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第三章・血斗
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「本当にいいのか?」高岡が帰ったあと、トリガーが勇三にそう訊ねてきた。「レギオンの反応が数日間無かったからといって、安全なわけじゃないんだ。いまからでもおれが取り下げて――」
「いまさらそんなことできるかよ」勇三は憮然とした態度で言った。
高岡が、仕事に興味を示そうとした勇三を見下していたのはあきらかだった。当然それが牽制と安い挑発であることも承知していたが、頭に血が昇ってしまい、つい同意書にサインをしていた。
「それにあんただって、このまえはあそこに行くよう言ってきただろ」
「あのときは入江がいたからだ」
「信頼されてるんだな」
「あいつとは長い付き合いだからな」トリガーはそれから二人用のテーブルを離れて定位置のスツールをよじのぼった。「勇三、あんな態度をとられて腹が立つのもわかる。だが冷静さを欠いたら元も子も無いぞ」
「別に、それだけで仕事を受けたわけじゃねえよ」
「焦っているのか?」
勇三は思わずトリガーを見た。訊ねるような口調は、実際のところ質問の体をなしていなかった。
<アウターガイア>への恐怖が過ぎ去ったあと、勇三の胸中に残ったのはまさに焦りだった。
このままじっとしていたら、自分はそのうち前に進めなくなる。だから多少の危険があろうとも、迷うべきではないと思った。
「無謀だ」
「だったら、ほかにどうしろって言うんだよ?」勇三が食ってかかる。「毎日訓練してるのはなんのためなんだ? あんたは身を守るためだと言ったけど、それを証明できるのはいつなんだ?」
勇三たちはしばし見つめ合った。それからトリガーはふん、と、あまりにも人間味を感じさせる所作で鼻を鳴らすと愛用の端末に向き直った。
「おい、まだ話は終わってないぞ」
言いながらトリガーに詰め寄ると、向けられた背中越しに端末の画面が見えた。
高岡からデータが届いたのだろう、画面には<グレイヴァー>専用のイントラネットページが表示れており、今回の依頼の詳細が記されている。
「内容は兵站の警備と整備だ。レギオンの襲撃を警戒しつつ、設備の動作チェックと簡単なメンテナンスを……どうした?」
「いや、いいのか?」
「仕事を受けると言ったのはおまえだろう。それとも反故にするか?」
勇三は首を横に振った。
「ならさっさと来い。それで……もしもレギオンの襲撃があった場合は、これを速やかに排除しなくてはならない。戦闘の可能性もあるから、装備の点検は怠るな。通常の討伐依頼とは勝手が違うが、戦闘をしなくても日当がつく。もちろん、依頼中に撃破したレギオンの報酬も上乗せされるが、くれぐれも無茶はするなよ」
勇三は頷いた。それからトリガーの隣に腰かけ、画面を覗きこむ。
「なあ」
「なんだ?」
「こういう仕事って、例の会社からくるもんじゃないのか? あの高岡ってやつ、政府の人間だろ?」
「ああ、仕事は基本的に会社から斡旋される。ただ、コネさえあればこうして政府から直接仕事を紹介されることもあるんだ。会社はいわば我々との仲介役に過ぎない。それに、大元のスポンサーとのパイプというのは、あって損するものではないだろう?」
「どうだかな……」勇三はそっぽを向いた。少なくとも、高岡のように第一印象が最悪の相手とは仲良くする気にはなれない。「だいたいなんなんだよ、その特務ナントカってところ。胡散臭すぎだろ」
「<特務管轄課>……通称<特課>は軍隊に代わって組織された防衛省所属の対レギオン部隊の総称だ」
「軍隊代わりでも、政府の人間には違いないだろ? 気に入らねえな、見張られてるみたいでさ」
「どれだけ秘密裏であろうと、けっきょくのところ<グレイヴァー>は民間と地続きの集団だからな。政府は政府で監視を兼ねた抑止力が必要なんだ。気に入ろうがなかろうが、知り合っておいて損はないさ。仕事の話に戻ってもいいか?」
