ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第三章・血斗

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 地下の武器庫兼射撃場から<サムソン&デリラ>に戻ってみると、トリガーは定位置であるカウンターのスツールの上に座っていた。
 この白い犬が自分の訓練教官だと思うと、あらためて苦笑してしまう。

「どうかしたのか?」勇三の表情を見て、トリガーが訊ねる。
「いや、なんでも」

 言いながらふたつ離れた椅子に腰かけると同時に、勇三の目の前にコーヒーの入ったマグカップが差し出される。

「ありがとな」

 礼を言うと、相手の笑顔が和らいだような気がした。
 もちろんカウンターの中に立つロボットのハロルドくんの表情が、実際に変わったわけではない。しかしこの店をそれなりに出入りしてきた勇三は、はじめは不気味に思えたこのロボットに多少の親しみを感じていた。

「次は撃ってみせるよ」

 勇三はそう言って、トリガーに挑むように微笑みかけた。コーヒーの香りのおかげで、苛立った気分も少し落ち着きを取り戻していた。

「期待してる」トリガーは端末の画面から目を離さずに答えた。

 血まみれになりながら反吐をはいたあの日以来……そしてあの人工の夕陽の見て以来、勇三は<アウターガイア>に降りていなかった。

 一千万アメリカドル。この多額の違約金を支払わなくては、怪物がうごめく地獄からは解放されない。
 事態の良くなる兆しが少しも見えてこないことには静かな焦りをおぼえたものの、同時に勇三は危険を先延ばしにできていることに安堵もしていた。

「一千万か……」思わずそう口にしてしまう。
「どうした?」トリガーが端末から顔を上げた。
「ああ、違約金の話だけど。どれだけ働けば完済できるんだろうなって」
「強大なレギオンを倒せば、それだけ早く金はたまるさ。もっとも、そんな相手は手間もかかれば危険も大きい。よほどのことがなければ、当座は地道に稼いでいくしかないだろう」

 トリガーはふたたび画面に目を落とし、愛用の操作パッドに前足を置いた。
 覗き込んでみると、ウィンドウにはレギオン討伐の案件が一覧表になっていた。
 手ごろな仕事でも探してくれているのだろうか。気持ちはありがたいが、思わず緊張に身がこわばる。脳裏に<アウターガイア>の暗い街並みがよみがえった。

 店の扉にかかっているベルが、涼しげな音を立てたのはそのときだった。次いでひとりの男が、四月終わりの外気とともに入ってくる。

「こんにちは」

 よく通る声で男が挨拶する。
 年齢は二十代後半ぐらい、糊のきいたワイシャツにネクタイを締め、スーツで身をかためている。シャツは純白だったが、それ以外は喪服のような黒一色だ。
 どう見ても、たまたまこの店を訪れたセールスマンには見えない。

「やあ、久しぶりだな。どうした?」声を聞いて振り返ったトリガーが言う。
「近くまで来たんで、ちょっと顔を出しておこうと思いまして」後ろ手にドアを閉じると、男は店内を見回した。「今日は入江は……」
「ニンフズなら昨日から泊まりだ」
「仕事ですか?」
「いや、検査だ」
「そうか、毎月のいまごろでしたね」男は頷くと、「トリガーさんは今月はまだなんですか?」
「おれは週明けからだ」

 腰掛けていた勇三は、ふたりのこの会話を黙って聞いていた。

「ああ、紹介しておこう」その視線に気付いたトリガーが言う。「こちらは<特務管轄課>の高岡たかおかくんだ」
「カタオカ?」勇三が聞き返す。
「高岡だ」そう言って勇三を睨みつけてくる。「トリガーさん、誰ですこの生意気なガキは?」
「彼は速水勇三。いろいろ訳あってここで世話しているんだ」

 高岡が、どこか値踏みするような視線を勇三に向ける。

「防衛省所属、国家安全保障部<特務管轄課>の高岡だ。よろしくな、ガキ」
「どうも」ガキと言われた勇三は、顔をしかめたままコーヒーを飲んだ。
「入江がいないんじゃな……」と高岡。「すみません、トリガーさん。また出直します」
「待ってくれ」店のドアを開けるその背中にトリガーが声をかける。「ひょっとして、仕事の話か?」
「ええ。ですが……」振り返った高岡は言いよどんだ。「トリガーさんは検査を控えているんでしょう? 入江もいないことですし……」
「話だけでも訊かせてくれないか。ちょうどハロルドくんがコーヒーを入れてくれたところだ」
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