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第三章・血斗
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本館正面の広場には、真ん中に低木が茂った申し訳程度の大きさの車回しが敷かれており、勇三たちを乗せてきたトラックもそこに駐車してあった。
巡回を終えてドーズたちと本館を出た勇三は、そこでヤマモトと他チームのふたりが話し合っているのを目にした。
ひとりはアーケードで出会ったあのスキンヘッドの男、そしてもうひとりは金髪でサングラスをかけた男だった。
勇三は巡回のとき、同じようなサングラスと都市型迷彩を身に着けた男たちを三人見かけていた。おそらくいまヤマモトと話しているのが彼らのリーダー格なのだろう、それはスキンヘッドの男とヤマモトも同じような立場だった。
勇三たちが近づくと、三人のリーダーたちは話を打ち切った。こちらへ近づきながらドーズとヘザーに指示を飛ばしたヤマモトは、次いで勇三に声をかけた。
「お次は防衛線の設置だ」
「防衛線?」
「まあ、ついてきな」
これまで多くのレギオンの襲撃をしりぞけ、あるいは多くの人間が敗れていったのだろう。施設内にぐるりと張り巡らされたフェンスの周りには、半ば打ち捨てられたような形で資材が組まれていた。
勇三たちは損傷のひどい部分を修繕しつつ、正面ゲートから少し離れたところに幅五メートル、奥行き二メートルほどの足場を組みあげた。上に立つと、敷地をぐるりと覆うフェンスから膝上を覗かせられるだけの高さがある。レギオンの接近をいち早く察知するための物見櫓だ。
「おい、手伝ってくれ」
視界いっぱいに広がる地下世界の闇を見据えていた勇三が視線を転じると、足場の下でしゃがみこんでいるヤマモトが見えた。
その傍らには木箱が置いてあり、彼は持っていた金梃子で蓋をこじ開けているところだった。はたして、箱の中からあらわれたのは糸状のおがくずにくるまれるように横たわっていた機関銃だった。
ヤマモトが顔をあげ、ロープを投げ渡してくる。
「そいつを適当なところに引っかけて、端を落としてくれ。結ばなくていい」
勇三が足場から突き出た資材にロープをかけて落とした。ヤマモトがその端をつかみ、機関銃と結ぶ。
「持ち上げてくれ、ゆっくりな」
井戸の釣瓶の要領でロープを引き、機関銃を手元に手繰り寄せる。それは矩形の機関部からくちばしのように長い重心が突き出た代物だった。
勇三が機関銃からほどいたロープをふたたび落とすと、ヤマモトはそれに別の部品を結んでよこしてきた。
(カメラの三脚みたいだな)ふたたびロープをほどきながら思う。
すると広場の向こうから、ヘザーとドーズがこちらへとやってきた。ふたりとも身体の両脇にそれぞれ大きな箱を抱えている。
「来たな」ヤマモトが振り返ると、次いで頭上の勇三を向く。「あいつらのも頼む。くれぐれも慎重にな」
ドーズたちの荷物を受け取っているあいだにヤマモトは足場にのぼってくると、立てた三脚に機関銃を取り付けた。それからドーズたちが運んできたブリキの箱から引き出した弾帯を銃身の横っ腹から飲ませていく。
「ブローニングM2だ」据えられた機関銃に手を添え、どこか野蛮な笑みを浮かべながらヤマモトが言う。「これ一丁だけだけどな。<特課>から折半して借り入れたんだ。これで化け物のケツの穴をもうひとつ増やせるぜ」
次いで足場にのぼってきたドーズとヘザーも、口元に笑みをたたえながら機関銃を見た。
「口径は〇・五一インチ。『フィフティーキャル』や『ビッグママ』なんて愛称もあるが、おれたちはこいつを『ウィリー』って呼んでる」
「『ウィリー』?」
ヤマモトはにやりと笑ってみせてると、霧笛でも鳴らすかのように空中をつかんだ右手を引き下げてみせた。
「敷地の裏は守らなくてもいいのか?」勇三は本館のほうを振り返って言った。
「裏手は丘の中腹あたりが地雷原になってるんだ。先人の置き土産ってやつさ。間違えてもそっちには行くなよ。それにしても……『ウィリー』を見てもときめかないとはね」
「期待を裏切って悪かったな」
「趣味趣向をとやかく言うつもりはないさ。だがな、気に入ろうが入るまいが、ここでおまえの命を守ってくれるのはこういう道具だけなんだ」
その言葉に勇三は思わず目を丸くした。
「どうした?」
「いや、前に似たようなことをトリガーに言われてさ」
「ああ……」と、ヤマモトは鼻の頭を掻くと、「たしかに、いまのはトリガーさんからの受け売りだったかもな。いや、いま思い出しちまった」
「わかるよ」勇三は言った。「トリガーの言葉って、なんかうつりやすいんだよな」
「かもな」ヤマモトはそう言いうと『ウィリー』に向き直った。「来いよ、使い方もわからないんじゃ身を守るどころじゃないだろ」
ヤマモトから機関銃の操作についての手ほどきを受けているあいだに、ヘザーとドーズはさらにガソリン式の発電機とケーブルで繋いだサーチライトを用意した。呻るようなエンジン音の中、光が闇をほのかに照らすのを見て、勇三は静かに安堵の息をついた。
「ひとまず完成だな」
ヤマモトの声を合図に、勇三は足場の傍らに置いてあった木箱に、油汚れを拭き取った布切れを投げ捨てた。
「ほかの連中も準備を終えた頃だろう」
ヤマモトはそう言って大きく伸びをすると、足場から飛び降りた。ドーズとヘザーもそのあとに続く。
「戻って一杯やろうぜ」
巡回を終えてドーズたちと本館を出た勇三は、そこでヤマモトと他チームのふたりが話し合っているのを目にした。
ひとりはアーケードで出会ったあのスキンヘッドの男、そしてもうひとりは金髪でサングラスをかけた男だった。
勇三は巡回のとき、同じようなサングラスと都市型迷彩を身に着けた男たちを三人見かけていた。おそらくいまヤマモトと話しているのが彼らのリーダー格なのだろう、それはスキンヘッドの男とヤマモトも同じような立場だった。
勇三たちが近づくと、三人のリーダーたちは話を打ち切った。こちらへ近づきながらドーズとヘザーに指示を飛ばしたヤマモトは、次いで勇三に声をかけた。
「お次は防衛線の設置だ」
「防衛線?」
「まあ、ついてきな」
これまで多くのレギオンの襲撃をしりぞけ、あるいは多くの人間が敗れていったのだろう。施設内にぐるりと張り巡らされたフェンスの周りには、半ば打ち捨てられたような形で資材が組まれていた。
勇三たちは損傷のひどい部分を修繕しつつ、正面ゲートから少し離れたところに幅五メートル、奥行き二メートルほどの足場を組みあげた。上に立つと、敷地をぐるりと覆うフェンスから膝上を覗かせられるだけの高さがある。レギオンの接近をいち早く察知するための物見櫓だ。
「おい、手伝ってくれ」
視界いっぱいに広がる地下世界の闇を見据えていた勇三が視線を転じると、足場の下でしゃがみこんでいるヤマモトが見えた。
その傍らには木箱が置いてあり、彼は持っていた金梃子で蓋をこじ開けているところだった。はたして、箱の中からあらわれたのは糸状のおがくずにくるまれるように横たわっていた機関銃だった。
ヤマモトが顔をあげ、ロープを投げ渡してくる。
「そいつを適当なところに引っかけて、端を落としてくれ。結ばなくていい」
勇三が足場から突き出た資材にロープをかけて落とした。ヤマモトがその端をつかみ、機関銃と結ぶ。
「持ち上げてくれ、ゆっくりな」
井戸の釣瓶の要領でロープを引き、機関銃を手元に手繰り寄せる。それは矩形の機関部からくちばしのように長い重心が突き出た代物だった。
勇三が機関銃からほどいたロープをふたたび落とすと、ヤマモトはそれに別の部品を結んでよこしてきた。
(カメラの三脚みたいだな)ふたたびロープをほどきながら思う。
すると広場の向こうから、ヘザーとドーズがこちらへとやってきた。ふたりとも身体の両脇にそれぞれ大きな箱を抱えている。
「来たな」ヤマモトが振り返ると、次いで頭上の勇三を向く。「あいつらのも頼む。くれぐれも慎重にな」
ドーズたちの荷物を受け取っているあいだにヤマモトは足場にのぼってくると、立てた三脚に機関銃を取り付けた。それからドーズたちが運んできたブリキの箱から引き出した弾帯を銃身の横っ腹から飲ませていく。
「ブローニングM2だ」据えられた機関銃に手を添え、どこか野蛮な笑みを浮かべながらヤマモトが言う。「これ一丁だけだけどな。<特課>から折半して借り入れたんだ。これで化け物のケツの穴をもうひとつ増やせるぜ」
次いで足場にのぼってきたドーズとヘザーも、口元に笑みをたたえながら機関銃を見た。
「口径は〇・五一インチ。『フィフティーキャル』や『ビッグママ』なんて愛称もあるが、おれたちはこいつを『ウィリー』って呼んでる」
「『ウィリー』?」
ヤマモトはにやりと笑ってみせてると、霧笛でも鳴らすかのように空中をつかんだ右手を引き下げてみせた。
「敷地の裏は守らなくてもいいのか?」勇三は本館のほうを振り返って言った。
「裏手は丘の中腹あたりが地雷原になってるんだ。先人の置き土産ってやつさ。間違えてもそっちには行くなよ。それにしても……『ウィリー』を見てもときめかないとはね」
「期待を裏切って悪かったな」
「趣味趣向をとやかく言うつもりはないさ。だがな、気に入ろうが入るまいが、ここでおまえの命を守ってくれるのはこういう道具だけなんだ」
その言葉に勇三は思わず目を丸くした。
「どうした?」
「いや、前に似たようなことをトリガーに言われてさ」
「ああ……」と、ヤマモトは鼻の頭を掻くと、「たしかに、いまのはトリガーさんからの受け売りだったかもな。いや、いま思い出しちまった」
「わかるよ」勇三は言った。「トリガーの言葉って、なんかうつりやすいんだよな」
「かもな」ヤマモトはそう言いうと『ウィリー』に向き直った。「来いよ、使い方もわからないんじゃ身を守るどころじゃないだろ」
ヤマモトから機関銃の操作についての手ほどきを受けているあいだに、ヘザーとドーズはさらにガソリン式の発電機とケーブルで繋いだサーチライトを用意した。呻るようなエンジン音の中、光が闇をほのかに照らすのを見て、勇三は静かに安堵の息をついた。
「ひとまず完成だな」
ヤマモトの声を合図に、勇三は足場の傍らに置いてあった木箱に、油汚れを拭き取った布切れを投げ捨てた。
「ほかの連中も準備を終えた頃だろう」
ヤマモトはそう言って大きく伸びをすると、足場から飛び降りた。ドーズとヘザーもそのあとに続く。
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