ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

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 そしていま霧子は、その唸り声を直接聞き取れるほど怪物に近づいていた。それは穏やかで規則的なものだったが、音量だけで言えば巨大なエンジンのアイドリングを思わせるほどのものだった。
 街灯の弱々しい明かりが照らす薄暗い路地の先に、さらに深い闇があらわれる。闇は小山ほどの大きさがあり、唸り声に合わせてゆっくりと上下していた。

「標的を確認。これから仕事にとりかかる」

 言ってからさらに数歩進むと、シルエットだけだった小山の細かい部分をつぶさに捉えることができた。
 レギオンの見た目はあらかじめ資料で見たものと同じだったが、実際に対面してみるとその大きさは想像以上だった。

 全体の姿形は頭と尻尾を切り落としたリクガメを思わせ、甲羅にあたる半球状の胴体の表面を滑らかな鱗が覆っている。
 胴体と頭の区別はつかず、退化しているのか目鼻も見当たらない。逆に身体の正面を横切る口は抜群の存在感を誇示しており、大地を走る亀裂のようだった。その中に規則正しく並んでいた臼歯もまた巨大で、乗用車程度なら容易に噛み潰せてしまいそうだ。

 スカートの中に両手を差し込み、ホルスターから愛用の拳銃を引き抜く。銃口を怪物の巨体に向けると、勇三のことが頭に浮かんだ。霧子は彼の存在に蓋をしながら、銃を構え直した。

「わたしがここにいるのはな……」

 怪物が頭をもたげたのは、語りかけるような霧子のつぶやきを聞きつけてか。それとも殺気に裏打ちされた彼女の存在感が眠りから覚まさせたからか。

「たぶん色んな理由からだ。金のためでもあり、義理や仁義、使命を果たすためなのかもしれない。だが……恥ずべきなんだろうな。おまえたちと戦っているときだけは、そんなすべてが些末なことに思える。この瞬間だけが、わたしの生に意味を与え、前に進んでいるという実感を与えてくれるんだ」

 霧子は引き金をひいた。静寂を破る銃声とともに放たれた二発の弾丸は巨大な的をとらえたが、同時に空気が捻じ曲がるような音とともに鋼のような外皮にはじかれてしまった。
 対レギオン用に調合された炸薬の威力をもってしても、弾丸は相手の表皮に傷ひとつつけられなかった。それでも、怪物を眠りから覚ますにはじゅうぶんだった。

「起きろ、鬼ごっこの時間だ」

 発砲音の残響だけが空気を走る。
 だがその静けさは数秒のことだった。

 巨木のような四本のたくましい脚で立ち上がり、怪物が咆哮をあげた。周囲のビルの窓ガラスが震えたかと思うと、粉々に砕け散る。

「大した石頭だな」表面を電流が走るような感触を味わいながら、霧子は言った。
「手筈どおり動け」イヤホン越しに高岡の声が聞こえる。

 霧子はゆっくりと、怪物から視線を逸らすことなく路地の端へと歩いていった。
 怪物もまたターンテーブルに乗った蒸気機関車のように、少女へ向けて鼻先を回転させた。

 ブーツの底が割れたガラスを踏みしだき、銃把を握った手がレンガ造りの壁に触れる。

「油断するなよ、集中しろ」
「高岡、少し静かにしてくれ」

 霧子が眉根を寄せるなか、怪物が野牛のように巨大な前脚で地面を掻いた。
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