59 / 204
第三章・血斗
9
しおりを挟む
Ⅳ
平日の昼間、電車に乗客はほとんどいなかった。
勇三は八人掛けの長椅子にひとりで座りながら、窓の外を流れる風景を眺めていた。
これから危険を伴う仕事に向かうというのに、レールの継ぎ目を跳ねるように進む走行音を耳についまどろんでしまう。
レギオンとの戦いで負った傷を癒やしながら学校で授業を受けたあと、直行した<サムソン&デリラ>でトリガーの訓練をこなしていく慌ただしい日々とくらべれば、いまだいぶ緩やかな時間が流れているように感じた。
それでも、不安をおぼえていないと言えば嘘になる。
地元から実際の距離以上に遠くへ来てしまったように感じていたし、無事に帰って来られるという保障もなかったからだ。
今頃啓二たちは、いつもと同じように授業を受けているのだろうか……放課後連れだって遊ぶこともすっかりなくなってしまった。
いずれは彼らも自分に対して不信感を抱きはじめ、そしてそのまま離れていってしまうのかもしれない。
そうなったところで勇三が友人たちを責める権利はないが、取り残されることを考えると漠然とした不安をおぼえてしまう。
だが足取りの重さを無視するように、電車は着実に勇三を目的地へと運んでいった。
いま足元には、大急ぎでまとめた荷物を詰め込んだボストンバッグと、強化プラスチック製のケースが並んで置いてあった。ケースに入ったライフルという存在が、自分と日常とを決定的に切り離しているように思えてしまう。
だが、いざというとき最後に頼れるのがこの道具であることもわかっていた。
窓枠の中から高層ビル群が消え失せ、山間に広がる林と田畑、それらを貫くどこか仰々しい国道がとって代わっていた。
目的の駅に到着すると、勇三は痛む頭を抱えながら電車を降りた。静まりかえった車内でうとうととしていたものの、完全に眠りに落ちることができなかったのだ。
右手に持ったケースが、左肩に掛けたボストンバッグ以上に重く感じる。分解されているとはいえ、ライフルを携えて交番の前や人通りの多いところを歩くことも考えられず、勇三はあえて遠回りして目的地へと向かった。
駅前のバスローターリーにあった案内板と手元のメモを頼りに、人陰もまばらなアーケードを通り抜けていく。
地図上で見たかぎりでは大きな建物の無い地区のようだったが、勇三はその点に関して訝りはしなかった。一都四県をまたぐ巨大な<アウターガイア>は、どんな場所が入口になっているのか予想もつかなかったからだ。
ゲームセンターの地下倉庫からつながっていたり、オフィス街の喫茶店から降りることもできる。いま歩いているアーケードの両側にはシャッターが降りた個人商店やファストフード店が建ち並んでいたが、そのうちのどれかが地下世界に通じていたとしてもなんら不思議はなかった。
突如背後から鋭い気配を感じ取って振り返ると、通りの反対側をスキンヘッドの男が歩いていた。
肌の色が白く、目は青い。眉はほとんど見えないほどに薄く、反面、口の周りには濃いひげを蓄えている。男がこの国の人種でないことはあきらかだった。
(同業者だ)
歩調を緩めてわざと追い抜かせた後ろ姿を見ながら、勇三はそう思った。
実際、男はたくましい体格をしていた。
タンクトップから伸びた腕は筋肉がごつごつとしており、一歩進むごとにぶ厚い背面が力強く隆起している。
そしてグローブのような手で、まるで示し合わせたように大型のケースを持っていた。
平日の昼間、電車に乗客はほとんどいなかった。
勇三は八人掛けの長椅子にひとりで座りながら、窓の外を流れる風景を眺めていた。
これから危険を伴う仕事に向かうというのに、レールの継ぎ目を跳ねるように進む走行音を耳についまどろんでしまう。
レギオンとの戦いで負った傷を癒やしながら学校で授業を受けたあと、直行した<サムソン&デリラ>でトリガーの訓練をこなしていく慌ただしい日々とくらべれば、いまだいぶ緩やかな時間が流れているように感じた。
それでも、不安をおぼえていないと言えば嘘になる。
地元から実際の距離以上に遠くへ来てしまったように感じていたし、無事に帰って来られるという保障もなかったからだ。
今頃啓二たちは、いつもと同じように授業を受けているのだろうか……放課後連れだって遊ぶこともすっかりなくなってしまった。
いずれは彼らも自分に対して不信感を抱きはじめ、そしてそのまま離れていってしまうのかもしれない。
そうなったところで勇三が友人たちを責める権利はないが、取り残されることを考えると漠然とした不安をおぼえてしまう。
だが足取りの重さを無視するように、電車は着実に勇三を目的地へと運んでいった。
いま足元には、大急ぎでまとめた荷物を詰め込んだボストンバッグと、強化プラスチック製のケースが並んで置いてあった。ケースに入ったライフルという存在が、自分と日常とを決定的に切り離しているように思えてしまう。
だが、いざというとき最後に頼れるのがこの道具であることもわかっていた。
窓枠の中から高層ビル群が消え失せ、山間に広がる林と田畑、それらを貫くどこか仰々しい国道がとって代わっていた。
目的の駅に到着すると、勇三は痛む頭を抱えながら電車を降りた。静まりかえった車内でうとうととしていたものの、完全に眠りに落ちることができなかったのだ。
右手に持ったケースが、左肩に掛けたボストンバッグ以上に重く感じる。分解されているとはいえ、ライフルを携えて交番の前や人通りの多いところを歩くことも考えられず、勇三はあえて遠回りして目的地へと向かった。
駅前のバスローターリーにあった案内板と手元のメモを頼りに、人陰もまばらなアーケードを通り抜けていく。
地図上で見たかぎりでは大きな建物の無い地区のようだったが、勇三はその点に関して訝りはしなかった。一都四県をまたぐ巨大な<アウターガイア>は、どんな場所が入口になっているのか予想もつかなかったからだ。
ゲームセンターの地下倉庫からつながっていたり、オフィス街の喫茶店から降りることもできる。いま歩いているアーケードの両側にはシャッターが降りた個人商店やファストフード店が建ち並んでいたが、そのうちのどれかが地下世界に通じていたとしてもなんら不思議はなかった。
突如背後から鋭い気配を感じ取って振り返ると、通りの反対側をスキンヘッドの男が歩いていた。
肌の色が白く、目は青い。眉はほとんど見えないほどに薄く、反面、口の周りには濃いひげを蓄えている。男がこの国の人種でないことはあきらかだった。
(同業者だ)
歩調を緩めてわざと追い抜かせた後ろ姿を見ながら、勇三はそう思った。
実際、男はたくましい体格をしていた。
タンクトップから伸びた腕は筋肉がごつごつとしており、一歩進むごとにぶ厚い背面が力強く隆起している。
そしてグローブのような手で、まるで示し合わせたように大型のケースを持っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる