122 / 204
第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ
34
しおりを挟む
シートに腰を落ち着けた霧子が表情をゆがめながら右足首を押さえた。
怪我でもしたのだろうか、と気がかりではあったが、勇三はそれ以上頓着してはいられなかった。いまここで転倒でもすれば、すべてが水泡に帰すからだ。
まぶたの上を汗が伝う。これだけのスピードにも関わらず、流れ出した液体は意地らしくその場にとどまり続け、いまにも目の中にもぐりこもうと狙いすましているようだ。
汗を袖口で拭いさりたい衝動を抑えながら、勇三はバイクを走らせ続けた。相変わらず路面にはでこぼことした石畳が敷き詰められており、コンディションは劣悪だった。
少しでもハンドル操作を誤れば、その先に待っているのは死だ。
口から引き裂かれた舌を垂らしながらなおも追いすがる怪物が、サイドミラーを占める面積を広げつつある。まだ運転に不慣れだった頃、荒っぽい運転のダンプカーに煽られたことがあったが、いま感じている重圧はそのときとは比べ物にならない。
それでも、勇三から冷静さは消えていなかった。
逃げ切らなければなにもかもが終わる。そうした責任感が、かえって彼の心を強いものにしていた。
〝これはいいマシンだよ、ねばりが違う〟叔父の声が脳裏をよぎる。店で勇三がこのバイクにひと目惚れしたときに言ってくれた言葉だ。〝きっと勇三くんの操縦に応えてくれると思うよ〟
バイクの経験こそ一年に満たない勇三だったが、目的地まで辿りつく自信は少しも揺らがなかった。
銃を撃ったり作戦を練ることはできない。それでも、これはトリガーや霧子には真似できない、自分だけの特技だった。
この怪物に勝つことが、あの日ヤマモトたちが殺されていくのをなすすべもなく見ていたことへの償いや慰めになるとは思っていない。それでも、勇三はいまこの瞬間にすべての意志をそそいでいた。
すべては仲間、自分の誇り、そして未来を守るために。
「終点だ!」
トリガーが叫ぶなり幅員が狭まる。バイクはその中心を走り抜けた。
それが行きに渡った橋であると気づく前に、勇三は向こう岸、高岡たちが待機するポイントを通り過ぎていた。
タイヤがあげる甲高い悲鳴とともに、バイクが反転しながら停車する。
顔を上げた視線の先には、いましがた走ってきた旧市街の道のりと、そこを猛進する怪物がいた。
そこで勇三は初めて、この怪物に対して恐怖心を感じた。
(おれたちだけだ)勇三は直感した。(あいつにはおれたちだけしか見えてないんだ。おれたちを殺すこと以外、なにも考えてないんだ)
だが、その執念こそが怪物にとってあだとなった。
崩れやすく手をくわえられた橋はバイクと人間ふたり、それから犬一匹の重量を支えることはできたが、十トンにもなる巨体を受け入れてはくれなかったのだ。
怪我でもしたのだろうか、と気がかりではあったが、勇三はそれ以上頓着してはいられなかった。いまここで転倒でもすれば、すべてが水泡に帰すからだ。
まぶたの上を汗が伝う。これだけのスピードにも関わらず、流れ出した液体は意地らしくその場にとどまり続け、いまにも目の中にもぐりこもうと狙いすましているようだ。
汗を袖口で拭いさりたい衝動を抑えながら、勇三はバイクを走らせ続けた。相変わらず路面にはでこぼことした石畳が敷き詰められており、コンディションは劣悪だった。
少しでもハンドル操作を誤れば、その先に待っているのは死だ。
口から引き裂かれた舌を垂らしながらなおも追いすがる怪物が、サイドミラーを占める面積を広げつつある。まだ運転に不慣れだった頃、荒っぽい運転のダンプカーに煽られたことがあったが、いま感じている重圧はそのときとは比べ物にならない。
それでも、勇三から冷静さは消えていなかった。
逃げ切らなければなにもかもが終わる。そうした責任感が、かえって彼の心を強いものにしていた。
〝これはいいマシンだよ、ねばりが違う〟叔父の声が脳裏をよぎる。店で勇三がこのバイクにひと目惚れしたときに言ってくれた言葉だ。〝きっと勇三くんの操縦に応えてくれると思うよ〟
バイクの経験こそ一年に満たない勇三だったが、目的地まで辿りつく自信は少しも揺らがなかった。
銃を撃ったり作戦を練ることはできない。それでも、これはトリガーや霧子には真似できない、自分だけの特技だった。
この怪物に勝つことが、あの日ヤマモトたちが殺されていくのをなすすべもなく見ていたことへの償いや慰めになるとは思っていない。それでも、勇三はいまこの瞬間にすべての意志をそそいでいた。
すべては仲間、自分の誇り、そして未来を守るために。
「終点だ!」
トリガーが叫ぶなり幅員が狭まる。バイクはその中心を走り抜けた。
それが行きに渡った橋であると気づく前に、勇三は向こう岸、高岡たちが待機するポイントを通り過ぎていた。
タイヤがあげる甲高い悲鳴とともに、バイクが反転しながら停車する。
顔を上げた視線の先には、いましがた走ってきた旧市街の道のりと、そこを猛進する怪物がいた。
そこで勇三は初めて、この怪物に対して恐怖心を感じた。
(おれたちだけだ)勇三は直感した。(あいつにはおれたちだけしか見えてないんだ。おれたちを殺すこと以外、なにも考えてないんだ)
だが、その執念こそが怪物にとってあだとなった。
崩れやすく手をくわえられた橋はバイクと人間ふたり、それから犬一匹の重量を支えることはできたが、十トンにもなる巨体を受け入れてはくれなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる