくれる以上、自分が<アウターガイア>に降りる必要はない。だがそうしたとき、彼女にはどれぐらいの負担がのしかかるのだろう。
レギオンとの殺し合いに身を投じるなど、考えただけで身震いがする。だが、だからといって、それを誰かに押しつけることが許されるのか。
「わかってる」勇三は言った。「おれも霧子と一緒に行く」
トリガーはしばしのあいだ、身じろぎしなかった。犬であるにも関わらず、そこには人間らしい驚きがにじみでていた。
「本当か? いや、おれの主張ではあるんだが……」
「霧子のことが心配なんだろ? やっぱり飼い主のことは――」
「家族だ」
「え?」
「おれとニンフズは、この世でたったふたりきりの家族なんだ」
ほんの少しだけ、勇三は霧子を案じるトリガーの気持ちが理解できた気がした。家族であれば、見ず知らずの人間ひとりの命など天秤にかけるまでもない。もしも同じ立場なら……たとえば養父母や友人に同じような負担が強いられることがあれば、自分の答えだって初めから決まっているのかもしれない。
霧子とトリガー。ふたりのあいだには確かな絆が息づいているのを、勇三は感じた。
「ああ……」
頷くつもりだった。
地下世界や政府の機密、ましてや暗闇をうごめくあの怪物たちと渡関わり合うことなど考えたくもなかったが、それでも自分にとって大切な人たちに危害が及ぶとあらば、このもちかけを断れるはずもなかったからだ。
「受ける必要はない」勇三の決断を遮ったのは霧子だった。「もとはと言えば、これはわたしの責任だ。違約金はわたしが払う。おまえはしばらく名義を貸してくれるだけでいい」
「ニンフズ!」トリガーが文字通り牙を剥くように反駁する。
「トリガー、素人を送り込んだところでレギオンの餌になるのは目に見えてる」
「だが……」
「心配するな。わたしたちの食い扶持ごとしっかり稼いでくるさ。ちょうどこれからひと仕事するつもりだったし、まずはそいつを片付けてくるよ」それから霧子は勇三に向き直ると、「すまなかったな、だがもう安心していい」
霧子はそう言って笑顔を投げかけ、カウンター裏のドアから店の奥へと消えていった。去り際、その笑顔が悲しげなものに変わるのを勇三は見た。
少女が立ち去ると、あとに残されたのは重い沈黙だけだった。勇三の場合、さらにそこに混乱が加わっていた。はたして自分は、この事態を喜んでいいのだろうか。
「おれ個人の意見を言わせてもらおうか」沈黙を破ったのはトリガーだった。「おまえはやはり<アウターガイア>に降りるべきだ。命には命で応えなければならない……酷なようだが、それがこの世界の掟なんだ」
勇三は顔を上げ、椅子の上のトリガーを見つめた。
確かに霧子が違約金を肩代わりすると言ってくれる以上、自分が<アウターガイア>に降りる必要はない。だがそうしたとき、彼女にはどれぐらいの負担がのしかかるのだろう。
レギオンとの殺し合いに身を投じるなど、考えただけで身震いがする。だが、だからといって、それを誰かに押しつけることが許されるのか。
「わかってる」勇三は言った。「おれも霧子と一緒に行く」
トリガーはしばしのあいだ、身じろぎしなかった。犬であるにも関わらず、そこには人間らしい驚きがにじみでていた。
「本当か? いや、おれの主張ではあるんだが……」
「霧子のことが心配なんだろ? やっぱり飼い主のことは――」
「家族だ」
「え?」
「おれとニンフズは、この世でたったふたりきりの家族なんだ」
ほんの少しだけ、勇三は霧子を案じるトリガーの気持ちが理解できた気がした。家族であれば、見ず知らずの人間ひとりの命など天秤にかけるまでもない。もしも同じ立場なら……たとえば養父母や友人に同じような負担が強いられることがあれば、自分の答えだって初めから決まっているのかもしれない。
霧子とトリガー。ふたりのあいだには確かな絆が息づいているのを、勇三は感じた。
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