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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
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「そうだ、それでいい!」
励ますようなトリガーの声が耳にとどいたが、いま勇三に返事をする余裕はなかった。
正面の壁は、崩壊寸前の大波の如く前のめりに倒れようとしている。バイクは影となってその下へと潜り込んでいった。
地面は粗悪な石畳で、速度をあげた分だけハンドルの自由をもぎとろうと躍起になってくる。勇三は暴れ馬さながらに乗り手を振り落とそうとするバイクを操作した。
角を曲がったバイクのリアタイヤが暗闇を抜け出すのと、壁が地面に倒れるのとはほぼ同時だった。
横滑りするバイクを片足で支えながら停車した勇三の背中には、じっとりと汗が滲んでいた。影を抜ける瞬間、自分の髪の毛に壁が触れるのを感じたのだ。
両腕のあいだでは、トリガーが先ほどと代わらぬ姿勢で燃料タンクにしがみついている。黄色いタンクの表面は爪痕で傷ついていたが、いまはとやかく言うつもりはなかった。
「どうにか抜けたな」塞がれた道路を見ながらトリガーが言う。
「ああ……」勇三はからからに乾いた口を開いて返事した。
あたりを漂うのは、ふたたび落ち着きを取り戻したバイクのエンジン音とガソリンが焦げついたようなにおい、建物の倒壊によって立ち込める砂煙だけだった。
勇三はふと、背後の霧子がなにかを言っているのを聞きとった。
「なんだよ?」ぼそぼそと言い続ける霧子に問いかける。
「どうして来たんだ!」霧子が顔をあげ、振り返った勇三を睨みつけてきた。「もうわたしと関わらないんじゃなかったのか? それでよかった……そうするべきだったんだ。なのにどうして、こんなところに戻ってきたんだ! わたしはおまえに――」
うぶっ、という呻きとともに霧子の言葉は遮られた。勇三の右手、その親指と残り四本の指とが彼女の頬を両側から挟んだのだ。
霧子は両手をばたつかせると、勇三の手を振りほどいた。
「なにするんだ!」霧子が顔を赤くしながら抗議する。
「おまえみたいな馬鹿にはお似合いの顔だ」
「なんだと?」
「たしかに、本当はもうおまえらと関わり合いになりたくなかったさ。でもな、おれはおまえに死んでほしいなんて頼んだおぼえはないぞ」
気色ばんでいた霧子の感情がさっと引いていく。その顔には核心を突かれた狼狽が覗いていた。
「言っておくけどな、どんなでかい仕事でどれだけの金を稼いでも、命を買うことなんてできないんだ。当たり前だろ、そんなこと。少なくとも、おれはそんなふうに稼いだ金なんか受け取りたくないね。それに……トリガーの気持ちも少しは考えろっての」霧子の返事を待たず、勇三は前を向いた。「おれをこんな世界に巻き込んだのはおまえとトリガーだ。でも、こんな世界でおれの事を気にかけてくれるのも、やっぱりおまえらだけなんだよ。だから死のうなんて考えんな……もうまっぴらなんだよ、誰かに死なれるのは」
勇三の言葉に霧子はしばらく俯いたかと思うと、銃をしまって空にした右手で殴りつけてきた。
背中で衝撃が炸裂し、驚きながら身を仰け反らせる。
「なにすんだよ!」
ふたたび振り返ろうとした勇三は、そこで動きを止めてしまった。
先ほどの強烈なパンチから一変して、霧子がその頭をふわりと背中に預けてきたからだ。
「まったく……」顔は見えなかったものの、霧子の声はほんの少し震えていた。「生意気なんだよ。おまえはただわたしに泣きついてればよかったんだ」
「そんなことできるかよ」
「けど……ありがとう」
そのとき、新たに築かれたがれきの山を踏み越えて姿をあらわした怪物が、あたりを包んでいた静寂を打ち破る雄叫びを発した。
励ますようなトリガーの声が耳にとどいたが、いま勇三に返事をする余裕はなかった。
正面の壁は、崩壊寸前の大波の如く前のめりに倒れようとしている。バイクは影となってその下へと潜り込んでいった。
地面は粗悪な石畳で、速度をあげた分だけハンドルの自由をもぎとろうと躍起になってくる。勇三は暴れ馬さながらに乗り手を振り落とそうとするバイクを操作した。
角を曲がったバイクのリアタイヤが暗闇を抜け出すのと、壁が地面に倒れるのとはほぼ同時だった。
横滑りするバイクを片足で支えながら停車した勇三の背中には、じっとりと汗が滲んでいた。影を抜ける瞬間、自分の髪の毛に壁が触れるのを感じたのだ。
両腕のあいだでは、トリガーが先ほどと代わらぬ姿勢で燃料タンクにしがみついている。黄色いタンクの表面は爪痕で傷ついていたが、いまはとやかく言うつもりはなかった。
「どうにか抜けたな」塞がれた道路を見ながらトリガーが言う。
「ああ……」勇三はからからに乾いた口を開いて返事した。
あたりを漂うのは、ふたたび落ち着きを取り戻したバイクのエンジン音とガソリンが焦げついたようなにおい、建物の倒壊によって立ち込める砂煙だけだった。
勇三はふと、背後の霧子がなにかを言っているのを聞きとった。
「なんだよ?」ぼそぼそと言い続ける霧子に問いかける。
「どうして来たんだ!」霧子が顔をあげ、振り返った勇三を睨みつけてきた。「もうわたしと関わらないんじゃなかったのか? それでよかった……そうするべきだったんだ。なのにどうして、こんなところに戻ってきたんだ! わたしはおまえに――」
うぶっ、という呻きとともに霧子の言葉は遮られた。勇三の右手、その親指と残り四本の指とが彼女の頬を両側から挟んだのだ。
霧子は両手をばたつかせると、勇三の手を振りほどいた。
「なにするんだ!」霧子が顔を赤くしながら抗議する。
「おまえみたいな馬鹿にはお似合いの顔だ」
「なんだと?」
「たしかに、本当はもうおまえらと関わり合いになりたくなかったさ。でもな、おれはおまえに死んでほしいなんて頼んだおぼえはないぞ」
気色ばんでいた霧子の感情がさっと引いていく。その顔には核心を突かれた狼狽が覗いていた。
「言っておくけどな、どんなでかい仕事でどれだけの金を稼いでも、命を買うことなんてできないんだ。当たり前だろ、そんなこと。少なくとも、おれはそんなふうに稼いだ金なんか受け取りたくないね。それに……トリガーの気持ちも少しは考えろっての」霧子の返事を待たず、勇三は前を向いた。「おれをこんな世界に巻き込んだのはおまえとトリガーだ。でも、こんな世界でおれの事を気にかけてくれるのも、やっぱりおまえらだけなんだよ。だから死のうなんて考えんな……もうまっぴらなんだよ、誰かに死なれるのは」
勇三の言葉に霧子はしばらく俯いたかと思うと、銃をしまって空にした右手で殴りつけてきた。
背中で衝撃が炸裂し、驚きながら身を仰け反らせる。
「なにすんだよ!」
ふたたび振り返ろうとした勇三は、そこで動きを止めてしまった。
先ほどの強烈なパンチから一変して、霧子がその頭をふわりと背中に預けてきたからだ。
「まったく……」顔は見えなかったものの、霧子の声はほんの少し震えていた。「生意気なんだよ。おまえはただわたしに泣きついてればよかったんだ」
「そんなことできるかよ」
「けど……ありがとう」
そのとき、新たに築かれたがれきの山を踏み越えて姿をあらわした怪物が、あたりを包んでいた静寂を打ち破る雄叫びを発した。
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