ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第四章・エンド・オブ・ストレンジャーズ

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 シートに腰を落ち着けた霧子が表情をゆがめながら右足首を押さえた。
 怪我でもしたのだろうか、と気がかりではあったが、勇三はそれ以上頓着してはいられなかった。いまここで転倒でもすれば、すべてが水泡に帰すからだ。

 まぶたの上を汗が伝う。これだけのスピードにも関わらず、流れ出した液体は意地らしくその場にとどまり続け、いまにも目の中にもぐりこもうと狙いすましているようだ。
 汗を袖口で拭いさりたい衝動を抑えながら、勇三はバイクを走らせ続けた。相変わらず路面にはでこぼことした石畳が敷き詰められており、コンディションは劣悪だった。
 少しでもハンドル操作を誤れば、その先に待っているのは死だ。

 口から引き裂かれた舌を垂らしながらなおも追いすがる怪物が、サイドミラーを占める面積を広げつつある。まだ運転に不慣れだった頃、荒っぽい運転のダンプカーに煽られたことがあったが、いま感じている重圧はそのときとは比べ物にならない。

 それでも、勇三から冷静さは消えていなかった。
 逃げ切らなければなにもかもが終わる。そうした責任感が、かえって彼の心を強いものにしていた。

〝これはいいマシンだよ、ねばりが違う〟叔父の声が脳裏をよぎる。店で勇三がこのバイクにひと目惚れしたときに言ってくれた言葉だ。〝きっと勇三くんの操縦に応えてくれると思うよ〟

 バイクの経験こそ一年に満たない勇三だったが、目的地まで辿りつく自信は少しも揺らがなかった。

 銃を撃ったり作戦を練ることはできない。それでも、これはトリガーや霧子には真似できない、自分だけの特技だった。
 この怪物に勝つことが、あの日ヤマモトたちが殺されていくのをなすすべもなく見ていたことへの償いや慰めになるとは思っていない。それでも、勇三はいまこの瞬間にすべての意志をそそいでいた。
 すべては仲間、自分の誇り、そして未来を守るために。

「終点だ!」

 トリガーが叫ぶなり幅員が狭まる。バイクはその中心を走り抜けた。
 それが行きに渡った橋であると気づく前に、勇三は向こう岸、高岡たちが待機するポイントを通り過ぎていた。
 タイヤがあげる甲高い悲鳴とともに、バイクが反転しながら停車する。
 顔を上げた視線の先には、いましがた走ってきた旧市街の道のりと、そこを猛進する怪物がいた。
 そこで勇三は初めて、この怪物に対して恐怖心を感じた。

(おれたちだけだ)勇三は直感した。(あいつにはおれたちだけしか見えてないんだ。おれたちを殺すこと以外、なにも考えてないんだ)

 だが、その執念こそが怪物にとってあだとなった。
 崩れやすく手をくわえられた橋はバイクと人間ふたり、それから犬一匹の重量を支えることはできたが、十トンにもなる巨体を受け入れてはくれなかったのだ。
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