勇三は眉根を寄せたまま天井を仰いだが、やがてトリガーに向きなおって頷いた。
「いまさらそんなことできるかよ」勇三は憮然とした態度で言った。
高岡が、仕事に興味を示そうとした勇三を見下していたのはあきらかだった。当然それが牽制と安い挑発であることも承知していたが、頭に血が昇ってしまい、つい同意書にサインをしていた。
「それにあんただって、このまえはあそこに行くよう言ってきただろ」
「あのときは入江がいたからだ」
「信頼されてるんだな」
「あいつとは長い付き合いだからな」トリガーはそれから二人用のテーブルを離れて定位置のスツールをよじのぼった。「勇三、あんな態度をとられて腹が立つのもわかる。だが冷静さを欠いたら元も子も無いぞ」
「別に、それだけで仕事を受けたわけじゃねえよ」
「焦っているのか?」
勇三は思わずトリガーを見た。訊ねるような口調は、実際のところ質問の体をなしていなかった。
<アウターガイア>への恐怖が過ぎ去ったあと、勇三の胸中に残ったのはまさに焦りだった。
このままじっとしていたら、自分はそのうち前に進めなくなる。だから多少の危険があろうとも、迷うべきではないと思った。
「無謀だ」
「だったら、ほかにどうしろって言うんだよ?」勇三が食ってかかる。「毎日訓練してるのはなんのためなんだ? あんたは身を守るためだと言ったけど、それを証明できるのはいつなんだ?」
勇三たちはしばし見つめ合った。それからトリガーはふん、と、あまりにも人間味を感じさせる所作で鼻を鳴らすと愛用の端末に向き直った。
「おい、まだ話は終わってないぞ」
言いながらトリガーに詰め寄ると、向けられた背中越しに端末の画面が見えた。
高岡からデータが届いたのだろう、画面には<グレイヴァー>専用のイントラネットページが表示れており、今回の依頼の詳細が記されている。
「内容は兵站の警備と整備だ。レギオンの襲撃を警戒しつつ、設備の動作チェックと簡単なメンテナンスを……どうした?」
「いや、いいのか?」
「仕事を受けると言ったのはおまえだろう。それとも反故にするか?」
勇三は首を横に振った。
「ならさっさと来い。それで……もしもレギオンの襲撃があった場合は、これを速やかに排除しなくてはならない。戦闘の可能性もあるから、装備の点検は怠るな。通常の討伐依頼とは勝手が違うが、戦闘をしなくても日当がつく。もちろん、依頼中に撃破したレギオンの報酬も上乗せされるが、くれぐれも無茶はするなよ」
勇三は頷いた。それからトリガーの隣に腰かけ、画面を覗きこむ。
「なあ」
「なんだ?」
「こういう仕事って、例の会社からくるもんじゃないのか? あの高岡ってやつ、政府の人間だろ?」
「ああ、仕事は基本的に会社から斡旋される。ただ、コネさえあればこうして政府から直接仕事を紹介されることもあるんだ。会社はいわば我々との仲介役に過ぎない。それに、大元のスポンサーとのパイプというのは、あって損するものではないだろう?」
「どうだかな……」勇三はそっぽを向いた。少なくとも、高岡のように第一印象が最悪の相手とは仲良くする気にはなれない。「だいたいなんなんだよ、その特務ナントカってところ。胡散臭すぎだろ」
「<特務管轄課>……通称<特課>は軍隊に代わって組織された防衛省所属の対レギオン部隊の総称だ」
「軍隊代わりでも、政府の人間には違いないだろ? 気に入らねえな、見張られてるみたいでさ」
「どれだけ秘密裏であろうと、けっきょくのところ<グレイヴァー>は民間と地続きの集団だからな。政府は政府で監視を兼ねた抑止力が必要なんだ。気に入ろうがなかろうが、知り合っておいて損はないさ。仕事の話に戻ってもいいか?」
勇三は眉根を寄せたまま天井を仰いだが、やがてトリガーに向きなおって頷いた。
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